魔法少女育成計画2-o-H ―La Pucelle: Alive Chronicles 3― 作:神谷萌
「お前ら誰でもいいミクセリクサーを中へ投げろ!」
プリズムスプリントが、そう怒鳴りながら、魔法の風を纏った足で、ミクセリクサーの近くにいた適当なシャッフリンに上段からの飛び蹴りをかまし、返す刀とばかりにもう1体のシャッフリンの顔面に拳を見舞う。
ダイヤのクィーンのトランプ兵が、ミクセリクサーを放り投げる。乱戦の中を飛び越え、上手く着地する。同時に、乱戦を制してインフェルノがそのとなりに飛び出してきた。正面にはスペードのエースのシャッフリン。 ──── デリュージの姿は見えない。
「お願い! ハートの2!」
ミクセリクサーは自身の切り札を召喚する。
スペードのエースのシャッフリンは、ダムウェーターの開口部に落下していったデリュージに気を取られて、一瞬だけ反応が遅れた。ハートの2のトランプ兵に対する先制攻撃に失敗し、懐に飛び込まれ、槍同士で凌ぎ合う。圧力はハートの2のトランプ兵のほうが強い。今度はスペードのエースのシャッフリンの方が追い込まれ始めた。
その間、インフェルノが、
── テンペストも、クェイクもいない!?
と、室内を見渡すが、どこにも、クェイクやテンペストの姿がない。
何度も室内を見回しているうちに、
「!!」
と、インフェルノはそれを見つけた。
『ジョーカーが魔法少女から魔力を吸い取って、デッキ再生用に使うシステムなんだぽん!』
── なら、あいつを仕留めてしまえば、あるいは!!
シャッフリン軍団を薙ぎ払うのに高出力で戦い続けたため、既にインフェルノのラグジュアリーモードは解けてしまっていた。短時間サイクルだが、この場でシャッフリンの再生を止めれば、クェイクとテンペストを捜索する余裕もできる。 ──── インフェルノはそう判断した。
今一度、ティアラのプリンセス・ジュエルに指を伸ばす。
「ラグジュアリーモード・オン」
身体を低くし、自身が槍のようになった勢いで、ハートの2のトランプ兵とスペードのエースのシャッフリンがせめぎあっている間をすり抜ける。
「インフェルノ様!!」
気付いたミクセリクサーが声を上げたときには、インフェルノはもう、キャビネット類の間をすり抜けて、メインサーバが置いてある区画へ疾走する。
グリムハートが立ち上がった。だがもうシャッフリンジョーカーはインフェルノの射程に入っていた、はずだった。
シャッフリンジョーカーを狙って、インフェルノは低い位置に構えた槍から、炎の穂先を伸ばす ──── 確実に捉えた、と思った瞬間、そのシャッフリンジョーカーとインフェルノの間に、グリムハートが立ちはだかった。
炎の槍の穂先は ──── グリムハートに吸い込まれていった。何が起きたのかわからなかった。とにかく、グリムハートは貫かれも燃え上がりもしなかった。背後に庇われたシャッフリンジョーカーにもなにももたらされなかった。
「っ!!」
シュッ
グリムハートが、疾風の如くという表現よりも更に速く動いた。インフェルノに向かって、鉄扇で上段から打ち据えようとする。
ガキンッ!!
インフェルノは咄嗟に身を起こし、槍でその鉄扇を一度は防ぐ。
だが、グリムハートは続けざまに、今度は下から上に向かって鋭く打ち込んでくる。
ガキィンッ!!
槍が弾かれてしまう。手からは離れなかったが、インフェルノは両腕を上げて仰け反った姿勢になってしまった。
ニィ……
一瞬にして追い込まれたインフェルノに、グリムハートを飛び越えたシャッフリンジョーカーが、不気味に笑いながら、鎌を振るってくる。
首に掛かりそうだったところを、更に柔軟に仰け反って逃れようとする────
スパッ……
「っ、あっ……!!」
あわや紙一重、インフェルノの左の乳房を、シャッフリンジョーカーの鎌が
「インフェルノ様!」
ミクセリクサーが飛び込んでくる。
「お願い、ジョーカー!!」
トランプ兵のジョーカーを
「お願い ────」
間髪入れずに、
「── ハートのクィーン!!」
と、出入口の乱戦があった現場にいた、ハートのクィーンのトランプ兵を、一度分解・格納状態にして、目の前に出現させた。
賭けだ。同じ存在を目の前にすれば、グリムハートが一瞬でも怯むかも知れない。
実際のところ、それは期待はずれだった。グリムハートはハートのクィーンのトランプ兵を鉄扇で切り裂こうとする。だが、それがトランプ兵を途中まで切り裂いたところで、食い込んで動かなくなってしまった。
バッ!!
