ガゼフの声を聞いた瞬間、会議場の空気が変わった。
「武蔵殿は現在、カルネ村に滞在中とのことです。」
「すでに蒼の薔薇を迎えに向かわせております。」
その言葉に、ザナックが顔を上げる。
「本当か!」
「はい。」
ガゼフは力強く頷いた。
「私は武蔵殿と立ち会った際、武技を無理に重ね掛けした影響で長らく床に伏しておりました。」
「世間では再起不能との噂まで流れておりますが……。」
ガゼフは静かに笑う。
「その噂はあえて否定しませんでした。」
「武蔵殿の行方を探す時間を稼ぐためです。」
会議場の者たちは黙って耳を傾ける。
「武蔵殿ほどの人物ならば、いずれ王国最大の危機に力を貸してくださる日が来る。」
「私はそう信じておりました。」
ランポッサは静かに目を閉じた。
「……さすがはガゼフ。」
「余より先を見ておったか。」
しかし、その言葉を聞いたボウロロープ侯爵は鼻で笑う。
「武蔵だと?」
その声には露骨な侮蔑が込められていた。
「ラナー殿下をかどわかした男ではないか。」
「そのような得体の知れぬ流浪人を頼りに国政を行うとは。」
侯爵は肩をすくめる。
「やはり、この会議にこれ以上付き合う価値はありませんな。」
くるりと踵を返す。
「参りましょう。」
その一言で貴族派の面々も次々と立ち上がった。
「失礼いたします。」
「話にならん。」
「王国も終わりだ。」
捨て台詞を残しながら、ぞろぞろと会議場を後にしていく。
やがて広い会議場には、国王派の貴族たちだけが残った。
……いや。
一人だけ、貴族派の席に座ったまま動かない男がいた。
レエブン侯。
彼は腕を組み、静かに目を閉じて考え込んでいる。
ザナックが声を掛けた。
「レエブン卿。」
「貴公は帰らぬのか。」
レエブンはゆっくりと目を開き、静かな口調で答えた。
「私は貴族である前に、この王国の臣です。」
「王国がどうすれば生き残れるのか。」
「それを最後まで聞かずに席を立つほど愚かではありません。」
その一言に、会議場の空気は再び静まり返った。
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静まり返った謁見の間で、ランポッサ三世はゆっくりとレエブン侯へ視線を向けた。
「レエブン卿。」
「はっ。」
レエブンはその場で膝をつき、頭を垂れる。
王は静かに告げた。
「では、国王として命ずる。」
その一言に、場の全員が姿勢を正す。
「武蔵殿とともにナザリックへ赴き、余が提案する国境の件を交渉してまいれ。」
「エ・ランテルとカルネ村を結ぶ線を新たな国境とし、王国とナザリックの友好を取り結ぶ。」
「これが余の望みである。」
レエブンはしばらく黙したままだった。
やがて深々と頭を下げる。
「……それが国王陛下のご意志であるならば。」
「レエブン・デイル・アインドラ、謹んでお受けいたします。」
その返答には迷いはなかった。
ランポッサは静かに頷く。
「頼んだぞ。」
「王国の未来は貴公にかかっておる。」
「身に余る光栄にございます。」
再び頭を下げるレエブン。
その姿を見て、ザナックは小さく息を吐いた。
「これで交渉役は決まった。」
「問題は……。」
窓の外へ視線を向ける。
「武蔵殿か。」
ガゼフもうなずく。
「蒼の薔薇ならば、必ず見つけ出してくるでしょう。」
「しかし……。」
ザナックは苦笑した。
「武蔵殿は風のような御仁だ。」
「カルネ村にいると聞いた時には、もう別の土地へ旅立っているかもしれん。」
ランポッサも穏やかに笑う。
「それも武蔵殿らしい。」
「うまく蒼の薔薇たちが連れてきてくれればよいのだが。」
その言葉に、ガゼフもレエブンも静かに頷いた。
王国の命運は今、一人の流浪の剣豪と、ナザリックへの使節団に託されようとしていた。
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街道を土煙を上げながら、一団がカルネ村へと駆けていた。
先頭を走るのは、白銀の鎧をまとったラキュース。
その後ろをガガーラン、イビルアイ、ティア、ティナが続く。
「よく見つけたわね。」
走りながらラキュースが振り返る。
ティアが肩をすくめた。
「エ・ランテルで聞き込み。」
ティナも続ける。
「情報屋に大金使った。」
二人は同時にラキュースを見た。
「だから、あとで請求な。」
「わかった、わかった。」
ラキュースは苦笑いする。
「経費として王国に請求できればいいんだけど。」
「無理だろ。」
ガガーランが即座に切り捨てる。
「どうせラナー様案件だ。」
「あとで泣くのはラキュースだけだな。」
ティアとティナがくすりと笑う。
「……笑い事じゃないわ。」
ラキュースは肩を落とした。
そんなやり取りを聞きながら、イビルアイだけは前を見据えていた。
「問題は……。」
「武蔵が今もカルネ村にいるかどうかだ。」
その言葉で全員の表情が引き締まる。
ガガーランも腕を組む。
「あいつ、風来坊だからな。」
「昨日いた場所に今日もいる保証なんてねぇ。」
「いることを祈るしかないな。」
イビルアイが短く答えた。
やがて、一同の前方に村が見えてくる。
しかし。
「……なんだ、あれ。」
ガガーランが思わず足を止めた。
ラキュースも目を見開く。
「カルネ村……よね?」
以前訪れたことのある小さな開拓村とはまるで違っていた。
村を囲む柵は倍以上の高さとなり、丸太を何重にも組み合わせた分厚い防壁へと変わっている。
見張り台が等間隔に建てられ、その上では武装した見張りが周囲を警戒していた。
外周には掘まで設けられ、簡単には近づけそうもない。
もはや村というより、小規模な砦である。
ティアが口笛を吹いた。
「情報より、ずっと発展してる。」
ティナもうなずく。
「ちょっとした要塞。」
ラキュースは驚きを隠せない。
「いつの間にここまで……?」
ガガーランは周囲を見回す。
「人も増えてるな。」
畑では多くの農民が働き、その周囲では武装したゴブリンたちが巡回している。
荷馬車が何台も出入りし、活気に満ちていた。
イビルアイは静かに呟く。
「ただの農村ではないな。」
その時、見張り台の上から声が飛んだ。
「止まれ!」
「何者だ!」
ゴブリンの見張りが弓を構え、一斉に蒼の薔薇へ視線を向ける。
ラキュースはゆっくりと両手を上げ、敵意がないことを示した。
「私たちは王国の冒険者チーム『蒼の薔薇』です。」
「この村に滞在している宮本武蔵殿に、お会いするため参りました。」