魔法少女育成計画2-o-H ―La Pucelle: Alive Chronicles 3―   作:神谷萌

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第29話

 ミクセリクサーは、自宅アパートの駐車場出入口に、夜間のうちに誰かが散らかしていったゴミの類を片づけていた。

 コンビニ軽食の容器と食べ残しの類だ。若い人間の集団が乱痴気騒ぎをしたような様子だ。しかし、前夜は珍走団が爆音立てていた様子もないし、もしそうならいくら何でも自分が目を覚ます筈だ。

「よいしょっ、と」

 1階の自宅玄関前、2階の通路が軒代わりになっているそこで、内側に名深市指定可燃ゴミ袋が張られた、かなりヨレヨレのフタ付きポリバケツに、チリトリの中の掃き取ったゴミを入れて、フタをする。

 ミクセリクサーがアパート前のゴミ拾いをするのは初めてではなかったが、最初のときは収集日までのつもりで袋で置いておいた生ゴミをカラスだかに荒らされてしまった。それを見ていた近所のおばちゃんが、「もううちでは捨てるつもりだったから」と渡してくれたのがこのポリバケツだ。

 缶やペットボトルの類も、ポリ袋に入れて、ひとまずは収集日まで置いておくことにする。

「ふぅ」

 ミクセリクサーが一息()いたところで、

「ミクセリクサーさーん!」

 と、男性にしては随分高い声で、敷地出入口側の方から声をかけられた。

「あ! インフェルノ様!」

 そう声を出しながらミクセリクサーが振り返ると、もう1人、

「スプリント様!」

 と、ミクセリクサーが声を上げたとおり、ダブルあかり(朱里/燈)が敷地内に入ってくるところだった。

 そして、その後ろにもう1人。

「…………」

 ミクセリクサーは、その顔に覚えがあった。見覚えはあったが、だいぶ印象が違った。該当するその人物を前に見たときは、確か華乃より背が高かったはずだ。それに、顔が丸く小さくなり、目がパッチリしたように見える。けれど、全体、特に顔の構成には確かに見覚えがある。

「あ、ミクセリクサーさん、こちらは……」

 燈が手振りを加えつつその人物を紹介しようとしたが、それを朱里が手で制した。朱里は、なにか楽しそうにニヤニヤしている。

「?」

 ミクセリクサーは、キョトン、としながら一瞬朱里に視線を向けて、すぐ、その人物に向け直す。

 するとその人物は、身につけていたサークレット型のヘッドプロテクター ── ミクセリクサーはそれが少し変わった装いだと理解できない ── の真正面、その中央に嵌った、黄色く澄んだ宝石に、右手の人差し指と中指を揃えてあてる。