自身の身体に食い込んだ鉄扇を、トランプ兵は奪って放り投げる。
そのまま、ハートのクィーンのトランプ兵は、グリムハートに自身の槍の一撃を入れる。だが、それはインフェルノの炎の槍と同じように、無効化されてしまう。
フッ……
「!?」
一瞬、照明が消えた。コンピューター類の電源も落ちた。すぐに照明は再点灯した。パソコンも起動画面が表示された。
「ミクセリクサー!!」
ネドが声を上げる。
「ジャミングが解除されたぽん! ネクとのリンク同期待ち、LTE波、マジカルフォン共に圏内、FM94.6MHz受信可能だぽん!」
「今の停電で……」
ミクセリクサーは、呟きかけてから、
「ファニートリック様!!」
と、声を上げた。
出入り口付近で、低ナンバーのシャッフリンを
「もう限界です! 脱出しましょう!!」
クェイクもテンペストも見つからない。それどころかデリュージが消され ── 彼女たちはデリュージが落下した瞬間を見ていない ──、インフェルノが深手を負ってしまった。損害が拡大するだけだ。これ以上は損害ばかりが積み重なる。
「相手が手に負えないと解ったらとにかく逃げろ、倒すのは準備を整えてからにするんだ」
このラ・ピュセルからの教えを、ミクセリクサーが今思い出したのは、遅きに失した感がある。デリュージを引きずってでも一度地上に脱出するべきだった。
「ごめんなさい、みんな ────」
ミクセリクサーが、力を使い果たして内蔵デッキに戻っていたトランプ兵をすべて、管制室内に喚び出した。
その時、
バキッ、ズシャッ!!
と、スペードのエースのシャッフリンが仰け反ったところへ、ハートの2のトランプ兵に、顎から頭部を貫かれた。
ハートの2のトランプ兵の方は、過去2戦と異なり、ほとんど破れ目もできていない。
「── 時間稼ぎを、お願いします! 15分!」
ミクセリクサーがそう指示すると、ハートを中心に、トランプ兵はグリムハートに飛びかかっていく。
鉄扇はミクセリクサーが拾っていた。グリムハートは徒手空拳での戦いを強いられている。とは言っても、トランプ兵の攻撃もまた、通じないのだが。
「待って……ください……!!」
息も絶え絶えの様子で、なお仲間の奪還を主張するインフェルノだったが、身動きはできない。ミクセリクサーにひょいと抱え上げられ、管制室の入り口から、通路を出たところにまで連れ出された。
「カフリア様! 少しお願いします!」
「え、ええ……」
ミクセリクサーに頼まれ、カフリアは、インフェルノを受け取って横抱きにする。
ミクセリクサーは四次元ポーチlightから、まず車検屋の名前が入った白タオル、最初の管制室での戦いの時に、ファニートリックにシャッフリンとカフリアを入れ替えて、カフリアを救出するのに使った、褪色した青いシーツを取り出す。
「先生なら! こうすべきだと言うはずです!!」
ミクセリクサーは、そう言ってシーツを引き裂いた。インフェルノの乳房が切り取られた傷口にタオルを押し当て、割いたシーツをインフェルノの胸にきつく巻いた。正しいのかどうかもわからない、応急のさらに応急な処置だった。
「ネクとのリンク同期完了! ミクセリクサー! トップスピードとの合流点が指示されたぽん!」
ネドが言った。
「トップスピード様が!! 来てくれているのですね!!」
最悪の状況で救いがあったと、ミクセリクサーが表情を明るく綻ばせた。
「リフレッシングブリーズも来ているぽん!」
ネドが言う。リフレッシングブリーズは、ミクセリクサーも参加した “ラ・ピュセル最初の魔法少女選抜試験” の首位合格者だ。魔法は “好きな人の怪我を治せるよ”。任意の相手のケガを、どんなに深くても数秒で治療できる。
「行きましょう!!」
「はいっ!」
ミクセリクサーが言い、ファニートリックが
通路をエントランス区画に向かって進む。
追手はない。ミクセリクサーが指示したとおり、トランプ兵の残りが遅滞戦を行っている最中なのだろう。
目の前に、トレーニングルーム区画とブリーフィングルーム区画を仕切る隔壁が見えてきた。
「ちっ、めんどくせぇな!!」
プリズムスプリントが、忌々しそうに言った。
一行は一度、トレーニングルームに入り、そこからブリーフィングルームを抜けて、ブリーフィングルーム区画の通路に出る。しかし……────
「くっそ!」
プリズムスプリントが、それに駆け寄って叩いた。分厚い金属のそれは、プリズムスプリントが魔法少女の力で殴っても、響く音すらしない。
