魔法少女育成計画2-o-H ―La Pucelle: Alive Chronicles 3― 作:神谷萌
「ハッピーバレンタイーン! はい、そうちゃんこれ!」
名深市中宿、華乃邸。
ニッコニコ笑いながら、小雪が颯太にハート型の包みを渡す。
「あ、ありがとう……」
ジャージ姿の颯太は、勢いで突き出されたそれを、反射的に受け取ってしまう。
颯太の掌より少し大きいくらいの、如何にも本命チョコと言った感じの、既製品にはない包装のものだ。
これを華乃邸で渡す小雪も小雪だが、
ぶぃいぃぃぃぃぃん……
「ちょっと! なんでこんな時に掃除機かけてるの!?」
と、小雪が抗議の声を上げたとおり、華乃は華乃で小雪がその目的で来訪したとわかっていて、掃除機をかけ始めている。
華乃は、すっとぼけた表情で、
「工場が非番の日ぐらい私が自分で掃除機かける」
と、言い返すが…………、パナソニックのMC-SR37G、松下電器産業時代の1988年発売『キャニスター7』以来連綿と続くダストセンサー搭載機にもかかわらず、オートパワーコントロールを切って “強” の連続運転にしていたりする。
ついでに、例によってつばめが伝手で
華乃は別に ──── まったく嫉妬していないと言えば嘘になるが、この時期、既にもう一歩踏み込んだ話にまで進んでいることもあって感情的には余裕だ。
だから華乃のこの行動は、
例えばちょっとした雑談の場でも────
「やっぱりそうちゃんには、 “魔法少女スノーホワイト” だけじゃなくて、 “姫河小雪” を見てほしいなぁ」
「姫河小雪を見てる間に私は岸辺華乃」
「私が “姫”、そうちゃんが “騎士” で運命感じない?」
「それぞれ1文字しか対応していない上に颯太は字が違うだろ。だいたい現代風に言うと “独裁者の娘と軍人” だぞそれ」
「────」
「私は “岸辺” に寄せる “細波” で2文字とも完全に合うし、生臭さもない」
「でも、いずれ岸辺華乃になるって、さっき」
「『
「────」
「だいたい小雪の場合、それで運命だっていうなら結婚後はどうするつもりだ。小雪も騎士になるのか? それとも2人して姫になって河に流れてくのか?」
「ひどい! そこまで言わなくたっていいじゃない!!」
── ってなもんである。
ピンポーンピンポーン。
ドアチャイムがなる。いきなり
華乃が掃除機を止めると、
「おーい、岸辺ー!!」
と、その掃除機よりやかましい声が聞こえてきた。
「いるんだろー! 掃除機の音聞こえたぞ!!」
「朱里ちゃん……」
玄関扉前での大声に、颯太は片手で顔を覆う仕種をした。
それから、華乃に先んじて玄関先へ向かう。
颯太が、つっかけを履いて、シンプル極まりないドアノブに手をかけ、扉を開けたところで、
「ハッピーバレンタイーン! そうにぃちゃーん」
と、鳴 ──── というか、プリンセス・テンペストが、真正面から、ほぼ顔面に胸が当たる位置関係で抱きついてきた。
「ちょっ、その……テンペスト……」
テンペストはすぐに降り、颯太と向き合い直した。ニコニコと笑顔になりつつも、くりくりの目を開いて、颯太を見ている。
「朱里ちゃん……もしボクがここにいなかったらどうするつもりだったの」
「先に
颯太の抗議するような声に、朱里はどこか得意そうしつつ、1音1音がやたらはっきりした口調で答える。
「携帯にかけてくれればよかったのに」
「日付的に小雪に知られるとなんか言われそうだったからかけなかった」
「は、はは」
ヤブ睨みしてきた朱里に、颯太は決まり悪そうに苦笑する。
「で、自宅にいないってことは華乃さん
「1人で出歩いてたらどうするんだよ」
朱里の推理の展開に、颯太がニュートラルな表情で訊き返す。
「そうだとしたら、それは華乃さんが仕事の日。あるいは2人で出かけてる可能性もあるけど、いずれにせよセルボがあった。そして掃除機の音がした。こりゃ2人とも中にいるな、と」
「くっ……」
雑に見えて、きっちり順立てて推理している朱里に、颯太は短く声を出した。
「そうにぃちゃん、これ!」
