魔法少女育成計画2-o-H ―La Pucelle: Alive Chronicles 3― 作:神谷萌
左海第一ホテル。
その日も、佳代はスマートフォンのアラームより先に目を覚ました。
「…………」
昨日と同じように隣を見ると、やはりミクセリクサーが寝息を立てていた。
少し考えをまとめる。
街の郊外で悪魔が現れたのは驚いた。実戦は初めてだったので緊張したが、ミクセリクサーの
小さい頃に一度僅かな間だけ空手を習ったことがある。その時の思い出は決していいものではなかったが、
「格闘技の経験があると見ました」
と、
──── 閑話休題。とにかくその悪魔の襲撃をきっかけにして、推定密造の人造魔法少女4人組と接触することができ、さらにそこから捜索していた研究所を見つけるというか、案内してもらうことができた。
だが、そこからがどうにも話が怪しい。
彼女たちが魔法少女になった理由、悪魔をディスラプターと呼ぶ理由、そもそも悪魔がこんなところに現れる理由。
目的の施設に入ったはずなのに、謎ばかりが増えていく。
いや……────
── 本当に……
佳代の眉間に皺が寄った。
── 本当に、それで良いんだろうか?
2人に与えられている任務は、研究所を捜索して、データを回収すること。
別に研究所の謎を自分達で解き明かせ、とは言われていない。
── でも、……彼女たちは、騙されているんじゃないのか? あるいは、何らかの危機が彼女たちに迫ってるんじゃないのか?
── だから、ミクセリクサーが寄越されたんじゃないのか?
「んにゅ……」
ミクセリクサーが目を覚ました。
むくり、と身体を起こし、ぐるっ、と首を回して、佳代の方を見る。
佳代に視線を向けるなり、ぺかーっ、と音がするくらいの笑顔を見せた。
「おはようございます! ファニートリック様!」
──────── 記念すべき初の
ひとつは、「主兵装であるカードデッキ自体を直接制御できるようにしてしまえばいい」というもの。
もうひとつは、「より安価な素材から、均一な質で大量に用意できればいい」というもの。
そして ──── 前二者と比べれば遥かに小さいが、確かに存在した一派の主張は、こうだった。
ミクセリクサーは失敗ではない。
現状、唯一完成された人造
重厚な金属扉の横、パスナンバー解錠装置をファニートリックの指が操作する。
本来なら25桁のパスナンバーが設定されているはずだが、昨日デリュージがそうしたように、 “command”、 “Open”、 “Enter” の順にキーを押すだけで、扉のロックが外れ、開き始めた。
「たのもー!! です!!」
ミクセリクサーが、開口部に向かって大声を上げる。
「そういう言い方、どこで覚えてきたんだよ」
プリズムスプリントが呆れ混じりに言う。
「先生のコレクションのひとつで見ました!」
「へぇ……」
屈託なく言うミクセリクサーの答えを聞いて、プリズムスプリントは意外そうな声を出した。
── 魔法少女モノでそんな……いや、『キューティーヒーラー』のシリーズにそんなのがいるのか? 魔法少女モノ以外だと、あいつが興味ありそうなのは……スポーツ系か?
