魔法少女育成計画2-o-H ―La Pucelle: Alive Chronicles 3― 作:神谷萌
──────── 北海道、函館駅からJR線と、新幹線並行在来線転換の第三セクター・道南いさりび鉄道を除くと道内最後の私鉄線を乗り継いで、小一時間ほどの
人小路家がその襲撃を受けた頃、ミクセリクサーもファニートリックこと根村佳代も、左海第一ホテルのツイン和室でぐっすりと寝こけていた。
プリズムスプリントこと緋山朱里も自宅で過ごしていた頃だし、プリンセス・クェイクこと茶藤千子らも、最後の日常の夜を満喫していた。
Interlude
日本人姓に多少なりとも詳しい人なら、そこで少し首を傾げる。これはむしろ、明治期以降の田舎成金の名ではないか、と。
日本の伝統的な高貴な家柄というのは、存外、平凡な姓を名乗っている。大河ドラマのタイトルを見たってそうだ。織田、豊臣、徳川。これらも、それを名乗った人物が傑物として名を残したから目立つのであって、その構成自体はとくに変哲がない。旧宮家出身者ですら、竹田、など、平々凡々とした姓が多い。
では、人小路、という姓はどこから来たのか。
いかにも公家めいた “小路” を含んでいるのに、頭に付く字が “人” である。これは、道そのものではなく、人の流れを扱った家の名だ。鉱山の坑夫だの、山林の従事者だの、港湾荷役だの、そういった場所の人繰りをしていた人物が、それに由来して明治の苗字公称・必称の際に名乗った姓、と見るのが自然だ。
別に、代々金持ちである、ということとは矛盾しない。江戸期から裕福だった家のはずだ。ただ、武士とか公家とか、特別な身分は持っていなかっただろう。
そして、この由来で、金持ちで、大豪邸を持っている、となれば、大抵は北海道か九州と相場が決まっている。多くは、幕末から戦前期にかけて石炭産業に関わって文字通り
そのうえ、町内一つがその家の屋敷だとか、地名にも、駅名にも、バス停にもなっているとかいったら、もうこれは北海道しかない。平地が少なく地価の高い本州以南で、平面方向に邸宅を広げて固定資産税をせっせと自治体に納めるような家は、その代で財を溶かす。
よく考えてほしい。あの豊田家も、かつての家電王の松下家も、そんな家は持っていない。彼ら「本物の上澄み」は、普通は資産を企業・財団・美術館・文化財・不動産会社・持株会社・別荘地・山林などに分散する。そしてそこから、さらに財を成したから今の地位にあるのだ。
そもそも、このクラスの財力を持つ家で、戦前から巨大な企業グループを家産的に握っていた家は、敗戦後、そのままの形では残りにくい。GHQによる財閥解体と、戦後の経済制度の組み替えがあったからだ。トヨタやパナソニックと比較できるような超一流企業の創業家と言うと、東武鉄道の根津家などが例外中の例外として残る。根津家は東武鉄道のほか、関西でも南海鉄道の経営と資本確保に深く関わっていた、鉄道インフラ主体の財閥家として沿線に影響力を残した。
トヨタは戦前からの企業だが、戦後すぐの頃は日産よりも遥かに小さい企業だった。パナソニックも同様で、松下電器グループとして日本有数の企業体になったのは、高度経済成長期に多種多様な家電が家庭を席巻するようになってからだ。林家と内藤家が今でも一定の影響力を持つリンナイも、その例である。
サラリーマンの生涯年収より高い庭石など、豊田家も根津家も、浜松の鈴木家も、そんなことをする
製造業や鉄道業において、凡夫を軽率に扱うなど話にならない。優秀な人だけを甘やかす体質も、軟弱地盤の日本で坑道掘りという狂気の危険地帯に坑夫を送り出してきた、石炭業由来であることが見て取れる。
まあ、確かに亡くなった元当主というのは、ものを見る目はあったのだろう。北海道の資本家の多くは、1997年の北海道拓殖銀行破綻で落ちぶれた。人小路家の先代当主は、それを見抜いて、うまく蓄えを道外に逃していたのだ。
ただ、その影響で、今、北海道経済を牛耳る最強の第二地銀こと北洋銀行とは、うまくいっていないこと請け合いだろうが。
「起きろ護」
ここ数日、人小路邸に泊まり込ませられていた
魚山家は、魚山と名乗る前から代々人小路家に仕えてきた。奉公と言えば聞こえはいいが、日本国憲法ガン無視の隷属関係と言ってしまっていい。
護も、魚山家の当主 ──── と言うほど大層なものではないが、その地位になる男児の兄弟がいない以上、それを受け継ぐ運命しか用意されていなかった。 ────はずだった。