テンペストはそう言って、大きな透明のラッピング袋に包まれたそれを、颯太に差出した。
中身は、濃い黄色、淡い黄色、赤色、水色の4色の包み紙を使った、小さなキャンディ包みのそれがたくさん詰まっている。
「えっと……バレンタインチョコ?」
「うん!」
颯太の問いかけに、テンペストが元気良く答える。
「トリュフと、マーブルと、クランチと、ドレンチェリー入りにしてみました!」
テンペストは、片手を挙げて得意そうに言った。
「ありがとう。……手間かかったでしょ?」
颯太は、包みを見つつ礼を言い、視線をテンペストに戻して、訊き返す。
「
「おい」
テンペストの言い種に、朱里は、まずそれにツッコミを入れてから、
「めいちゃんかなり頑張っただろ。テンペストに変身してだったけど」
と、指摘した。
「そうかな、へへへ」
テンペストは後頭部を掻く仕種をしながら、照れくさそうに苦笑する。
「ま、小雪なんかだと、型に流して固めるだけのをそれも母親に手伝わせて『自分で作った』って言いそうだからな。それも後片付けは100パー母親にやらせてな。それに比べりゃめいちゃん胸張っていいと思うぞ!」
中に本人が居るとは知らずに、朱里が、
ゴンッ!!
と、突っ伏すようにして、おでこを大きめの円形こたつの天板に叩きつけた。
その傍らで、
「相手は小学2年生相手は小学2年生相手は小学2年生相手は小学2年生相手は小学2年生 ────────」
と、華乃が掃除機のパイプを両手で握りながらブツブツと唱えていた。
颯太は献身的な女性に弱い。
小雪の場合は自分達の魔法少女選抜試験とその後の経緯から、颯太の方が恋愛対象として見る力が弱くなっているからあまり心配ない。
だが幼さからの距離の縮め方をしてくる鳴は充分危険だ。
なんなら “幼馴染” を、特権属性ではなくゼロ距離での接触に使ってくる朱里の方が、華乃にとっては小雪よりよっぽど警戒しなければならない相手だった。
「華乃」
先に颯太だけが居室の引違い戸まで戻ってきて、華乃に問いかける。
「上がってもらっていい?」
「ああ、うん……」
最近の華乃にしては、珍しくはっきりしない答え方をする。
「いいって」
颯太が玄関の方を向いてそう言うと、
「お邪魔しまーす!」
「おじゃましまーす!!」
と、朱里とテンペストが上がりこんできた。
「おお、
和室に入るなり、朱里は、随分レトロな松下製ガスストーブを見つけてそこに向かおうとする。7畳半の和室の隅の半畳分が板張り床になっていて、レバー式コックの床埋込ガスコンセントがあって、そこからガスホースがストーブまで伸びている。
「あかねぇちゃんもスプリントに変身してればよかったのに」
「本当だ。痩せ我慢しなきゃよかった」
テンペストの言葉に、朱里はそう返しつつ、ストーブの前に向かおうとする。そのストーブに背中を向ける位置で、こたつに突っ伏したまま、ストーブのガスより燃え尽きている小雪がいた。
「大丈夫」
掃除機を一旦片付けるか掃除機がけを続けるか、華乃が迷って立ち尽くしていると、テンペストが背後から華乃に声をかけてきた。
「最初で最後の本命チョコだから」
そう、プリンセス・テンペストにとって最初で最後の、ラ・ピュセルへの恋の吐露。
颯太がラ・ピュセルの身体で固定されたとき、戸籍の性別の変更を検討したことがあった。
だが、結局それを止めている。だから、身体のことはともかく、法律上は今も男性のままだ。
なぜそうしたか。ラ・ピュセルが見つけてしまったから。
白くて綺麗な夢じゃない、隣に置いておきたい夢を。
そして、そのときはもうすぐ来る。
来年のバレンタインには、テンペストには、鳴にはその余地がない。
だから、 “最初で最後の本命チョコ”。
─☆──☆──☆──☆─
亞ヶ浦村端川新田雛丘、瑠璃のアパート。
「瑠璃おねーちゃん! 遊びに来たー!!」
室田朝希が、靴を脱いで玄関の上がり框を上がるや否や、そう声を上げた。
「はいっすー。何して遊ぶっすか? 今日は寒いから、家の中でできることがいいっすかね」
