魔法少女育成計画2-o-H ―La Pucelle: Alive Chronicles 3― 作:神谷萌
第21話
「ミクセリクサー、ムチャクチャやってんなぁ」
「師匠が師匠」
「それは、あの暴れ方からするとリプっちのことっすね?」
「なんだと」
──── 研究所の通路、その最深部にある、いくつかのランプが光ったり点滅したりしていて、フィーン……という機械音だけが響いてくる部屋。そこに至る通路は、普段から照明を消してあった────────
「プリンセス・デリュージの反応がロストしたぽん!」
「これ以上は危ないかな?」
「私もそう思う」
「右に同じくっす」
「じゃ、始めますか」
バキャッ、バキャキャガリッバキッ、バチンッ、バチンッ!!
────────
────
──
現在、管制室。
グリムハートは怒り狂っていた。
普段ならハートのシャッフリンに怒りをぶつけているところだが、炎の被検体に焼き払われ、ミクセリクサーのトランプ兵に薙ぎ払われ、競技者の魔法少女と手品師の魔法少女に潰され、五体満足な者は残っていない。
耐久力に劣る他のスートのシャッフリンに怒りをぶつければ、残り少ないシャッフリンを更に浪費することになる。
血が滲むかと思うほど両の拳を強く握る。自分の一部である鉄扇も手元になかった。おかげで、徒手空拳でトランプ兵を始末しなければならなかった。それでも、ハートの2のトランプ兵が
── 容易い?
それはグリムハートの怒りの炎に油を注いだ。下賤な魔法少女ども相手に、グリムハートが動かざるを得なかったという事実だけで敗北に等しい屈辱だった。蛮族どもの相手をするためにここへ来たわけではない。王とは上に立つためにいる。なにもする必要はない。するべきではない。そのはずだった。
グリムハートがそこまで動いても、炎の被検体は連れ去られた。水の被検体も居場所がわからない。完全にしてやられた。
グリムハートはプライドを大きく毀損された。最下層、最底辺の存在たる魔法少女に、だ。本来ならば、一族郎党に至るまで皆殺しにしなければ我慢ならないところだ。
だが、それはもうかなわない。隔壁を閉鎖して閉じ込めたつもりが、向こうは隔壁を破れる能力者がいた。かえってこちらの手勢を動きにくくしただけだ。
データは確実に持ち帰ろうと、ダイヤのシャッフリンが2人がかりで、メインサーバ操作用のPCに取り付いていたが、どうにも要領を得ないようだ。
周囲を見渡す。
管制室内の状況は酸鼻を極めた。トランプ兵は力を失えば分解されてミクセリクサーの内蔵デッキに戻る。残されていたのはシャッフリンの大半の死体だ。トランプ兵の槍で何度も突き殺されたもの、ミクセリクサー自ら格闘で顔面や関節を破壊したもの、炎の被検体に骨まで炭化させられたもの……低ナンバーの中には、競技者の魔法少女の蹴りで身体の一部が削り取られたもの、手品師の魔法少女に蹴られ殴られ内臓が破裂したもの、喪服姿の魔法少女に外れた扉で潰れるまで殴られたもの、……────
その中に混じって、砂漠のトレーニングルームに繋がる出入口の傍らに、首と胴が切り離された、大柄な女性の遺体が横たわっていた。大地の被検体の亡骸だ。その名前などグリムハートにはなんの価値もなかった。
その状況を視認して、グリムハートは、
「…………被検体を持ち帰らないのはまずいかのう?」
と、この場で唯一会話が成立する相手、シャッフリンジョーカーに声をかけた。
シャッフリンジョーカーは、それだけでグリムハートの意図を察した。
「この先、帰路を考えると、シャッフリンがここまで欠けているのは支障を来します。致し方ないかと」
シャッフリンジョーカーがそう答えると、グリムハートは、一瞬僅かにだけ満足そうにしてから、腰に括っていた四次元袋に手を入れた。
風の被検体を取り出し、床に転がした。転がった風の被検体は、すぐに仰向けになって上体を起こしつつ、
「いやだ、やだ、やだぁ! 許して、許してください!」
と、泣きじゃくる。
なにを言っているのか、グリムハートに興味はない。ただ、煩いだけだ。風の被検体が上げる泣き声は、グリムハートを苛立たせることはしても、思いとどまらせることにはまったく役に立たなかった。
