魔法少女育成計画2-o-H ―La Pucelle: Alive Chronicles 3― 作:神谷萌
「そうちゃんが華乃と結婚そうちゃんが結婚……」
「いい加減往生際よくしろ!」
掃き出しの窓から窓の外を見てブツブツ呟く小雪の背後から、朱里がそう怒鳴った。
ミクセリクサーの自宅アパート。
いよいよ翌日に迫ったセレモニーのために、朱里と千子がやってきていた。
そして、小雪はその朱里に軟禁されていた。
「あたしが華乃さんに信用されてお前の監視頼まれてんだ。今日明日と変なことしないよう目ェ離さないからな!」
ここに来るまでも紆余曲折あった。 ──── が、まぁ起こったことを極端に単純化して言うと、千子が運転するクルマで朱里が燈と一緒に姫河家に押しかけ、言葉で説得を試みるが、
「大丈夫だよ、明日はちゃんと
と、柔らかい表情と口調で頑として譲らない。
朱里は、小雪はおとなしいように見えて、こうなるとテコどころか7トン吊りのトラッククレーンでも動かないことを知っている。
仕方がないのでプリズムスプリントに変身して窓から拉致、クルマに放り込み、助手席に同乗していたミクセリクサーがトランプ兵で小雪を抑えつけている間に、小雪の母に朱里と燈が説明できる範囲で説明して拝み倒して、勢いが削がれないうちにミクセリクサーのアパートに連行してきたという次第である。────
「でも、本当に小雪はそうちゃんと結婚すると思ってたんだけどねぇ……」
立ち去り際、小雪の母がそう言った言葉に、燈は後ろ髪引かれるように振り返ったが、
「何してんだ早くしろ!」
と、朱里に急かされてクルマに戻った。
「気にすんな。あたしも言われたことある」
「え?」
車中、気にしている様子の燈に、朱里が、面倒見きれん、といった口調と僅かに憤ったような表情でそう言った。
「別に小雪のおばさんだけじゃないけどな、小さい頃のあたしが岸辺含めた悪ガキ仲間と泥だらけになって遊んでただろ、あたしが岸辺の面倒見てると周りのやつに冷やかされるわけだ」
「あー…………」
そこまでは小児の恋愛ゴシップあるあるだなと、燈は苦笑して頬を掻く仕種をする。自分の場合は少しかたちが変わっていたが、それでも原理は理解できないでもない。
だが、朱里はその先を続ける。
「そうすっと、それに気付いた周りの大人から言われるんだよ。『そうちゃんはゆきちゃんをお嫁さんにするから』ってな。ガキ連中の冷やかしを止めるためだったんだろうが、あたしゃあの時期なりに、『お嫁さんになるのは小雪みたいな可愛い子なんだ、あたしはそうじゃないんだな』って、それなりに凹んだぞ」
「それは……確かに、ちょっと……無神経と言うか……」
ぶっきらぼうな口調で言いきった朱里に、燈はどう言うべきかと言葉を選びつつ、返した。
「それ私知らないことだし、わざわざ言わなくていいじゃない!!