ブリーフィングルーム区画とエントランス区画の間にも、隔壁が下り、閉鎖されてしまっていた。
扉型の隔壁なら、ロック部分をファニートリックが破壊することができるが、上下型はそうはできない。
「…………待つぽん!」
ネドが声を出した。
「これ、今なら手動で開けられるはずだぽん!!」
「え!?」
プリズムスプリントとファニートリックが短く声を上げた。カフリアも明らかに口元で驚いている。
「だけど、手動で開けるったって……」
プリズムスプリントが言い、ミクセリクサーたちが戸惑った表情で周囲をキョロキョロと見回す。
「そこの……っ」
呻くような、というか、呻く声で、インフェルノが言う。震える腕と手で、一点を指した。
「そこの、パネルの中です…………!」
隔壁の左右に張り出して柱のようになっている部分に、金属のフタのようになっている部分があった。
「こいつか!」
プリズムスプリントが駆け寄る。
バネ式の埋め込みシークレットハンドルを、ボタンを押して飛び出させ、フタを開けた。
中に、手回しハンドルがある。
「いよぉし!」
プリズムスプリントはハンドルを握り、ぐるぐると勢いよく回し始める。すると、閉じていた上下式の隔壁が、徐々に上がっていく。
完全に開くのを待たず、インフェルノを抱えたカフリアが少し頭を下げて通れるところまで上がったところで、
「もう充分です! 行きましょう!!」
と、ファニートリックが言う。プリズムスプリントはハンドルを離し、他の4人とともに、隔壁の下をくぐってエントランス区画に移る。
階段を上がり、地上の廃工場に出られる出入口にまで辿り着いた。
ここの扉の構造は、開閉ができるようにテンキー操作部が付いている以外は、他室間が直接つながっている扉に付いていた隔壁扉とほとんど同じだ。
「はい! ファニートリック様!!」
もう解りきったとでも言わんばかりに、ミクセリクサーがAmaz◯nの空きダンボール箱を取り出し、ファニートリックに向かって差し出す。
ファニートリックが、腰飾りの中から手品用の、風呂敷大の布を取り出し、ダンボール箱が完全に覆われるように被せる。
「えいっ」
Amaz◯nの箱と扉のロック部分が入れ替わり、扉のロック部分は欠けて、そこに空きダンボール箱が嵌っているかたちになった。
「うりゃあっ!」
プリズムスプリントが、扉にできた切り欠きに手をかけ、スパーン、と、重厚な扉を一気に開いた。
プリズムスプリントを先頭に、廃工場に飛び出すと……────
「アンタは……」
プリズムスプリントが訊ねるように声を漏らす。視線の先に、別の少女が立っていた。魔法少女だ。一瞬、片脚に見えた。
「重傷者がいるって聞いたっすよ!?」
緊迫した表情で、ラピス・ラズリーヌ
「ラズリーヌII世様!!」
ミクセリクサーが声を上げた。
「時間がないんす! ケガ人は誰っすか!?」
「あ、こ、こちらです!」
再度問い質すラズリーヌIIに、ミクセリクサーは、カフリアが横抱きにしていたインフェルノを示す。
「受け取るっす!」
ラズリーヌIIはそう言い、すくい上げる腕の動きで、カフリアからインフェルノを受け取った。
「あの! わたしも行きます!」
ミクセリクサーが声を上げた。
「…………──」
ラズリーヌIIは、その場にいた全員を見回し、
「よし、全員運ぶっす! 私のどっかに掴まるっす!」
と、ラズリーヌIIはそう言った。
ミクセリクサーが腰、ファニートリックが左上腕部、プリズムスプリントが右上腕部、そして、────
「フリーランスの私としては、もう離れてもいいのだけど、このままにしておくと面倒くさいことになりそうねぇ」
と、言って、カフリアが背後から両肩に掴まった。
「行くっす!」
ラズリーヌIIのテレポートで、その場から魔法少女達の姿が消えた。
地下研究所から西に5km弱。
左海乗馬クラブと少年野球クラブの鮒淵球場、その駐車場に、3台のクルマが間借りしていた。
その傍らに涙滴型の人造アメジストが置いてあり、そこへラピス・ラズリーヌIIndが、横抱きにしているプリンセス・インフェルノを含めた5人の魔法少女とともに、姿を出現させた。
「よし来たな! ケガ人はこっちに乗せろ!」
赤いJC74Wジムニーノマドの傍で、魔法少女に変身した状態のトップスピードが、愛車の後部ドアを開けた状態でそう声を上げる。
「よっこらせっす」
ラズリーヌIIが、インフェルノをジムニーノマドの後部座席に、横たわらせるように乗せた。
「ケガ、治します!」
「お願いします! 左のお胸です!」
