カルネ村の外れでは、乾いた木を打つ斧の音が規則正しく響いていた。
カーン、カーン。
木材を切り分けていた女戦士――ブリタは、突然現れた二人の美女を見て斧を止める。
「武技?」
怪訝そうに眉を上げる。
向かいに立つ銀髪の神官姿の少女――ルプスレギナが、いつもの人懐っこい笑みを浮かべた。
「そうっす。武技について調べてるっす」
「変なこと聞くのね」
ブリタは肩をすくめる。
「巡礼の旅をするなら、武技の一つくらい覚えておいた方が何かと便利かなって思ったっす」
もっともらしい理由に聞こえたのか、ブリタは「まあいいけど」と頷いた。
「あなた、戦士職なの?」
「わたしはクレリックっす」
「あー、それじゃ駄目ね」
あっさりと言われる。
「武技は基本的に戦士系の技能よ。神官だけじゃ使えない」
その横で、腕を組んだまま黙って聞いていたナーベラルが口を開いた。
「……持っているけど。戦士職」
「そうなの?」
ブリタは少し驚いた表情になる。
「なら誰かに教わるか、自分で修行して覚えるかね。」
少し考えてから続けた。
「普通は一年くらいかかるかな。才能があっても、それくらい。」
「一年……」
ナーベラルは小さく呟く。
一年。
武蔵と一緒にいられる時間として考えてしまった自分に、思わず首を振った。
(な、何を考えているのよ私は。)
ブリタはふと思い出したようにナーベラルを見た。
「ところで……」
「なに。」
ナーベラルの紫の瞳が細くなる。
「あなた、どこかで見たことあるわね。」
「……。」
「そうだ。ポーションの時……漆黒の剣士モモンさんと一緒にいた――」
ナーベラルの表情が一変した。
「あなた。」
冷たい声。
「ポーションのことでモモンさ、さーんに難癖をつけていた人よね?」
空気が一瞬で凍る。
ブリタは冷や汗を流した。
「え? ええと……」
ナーベラルの周囲に、殺気にも似た圧が漂う。
「アインズ……じゃなかった、モモンさんに失礼なことを――」
「ありがとっす!!」
ガシッ。
ルプスレギナが慌ててナーベラルの腕をつかみ、そのまま引きずるように離れていく。
「ちょ、ルプス!」
「こんなところでトラブル起こされたら困るっす!」
珍しくルプスレギナの方が止め役だった。
二人はブリタから少し離れた場所まで来る。
ナーベラルはまだ怒っていた。
「あの女……アインズ様にポーションをねだったのよ。」
拳を握る。
「許せる!?」
「まあまあ。」
ルプスレギナは肩をすくめる。
「それは後っす。」
「後?」
「ナーちゃん。」
ルプスレギナはニヤリと笑った。
「任務っす。」
「任務?」
「武蔵に武技を教えてもらうっす。」
「え?」
ナーベラルが固まる。
「……武蔵に?」
「そうっす。」
ルプスレギナは悪戯っぽく笑う。
「アインズ様の命令は『武技を覚えろ』っす。」
「だったら一番早い方法は?」
ナーベラルは少し考え、
「……武技を使える者に教わること。」
「その通り!」
パン、と手を叩くルプス。
「武蔵なら武技を見て覚える天才っす。」
「つまり武蔵に教わればいいっす。」
ナーベラルは腕を組む。
「まあ……任務なら仕方ないわね。」
表情は平静を装っている。
しかし耳がほんの少し赤い。
ルプスレギナは見逃さない。
「それも一年っす。」
「一年?」
「一年も一緒なら武蔵と色々できるっす。」
「……色々?」
「ええ、色々。」
ニシシ、と笑うルプスレギナ。
「いろいろって何よ!」
ナーベラルは思わず声を上げる。
「私は武技を教えてもらうだけよ!」
ルプスレギナは首をかしげた。
「おや?」
「わたし、いやらしいこと言ったっすか?」
「いろいろ武技のことを教えてもらえるって意味っすよ?」
一瞬の沈黙。
ナーベラルの顔が耳まで真っ赤になる。
「ぐ……!」
ぷるぷると肩を震わせ、
「ルプスーーー!!」
怒声がカルネ村中に響き渡った。
その叫びを聞いたエンリたちは顔を見合わせる。
「また仲がいいですね。」
「う、うん……仲がいいのかな?」
村の上空には、今日ものどかな青空が広がっていた。
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カルネ村の朝は、活気に満ちていた。
木材を運ぶゴブリンたちの掛け声が響き、畑では村人たちが汗を流している。
門前では、村長となったエンリが新たに積まれた資材を確認していた。
「この柵はもう少し東まで伸ばして……」
そこまで言って、ふと街道の向こうへ目を向ける。
遠くに二つの人影。
一人は見慣れた大柄な男だった。
「あれ……」
目を凝らす。
「あっ!」
エンリの表情がぱっと明るくなる。
(武蔵さん!)