フォースシートから抗議の声を上げる小雪を、セカンドシートのダブルあかりが振り返る。一瞬おいて、朱里の表情が小雪を睨むものになった。
クルマはC120型 日産 バネット コーチ ロング。……──── 例の
──────── 千子が実家に顔を出したのは、プリンセス・ジャックとして
プリンセス・クェイクだった茶藤千子が行方不明になったと騒ぎになり始めた頃だ。それまで、大学生として1人暮らししていたため、発覚が遅れた。家賃と光熱費が親の生活口座からの自動引落だったこともそれを助長した。
年末年始を越えて年度末に向かい始めて、大学が必須履修の未完了や単位不足について連絡するが、本人の携帯に出ない。ついに実家に電話がいって、そこで発覚した。
プリンセス・ジャックになった茶藤千子は、ミクセリクサーのアパートで同居していた。だが、自動車運転免許などが使えないと不便だなとなって、けれどもそれ以上深く考えたわけでもなく、実家に戻ることにした。
「たぶん、姿が違うとか、どうでも良くなってるよ」
最初は訝しがられた。でもよく見ると以前の千子の面影が確かにある。
次に質問攻めにされた。これも先生がそうなったのと同じだった。
少女スケッチのことが完全にバレていたことに閉口した。
それが終わると、両親は泣き出した。泣いて、喜んだ。
成人しているとは言え、娘の生活の痕跡が半年以上途絶えていた。しかも、計画して出ていった様子もない。これは、最悪を想定するところだ。
最悪の想定をしたところに、姿こそ変わり果てているものの、記憶などから本人だとして整合性の取れる人物が姿を現した。
「これは、ウチの娘で間違いありません」
そう言った千子の父が、実家で家族だけになった時に、家族の誰より泣いた。千子に遺伝した愛想のない仏頂面の顔をクシャクシャにして泣いた。
「たのむ、頼むから、こういうかたちで姿を消すのだけはもうやめてくれ ────」
──── 茶藤千子は子どもだった。18歳、20歳を越えたのは儀式にすぎなかった。愛されていた。無条件に愛されていた。親が不器用で気付かせられず、自分も不器用で気付かないだけだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、お父さん ────」
現在。
自動車運転免許証やマイナンバーカードの再発行を終え、千子は現在もミクセリクサーのアパートで同居している。
「大丈夫です。わたしはとても強いです。どんな悪人からも守ってみせるとお約束します!」
ミクセリクサーは、千子の両親に対して得意げにそう言った。少なくとも嘘はついていない。感情的なものを別にすればミクセリクサーに
大学は去年、それに今年度と休学扱いにしたが、多分戻らないだろうとは感じていた。魔法少女以外にもやりたいと思うことがあった。両親にはそのことについて話してある。
それから時間が流れて、明日はその先生の晴れの日となった。
別に千子はバネットを購入したわけではない。と言うか、この時代のオールドタイマーだと軽自動車以外は経済的に厳しい。
つばめが車検屋に送迎に使えるクルマがないかと相談に行ったら、ついでに
千子はそれを受け取って、左海に朱里と燈を迎えに行った。最初、ダブルあかりは電車でいいと断ったのだが、
「一張羅を電車で皺にすることはないだろ? 大丈夫だ、乗り回してこいっつったのは
と、当然電話越しの2人には見えないが、ヘラヘラ笑ってつばめが言い、そういう事になった。
その帰りがけに、姫河家を襲撃したのだった。
そして、ミクセリクサーの自宅アパート ────
「スノーホワイト様! 元気をだしてください!」
DKからの居室の扉を開いて第一声、ミクセリクサーが手を挙げながら、小雪が何で落ち込んでいるのか理解しきれない様子で、ニコニコ笑顔で言う。
「こういうときはご飯を食べれば元気になります! 晩御飯ができました!」
ミクセリクサーは言い、ジャックと2人して、料理や食器を居室に運んできて、卓袱台の上に広げ始めた。
「って、おま!」
朱里が、飛び退くようなリアクションをしながら、顔を
「ギョーザって、明日の事があんのに……」
「だいじょうぶです! においのないジャンボにんにくでつくりましたから!」
「そういう問題じゃねぇよ! しかもこの量……」
大皿に山盛りになった餃子を見て、朱里は呆れつつも息を飲むように言う。
ミクセリクサーの、社会生活上での欠点に “TPOの認識不足” があった。常に張り上げるような声もそうだし、食事にしても、朝から生姜焼きやら麻婆豆腐やら普通に作って客人にも出すわ、と言った様子だ。
ジャックと生活をともにして暫く経つが、この改善についてはあんまり役に立っていない。結局 “先生” に言われないと完全には矯正できない。
「…………食べる」
小雪がボソリと言った。
「へ?」
朱里が反射的に訊き返すが、それには構わず、小雪は卓袱台に向かってどかっと腰をおろした。
「ご飯!!」
「はい、ただいまー!」
─☆──☆──☆──☆─
「で、なんでインフリーはうちなんっすか?」
「さぁ……あ、あのまずいんでしたら、私だけネカフェにでも……」
「着替えどこでするつもりっすか? ってか、そのパンツスーツどこに置いとくつもりっすか」
「でも…………」
「MtFなんっしょう? じゃあ女同士じゃないっすか。さっきのはただ気になっただけっす」
「えっと、それはそうなんですけど……」
「なんかあるんすか?」
「私、MtFなんですけど、その上でLでして……」
「ブッ」
「や、やっぱりまずい……ですよね?」
「私は、
「え、それって……」
「ただし!