ラズリーヌIIと入れ替わるように、リフレッシングブリーズがジムニーノマドの後部座席を覗き込む位置に立つ。そのリフレッシングブリーズに、ミクセリクサーが患部を伝えた。
「じゃ、私はラピュっちリプっちの助太刀に行くっすよ!」
ラズリーヌIIは、自分のSJ30Vジムニーのリアゲートを開けて荷台から、 “ラ・ピュセル最初の魔法少女選抜試験” に偽装訓練生として入り込んだ時に調達した、銀色のレイピアを取り出して、そう言った。
「おう、頼んだぞ!」
トップスピードが言うが早いか、ラズリーヌIIは再びテレポートで姿を消した。
リフレッシングブリーズの魔法は、確定した致命傷には効かない。
果たして、息も絶え絶えの様子だったインフェルノの顔が、徐々に楽な表情になっていく。
やがて、
「う……あ……?」
と、意識も明晰になり、インフェルノは上半身を起こしてジムニーノマドの座席に座った。
「はぁ、良かった……」
リフレッシングブリーズは、安堵に胸を撫で下ろすようにしながら、言った。
「まぁ、助かると解っていたのだけど」
「そうなのか?」
カフリアが呟くように言うと、プリズムスプリントが訊き返した。
「ええ、 “死の印” が出ていなかったもの」
「ああ、そうか……」
カフリアの言葉に、プリズムスプリントが納得の声を出した。
「それじゃあ、あの場では、誰に見えていたんですか?」
ファニートリックが、やや険しい表情で問いかける。
「そうね、あの場では ────────」
一方、快復したインフェルノは、自分の身体を見回す。
胸が、乳房が左右対称ではなくなっていた。
すると、それを見ていたリフレッシングブリーズが、
「……ごめんなさい、私の魔法では、傷口を塞ぐことはできても、欠損した部分を元通りにすることはできないの」
と、申し訳無さそうに言った。
「あ、いいえ」
そのリフレッシングブリーズに対して、インフェルノは強がり混じりの苦笑を浮かべた。
「命を助けていただいたんです。文句は言えませんよ」
「よし、じゃあ、お前さんは一旦
トップスピードが言った。
「え、でも……」
戸惑いつつも、落ち込んだように言葉を詰まらせるインフェルノに対し、トップスピードは、
「まだ、このあたりには研究所をつくった連中、襲った連中、どっちかの人間がウロついてるかもしれんからな。一旦離れた方がいいんだ」
そう言いながら、トップスピードはジムニーノマドの運転席ドアを開ける。
「ああ……ミクセリクサー、お前も乗ってけ」
「わたしもですか!?」
トップスピードの言葉に、ミクセリクサーが訊き返す。
「こいつを匿っておく場所が必要だろ、華乃もラズリーヌもいないんだ。お前さんのアパートが丁度いい」
そう言ってから、トップスピードは運転席のシートに収まる。ステアリングシャフトカバー上の、左手用スタートスイッチでK15B型エンジンを始動させた。
「はい! 解りました!」
ミクセリクサーは、そう答えると、トットット、と駆けていって、反対側から後部座席に、インフェルノの隣に乗り込んだ。
「リフリー、後頼むぜ!」
「解りました!」
運転席ドアを閉める寸前、トップスピードが言うと、リフレッシングブリーズは真摯な表情でそう返した。
「出すぞ」
トップスピードが車内の2人に向かって言う。このジムニーノマドは、右腕のない室田つばめのため、左足ペダル式ATセレクトスイッチ、左手用ウィンカスイッチ、ステアリングノブ(フォークリフトなんかには標準でついているあれである)などが備わった運転補助仕様だ。その左足シーソーペダルでATを“D”に入れ、ブレーキを緩めて発進させる。
「目立つとまずいから無灯火1点6000円、いや? その前に今のカッコ、おまわりにどう説明すっかな」
トップスピードは、周囲に少しでも目立たないよう、魔法少女の暗視能力に頼って無灯火のまま、かろうじてセンターラインのある細い道路を走らせ続ける。
「…………」
「……だいじょうぶ、ですか?」
落ち込んでいるかのように見えたインフェルノに、ミクセリクサーが問いかける。
『私の魔法では、傷口を塞ぐことはできても、欠損した部分を元通りにすることはできないの』
女としての象徴の一部を欠けさせ、歪になった、されてしまった身体。
── それでも、
主要2桁国道に出て曲がったところで、ヘッドライトを
国道に出て直後に、高速道路の左海インターチェンジへ進入する────
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