ナザリック地下大墳墓、第九階層。
プレアデスがアインズへの朝の拝謁に向かおうとしていた頃――。
「ルプス、ちょっとちょっと」
柱の陰から、ひそひそとシャルティアが手招きする。
ルプスレギナは面倒くさそうに振り返った。
「なんすか?」
「今からアインズ様の御前に集合なんすけど」
「急いでるんすよ」
シャルティアは周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、にやぁっと笑った。
「シャドウデーモンから新しい報告でありんす」
「またっすか」
「今度はすごいでありんすよ」
ルプスレギナの目が少し輝く。
「武蔵が?」
「そうでありんす」
シャルティアはもったいぶるように言う。
「例の女に地図を読ませたでありんす」
「へぇ」
「しかも――」
一拍置いて。
「裸のままで。」
「…………」
ルプスレギナの口がぽかんと開いた。
「は、裸っすか?」
「そう。」
「裸。」
「毛布一枚。」
「武蔵はそのまま地図を広げたでありんす。」
ルプスレギナは吹き出した。
「ぶっ!」
「それ、武蔵らしいっす!」
「しかも服がないから、途中で獣を狩って毛皮を作るらしいでありんす。」
「ぶははは!」
腹を抱えて笑い始める。
「普通そこは服を貸すっす!」
「貸す服が一着しかないのでありんす。」
「変態なのに変態じゃないっす!」
二人はしばらく笑い転げた。
やがてシャルティアが悪い笑みを浮かべる。
「これを。」
「ナーベが聞けば。」
ルプスレギナも同じ笑みになる。
「修羅場っすね。」
「間違いなく修羅場でありんす。」
「どうするでありんすねぇ。」
「どうなるっすかねぇ。」
二人の顔がますます悪役じみていく。
そして。
「楽しみでありんす。」
「楽しみっす。」
ぴったり声が重なった。
二人は顔を見合わせる。
「……」
「……」
「息ぴったりでありんすね。」
「っすね。」
その時だった。
「あなたたち。」
後ろから静かな声。
二人の背筋が凍る。
振り返ると。
ユリ・アルファが腕を組んで立っていた。
「アインズ様がお待ちです。」
「廊下で何を企んでいるのですか?」
「い、いや別に……」
「何でもないっす。」
視線を逸らす二人。
ユリはため息をついた。
「またナーベをからかうつもりでしょう。」
「ほどほどにしなさい。」
「はーい。」
「了解っす。」
返事だけはいい。
ユリが先に歩き出す。
その背中を見送りながら。
シャルティアは小声で囁いた。
「あとでナーベに教えるでありんす。」
ルプスレギナも親指を立てる。
「もちろんっす。」
二人は再び顔を見合わせ、
「「ふふふふふ……」」
と、悪だくみを共有するように笑い合うのだった
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ナザリック地下大墳墓、第九階層。
玉座の間。
守護者とは別に、戦闘メイド《プレアデス》が整列していた。
先頭に立つユリ・アルファが一歩進み、優雅に一礼する。
「おはようございます、アインズ様」
他のプレアデスも一斉に頭を下げた。
「おはようございます」
アインズは静かに頷く。
「うむ」
全員が顔を上げる。
アインズはゆっくりと彼女たちを見渡した。
「プレアデスに命じることがある」
「はい」
ユリが代表して返事をする。
「この間の武蔵さんとコキュートスの仕合。」
「覚えておるな」
「はっ」
全員が力強く答えた。
あの壮絶な死闘は、誰一人忘れていない。
アインズは続ける。
「武蔵さんは、コキュートスとの戦いで武技を使用した。」
「後で本人に聞いたところ――」
一拍置く。
「見て覚えたそうだ。」
「……」
プレアデスの間に小さなどよめきが走る。
(見ただけで?)
(そんな馬鹿な……。)
だが武蔵なら、と誰もが思ってしまう。
「ならば。」
「われわれナザリックの者も武技を習得できる可能性があるのではないか」
ユリが真剣な表情になる。
「そこで。」
「お前たちプレアデスには武技の習得を命じる。」
「どのような武技でも構わん。」
「覚えたなら、ここへ戻り披露せよ。」
「よいな。」
プレアデスは一斉に片膝をついた。
「ははっ!」
「必ずや!」
アインズは満足そうに頷く。
「期待している。」
命令は終わった。
プレアデスたちは退出のため踵を返す。
廊下へ出た途端。
「ナーちゃん、ナーちゃん」
ルプスレギナが肩を叩いた。
「なによ。」
ナーベラル・ガンマは面倒くさそうに振り向く。
「今から準備なの。」
「忙しいのよ。」
ルプスはにやりと笑う。
「聞いたっすか?」
「何を。」
「武蔵。」
その一言で、ナーベの足が止まる。
「武蔵が拾った女。」
「裸のままで地図を読ませたっす。」
「その女、まだ裸で毛皮待ちらしいっす。」
ルプスは面白そうに続ける。
「二人っきりで旅してるっす。」
「それがどうしたのよ。」
ナーベは表情一つ変えない。
「別に関係ないでしょ。」
それだけ言うと、そのまま奥へ歩いていく。
ルプスは首をかしげた。
「……?」
「反応が薄いっす。」
シャルティアも腕を組む。
「意外でありんすね。」
二人がそう話した――
その瞬間。
ドォォン!!
廊下に轟音が響いた。
「!?」
二人が音のした方をそっと覗く。
そこには。
壁に拳をめり込ませたナーベラルが立っていた。
石壁には蜘蛛の巣状のひび。
拳は震えている。
「……」
顔は見えない。
だが耳まで真っ赤だった。
「毛皮……。」
ぼそりと呟く。
「なんで服くらい買ってあげないのよ……あの馬鹿。」
さらに。
「なんで裸のまま歩かせてるのよ……。」
ゴゴゴゴ……
周囲の空気が震える。
ルプスはシャルティアの袖を引っ張った。
「これ。」
「面白くなりそうっす。」
シャルティアも口元を押さえながら笑う。
「実に楽しみでありんす。」
二人は壁の陰から、嫉妬で石壁を粉砕しかけているナーベを眺めながら、にやにやと笑うのだった。