魔法少女育成計画2-o-H ―La Pucelle: Alive Chronicles 3― 作:神谷萌
「これでよし」
インフェルノが、トレーニングルーム用のパソコンを操作し終えて、そう言った。
ブリーフィングルームとの間の出入口は、それ自体も重々しい金属製の扉を、重厚なシャッターが覆った。
少し遅れてウッタカッタが反対側から扉を叩いているが、その打撃音すら聞こえてこない。
「管制室前の隔壁も下ろして。あそこに入られたら詰む」
「それも大丈夫です」
デリュージの言葉に、インフェルノがそう答えた。
5つあるトレーニングルームだが、ここはオーソドックスな体育館のような構造をしていた。
「よいしょっ……と」
ミクセリクサーは、インフェルノとデリュージが操作していた設備用設定パソコンの台の傍らに、一旦ファニートリックを下ろした。
それから、まず、
「お願い、ハートのみんな!」
と、そう言ってタクトを振り、ハートのエース、キング、クィーン、ジャックを
「えっと、えっと」
次に、少しクラシカルな大きめのポーチを取り出した。ミクセリクサーが参加した“ラ・ピュセル最初の魔法少女選抜試験”の際に購入した、『四次元ポーチlight』だ。
その口を開け、まず中を探って取り出したのは、救急箱と医療用滅菌精製水のボトルだ。それを床において、救急箱を開ける。
さらに救急箱の中から、マイナーメーカーのハイドロコロイドテープと、個別包装の脱脂綿を取り出す。
まず、滅菌精製水のボトルを開けて、500mlを惜しげもなくファニートリックの傷口にかける。
「っつ、
ピリッと走った痛みに、ファニートリックが表情を歪めて声を漏らす。
「あ、ご、ごめんなさい」
ミクセリクサーが、反射的に謝ってしまう。
「あ、だ、大丈夫です、その……手当していただけると」
ファニートリックは、自分も申し訳無さそうに苦笑して、そう言った。
「は、はい!」
ミクセリクサーは手当てを再開する。まず傷口の周囲を脱脂綿で拭き取る。ファニートリックはたまに、
「痛っ……あ、大丈夫……」
と、いった声を出していた。
ファニートリックの肉が少し抉られた傷を、短冊状に切ったハイドロコロイドテープで覆いきる。
本来、この傷口の深さだとドレッシング材(この場合、傷口に直接当たる被覆材のこと)にハイドロコロイド系は適切とは言い難いが、医療機関向けのワセリンメッシュなどは無保険購入だと高額にすぎて充分な数を持ち歩けなかった。
それから、ミクセリクサーが今度は救急箱から高通気性包帯を取り出して、封を開けて、ファニートリックの腕にわずかに圧迫するように巻く。
「ぐ、ぐぐっ……」
その際も力がかかって痛みがあったのか、ファニートリックはくぐもった声を漏らした。
最後に、やはり救急箱の中から取り出した2つの包帯留めでそれを留める。
「大丈夫ですか?」
「少し……ジンジンと言うか、ピリピリと言うか、そんな感じがしますね……」
ミクセリクサーの問いかけに、ファニートリックはそう答えた。
「魔法少女の身体の回復にはカロリーを摂るのが一番だとラピス・ラズリーヌ
そう言いながら、ミクセリクサーは救急箱を戻した四次元ポーチlightから、さらに何かを探り出す。
何をするのかと、プリズムスプリントとテンペスト、クェイクとインフェルノが覗き込んでいる。
そして、ミクセリクサーは、
「茨城産の無洗米です!」
と言って、2kg用の密閉米びつに袋ごと収められた白米を取り出した。
それを見て、テンペストは仰ぎ見るように、インフェルノは脱力して肩を落とすように、クェイクとプリズムスプリントはつんのめるように、それぞれ崩れ落ちるようなリアクションをとる。
「お前、どうやってそれ炊く気だ!!」
プリズムスプリントが、憤ったような笑っているような表情でツッコむ。
「ちゃんとお水もありますー!」
ミクセリクサーはそう言って、四次元ポーチlightから2lペットボトルのミネラルウォーターを2本、取り出した。
「いや、道具はどうするんだ道具は!」
プリズムスプリントはさらにツッコんだ。
すると、今度は四次元ポーチlightから、
「オークションで見つけたちょっと可愛いガス炊飯器ですー」
と、釜の
再び5人 ──── 今度はデリュージも含めてズッコケる。
「ガスが
プリズムスプリントがツッコんだ。