「あ! ……は、はい…………」
ピピピピ……
「あーお風呂入ったっす。お客が先っす」
「いいんですか?」
「常識的にそういうもんっしょう?」
「は、はい、じゃあ失礼して、いただきますね……」
─☆──☆──☆──☆─
当日は、生憎と霧雨の煙る天気だった。
魔法少女繰々姫こと姫野希は、成人組のうちではフットワーク軽く動けるということで、佳代とともに受付を担当することになった。
といっても、招待客がせいぜい20人の小さな小さなセレモニーではある。
ほとんどがどちらとも知人で、どちら側の招待客、というのは、はっきりしていない。そして、そのうちのかなりの人間が、魔法少女なのだろう。
希は、そう思いつつも、
「本日はお足元の悪い中、お越しいただきありがとうございます」
と、到着する来賓に挨拶をし、記帳を願い、場内へと案内する。笑顔を保ち、自分でそう思う程度にはテキパキとこなした。
そのうちに ────
「ようこそ、本日は ────────」
一度挨拶のために頭を下げて、上げてから、その姿を直視して、希は絶句してしまった。
「おっと、声は上げないでください」
洒落たシックな装いを身に着け、上手いこと角は隠しているようだが、淡く緑がかった灰色のショートヘア、暗めの赤い瞳、それでいてそれらを不自然に感じさせない調和。どう見たって、魔法少女界隈なら名を知らぬものはおらず、一度目にしたなら忘れられない
「宮仕えの私が言うのもなんですが、今日は所謂、お忍びということでひとつ」
そう言って、普段の巷の噂とは裏腹に、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「生憎の天気となってしまったようですが、お2人にはどうか祝福ある門出になりますことをお祈りしておりますとお伝え下さい。こちら、心ばかりですが、どうぞお収め下さい」
手慣れた所作で、祝儀袋を取り出し、差し出す。
「確かに頂戴致しました」
「あ」
希が礼を述べたところで、思い出したように言う。
「すみません、うっかりしておりまして、日本円を調達しそこなってしまったもので……それだけ、先に謝罪申し上げておきます」
どっからどう見ても日本式の水引祝儀袋には、100
「颯太」
「うん」
「母さんから聞いたことがあると思うが、父さん達は、あのとき最悪の事を考えた」
「…………うん」
多分、そうなっていた可能性は高い。
もし
「だから」
父は言う。
「こんな……──── いや、こうして、この日を迎えられて、私達は幸せだ」
「うん。 ──── ありがとう」
スタッフの案内の声が聞こえてくる。
チャペルの扉が開く。
ヴァージン・ロードの先に、タキシードに身を包んだ、長髪長身の麗人が待っていた。
「ちょ……やめろ小雪! 脇腹突くな! 今それやられると……」
「笑っちゃえ。大声で」
「やめろマジで我慢してるんだから! ドレス交換はやるかもとは聞いてたけど、先行岸辺はかなりくる……────」
一礼して、ウェディングドレス姿の颯太の手が、父親から、黒タキシードの花婿姿の華乃に渡される。
長身の華乃に男装はよく映えた。顔つきも凛々しく、花婿として些かの遜色ない。
対する颯太も、
ただ、この期に及んでも
そして、2人は壇上へ。
「病めるときも 健やかなる時も 喜びの時も 悲しみの時も 互いを愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
もはや言葉にすることは、2人にとって確認に過ぎない。
「はー……やっぱりため息が出ちゃいますねぇ……」
「そうですねぇ……」
佳代と希がそんな話をしている横で、燈が朱里に問いかける。
「あれ? 小雪さんは?」
「小雪さんは場をわきまえない反逆者でしたが、このめいちゃんはきっとうまくやってくれるでしょう」