「プリンセスモード・オン」

 彼女がそう唱えると、その姿 ──── 茶藤千子の身体を光が包み込み、燕尾構造の赤いタキシード姿に変わった。

「え」

 それを見て、ミクセリクサーの、ツリ目気味の三白眼が真ン(まる)になった。

「え、えっと、今の変身は、インフェルノ様達と同じ……」

 ミクセリクサーは愕然とする。

 ミクセリクサーが二度の死闘で、それに小雪とつばめのファインプレイで叩きつけた“物証”で、シャッフリン・シリーズはオスク派諸共葬った。

 だが、プリンセス・シリーズの方は、まだ開発が続いていたのか、と、ミクセリクサーの心境はそんなところだった。そして、それ自体は間違いではないのだが────

「姉さん」

「え?」

 赤いタキシードの魔法少女、プリンセス・ジャックは、ミクセリクサーをそう呼んだ。

「私、こんなことができます」

 そう言って右手で持ち上げたのは、ミクセリクサーのそれと酷似したタクト。ただしその先端は、ミクセリクサーのスペードに対し、ダイヤになっている。

「お願い、ダイヤの4、ダイヤの3!」

 ジャックがそう唱えると、ジャックそっくりの分身体2体が出現する。分身体はそれぞれ、『◆IV』『◆III』の襟章を着けている。

「こ、これ、これっ……」

 ミクセリクサーは、慌てきって上ずった声を出す。

「私はプロジェクト・ミクセリクサーII、つまり純粋にあなたの次世代型としてつくられた存在、プリンセス・ジャックです。姉さん」

 ジャックはそう名乗り、ニコッと笑った。

「あ、だ、だから、私の妹……────」

 まだ愕然とした様子の、詰まりがちな口調で、ミクセリクサーは言う。

「でも、でも、今の変身の仕方、それに、先程の姿……」

「はい」

 ミクセリクサーの質問を、ジャックは肯定するかたちで答える。

「プリンセスジュエル・システムはインフェルノやテンペストを解析して追加搭載したものですが……──── 私は姉さんの“成熟に時間がかかる”点を克服するため、プリンセス・クェイクの魂を人格として搭載しました」

 ジャックは、どこか誇らしげにすら説明する。

「え、え、それってまた、クェイク様を……────」

 それでもミクセリクサーが、そう嘆くような声を上げかけたのを、

「違います!」

 と、ジャックが強く遮った。

「私は姉さんを肯定するかたちの発展形です。都合よく作り変えたものではありません。些かの調整は受けていますが、人格・記憶・認識、そのすべてを無欠に備えた“茶藤千子”でなければ意味がないんです!」

「ジャック……」

 そこまで聞いて、ようやくミクセリクサーの表情が緩み始めた。

『本来、死んだらおしまいだろ。ボクの場合は違った。 “岸辺颯太” の後に “ラ・ピュセル” が続いていた』

『…… “ラ・ピュセル” は誇りだ。喜びだ。ボクにだけ与えられた福音だ! 岸辺颯太が作り出したもので、岸辺颯太そのものだ!』

 ミクセリクサーはその場にいたわけではないが、後々本人から聞かされたその内容がリフレインする。

『ああ、もう、どいつもこいつも! 世間一般的な価値観に当てはめてボクを不幸扱いしやがって!』

『何が腹立つって自分の幸福を不幸だろと上書きしようとされること程頭に来ることってそうそうないんだよな。こうなってからよっく解ったよ!』

 先生(ラ・ピュセル)にだって否応はなかった。それでも先生は、今を否定されることを激しくいやがる。

 先生は良くてジャックはダメなのか。死の一瞬前なら良くて後ならダメなのか、偶発なら良くて意図的ならダメなのか ──── ミクセリクサーにはもうそれらを説明できない。

「私は姉さんの ────」

 ジャックが更になにか言いかけたとき、ミクセリクサーは、ガバッ、と、正面からジャックを抱きしめていた。

「姉さん」

「何を言ったらいいのかわかりません! クェイク様が生き返られてよかったです! 私に妹ができたのが良かったです! 私の技術が1人の命を繋いだことが誇らしいです! それにそれに ────」

「姉さん……」

 ジャックは、穏やかな顔で言いつつ、抱きついてきた姉の背に自分からも腕を回した。

 

「…………で、お前さん、どうすんだ?」

 一段落して、ミクセリクサーの自宅アパート内に場所を移したところで、DKでお互い立ったまま、朱里が燈に問いかけた。

「どう、って……」

 燈は、ドキッ、として表情を少し引き()らせつつ、曖昧に訊き返すような言葉を出す。

「お前の気持ち、伝えられるようになったぞ」

「えっと、それは、そうなんですが……」

 朱里の具体的な言葉に、燈は、後頭部を掻く仕種をしながら、誤魔化すような苦笑になった。

「その、前のクェイクとイメージがかなり違ってて、気持ちの整理がつかないっていうか……」

 自分の胸の前で指を突き合わせる仕種をしながら、情けない苦笑で燈はそう言った。

 それを聞いて、朱里は、視線を燈の肩越しに、ミクセリクサーとジャックがキャッキャッと戯れている居室内に移した。

「姉さん! 見てください! 私、今は変身を解除しても可愛いでしょう!?」

「はい! ジャックは可愛いです!」

 変身中も変身解除時も身長149cm、顔は丸みを帯びて小さめで、瞳がぱっちりとして愛くるしさがある。それでいて、プリンセス・クェイクまでの茶藤千子を知っている人間には「あれ?」と思わせる程度以上に面影がある。

