魔法少女育成計画2-o-H ―La Pucelle: Alive Chronicles 3― 作:神谷萌
「あ、そうだ」
小雪が、何かを思い出したように呟き、
「ラズリーヌ!」
と、居室の側から、DKにいる瑠璃に声をかけた。
「はいはい、なんっすか?」
気付いた瑠璃が訊ね返す。
「自転車のチェーン外れちゃってさ、確かラズリーヌってそういうの得意だったよね?」
小雪が、顔を上げ気味にして瑠璃の方を見ながら、説明しつつ訊ねるように言った。
瑠璃が、自前でジムニーのリアシートを付け替えたり、リアスピーカーを取り付けたりしているのを、小雪は強く興味があるわけではないものの、「すごーい……」程度には見ていた。
「あー……そういえば垂れ下がってたっすね」
瑠璃は、玄関先に置いてあった小雪の自転車の状態を思い出して、そう言う。
「うん、ここに来る途中で外れちゃって」
「わかったっす。帰る前、充分に時間があるうちにまた言ってほしいっす」
瑠璃にそう言われて、
「わかった」
と、小雪もそう返した。
「あ」
颯太がミクセリクサーと話していると、隣に座っていた華乃がそれに気がついた。
「颯太」
「え?」
華乃に名前を呼ばれて、颯太が華乃の方を振り返りかけるが、
「動かないで」
と、華乃がそれを制した。
華乃は卓袱台の下にあった箱ティッシュから1枚取り、それを颯太の頬に近付ける。
「ソース」
「え、あ」
華乃の言葉に颯太が反応している間に、華乃は颯太の頬についていたチキンナゲットのソースを拭き取った。
「ありがとう」
颯太が華乃に礼を言う。
華乃は、視線を颯太からミクセリクサーの方に移し、
「事後でごめんなさい、1枚貰った」
と、言う。
「あ、大丈夫です! リップル様!」
ミクセリクサーは、やや浮かない様子の真剣な表情を苦笑に変えて、華乃にそう返した。
「いやしかし……」
そのミクセリクサーに対して、颯太や華乃の反対側に座っていた朱里が、少し呆れたような表情で言う。
「なんか岸辺って言うとずーっと小雪見てるイメージだったから、なんか、意外っつーか新鮮っつーか」
それに対して、颯太が少し顔を
「魔法少女の件といい、朱里ちゃんはボクをどういう目で見てたのさ」
「どういう目ったって、普通にお前観察してたらそう見えるが」
「観察って……ヒトを珍獣みたいに……」
「だってあたしが知ってる頃の岸辺って実際珍獣に近かったし」
「ちょっと!?」
朱里のあんまりな言い種に、流石に颯太が抗議の声を上げた。
その朱里の更に隣で、小雪が俯きがちにしつつ、少し眉間に皺を寄せていることには、朱里と颯太は気付いていなかった。
「…………ラ・ピュセル、コイビトいたんだ」
今度は華乃が颯太の方を向いているその後ろで、引違い戸のレールを挟んだDK側から、鳴が颯太を見ながらそう言った。
その隣にいた燈も再度振り返り、颯太と華乃を見る。
朱里は、今度は真摯な表情で、
「でも……華乃さん、よく付き合い始めましたね?」
と、華乃に訊ねるように言った。
「ちょっと!?」
颯太が先に抗議の声を上げる。
「いや、真面目な意味でさ。だって今のお前、少なくとも身体は女じゃん……──── って、あ!」
言ってしまってから、朱里はそれが失言気味であることに気がついた。反射的に口元を隠すように手をあてる。
「すみません、華乃さん」
朱里は視線を華乃に向け直して、素直に謝罪の言葉を口にする。
「いい。そんな単純な話じゃないから」
華乃はニュートラルな表情でそう返した。
「単純な話じゃない……」
朱里が、少しだけ眉を
「私は親がどうしようもない人間で……────」
「華乃!?」
説明し始めた華乃を、颯太が驚いた声を出して振り返る。卓袱台を挟んで華乃の向かいに座っていたつばめも、ギョッとしたような表情で華乃に視線を向ける。
「いい、大丈夫だから」
華乃は、颯太にそう言ってから、朱里に視線を向け直す。
「……私は親にも必要とされたことがなかった」
「言い方悪いですけど……毒親ってやつですか」