「どうしたんですか、お嬢」
護は不満げな表情をしつつも、庚江にそう訊ねた。
人小路家の方は、庚江は何人かいるきょうだいの末娘だったが、祖父は幼い頃から庚江の聡明さを気に入って、まるで事実上の後継者として帝王学を学ばせてきた。その結果出来上がったのは、しとやかで清楚なお嬢様然とした見た目からはまったく想像のつかない、伊達者がかった男言葉で不遜に話す、君主気質の女子高生だった。
「労働者が資本家を妬んだところで境遇が変わるわけでもあるまいに」
この庚江の言葉に彼女の性格のすべてが凝縮されている。世のサラリーマン家庭が腹を立てているのは資本家よりも政治家と税金というのが定石だ。人小路家の不必要な散財ぶりを莫迦にしていても、羨んでいる世帯は少なくとも少数派だろう。むしろじゃぶじゃぶ使って労働者階層にせっせと
庚江は決して愚昧な人間ではない。 ── ではないが、祖父からの教育のせいで、人心を想い、掌握する能力には決定的に欠けていた。
護にしても、庚江は自身に仕える人物として強く執着してきた。上に立つ者として、庚江が護を守るべき時は守ってきた。だが、護の意思を尊重してきたかと言ったら甚だあやしい。実の家族より長い時間一緒に過ごしてきた護の感情や心を読み取ることはできるらしいが、それを思いやることとはまったく別の話だった。
だから、この時も、
「どうしたんですか、お嬢」
という、護の不満げな言葉に、それを労うような態度はまったく見せなかった。いつもの厭味ったらしい程の自信家の庚江だ。
「賊が侵入している」
「えっ!?」
少しも慌ても緊迫もしていない様子の庚江の言葉に、護は純粋に驚いた。
何重にも張り巡らされているはずのセキュリティシステムは、庚江が操作端末を持っているひとつを除いて、沈黙したままだ。
「生身の姿では危険なようだ」
庚江はそう言った。
2人はある時に、普通の人間にはない力を得た。魔法少女だ。庚江はプフレ、護はシャドウゲールという姿に変わることができる。姿だけではなく、まず身体能力全般が強化される。そして、魔法という特別な能力を使うことができるようになる。
プフレはナイトドレスにも見えるピンク基調の衣装になり、左目を鳩サブレのような眼帯が覆う。そして、車椅子が用意される。その車椅子がプフレの魔法のアイテムで、その能力は “猛スピードで走る魔法の車椅子を使うよ”。プリズムスプリントのそれを上回り、平地では音速に達する。ただ、最高速度で勝る分、足に魔法の風を纏わせて走るプリズムスプリントのように、閉所でも小回りが効いたり、短時間なら水上を駆けたり、跳び上がったり、キックの威力を高めたりと言った応用は、
シャドウゲールは、黒い十字の髪飾りをつけた、どこか時代がかった看護師にも見える黒いコスチュームになる。魔法は “機械を改造してパワーアップできるよ”。機械と名のつくものだったら、自分の背丈より高いスピーカーユニットだろうが、某格闘冒険漫画のスカウターのような機能を持つゴーグルだろうが、改造して機能を付け足したり、性能を向上させたりすることができる。対象についての知識も必ずしも必要では無い。
魚山護は魔法少女シャドウゲールになる前から、人小路庚江に付き従ってきた。それは護の意思ではあるものの、人小路家第一の両親による
庚江はどちらかと言うと悪人だ。そもそも、社会の法よりも自分の方が上位の存在だと思っているという、法治主義の敵以外の何者でもなかった。護はそれに渋々付き従い片棒を担いできた。だから、流石に嫌になって脱走したことがないわけでもなかった。
その結果はいつも散々だった。すぐに追っ手がかかり、2日と経たずに捕まって引きずり戻され、その行動は間違っていると徹底して仕置された。これが護の人格を歪にした原因だった。
だが、一度だけ、護が、と言うより、シャドウゲールが、2週間だか3週間、プフレから引き離されたことがあった。
──── “魔法少女連続失踪事件” だった。
── あなたがそのお嬢様を守りたいというのは、本音ですか?
「まぁ、はい」
── では、あなたはお嬢様の命令に唯々諾々と従うだけで、本当に守れていると思いますか?
「守れているも何も、私にはそれしかできないもので」
── 本当にそれが正しいと、あなたは心の底から思っていますか?
「お嬢はそれしか求めていないので」
── 本心では、お嬢様は間違っている、お嬢様は危うい、そう思うことはありませんか?