両手を大きく振った。
「おーい!」
街道を歩いていた武蔵も手を上げる。
「おお、エンリか。壮健そうじゃの」
しかし――。
その隣を歩く人物を見た瞬間、エンリの笑顔が固まった。
「……え?」
毛皮を羽織っただけの若い女性が、武蔵の腕にぴったりと抱きついて歩いている。
しかも、妙に距離が近い。
腕を組み、肩まで寄せている。
「え、えええ?」
思わず素っ頓狂な声が漏れる。
(な、なんなのあれ!?)
(武蔵さんって、そういう人だったっけ!?)
やがて二人は門前までやって来た。
「お久しぶりですね、む――」
武蔵がさりげなく目配せする。
(……あ。)
事情を察したエンリは、慌てて言い直した。
「お、お元気でしたか!」
「うむ。」
武蔵は満足そうに頷く。
「お主も村長らしくなったのう。」
エンリはもう一度隣の女性を見る。
近くで見るとかなり整った顔立ちだった。
だが毛皮姿のせいでどうにも危なっかしい。
「その……隣の女性は?」
武蔵は苦笑した。
「この者は巡礼中の尼僧でな。」
クレマンティーヌは、すっと一歩前へ出る。
柔らかく微笑み、まるで聖女のような表情を作る。
「旅の途中で追い剥ぎに襲われまして……。」
少し俯く。
「着る物まで奪われてしまったんです。」
(演技完璧。)
本人は内心でそう呟いていた。
武蔵は真面目な顔で続ける。
「それで仕方なく毛皮だけ着せて連れてきた。」
「なるほど!」
エンリは胸を撫で下ろした。
(そういうことだったの。)
「それなら村に予備の服があります!」
「ありがとうございます。」
クレマンティーヌがにこりと頭を下げる。
「えっと、お名前は?」
「グェンドリン。」
一瞬だけ間を置いて、
「グェンって呼んでください。」
そう言うと、武蔵の腕へ再びぴたりと寄り添う。
「この人、命の恩人なんです。」
腕に頬まで寄せる。
武蔵は特に気にも留めない。
「そういうことじゃ。」
(……この人、全然照れないのね。)
クレマンティーヌは逆に驚いていた。
(普通こういうことしたら男は意識するでしょ。)
(この人、本当に天然なんだ。)
エンリは少しだけ複雑そうな顔になる。
(なんだろう。)
(ちょっとだけ羨ましい……。)
すぐに首を振った。
「ではグェンさん、こちらへ!」
「服を用意します。」
「ありがとうございます。」
クレマンティーヌは武蔵へ振り返る。
「待っててくださいね。」
「うむ。」
そのままエンリと一緒に倉庫の方へ歩いていく。
武蔵は二人の後ろ姿を見送りながら腕を組んだ。
「さて……。」
空を見上げる。
「これからどうするかの。」
その時だった。
背後から、聞き覚えのある鋭い声が飛ぶ。
「変態ーーっ!!」
武蔵が振り向く。
「お?」
そこには二人の女性。
冒険者姿のナーベラル・ガンマ。
その隣には、犬歯を見せて笑うルプスレギナ・ベータ。
ナーベは武蔵を指差しながら頬を赤くしていた。
「何やってるのよ!」
「あの女は誰!」
「毛皮一枚で腕なんか組ませて!」
武蔵はきょとんとした顔になる。
「巡礼の尼僧じゃ。」
「追い剥ぎに遭って裸だったので助けただけじゃが。」
「助けただけ?」
ナーベの眉がぴくりと動く。
「じゃあなんで腕を組ませてるの!」
武蔵は首を傾げる。
「寒そうだったからの。」
「……。」
ナーベは言葉を失った。
横ではルプスレギナが肩を震わせて笑いを堪えている。
「ぷっ……。」
「ナーちゃん。」
「任務開始早々ライバル登場っすね。」
「だ、誰がライバルよ!」
「私は武技を習いに来ただけ!」
「
「はいはい。」
ルプスレギナはにやにや笑う。
「任務っす。」
「でも武蔵の隣、もう埋まってるっすよ?」
「~~~~っ!!」
ナーベの顔が耳まで真っ赤になった。
武蔵だけが、二人のやり取りの意味をまったく理解できず、不思議そうに首を傾げていた。
「女子というものは、よう分からんのう。」