シャッフリンジョーカーにしても、酷薄そうに不気味な笑みを浮かべて、なんの呵責もなく鎌を振り上げている。
周囲は、残ったシャッフリンが、風の被検体が逃げ出さないよう、取り囲んでいる。魔力切れの風の被検体に、反撃する余力はなかった。
「ごめんなさい! もうしません! 何でもします! だから許してください!!」
風の被検体はついに、頭を床に擦り付けんばかりの勢いで土下座を始めた。
だが、グリムハートにそれは何の意味も価値もない。
ミクセリクサーに持ち去られた鉄扇の代わりに、己の右腕を振って合図をする。
「クビヲハネ ────」
「そのまま頭低くしてろ!」
グリムハートの号令を途中で遮り、絶叫の如き怒鳴り声が響いてきた。かと思うと、次の瞬間に、出入口から長く巨大な剣の刀身が飛び込んできた。
グリムハートは、咄嗟にシャッフリンジョーカーを抱えて伏せた。
巨大剣が室内を薙ぎ払う。風の被検体 ──── プリンセス・テンペストを包囲していたシャッフリンの大半が、逆に首を刎ねられ、血を吹き出させながら倒れた。
テンペストは、なにが起こったのか、と、身体を起こし、そして、見た。
白と金と青と黒の魔法少女が入ってきた。携えている剣は、刃幅8cmほどの常識的なロングソードだが、その鍔の装飾は、確かに先程シャッフリンを薙ぎ払った巨大剣のそれだった。
残っていた、スペードの8のシャッフリンが、魔法少女に向かって槍を構えて飛びかかる。魔法少女はこともなげに槍を躱すと、逆にその槍を掴み、シャッフリンをそのままの勢いで自分のリーチに飛び込ませ、剣でその腹を貫いた。
ほぼ同時に、逆に逃げようとしたシャッフリンには、剣士の魔法少女の背後からクナイが飛んできて、次々に命中した。PCを弄っていたダイヤの2人も、逃げようとする間もなく倒された。
「ミクセリクサーのトランプ兵と似たようなものとは言え、こう、
そう言いながら、剣士の魔法少女は、剣についた血糊を払う。
テンペストの目に、その姿はあまりに強烈だった。
東恩納鳴は、危機を救われて中学生の男の子に恋をした。
その恋のために、プリンセス・テンペストになった。
今、プリンセス・テンペストはより強烈な危機にあった。
そこへ、遥かに圧倒的な力でその危機から救ってくれた。
「プリンセス……テンペストだっけ? 大丈夫?」
「は、はい……」
苦笑交じりに言う剣士の魔法少女 ──── ラ・ピュセルが自分に顔と視線を向けた瞬間、
バンッ……バチッバン……ッ!!
弾けるような爆発音が複数回、響いてきた。
「……っと……タイムリミットが近付いてきてるか……」
ラ・ピュセルはそう言った。
『ラズリーヌIIが引き返してこれると言ってるぽん』
ラ・ピュセルが持つマスター仕様のマジカルフォンから、ネド……ではなく、ネクが、声だけで伝えてくる。
ラズリーヌIIは、ラ・ピュセル達と一緒に侵入してきていたが、テレポートで負傷者 ── プリンセス・インフェルノ ── をリフレッシングブリーズのもとに搬送するため、一度離脱していた。
ラ・ピュセルは左の
そこへ、ラピス・ラズリーヌ
「立てる?」
ラズリーヌIIが、グリムハート達に向かって、険しい表情を向けながらレイピアを構える一方で、ラ・ピュセルは少しだけ屈んで、左手をテンペストに差し出した。
「あ、は、はい」
場違いな、ぽやっとした表情になってしまいつつ、テンペストはラ・ピュセルの手を握って立ち上がった。
「ラズリーヌ、悪いんだけど、その
ラ・ピュセルが、一度テンペストから手を離し、自分も剣をグリムハート達に向かって構えつつ、ラズリーヌIIに向かって言う。
すると、ラズリーヌIIは、
「はいはいっす。例によって良い子にはちょっとお見せできないことするんすね」
と、一気に脱力し、呆れたような様子になってそう言いつつ、テンペストの手をとった。
ラズリーヌIIと彼女が連れ出そうとするテンペストと入れ違いに、忍者風味のビキニ衣装の魔法少女、リップルが管制室に入ってきた。
──── 地下倉庫。
バコンッ、バキンッ!!