するとミクセリクサーは、さらに四次元ポーチlightから探り出す。
「スノーピークのギガパワーガス500 イソです!」
「LPG機器用の
プリズムスプリントの顔は、笑って見えるように引き攣り、唇の一方の端がヒクついている。
ただ、このような組み合わせは基本的に自己責任なので注意されたい。特にOD缶は日本ではまだ規格統一が済んでいないので事前情報収集必須だ(よく売っているタテ長のカセットガスはCB缶と呼ばれる)。
そんな事を言っている間に、ミクセリクサーはガス器具を接続し、炊飯器のフタを開けて、内釜に米と水を入れて、フタを閉める。
そして、ミクセリクサーが点火ボタンに手をかけたところで、
「待て!」
と、今度は真面目な顔をしてプリズムスプリントが止めた。
「この中、ガス焚いて大丈夫なのか?」
周囲を見回すようにしながら、ピュア・エレメンツに問いかける。
「それは大丈夫です。インフェルノがガンガン燃やしても大丈夫な程の換気設備が動いてますから」
デリュージがそう言った。インフェルノは少し決まり悪そうに苦笑している。
ミクセリクサーは点火ボタンを押し下げる。バチン、と圧電素子を叩く音がした。のぞき窓からバーナーが点火するのが見える。
「管制室に行かなければ、このあたりの設定は変更できません」
「なら、大丈夫か……」
デリュージがさらに付け足すと、プリズムスプリントはそう言いつつ、再度周囲を見回した。
ミクセリクサーは紙の食器を取り出しながら、
「皆さんの分もよろしければー」
と、ニコニコと笑顔で言った。
「しかし、よろしければはいいが、おかずがないな」
プリズムスプリントが言うと、
「おかずありますー!」
と、ミクセリクサーはそう言って、四次元ポーチlightからSPAM缶3つを取り出した。
「一体どういうチョイスなんだよ……」
プリズムスプリントは呆れたような糸目になってそう言った。
一方、
「サニョー……聞いたことのないメーカーですね」
ガス炊飯器を覗き込むように見つつ、インフェルノは、「SANYO」の文字を見てそう呟いた。
「じゃ、炊きあがるまで、話聞かせてもらっていいでしょうか?」
デリュージがそう言った。ミクセリクサーがデリュージを見る。
「あいつらは何なんですか? 特にグリムハートってやつと、トランプ柄の服の連中」
すると、ミクセリクサーの顔が一転、険しくなる。
「トランプ柄の服の方は、わたしと同じ人造魔法少女だと思います。その、ピュア・エレメンツの皆さんと違って、わたしと同じように最初からそう作られた……──── と言うか、多分、わたしの技術を転用したものだと思います」
「…………ミクセリクサーさんの、この ────」
クェイクが、言いながら自分達を取り囲むように立っているトランプ兵を見る。
「── トランプ兵と同じってことですか」
「はい」
ミクセリクサーが肯定する。
「それに魔法少女としての身体を与えたものだと思います」
「たしか、ヴェールの黒い魔法少女が、シャッフリン、と言ってたよ」
テンペストが言う。
「多分、それがあのトランプ柄の服の、全員がそのひとつの名前なんだと思います。それと、これも推測ですが、わたしと同じように、補充、補給、統括を行う個体があって、それ以外は、どれだけ潰しても補充する方法があると思います」
ミクセリクサーの説明に、
「そんな……それじゃ、あれだけ倒してもまた元通りになるってことですか!?」
と、デリュージが、切羽詰まった表情でミクセリクサーに問い質す。
「はい。なにかの条件はあるかも知れませんが」
ミクセリクサーは短く答えた。そして説明を続ける。
「それに、もっと厄介なのがあの赤い服の女王です」
「グリムハート、だったな」
プリズムスプリントが、思い出すような仕種をしながら言った。
「わたしはあれとよく似た魔法少女に会ったことがあります。というか、多分、グリムハートの試作型が、わたしの知っているグリムローズだったんだと思います」
ミクセリクサーは言う。
「魔法も同じだと仮定するなら、“礼儀知らずは相手にしないよ”。本人が認めた相手以外のすべての干渉を無効にします。攻撃したり、捕まえようとしたり、そういうことが全部効かないんです」
「ちょ……」
プリズムスプリントが絶句する。
「じゃ、じゃあ、そのグリムローズはどうなったんですか?」
インフェルノが訊ねる。
