王城の大会議室。
赤い絨毯の先には国王ランポッサ三世の玉座。
その左右には、王国を支える諸侯がずらりと並んでいた。
右側に座るのは、古くからの名門貴族を中心とする貴族派。
次期国王として第一王子バルブロを推す者たちである。
その中心に座るのは、堂々たる体格の老人――ボウロロープ侯爵。
バルブロの岳父であり、貴族派最大の実力者であった。
対する左側は、国王派。
王家直属の諸侯や官僚貴族が並び、次期国王には第二王子ザナックを推している。
人数だけを見れば、貴族派がやや勝る。
会議が始まる前から、両陣営には目に見えない緊張が漂っていた。
やがてザナックが一歩前へ進み、会場を見渡す。
「――それでは、これより貴族会議を開催する。」
場内が静まり返る。
ランポッサはゆっくりと立ち上がった。
年老いた王ではあるが、その声にはなお威厳が宿っていた。
「本日の議題は――これからの王国の在り方である。」
誰も口を挟まない。
「諸侯らも既に耳にしておろう。」
「帝都において発生した地震の一件。」
会場がざわつく。
「あれは自然災害ではない。」
「ナザリックが引き起こしたものである。」
さらにどよめきが広がる。
帝国の城を揺るがしたという話は既に各地へ伝わっていたが、王自ら断言したことで、その重みはまるで違った。
ランポッサは続ける。
「そして皇帝ジルクニフは、この一件を機として、ナザリックとの友好関係を築こうとしている。」
貴族たちは互いに顔を見合わせる。
帝国がナザリックと手を結ぶ。
それが意味するものを理解できぬ者はいなかった。
王はゆっくりと会場全体を見回した。
「さて。」
「これより我が王国はいかなる道を歩むべきか。」
「武力を備えるか。」
「外交によって活路を見出すか。」
「あるいは、別の道か。」
「余は諸侯らの率直な意見を聞きたい。」
その言葉を合図に、会場は一気にざわめき始めた。
互いに視線を交わし、誰が最初に口火を切るかを探っている。
やがて、貴族派の中央に座るボウロロープ侯爵が、ゆっくりと立ち上がった。
その動きだけで、会場の空気が変わる。
「陛下。」
低く響く声が、静まり返った会議室に広がった。
「まずは、帝国の判断が正しかったのかどうか、その点から議論すべきかと存じます。」
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ボウロロープ侯爵はゆっくりと一歩前へ出た。
王を見据える眼差しは鋭い。
「陛下。」
「それは、どういう意味にございましょう。」
ザナックが父に代わって問い返す。
「貴侯、その言葉の真意を聞こう。」
ボウロロープ侯爵は鼻で笑った。
「簡単なことです。」
「ナザリックとかいう、海の者とも山の者とも知れぬ得体の知れぬ存在が帝国を地震で脅した。」
「そして皇帝ジルクニフは恐れをなし、友好を結ぼうとしている。」
侯爵は大きく両手を広げる。
「このような軟弱な態度。」
「まさか我らリ・エスティーゼ王国の国王陛下まで、それに追随なさるおつもりではありますまいな。」
その言葉に、貴族派の席から賛同の声が上がる。
「その通り!」
「帝国は腰抜けだ!」
「王国は王国らしくあるべきだ!」
貴族派の諸侯は次々とうなずき、会議場は一時ざわめいた。
一方、国王派は静かに成り行きを見守る。
ランポッサは騒ぎが収まるのを待ち、ゆっくりと立ち上がった。
その表情は穏やかだったが、瞳には王としての決意が宿っている。
「侯よ。」
「余は、現状の王国の国力を鑑みるに――」
一拍置く。
「ナザリックとは友好を結ぶべきであると考えている。」
その一言で、会議場の空気が凍り付いた。
「なっ……!」
「陛下!」
「何をおっしゃいます!」
貴族派の席から一斉に怒号が飛ぶ。
ボウロロープ侯爵も目を見開いた。
「陛下!」
「王国の誇りをお捨てになるおつもりか!」
ランポッサは怒声にも眉一つ動かさない。
「誇りだけでは国は守れぬ。」
「民も救えぬ。」
「余が守るべきは、王の面子ではない。」
「王国に生きる民の命である。」
その静かな言葉に、今度は国王派の席から賛同の声が上がる。
「その通りです。」
「まずは民を守らねば。」
しかしボウロロープ侯爵は一歩も引かない。
「陛下。」
「ではお聞きします。」
「もしナザリックが王国に領土を寄越せと言えば、それも差し出すおつもりですかな。」
会議場の視線が一斉に国王へ集まる。
この問いこそが、今日の会議の核心であった。
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王の答えは、迷いのないものだった。
ランポッサは静かに頷く。
「その通りだ。」
「余は、エ・ランテルとカルネ村を結ぶ線を、新たな国境としてナザリックへ譲ることを提案したい。」
その瞬間。
会議場が爆発した。
「な、なんだと!?」
「陛下は正気ですか!」
「国土を譲るなど聞いたことがない!」
「王国の恥だ!」
貴族派の席は怒号で埋め尽くされる。
国王派の貴族たちでさえ顔を見合わせ、驚きを隠せなかった。
ボウロロープ侯爵は、ゆっくりと首を振る。
「……陛下。」
「そのような世迷言、聞き入れることはできませぬな。」
静かな声だった。
だが、その一言には王を否定する力があった。
「やはり――」
侯爵は国王をまっすぐ見据える。
「ご退位なさったほうがよろしいかと。」
場内が静まり返る。
王に対する退位要求。
それは事実上の宣戦布告だった。
ザナックが椅子を蹴るように立ち上がる。
「無礼者!」
怒声が響く。
「父上に向かって何という口を利く!」
しかしボウロロープ侯爵はまったく動じない。
むしろ薄く笑みを浮かべた。
「無礼?」
「王国を守ろうとしているだけです。」
「今の王では国は滅びる。」
「であれば――」
侯爵は堂々と言い放つ。
「第一王子バルブロ様こそ、次期国王にふさわしいのではありませんかな。」
その言葉を待っていたかのように、貴族派が一斉に立ち上がる。
「その通り!」
「バルブロ様を王に!」
「王位をバルブロ様へ!」
「王国万歳!」
数の力だった。
広い会議場の半数以上が立ち上がり、口々に叫ぶ。
国王派は完全に押されていた。
ランポッサは何も言わない。
ただ静かに玉座に座ったまま、目を閉じている。
ザナックは拳を握り締めた。
(……これでは。)
(数では勝てない。)
その時だった。
バンッ!
重厚な扉が勢いよく開く。
会議場中の視線が入口へ向く。
「ご無礼を。」
低く、それでいてよく通る声。
全身を鎧で包んだ一人の男が、一礼して入室してきた。
王国戦士長――ガゼフ・ストロノーフ。
その姿を見た瞬間、国王派の貴族たちは安堵し、貴族派の何人かは露骨に顔をしかめる。
ボウロロープ侯爵は眉をひそめた。
「……戦士長。」
「今は貴族会議の最中だ。」
しかしガゼフは侯爵には目もくれず、まっすぐ国王の前まで歩み出ると、片膝をついた。
「陛下。」
「至急、ご報告申し上げたい件がございます。」