薄ピンクの髪を纏め、左右で細めのポン・デ・リングにした、バルーンスカート風の青いベルラインドレスの衣装の魔法少女が、管制室に直接繋がっている
搬器の上面部分を強引に剥がすと、意識がない状態のプリンセス・デリュージが、頭から落ちてくる。一気に搬器の外に出てしまう前に、青いベルラインドレスの魔法少女 ──── ラピス・ラズリーヌ
変身が解けていないということは、死んではいないはずだ。
ラズリーヌIIIがデリュージを横抱きに抱えた時、
「ん……ぅ……」
デリュージが意識を取り戻し始める。
「…………はっ!? えっ!?」
周囲の状況が記憶と一致せず、デリュージは、軽く混乱して、ラズリーヌIIIの腕の中でキョロキョロと周囲を見回す。
「気がついたわね」
「え……」
ラズリーヌIIIに声をかけられ、デリュージはその顔に視線を向けた。
「あなたは?」
「3代目ラピス・ラズリーヌ」
デリュージの問いに、ラズリーヌIIIは微笑みながら答える。
「ラズリーヌ……────」
『魔法少女の身体の回復にはカロリーを摂るのが一番だとラピス・ラズリーヌII世様が言っておられました!』
「── ミクセリクサーが言っていた……」
デリュージの呟きに、ラズリーヌIIIは微笑んだまま、目だけは少し開いて、
「それは、2代目の
と、答えた。
「2代目……」
デリュージが訊き返すと、ラズリーヌIIIの笑みは少しだけ苦笑になった。
「ええ、初代は名前を取り上げたはずだけど、本人が認めていないの」
「あの、それで……」
デリュージは、困惑した様子で問いかけるような言葉を出す。
「田中先生、のところへお連れします」
「田中……先生……」
ラズリーヌIIIの言葉に、デリュージははっとして、表情から緊張が緩む。
「ごめんなさい、遅れてしまって。もっと早く駆けつけていれば、他の仲間も助けられたのに」
ラズリーヌIIIが申し訳無さそうに言うと、デリュージは、
「いいえ……その……」
と、反射的に言いつつも、不安そうな表情になって、ラズリーヌIIIの顔から視線を逸らしてしまう。
その時、
バツンッ、バツッ、バチン!!
という、弾けるような爆発音が聞こえてきた。ラズリーヌIIIがこれを聞くのは、何度目かだった。
いずれにせよ、良い兆候のようには感じ取れなかった。
「とにかく、あなたまで失うわけにはいかない。ここから脱出する」
「はい……────」
「あの!」
室内でラ・ピュセルとリップルがグリムハートたちと対峙する中、ラズリーヌIIとテンペストは砂漠トレーニングルームとの出入口のトレーニングルーム側にいた。
通路はもう、いつUPS室から高温可燃ガスが吹き出してきてもおかしくないのだ。
そのテンペストが、ラズリーヌIIに向かって声を上げた。
「なんっすか?」
ラズリーヌIIが、素の表情で訊き返す。
「そこ、この入り口から入ったすぐ傍に、クェイクが倒れているんだ」
「マジっすか?」
テンペストの言葉に、ラズリーヌIIは、少しだけ大げさに驚いたような声を出した。
「うん、もう死んでるけど……」
テンペストは、哀しそうな表情をして、言う。
「…………」
ラズリーヌIIはわずかにだけ考えた。5秒もかからなかった。
「解ったっす!」
そう言って、ラズリーヌIIは、砂漠トレーニングルームと管制室が繋がる出入口の、閉めてあった隔壁扉を開いた。
ラ・ピュセルとグリムハートが荒い声を出し合っている。その隙に、ラズリーヌIIは、茶藤千子の遺体、首と胴が泣き別れで転がっているそれを、素早くトレーニングルーム側に持ち出した。
「首と胴がバラバラのまま放り込んで、申し訳ないっすけど」
ラズリーヌIIは、トップスピードから預かっていた四次元袋を取り出す。中に、トップスピードが万一のスタック(ここでは、クルマの用語で、タイヤが嵌まり込んで駆動力が伝わらなくなり、身動きできなくなったことを指す)時の滑り止めとして入れてあったボロ毛布を取り出し、それで千子の亡骸を
「仲間は置いて、逃げられないっすよね」
「うん」
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