プリズムスプリントがそこまで考えた時、
「ちょっと記憶が曖昧ですけど、『ル◯゚ン三世』だったかと!」
と、ミクセリクサーが言った。
「岸辺、あれ見るの!?」
「見せてもらったのは間違いないです!」
プリズムスプリントが軽く驚いたように声を出すと、ミクセリクサーはそれに即答した。
「…………まぁ、あたしもタイトルは知ってるし、つかあたしらの親より下の世代は、みんな一度は聞いたことがある名前だからなぁ。ざっと録画してたりとかはあるか」
つぶやきながら納得しようとしたプリズムスプリントだったが、直後にミクセリクサーが言う。
「中古で揃えたDVDが60本ありました!」
「ブッ」
プリズムスプリントは思わず吹き出していた。
「凄い……数ですね……」
傍らで聞いていたファニートリックも、呆気にとられたような声を出した。
「あれだろ、レンタル落ちとかもうジャケット日焼けしてボロボロなのとか、ディスクが再生できりゃいいってもん買ったんだろ」
「凄いです!」
呆れきった様子のプリズムスプリントの言葉に、今度はミクセリクサーの方が驚きつつ感心したような声を出した。
「先生が言っていたことそのまま言ってます!」
「いや……高校生の時分でDVD60巻なんて揃えようと思ったらそういうのしかないだろ。1枚¥500もしないで買ったんだろ……」
プリズムスプリントは疲れたように苦笑しながら言う。
「先生はその時! 高校生ではありませんでしたが!」
「ああそうね。…………高校浪人して何やってんだあのバカ」
ミクセリクサーの追撃に、プリズムスプリントは片手で顔を覆った。
プリズムスプリントは、一旦姿勢を正し、軽く息を吸い直して落ち着くと、
「で、ここからどうする?」
と、ファニートリックに視線を向けて訊ねるように言う。
「入りましょう」
ファニートリックは、やけに神妙な面持ちでそう言った。
「いいのか? あいつらもう来てるとは限らないぞ」
プリズムスプリントは、少し気にかかった様子で訊き返す。
「だからこそ……中をカラにしていて大丈夫なのか、確認したいので」
ファニートリックが真剣な面持ちと口調で言うと、プリズムスプリントは苦い顔をして解錠装置のパネルを見た。
「まぁ……このザルさだからな。空き巣狙いがいないとも限らない……か」
呆れた様子のプリズムスプリントに、
「そんなもんで済めばいいんですけどね……」
と、ファニートリックは真剣な面持ちのまま言った。
ミクセリクサーが、ばっ、と、元気よく手を挙げた。
「では! 進みましょう!!」
彼女のハキハキとした態度に吹っ切れたように、プリズムスプリントはわざとらしく肩を竦めて苦笑し、ファニートリックも口元で笑んだ。
前日に来たときもそうだったが、通路も煌々と明かりが
通路に降りてわずかに進むと、無機質な壁の1ヶ所にブリーフィングルームの扉が見えてきた。──── と、いうところで。
ザッ
「止まれ!」
目の前に唐突に現れた。黄色がかった澄んだ白の魔法少女。
同時に背後にも気配があった。プリズムスプリントが舌打ちしながら、拳を構えつつ振り返ろうとする。
「テンペストさん?」
目前に現れた方の魔法少女の名前を、ファニートリックが口に出した。
「あれ? あかねぇちゃんと、昨日あかねぇちゃんと一緒にいた人たちだ!」
「はい、ミクセリクサーですよ!」
プリンセス・テンペストの毒気のない反応に、ミクセリクサーは片手を掲げるポーズで挨拶する。
「あなた方だったんですね」
背後に回ったプリンセス・デリュージは、敵対とは別種の緊張感を感じさせる声を出した。
「今日も来るようなら、クェイクが話を聞きたいと言っていまして」
デリュージに言われて、ミクセリクサーとファニートリックが顔を見合わせた。
デリュージとテンペストに連れられて、ミクセリクサーたちは通路を進む。
ブリーフィングルームの前を通り過ぎた。
「えっと?」
ファニートリックが、不思議そうな声を出した。
「ああ、すみません、クェイクとインフェルノは訓練中だったんです。私とテンペストだけが待機していたので」
デリュージがそう言った。
そのトレーニングルーム、そのひとつに入った。
「おっと」
トレーニングルームの中は、まるで雑木林の中、 ──── 昨日、ミクセリクサー達が悪魔と戦い、ピュア・エレメンツと出会った、市営ダム近くのそれのようだった。
バチン! バキン、バチン!