朱里が訊き返すように言う。
「そう。高校の途中に家を出て、実の親とはそれっきり」
「ヘヴィですね……」
「他人から見るとそうかも知れない。それで、魔法少女になってしばらくして、初めてラ・ピュセルに必要とされた」
華乃のその言葉を聞いて、朱里は、視線を一旦颯太に向ける。
「お前、結構大胆なんだな」
「最初はそういうんじゃないよ」
颯太が、眉のあたりを険しそうにしながらそう言った。
「そのあと ────」
華乃が話を続けると、朱里は視線を華乃に向け直す。
「私が『心優しい、誰かを助けられる魔法少女になりたい』って言ったら、ラ・ピュセルが『もうなれてる』と言ってくれた」
「ボクとしては、あれはなんでリップルが電話かけてきたのか察せなくて、不甲斐なく思ってるんだけど」
颯太は、些か苦々しくそう言ったが、華乃はそれに対して柔らかく反論するように言う。
「でも、私はそのとき、初めて人を好きになった」
「それが、岸辺だったと」
訊き返すような朱里の言葉に、華乃が頷いた。
「その後、ラ・ピュセルとリップルは “共犯者” になった。つまり、今の関係が始まったの」
「へー……」
華乃のその言葉を聞いて、朱里は最初、納得したような感心したような声を出したが、すぐにふっと気付いたようになる。
「でも、それって必要とされてるの、華乃さんって言うよりリップル、ですよね? 魔法少女の」
「魔法少女リップルは私。それ以外の何者でもない」
朱里の怪訝そうな問いかけに、華乃は即答した。
その会話を、鳴と燈は並んで見、聞いていたのだが、
「うっ」
と、突然、燈が自分の口元に手を当てて、強く押さえた。
「す、すみません」
口元を押さえたまま、燈は立ち上がりながら、
「お手洗いお借りします!!」
と、燈にしては乱暴にそう言って、
「あ、はい、どうぞ!」
ミクセリクサーがそう返すより先に、トイレへ向かって駆け出していた。
「…………?」
その時、佳代は瑠璃達と会話していたが、突然に立ち上がってトイレへ駆け込んだ燈に、何かを感じ取って視線で追い、少しだけ置いて立ち上がり、燈を追った。
トイレのドアの前に立つ。中から聞こえてきたのは用を足す音ではない。嘔吐しているときの呻き声だった。
「インフェルノさん!? 大丈夫ですか!?」
驚いた佳代が、反射的にドアを開けてしまった。鍵はかかっていなかった。
「ゲェェェッ、ゲッ、カハァッ……」
燈は、今食べたものを一度、全て戻してしまっていた。胃がカラになってもしばらく胃液を吐き出してから、
「はぁ、はぁ、はぁ……」
と、荒く息をしつつ、便器に向かって屈んだ姿勢のまま、手を伸ばして水を流した。
「あ…………」
立ち上がりかけて、燈はようやく背後に佳代がいたことに気がつき、振り返る。
「すみません、大丈夫です……」
燈は苦笑を作ってそう言うものの、佳代は、顔を僅かに
「その顔は大丈夫じゃないです!」
と、声を上げる。
「…………」
燈は、俯いて視線を床に這わせて、言葉を失ったように押し黙る。
「じゃあ、聞くだけ聞いてください」
「はい。私で良ければ」
多分、相手に理解されなくても、言葉を吐き出したかったのだろう、燈はそう言い、佳代が答えた。
「私、身体は男ですけど、心は女なんです」
「えっ!?」
燈のカミングアウトに、佳代は、ビクッと驚いて、反射的に訊き返す言葉を出していた。
「小さい頃から、自分が男として扱われることに違和感があって……────」
燈は、そこまで言ってから、ヘラっとした苦笑になって顔を上げた。
「すみません、普通の人には気持ち悪い……ですよね。やっぱり」
「あ、いいえ! ただ、ちょっと驚いただけで、別に気持ち悪いとは思わないです」
佳代は真摯にそう言うものの、燈は自嘲するような笑みを口元に作って、続ける。
「そうですか……でも、うん、私、心は女なのに ────」
そこまで言って、燈の口元から笑みが消えた。
「── 好きになるの、
「えっ?」
「つまり、私は精神的に
反射的に訊き返す佳代に、燈は答えた。