「へ?」
つい先程まで小雪が座っていたところには、本来のコスチュームからフォーマルドレスに着替えたプリンセス・テンペストが座っていた。
儀式が一通り終わったところで、先に来賓から退場するようにアナウンスされる。
本来なら新郎新婦が先に退場するところだが、天候のせいで段取りが変わった。
最後に2人がチャペルの扉をくぐると、ホワイエに来賓がそこを取り囲むように立っている。
「いくよ ────」
「へっ? ──────── 私っすか!?」
披露宴会場は少人数ゆえ、
高砂の両側、岸辺家両親の反対側は、両親代理として室田昇一・つばめ夫妻が座っている。
上座寄りの友人席では、
「もう、朱里ちゃんひどいよ。式の最中に鳴ちゃんとすり替えるなんて」
と、小雪がむくれていた。
「自業自得だろ。あたしとしては遅れてでもめいちゃんが来てくれて助かったよ。佳代ちゃんがまだ受付にいてくれたのも助かった。サクッと入れ替えられたからな」
「招待状は出席で返してあったからって、お母さんに何度も言ったら、当日電車で行くんならって、ようやく行かせてくれたんだ」
呆れながら言う朱里に、テンペストがそう続いた。
主役を食いかねないほどの派手なパーティードレスを着ている朱里だが、所帯じみて疲れ切ったような様子になってしまっている。
「多分、
小雪がそう言って、自分達よりやや下座に座っている、灰色髪の婦人に視線を向けた。
「…………誰だ?」
「あれ? 知らないの? 朱里ちゃん地域魔法少女なのに?」
訊き返す朱里に、小雪が半ば呆れたように言う。
「名前は知ってる誰かなのかもしれんが、見た覚えはない」
「あの人が ────」
小雪が言いかけたところで、
「では ────」
と、司会の声が被さってきた。
「──新郎新婦が入場となります。皆様、拍手でお迎えください」
その下座の方から、2人が入場してくる ────
「おっ、今度はそう来たか」
朱里がそう言った。
今度は颯太の方がタキシードを身に着け、華乃の ──────── 否、
「なぁ、華乃さんって、今……」
朱里が、小雪に問いかける。
「うん」
小雪の方は、複雑な心情とはまた別に、呆れたように花嫁をヤブ睨みする。
「リップルになってる」
リップルは、手裏剣の髪飾りを外して髪を下ろしてしまうと、生身の華乃の姿と印象が大差なくなる。華乃のときに切り揃っている前髪にクセが出ることと、瞳の色が変わるぐらいだ。その瞳の色も暗い色同士なので、リップルについて知らない人には若干の違和感にしか覚えない。
ただ、身長がリップルの時に160cm、華乃の時に172cmなのが最大の差異だ。
要するに、それを利用している。颯太はラ・ピュセルの169cmで固定されているので、花婿役のときは華乃の姿、花嫁役のときはリップルの姿になって、常に花婿の方が身長が高いようにしていた。
2人が高砂に近付くと、岸辺の母と昇一が、一旦2人の為の椅子を大きく引く。
「ほれ、これ」
つばめが、颯太にそれを手渡した。
「皆様、今一度、この場で誓いの時間を頂戴いたします」
司会がそう言うと、颯太はつばめから手渡された、レプリカの剣を両手で握り、自身の正面で立てる。
そして、あの誓いの言葉を今一度。
「我が愛しの華乃、貴女という
……
…………
……………………
── あの子達は、私のあの子が見られなかった夢を現実にしている。
ラ・ピュセルとリップルの物語には、一区切り。
でも、あくまで一区切り。
── だから、私は…………
世界は回り、思惑は踊り、
「世界を、許さない」
Magical Girl Raising Project "青"
or in the “Automobiles” side story.
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