打撃音が響く。
プリンセス・クェイクが構える、黒褐色の巨大なヘッドを持つバトルハンマーと、プリンセス・インフェルノが手にする、穂先が炎そのもののように見える槍とが、交錯して音を立てていた。
インフェルノが徐々に押されているかのように見えた。
「はぁっ!」
クェイクが一歩深く踏み込み、そのハンマーを振りかぶる。
ひゅうっ
その振り下ろされるハンマーヘッドとすれ違うかのように、跳び上がったインフェルノが、クェイクの頭上を越え、着地と同時に身体の前後を入れ替える。インフェルノがクェイクの背後をとった。
一度、インフェルノが攻撃前の構えを取ってから、
「ふぅ」
「ふぅ……お疲れさまです」
と、クェイクとインフェルノがそれぞれ構えを解いて、一息ついた。
「クェイクおっそーい! デカいハンマーも当たらなきゃ意味ないじゃん」
テンペストが、囃し立てるかのような口調でそう言った。
「いえ、今のは魔法を切っての模擬戦でしたから」
インフェルノが咄嗟にフォローする。
プリンセス・クェイクの長所はその耐久性だ。それに、ハンマーを全力で叩きつければ、周囲に地震を起こすことができる。魔法に耐性のあるこの施設内は耐えられるが、一般の建物の中で放てば、構造次第では高層ビルにも致命的な損傷を与え得る。
一方のプリンセス・インフェルノも、本来なら燃える炎の穂先から
「…………」
苦笑しながらハンマーを背負い直したクェイクを、ミクセリクサーがボーッと見上げていた。
「ど、どうかしましたか?」
クェイクが、ミクセリクサーの視線に気づき、問いかける。
『ミクセリクサーに前のボクの写真……小雪だな!?』
『いえ! トップスピード様です!』
ラ・ピュセルの崩れ落ちるようなリアクションまで回想して、ミクセリクサーははっと我に返る。
「あ、すみません! ちょっと見覚えがあっただけですので!」
「見覚え?」
ミクセリクサーの言い訳じみた言い回しに、クェイクが小首を傾げた。
「なんでもないです!」
ミクセリクサーは、そう言って誤魔化したものの、なんだか腑に落ちないような様子だった。
「せっかくトレーニングルームまで来てもらったのですが、ここで立ち話でもなんですから、ブリーフィングルームに行きましょうか」
インフェルノが、提案するようにそう言った。
ブリーフィングルーム。
「どうぞ、お座りください」
インフェルノは、ミクセリクサー達に椅子を勧めてから、
「皆さんにお飲み物、出しましょうか」
と、ジュースサーバーの方に向かう。
「それで……なにか、情報は……」
クェイクは、わずかにだが不安そうに眉を歪ませて、ミクセリクサー達にそう訊きかけ、
「いえ、私達に教えられる内容だけでいいんですが……」
と、言い直した。
ファニートリックは、真摯な表情をクェイクに向ける。
「すみません、私達もまだ回答待ち、というのが正直なところでして」
「そう……ですか……」
クェイクは、一瞬消沈した様子になる。
「そういやさ」
プリズムスプリントが言う。
「昨日も思ったんだけど、出入り口の扉のロックしねぇの? 不用心じゃん」
「あかねぇちゃんに言われた」
テンペストが、本当に驚いたという様子でプリズムスプリントを凝視する。
「あたしがよっぽどみたいな言い方すんな」
戯け混じりの憤り顔で言い返す。
「いえ……たしかに、今まで不用心だったとは思うのですが……────」
クェイクが言う。
「── そもそもパスナンバーを設定していなかったんですけど、昨日、パスナンバーの設定自体受け付けなくなってしまったんです」
それを聞いて、ファニートリックが視線をミクセリクサーに移した。多分ネドがやったのだろう、と。
「はい!」
そのミクセリクサーが、ビシッと挙手した。
「ミクセリクサー?」
本人以外の視線がミクセリクサーに集まる。プリズムスプリントが声に出した。
ミクセリクサーはすっと立ち上がる。
「わたしがここに来た理由がわかりました!」
「ミクセリクサーさん?」
今度はファニートリックが声を出した。
「わたしがここに来たのは、みなさんをほg ────」
ビィイィィィィィ……ッ
ミクセリクサーの大きな声を、さらに鋭い音が遮った。
「どうしたの!?」
クェイクが、ブリーフィングルームのパソコンの方を向く。デリュージが立ったまま、それを操作していた。
「侵入者よ!」
デリュージが、クェイク達を振り返りながらそう声を挙げる。
「今、そっちのモニターに!」
デリュージの言葉とともに、壁掛けの大型ディスプレイに表示される。
ミクセリクサー達が先程通ってきた通路を映しているカメラの映像だ。
「これは!」