「私がそう考えても、どうしようもないんですよ」
── でも、それが原因で、お嬢様を
「…………それは……」
── いずれ、二度と取り返しのつかないことにしたくないのなら、今度はあなたが考えて……行動することを考えなければ。
「それは、お嬢に逆らえってことですか?」
── 必要とあれば、ということです。
「…………私は、お嬢に逆らうことなんて、とても……」
── 嫌われたくない。逆らいたくない。自分で決めて、その結果を苦痛として受け取るのが怖い…………このような考えに取り憑かれている限り、いずれお嬢様がその危機に追い込まれた時に、あなたは行動できない。
「…………」
── そう、あなたは、お嬢様の為に戦うことを放棄しているのです。魔法少女でありながら、ね?
シャドウゲールが主犯の虜になったのは、事件が事件として認識されるよりかなり前、最初の頃の被害者だった。
やがて、主犯のアジトに監査部が乗り込んできた。シャドウゲールはそこで保護、解放された。
なぜか、その前後の記憶が曖昧だった。監査部より前に、数人の ──── 多分、魔法少女が押し入ってきたような覚えがあるが、それでどうなったのかはっきりしない。
主犯は事故死したと聞かされていた。後に、その主犯が “占い師” と呼ばれる様になったことを知った。
プフレは、3年前の “クラムベリー最後の魔法少女選抜試験” 事件が公になった頃から、魔法の国の綱紀粛正を求め、活動するようになっていた。
魔法少女選抜試験を統括する魔法の国・魔法少女部門人事部に食い込み、そこに君臨するべく働いていた。
その途上、そのクラムベリーの犯罪を暴いた、 “名深の4人組”、または、 “
だが ────────
「悪いけど、協力できない。頼むから、必要以上に大騒ぎにしないでくれないか?」
クラムベリー告発の主体であるラ・ピュセルと、その仲間のスノーホワイトと接触した時、プフレの提案に対するラ・ピュセルの答えは、けんもほろろなものだった。
「事件の直後、ボクは自分がクラムベリーのコピーになりかけてるんじゃないかって苦しんだ。リップルがいなかったら実際にそうなってたかも知れない。今は戦意と殺意をまた切り分けられるようになったけど……、クラムベリーの話題そのものはさほど禁忌じゃない。でもそれを理由にボクを神輿にしようっていう話なら勘弁してくれ」
これを聞いて、プフレが荒れに荒れたのは言うまでもない。だが、名深の4人組は魔法少女部門では権勢も戦闘者としての実力も持つ魔王パムと、私的なコネクションを持ってしまっており、さしものプフレも「ここは雌伏のとき」と、最大限の忍耐力をもって堪えたものだった。
── そうだ。このときだ。
シャドウゲールは思い出した。このときもプフレと一緒だった。
プフレは、流石に嫌味のひとつぐらいは刺したかったのだろう、ラ・ピュセルにこう言った。
「君は騎士のような衣装を持っているのに、戦おうとしないのかね?」
それに対する、ラ・ピュセルの答えは────
2人は、窓から外を覗いた。
フルフェイスのヘルメットを被った、複数人の、おそらくは男性、はっきりと見えない巨漢が、人小路邸の庭を闊歩している。それは明らかに、2人が今いる離れに向かっていた。ただ、それにしては、どこかフラフラと、正体のない歩き方をしている。
「なんですか、あれは?」
シャドウゲールの問いに、プフレが答える。
「今のところはわからん。ただ、魔法の国が関与しているのは間違いないな」
「魔法の国?」
シャドウゲールはドキリとした。ラ・ピュセルたち “名深の4人組” のことといい、最近のプフレは、魔法の国の内部に敵をつくり過ぎている気がしたからだ。
もちろん、味方もそれなりにいる。例えば研究部のトップ、初代ラピス・ラズリーヌ、現在はオールド・ブルーと名乗っている彼女だ。オールド・ブルーの研究に、プフレは技術的な見返りを条件に莫大な投資を約束した。
現在、人造魔法少女は3つの勢力が凌ぎを削っている。
ひとつは、研究部が行っている、資質のない女性でも科学技術の併用で魔法少女にしてしまおうというもの。
ひとつは、魔法の国のより上層部、魔法の国の指導者たる三賢人が形成する派閥のひとつ、オスク派が行っている、群体で戦うことを前提とした完全人造魔法少女。
そしてもうひとつは、ミクセリクサーの失敗で研究部やオスク派の技術派閥からスピンアウトする結果になった技術者連中が、そのミクセリクサーつながりで外交部に保護を求めたものだ。 ──── まぁ、これはつい最近に新しいプロジェクトを走らせはじめたばかりで、その