「それは……そこはわたし、
ミクセリクサーは誤魔化しているわけではない。実際、その時の記憶が曖昧だった。怒りとそれをきっかけにした魔法の完全励起、これらからの極度の興奮によるものだ(これ以前にもラピス・ラズリーヌ
その間にも、米の炊ける芳醇な匂いが漂ってきて……──── カチン、と炊飯器の炊飯ボタンが押し込まれた状態から元の位置に上がる。
「炊けたね!」
テンペストが言う。炊飯器のフタに手を伸ばしかけた。
「ああ、もう少し待ってください。蒸らしをしている最中に、ガスの道具は片付けちゃいます!」
ミクセリクサーは、“保温”と書かれたツマミも上げて
「なんか、こんな時なのに悠長な、と言うべきなんでしょうか?」
ミクセリクサーの作業を見ながら、インフェルノが、自身も緊張感に欠けた口調でそう言った。
「まぁ、腹が減ってはなんとやらとは言うからな」
プリズムスプリントはそう言いつつ、ミクセリクサーが取り出しておいた茶碗代わりに丁度いいペーパーボウルを袋から出しはじめる。
「缶も開けますね」
「はい! お願いします!」
クェイクが言い、インフェルノと2人でスパム缶を開けはじめる。ミクセリクサーが返事をした。
「えっと、ナイフは……」
ミクセリクサーがそう言って四次元ポーチlightの中を探り出すと、
「めいちゃんの
「包丁じゃないもん!!」
と、プリズムスプリントの軽口に、テンペストが抗議の声を上げてむくれた。
ご飯をよそって、各々三切れずつのスパムを添えて、
「それでは、いただきます!」
ミクセリクサーの音頭で、食事が始まった。
「すみません、私の為にこのような時間を取らせてしまって」
起き上がって輪に加わったファニートリックが、恥ずかしげに苦笑しながら言う。
輪をつくった四方を、先ほど喚び出されたハートのトランプ兵が囲んでいる。
「ん……で……」
食べる合間に、インフェルノが言う。
「これからどうします?」
「出入口はあそこしかないんですか?」
ファニートリックも、咀嚼物を嚥下してから、クェイクの方を向いて問いかける。
「すみません、私たちもそこしか知らないんです……」
クェイクが申し訳無さそうな表情になって言った。デリュージ、インフェルノも同じように眉を下げる。
「これだけの設備だから、物資搬入口ぐらいあっても良さそうだがなぁ……」
プリズムスプリントがそう言うと、
「へぇっ!?」
と、軽く驚いたような声を上げて、テンペストがプリズムスプリントを見る。
「あかねぇがそういう推理するって意外」
「なんだと(#゚Д゚)ゴルァ」
テンペストの言い種に、プリズムスプリントはテンペストを睨んだ。
「ったく」
プリズムスプリントは、憤った表情で不貞腐れたようにしつつ、残りのSPAMのかけらを口に運び、さらに白飯をかき込んだ。
「でも、確かにありそうだと思うんですが、どうなんです?」
引き継いで、ファニートリックが訊ねた。
「私達がそういうものを見たことはないです……」
クェイクが、やはり申し訳無さそうに言った。
「でも……いえ、それも含めて、一旦管制室に向かうしかないと思います。あそこからなら設備全般の制御ができますし、私達の知らない設備の情報もわかるかも知れない」
デリュージがそう言った。
その言葉に、それまで食べることに夢中になっていたミクセリクサーが顔を上げる。そして、ファニートリックの方に視線を向けた。
ファニートリックの方もそれに気がついてミクセリクサーを見る。
そして、2人で頷きあった。
「では、食べ終わったら管制室に向かうということで!」
「はい」
ミクセリクサーの言葉に、クェイクが返事をした。
ケガの手当について補足
ドレッシング材の他、傷口洗浄も本来なら生理食塩水が適当です。ですが、これもまた無保険で買うとくっそ高い(この用途のは500ml1本で¥5,000前後)ので滅菌精錬水を持ち歩いています。
具体的な感想をいただけると、続きを書くことが捗ります。
Twitter https://twitter.com/kaonohito2
Discord https://discord.gg/WN23qmRnkQ
Discordは「一時メンバー」となりますので、私のオフライン時に来られた方は、「エントランス」及び「一時メンバーの連絡用チャンネル」のアナウンスに従って必要事項を書き残してください。