単純に驚愕で言葉が止まってしまった佳代に、燈はまた堪えられないかのように顔を伏せてしまう。
「…………えっと、 ────」
佳代が戸惑いながら声に出す。
「それで、…………でも、それって今、インフェルノさんがこうなっちゃった原因じゃない……ですよね…………」
「…………」
訊き返す佳代に、今度は燈の方が少しの間、押し黙ってしまってから、
「私、好きなひとがいたんです」
「
燈の言葉に、その部分だけを反芻する佳代に、燈はまた僅かに沈黙してしまってから、
「私自身が死にそうになってたとか、まだ緊張が張り詰めてたとか、デリュージのこととかで、余裕がなかったんだと思います」
と、言い訳するように言う。
「えっと」
「私 ────」
「クェイクが、好きだったんです」
佳代は、絶句し、目を見開き、両手で自身の口を覆った。
「女性像としても、恋愛対象としても、理想的でした」
「そん……な……」
自身の心を防護するためなのか、苦笑になってしまっている燈の言葉に、佳代は絞り出すように声を出した。
「私……──── あの時! 私たち!」
佳代は、最初の管制室からの撤退を思い出して、目を大きく開いて言う。
「やっぱり! あの時! 2人を置いていかなければ!!」
「あ、いえ!」
自罰しかけた佳代に、燈は慌てて手を振る。
「その後のことを考えると……再突入しても私とデリュージはすぐに戦えなくなっていたと思いますし、ミクセリクサーさんも……」
「でも!」
燈は、その後の戦況を出して判断の妥当性を説くが、佳代はなお反射的に声を出す。
「…………もちろん、悔いがないとは言いません。クェイクだけなら引きずり出して連れていけたかもしれないとは思います」
「それは!」
「でも! そうなってたらテンペストが犠牲になってたってことですよ! クェイクはテンペストをよく気にかけてました。テンペストだけが死んだら今度はクェイクが辛い! だいいち、私自身だってそんなテンペストを死なせる判断なんてできません!!」
「…………!」
振り切るかのように声を上げる燈に、佳代も反論の言葉を失う。
「ただ、私が、苦しいのは……────」
はらり、燈の目から涙が伝う。
「──────── 伝えれば、良かった」
「…………!」
そこからは、堰を切ったかのように、燈は佳代の反応を待たずに一気に言う。
「言えなかった! 気持ちを受け止めてもらえないだけならまだいい! 嫌われたら、気持ち悪がられたらって!! その日からピュア・エレメンツは私の居場所ではなくなってしまう!! クェイクがそんな人じゃないとわかっていても! 怖くて言えなかった! でも! でも ──── ラ・ピュセルさんとリップルさんを見ていたら! やっぱり言えばよかった!! 嫌われても、クェイクに伝えればよかった!!!! もう、もうこの気持ちは、何をしても伝えようがないんです!! どんなに苦しくても! どこにも行き場がないんです! うわ、うわぁあぁぁぁぁぁ……────」
そこまで一気に吐き出し、後はただ、ただ、子どものように泣き声を上げ続けた。
困惑げな佳代の後ろに、カフリアとミキが立っても、構わずに泣き続けた。
──
────
────────
「…………スノスノ、生身の力だと坂とかきついからって、自転車漕ぎながら変身したっすね?」
だらしなくチェーンが垂れ下がった小雪の自転車の状態を確認して、瑠璃は小雪に問い質す。
小雪は、気まずそうに視線を下げ、瑠璃から逸らした。
「これは『チェーンが外れた』とは言わないっす!! 『スプロケが丸坊主になった』っつうんすよ!!」
瑠璃の言う通り、小雪の自転車の駆動軸側のスプロケット(チェーンとの間で動力をやり取りする歯車)は、歯が欠けるかナメるかして、それ自体チェーンが引っかからないようになってしまっていた。
「こんなの直せるわけないっす!! 黒くてでかいホムセンも開いてないこの時間に!」
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