 茶藤千子としての人格が継承されている経緯はともかく、千子にとって、変身中の仮初ではなく、常に理想である身体を手に入れたことについては「それはそれ、これはこれ」と完全に開き直って喜んでいた。

「まぁ、確かにだいぶ、クェイクさんから変わってるわな。落ち着いてるときはクェイクさんの頃と同じなんだけど……」

 朱里はそう言って、自分もイタズラっぽく苦笑してから、視線を燈に戻し、

「けど……────」

 と、どこかからかうようだった表情を、一気に真剣に、やや険しい表情に変える。

「── 今度は後悔したくないだろ?」

「…………ええ……でも、今は少しだけ、少しだけでいいんで、気持ちの整理をつけさせてもらいたいです」

 朱里の言葉に、燈は、視線を下に逸らしてしまいながら、顔を少し紅くしつつも気まずそうに言う。

「言いたいことはわからんでもないが……」

 朱里もまた、難しい顔になって、頭を掻く仕種をした。

「待てるから」

 2人が言葉を途切れさせかけたところで、燈の背後で居室との引き違い戸の口から、ぬっ、と身を乗り出すようにして、変身済みの姿のジャックが顔を出した。

「わっ!?」

 燈は、驚き、声を出しながら飛び退くようにしつつ振り返る。

「私は姉さんの発展型として、姉さんの強みをより活かすために、生存性を高める技術をこれでもかと採用しているの。今度は簡単にインフェルノの前から消えたりしないから」

「あ、は、はい……」

 本人にそう言われて、燈は、顔を真っ赤にしつつ、身体の前で指を突き合わせてもじもじとさせながら、視線を床に這わせてしまう。

「そう言いながら、プリンセス・シリーズ(おまえさんがた)は無駄に変身してると消耗すんじゃねぇのか?」

 朱里が苦笑しながら言うと、

「大丈夫です」

 と、ジャックは言いきる。

「私は、ベースはミクセリクサー型ですから、分身体召喚用の魔力炉を持っていて、その魔力をプリンセスジュエル・システムの方にも供給できます。変身もラグジュアリーモードも、外部供給の必要はないんですよ」

「外部供給の必要はない、ねぇ……」

 自信に満ち溢れた様子で言うジャックの説明に、朱里は、左海の研究所での戦いを思い出して苦笑する。

 朱里は、頬を掻く仕種をしながら、小声で、

「肝心の魔力炉の燃費は改善されてんのかねぇ」

 と、呟いた。

「ただ」

 ジャックは、視線を燈に向けて、イタズラっぽい微笑みになる。

「インフェルノ自身がおばあちゃんになっちゃう前には、結論出してね?」

 ジャックの言葉に、燈はこれ以上なく決まり悪そうな表情を紅くする。

「は、はい…………」

 燈が恋愛関係で追い詰められたことが確定したところで、

「それぞれお昼ごはんの準備をしようと思うのですが!」

 と、ミクセリクサーがジャックの背後までやってきて、そう言った。

「あー……もうそんな時間か」

 朱里が言う。

「今日は朝の残りを食べきってしまおうと思っていたのですが!」

「朝の残り……か」

 ミクセリクサーの言葉を聞いて、朱里が周囲をキョロキョロと見回し、1DK格安賃貸の狭い調理台に乗っている、ミクセリクサー1人用にしてはやたらでかいガス炊飯器を見つけた。