瑠璃はニコニコ笑顔で朝希を迎える。続いて、母親のつばめも入ってきて、後ろ手に扉を閉めて、中に上がってくる。
「マ◯オカートワールドやろー!」
朝希はそう言うが、瑠璃は困ったように苦笑する。
「あー……あれはSwitch2じゃないとできない……────」
瑠璃がそう言いかけたところで、つばめが、
「持ってきた」
と、口元で笑みながら言った。
「じゃあ……テレビよりパソコンのモニターの方が大きいっすから、そっち使うっすか」
瑠璃はそう言って、パソコン用の2台のモニターのうち19.5インチワイドのモニターを一度パソコンから外して、床に置いた。電源ケーブルは別のものをパソコンデスクの下から取り出してきてつなぐ。
朝希は気が
「落とすなよー」
つばめは、朝希の後ろでそう言いながら、苦笑しつつも見守っていた。だが、朝希が瑠璃の傍で腰を下ろしたのを見てから、室内を見回した。
「お」
誰かがどっかにデッドストックでも抱えているのか、華乃邸のそれよりさらに少し年季の入った円筒形燃焼筒の松下製ガスストーブが
もちろん、瑠璃にまだ子どもはいない。
「
そう言って、無い右手で後頭部を掻くように身体を動かしつつ、苦笑するつばめに対し、瑠璃は、
「こっちが引き取りに行くの前提で¥1,000で譲ってもらったっす。気にしないでいいっす」
と、朝希と一緒にモニターを覗き込む視線はそのままで、そう言った。
「しかしあれだな」
ふと気がついたように、つばめが言う。
「華乃ン
「珍しいらしいっすねぇ」
瑠璃が、朝希とのやり取りの合間にそう返した。
「ああ、普通は火を使う暖房は嫌がる……ん?」
つばめは、言いながらガスストーブのホースを辿っていって、それに気付いた。
キッチンシンクの、コンロ台から見て反対側にニョキッとつきでているガス栓に繋がっていたが、その真下の収納の扉に、
『ガスストーブ利用時は換気をしてください! 雛丘レジデンス・マネジメント』
と、書かれたアルミステッカーを発見した。
「くそっ! そういうことかよ!」
つばめが、わざとらしい戯け混じりの憤りの表情を見せて、声を上げた。
「? どうかしたんすか?」
「3件とも管理会社一緒じゃねぇか! この会社の方針なんだな!?」
瑠璃が、朝希との対戦に神経を向けたまま言葉だけ訊き返すと、つばめは本気ではないものの、毒
「管理会社」
瑠璃は反芻するように言う。
「大家に代わって賃貸住宅の入居者を募集して契約を管理したり、住宅設備を管理したりする会社のことだよ」
「それは知ってるっす。私もそこと話し合ってるっす」
「その管理会社がリフォームとか新築の相談受けた時にガス暖房認めちまったほうがいいって言ってるんだよ」
「まぁエアコン暖房って、普通の壁掛形だと額面より効いてる感じしないっすからねぇ、それに冷え込んでる朝とか、ようやく暖まってきたと思ったところで『ゴッシュー!』とか軽く絶望と殺意わくっすし」
瑠璃が言ったのは、エアコンのヒートポンプ暖房で、室外機の熱交換器の霜付着が一定以上になった時に発生する霜取り動作で、冷房・除湿と暖房を切替えた時と同じようなバルブ切替音がする。
「北海道や青森あたりとは違うといっても、このあたりも冬場は明け方氷点下がデフォルトだからな……」
「正直有り難いっす。
「まぁ……」
つばめは、視線をガスストーブ用のガス栓に戻す。
「こんなあからさまに現場合わせの雑なガス栓ついてんのはここぐらいだがな」
ミクセリクサーのアパートは壁際の床についている普通のガス栓をアルミの密閉されない化粧箱で覆ってある。華乃邸は前述したとおり床埋込式。
「ほっとけっす。灯油給湯器のことといいどーせ私にお似合いのトンチキ物件っす」
瑠璃が、不貞腐れた口調でそう言った、直後 ────
「あーっ! アサっち! そこで赤甲羅はないっすよ!!」
「だってママとばっかり話してるんだもん! すきあり! ってやつだよ」
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