映っているのは、パンタロンのように裾の広がったオーバーオールを着て、ラッパのようなものを手にしている少女、ヴェールで顔はよくわからないが、年格好は同じぐらいで、黒い着物を着た、黒い翼のある少女……────
「間違いなく魔法少女だぽん!」
ミクセリクサーの左肩の上に、ネドが出現した。
だが、ミクセリクサーの視線はまだ画面を凝視している。
「こいつ……は……」
ミクセリクサーが、ようやくその声を漏らした時。
「今度こそあやしいやつ!」
「え? あ?」
「ピュア・エレメンツに敵はなーいっ、プリンセス・テンペストがやっつけちゃうもん!」
「あ、ちょっと、待て!」
映像に気を取られていたミクセリクサーの反応が遅れた。テンペストが1人でブリーフィングルームを飛び出していってしまう。
「ま、待ってくださいっ!」
ファニートリックもプリズムスプリントも、ピュア・エレメンツの他の3人も、テンペストを追って飛び出していく。ミクセリクサーが最後尾を追いかけるかたちになってしまった。
「こら! めい!」
引き離したはずの背後から、よく知った声が聞こえてくる。
「あかねぇちゃん!? 速っ」
「あたしの魔法は
“風のようにどこまでも走れるよ”。それがプリズムスプリントの魔法だ。平地走行なら亜音速まで加速できる。走ることに餓えていた朱里らしい魔法だった。
「っていうか、1人で飛び出すんじゃない! 危ないだろ!」
「えーっ、あかねぇちゃんに言われた!」
心外と言った様子で、テンペストは言う。
「あたしがよっぽどみたいに言うな!」
「お取り込み中のところ、失礼いたしますでございます」
別の声が、2人に
ふよんふよん、漂う大きなシャボン玉に、オーバーオールの魔法少女が座っている。その後ろに、カメラの画像で見た、黒い着物の魔法少女と、 ──── 御伽噺に出てくる “ハートの女王” の姿をした魔法少女と、トランプ柄のカードドレスを着た魔法少女──?。
「ま、ま、ま、ここは一旦話し合いといきましょうです」
「話し合い?」
オーバーオールの魔法少女、ウッタカッタの言葉に、プリズムスプリントが眉を
「ええ、ええ、切った張ったは最後の手段。どこぞの
それを聞いて、ウッタカッタの背後の、黒い着物の魔法少女、カフリアは、ヴェールから見えている口元でくすりと笑う。
「そりゃ、言いたいことは解るけどよ、そもそも、お前らこんなところで何してんだ」
プリズムスプリントは、まだ胡散臭そうにウッタカッタを見ながら、問い質す。言ってしまってから、じゃあ自分達はなんなんだ、と思ってしまったが、それはなんとか隠した。
「それは簡単な話でございまして。つまり、ここは魔法の国の管轄ではない魔法少女の研究所なわけでございます。さすがにこのようなものは放置できぬと、魔法の国のそれもお偉いさんがわざわざ出張ってきたわけでございます」
「赤いドレスの御婦人はグリムハート、それに、こっちのトランプ柄の衣装の子はシャッフリン、というそうですよ」
ウッタカッタに続いて、カフリアが名前付きで紹介する。
「クビヲハネヨ」
「!?」
ウッタカッタとカフリアが紹介した “お偉いさん” を見ようとして、その光景にプリズムスプリントが表情を引き攣らせた。
「どうやら地域魔法少女の方とお見受けいたしましたですが、どうかここはひとつ、このお方のために役目をお譲りくださいと……──── どうしました? まるでこの世の終わりみたいな顔をなさって?」
「みなさん!」
張り上げる声がした。
すぐ後ろに、ファニートリックと残りのピュア・エレメンツも追いついてきていた。
そして、立ち止まったクェイクの前に回り込むようにして、ミクセリクサーが前に出る。
「みなさん! そいつから離れてください!!」
ミクセリクサーの顔は険しい。悪魔と出会ったときでもここまで険しくなかった。少なくともファニートリックはそう記憶していた。
ミクセリクサーの左右に、人の背丈ほどの光の板が複数、出現しはじめる。
「お前は!?」
「へ?」
「え?」
グリムハートが上げた声に、ウッタカッタとカフリアが振り返る。
そこにあった光景は、グリムハートが赤い袋の中から、先程まで自分達と行動を共にしていたシャッフリンと、まるで双子のようにそっくりな魔法少女を、次から次へと取り出しているところだった。
「なんで……お前が! こんなところに! いるんですか!!!?」
ミクセリクサーの声。いつもは激しくても陽気なそれが、この場にいる誰もが初めて聞いた険の強さになっている。
ミクセリクサーの左右の光の板が、スペードとハートのスート(トランプのマーク)を持つトランプ兵に変わる。
「
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