「また昭和レトロな……」

 電気保温付きのリンナイ製ガス炊飯器を見てそう言いつつ、朱里は不躾にフタを開けて中を見た。

「…………ま、いいだろ」

 そう言って一度フタを閉め、ミクセリクサーに視線を向けて訊ねる。

「おかずを作るのか?」

「オムライスを作ろうと思ってました!」

 ミクセリクサーは、妙に楽しそうに両手を上げてそう言った。

「ま、初対面かなんだか再会なんだかわからんが、ちょうど姉妹の対面なんだし、自宅で料理っていうのもいいかも知れんな」

「そうですね」

 朱里の言葉に、燈が同意の言葉を発した。

「それではとりかかりますー!」

 そう言うと、ミクセリクサーはキッチンに向かう。

「あ、手伝います」

 一度、居室の中から出てきたミクセリクサーに追い越されるようなかたちになったジャックが、そのミクセリクサーを追うように移動する。

「じゃあジャック、冷凍庫から野菜ミックスと合い挽きの挽き肉をお願いします」

 ミクセリクサーは、そう言いながら、P(G)KW-401型ガステーブルの標準バーナー側にフランジの大きな深いフライパン、ハイカロリーバーナー側に使い古した片手中華鍋をそれぞれ取り出して置き、ハイカロリーバーナー側のガスの火を()けた。

 ついでに換気扇の紐を引いて回し始める。

「あれ、オムライス用のフライパンじゃないか。よく持ってんな」

 フランジの大きいフライパンを見て、朱里が意外そうに言う。

「そういうものがあるんですね」

 その言葉に、今度は燈が朱里に訊ねるように言った。

「ああ、フチの広がりが深いから卵がとじやすいだろ?」

「なるほど」

 朱里の説明に燈が納得の声を出す。

「先生が買うと言ったので、わたしも教わるついでにお揃いで買っちゃいました!」

 ミクセリクサーが、フライパンの上で米油を広げながら、朱里の言葉に反応してそう言った。

「先生って……岸辺はまた…………いや、あいつ元々男の割に料理とか凝りそうだな……」

 引き攣った表情で朱里が言い、燈がそのとなりで苦笑している。

「私も結構料理しますが……」

「お前は精神的に女だろうが」

「あ、まぁはい、そうです……」

 そんな事を言っている間に、ミクセリクサーは、ジャックからパッケージごと受け取った、彩りの緑がグリーンピースではない野菜ミックスと挽き肉を、適量フライパンに入れた。温まった油との間でジュージューと音が立つ。フライ返しで(ほぐ)して混ぜる。

「そうしたらジャック、今度は冷蔵庫の扉の外のかごから、チキンコンソメを箱ごと取ってくださーい♪」

「はいっ!」

 妙にウキウキとしてきたミクセリクサーの指示で、ジャックはそれを取ってミクセリクサーに渡す。替わりにミクセリクサーから野菜ミックスと挽き肉の使わなかった分をジャックが受け取って、冷凍室に戻した。

「オムライスっのなっかみっは チキン風味のごっはんっを じゅーじゅーじゅー♪」

 即興で歌いながら、ミクセリクサーは、挽き肉に焼き色がついたところで火を弱め、隣の炊飯器から、おおよそやや多めの4人前分、ご飯を中華鍋に移す。更に粉末小包装のチキンコンソメを適量入れて、再度火を強くして鍋を揺すりながら混ぜる。

 傍らでアシストするジャックの方も、こころなしか心弾むような様子で、ミクセリクサーの即興歌に上半身を揺らしながら、ミクセリクサーの手が入っていくライスを見ている。

「卵溶くのに、小鉢どれだ?」

 食器棚を見た朱里が、ミクセリクサーの背中に向かって問いかける。

「トップスピード様から頂いた、“把手がとれちゃった計量カップ”があるので、それを使ってください!」

「ああこれか」

 ミクセリクサーの言葉通りに、金属製のそれを見つける朱里だったが、ふと手にとってから、

「…………このねじ切れ方……つばめの(あね)さん、変身して料理してたのか? どういうシチュエーションだ?」

 と、怪訝そうに眉間に皺を寄せた。

 その間にも、ミクセリクサーは、ご飯の処理を終えて、中身が入ったままの中華鍋と、フランジの広いフライパンを入れ替える。

 これまた、ジャックに取ってもらった固いバターを、適量切ってフライパンに転がす。

「半熟っは避っけて ふんわりふわっふわ、火を通したたまっごで、包みます ────」

 





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