とにかくオスク派とオールド・ブルーは競争関係にある。出し抜かれないよう、資金と人材が必要だった。プフレはそれを提供していた。
また、ミクセリクサーは失敗作とされたとは言え、継続して稼働している以上、技術的に回収したいデータはある。
ここで、 “ラピス・ラズリーヌ一門騒動” が問題になってくる。
ミクセリクサーを監理下に置いている “名深の4人組” は、盤石に近い二代目側勢力で、オールド・ブルーにはまず直接協力しない。
それに比べれば、プフレは、 “名深の4人組” からの印象は良くないとは言え、完全な拒絶にまでは至っていない。だから、オールド・ブルーがミクセリクサーのデータを欲すれば、プフレは期待できる仲介相手だった。
だから、魔法の国の中で、プフレは敵も多いが、より強い味方も多い。
──────── プフレは、侵入者について続ける。
「あの影を見ただろう? あんな、力はありそうだが幽鬼のように動く連中が、複数の警備設備を乗り越えてくるなどといった、玄人じみたことができるかね?」
「それは……でも、だとしたら、誰が?」
「だから、魔法の国、というわけだよ」
訊き返すシャドウゲールに、プフレは口元で不敵に笑い、言った。
唯一反応した警報装置は、シャドウゲールが改造したものだ。それ以外は、プロの警備会社のセキュリティも無効化されていた。そんなことができるとして、プフレたちの人間関係も加えて考えれば、魔法少女か、魔法使いと推測できた。
「そうだとすれば、母屋ではなく、私たちのいるこの離れに向かってくるだろう。危険だ。シェルターに移動して、そこから対策を考えるとしよう」
プフレは、口元の笑みを浮かべたまま、少しも慌てていない冷静な口調でそう言った。
プフレ、庚江が最近建てさせたこの離れの下に、セーフティーシェルターがあった。
魔法の国の者でも、このシェルターの内部にいる私達に手を出すことはできない。シャドウゲールがそう改造したからだ。────そう改造した、はずだった。
「やぁ、遅かったね」
ユニコーンのような角を持つ、白いふわふわのドレスに濃い赤紫のジャケットの ──── 魔法少女は、まるで2人の影の中から出てきたかのように、するりと姿を現した。
「えっ!?」
この声はシャドウゲールのものではなかった。だからこそ驚いた。庚江は、どのような局面にあっても、絶対に取り乱さない。そういう人物のはずだった。なのに今プフレは、想定外のことに驚きの声を上げた。
そして次の瞬間、
ゴトリ
と、プフレの首が床に転がった。
正体はヨーヨーの糸だ。もちろん普通のヨーヨーではない。何らかの魔法のアイテムのヨーヨー、その糸がプフレの首にくるりと巻き付き、そのまま引き絞られて、刃のようにプフレの首を切断した。
「これ、もらってくね」
相手の魔法少女はそう言うと、プフレの車椅子をどこかへ消してしまった。シャドウゲールが気づいたときには、すでに魔法少女の姿は、シャドウゲールが追いつける場所にいなかった。
『今連絡があった。
「そう、ありがとう、同志、と言うべきかしら?」
『勘違いするな。今はあくまで、最終目標が同じ、と言うだけだ』
「ええ、解っていますよ。でも助かったのは事実です。このお礼はいずれ、精神的に」
『二代目に反旗を翻されたんじゃなかったのか?』
「──── それが、なにか?」
『その二代目が言いそうなこと言ってるぞ』
「…………まぁ、流石に冗談として、必ずお礼はしますね」
『期待しないでおく』
「それも寂しいですね。それでは、またいずれ。ありがとう、ウェン」
── あなたがお嬢様の命令に従っているだけだから、本当には守れていないのですよ。だって、いつも戦っているのはお嬢様の方でしょう?
あの、 “占い師” の言葉が頭の中でこだまを繰り返す。
今、 “占い師” の言葉に続けて引きずり出されるようにして、ようやく、
“占い師” は “事故死” して、シャドウゲール達は監査部に解放されたことになっている。
だが、思い出した。シャドウゲールは見ていた。実際に、 “占い師” を斬り倒した魔法少女を。
あの魔法少女が、魔法少女ラ・ピュセルが、プフレに「戦わないのかね」、と言われて、返した言葉は────
「戦わない魔法少女なんていない」
魚山護を、魔法少女シャドウゲールを、絶望が支配した。
私がお嬢の言いつけに従い、戦わなかったから、お嬢は死んだのか。こんな、あっさり、何も成し遂げられずに────────
庚江の顔は、彼女が絶対に衆目に晒したくなかっただろう、驚きの声を上げたときの表情のまま、固くなっていた。
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