村長の家の外。
空気が張り詰めていた。
森の向こうから漂ってくる、濃密な殺気。
ただの盗賊や騎士ではない。
もっと計算された“待ち構えた気配”。
ガゼフ・ストロノーフは立ち上がり、剣に手をかけた。
その顔には焦りではなく、どこか清々しさすらあった。
「……どうやら、罠の本命が来たようだ」
静かな声。
覚悟の決まった戦士の声だった。
ガゼフは振り返る。
アインズと武蔵を見る。
「ひとつ頼みがある」
「アインズ殿、武蔵殿」
「助っ人を頼まれてくれまいか」
短い言葉。
だが重い。
この男は自分一人では足りないと判断した。
それだけ敵が強い。
アインズは一瞬考え、首を横に振った。
「申し訳ないが」
声は穏やかだった。
(いまは深入りしない方が得策だ)
情報不足。
敵の正体不明。
ここで王国側に肩入れしすぎるのは危険。
下手をすれば国家単位の火種になる。
慎重であるべきだ。
ガゼフは失望を見せなかった。
むしろ当然の判断として受け入れた。
次に武蔵を見る。
武蔵は腕を組んでいた。
「ん」
「金次第だな」
あまりにも明快だった。
ガゼフは苦笑した。
「申し訳ないが、今は手持ちがない」
武蔵は鼻を鳴らす。
「なら仕方ない」
ガゼフは剣を抜きながら言う。
「次があれば、立ち合おう」
その一言に武蔵の目が少し細まる。
本気だ。
この男は生きて帰るつもりでいる。
武蔵は笑った。
「よい」
「死ぬなよ」
ガゼフは口元を上げる。
「善処しよう」
そしてアインズへ向く。
「では、村人を助けてやってくれ」
アインズは静かに頷いた。
「承知した」
ガゼフは背を向ける。
その後ろに部下たちが続く。
誰一人として怯えていない。
死地へ赴く者たちの背中だった。
扉が開く。
夕暮れの光の中へ。
ガゼフ・ストロノーフは、そのまま罠の中心へ飛び込んでいった。
武蔵は窓からその背を見送りながら呟く。
「よい背だ」
アインズもまた、その背を見ていた。
(……あの男)
この世界の英雄。
そして今、その英雄の運命が動こうとしていた。
村長の家を出ようとした
ガゼフ・ストロノーフの背に、声が飛んだ。
「お待ちを」
振り返る。
そこに立つのは、アインズ。
その手には、小さな奇妙な人形。
禍々しいが、どこか神秘的な気配を放っている。
アインズはそれを差し出した。
「これをお持ちになってください」
ガゼフが受け取る。
「これは?」
アインズは静かに答えた。
「護符の人形です」
「いよいよの時には、あなたを守ってくれるでしょう」
実際には500円がチャのハズレ魔法具。
だがこの世界では規格外の代物。
詳しく説明する必要はない。
ガゼフは少し目を見開き、深く頭を下げた。
「……かたじけない」
その礼には、戦士としての誠意がこもっていた。
アインズは頷く。
部下たちと共に走り去ってゆくガゼフ。
その背は、徐々に小さくなっていく。
村長はその姿を見送りながら、不安げに呟いた。
「アインズ様……私たちはどうすれば……」
アインズは即座に答えた。
「残っている村人を集めて、一か所に避難してください」
「戦える者は防衛線を作る必要はありません。隠れることを優先しなさい」
村長は慌てて頷いた。
「わ、わかりました!」
すぐに飛び出し、村人たちへ声をかけ始める。
泣く子を抱え、老人を支え、急ぎ避難の準備が進む。
その様子を見届けながら、アインズは静かに息を吐く。
(これで最低限の責務は果たした)
深入りはしない。
だが完全に見捨てもしない。
それが今の最善。
その横で。
武蔵はじっとガゼフが消えた森を見ていた。
目が笑っている。
「さて」
武蔵は落ちていた剣を拾い上げる。
刃を確かめる。
「行くか」
アインズが振り向く。
「……金はないのでは?」
武蔵は笑った。
「金はない」
「だが、面白そうだ」
それだけだった。
アルベドが呆れたように言う。
「結局行くのですか」
武蔵は肩を回しながら歩き出す。
「強い奴がいるなら、見に行く」
アインズはその背を見て、仮面の奥で思う。
(……やはり読めん男だ)
だが同時に理解もしていた。
この男にとって、戦いこそが貨幣。
価値そのもの。
そしてその先には――
ガゼフを待ち受ける真の罠。