魔法少女育成計画2-o-H ―La Pucelle: Alive Chronicles 3― 作:神谷萌
名深市子ノ条地区 斯波自動車整備(資)
「ちっす」
「よぉ」
今日も今日とて、来客と出迎える側とは思えない挨拶で始まる。
「いいのか?」
「何が?」
“車検屋” が主語なしで訊くと、つばめは、なんのことじゃいな、と言った感じで振り返り、訊き返す。
「俺も仮にも男だよ? まずいんじゃないの? 既婚者がさぁ……」
「大丈夫だ。お前は女抱くぐらいならサクション管抱いて寝るぐらい昇一もよ━━━━━━━━く知ってる」
つばめの言い種に、車検屋はヘラヘラとした笑みを消して、
「ひでぇ言い方……」
と、言った。
「それに今日はただ遊びに来たってだけでもねぇんだよ」
逆につばめが緩んだ苦笑で言う。
「お、CP22SかK88になんかあったか?」
だらしなく事務机にもたれ掛かるようにして椅子に腰掛けていた車検屋だが、つばめの言葉を聞いて、少し表情を引き締めて問い返す。
「いや。またクソ安い中古車めっけてもらえないかと思ってな」
「ほーん、そういうことか。車種になんか要望は?」
「とりあえず軽なら何でもいいぞ」
つばめの要求を聞いて、車検屋は眼鏡のリムをキランッ、と光らせた。
「お前の知り合いだよな?」
「ああ……たまにここにつれてきたことあんだろ、華乃と颯太と、もう1人」
「あぁ、あの娘な。華乃ちゃんがお前抜きで寄る時も一緒の娘だろ?」
リップルとラ・ピュセルがダム湖畔公園で鍛錬した後、ここに寄っていく事がある。そしてその場合にはたいていスノーホワイト、小雪がくっついている。
それがだいたい夜遅い時間のため、トップスピードとして鍛錬に参加していても、先にラピッドスワローで帰ってしまうことが多い。
「そうそいつ」
「あの娘か……ふむ……」
つばめが肯定すると、車検屋は少し鼻を唸らせる。
「なんでもいいっつったけど、3ドアはまずいだろ?」
「あ、そうだ。旧い軽だとそれがあったな」
車検屋に言われて、つばめははっと思い出したように、無い右手で後頭部を押さえる仕種をしようとする。
たぶんなんのかんの言って颯太を乗せる機会があるだろう。しかし3ドアだと、瑠璃のジムニーのように上下の開口高さがあるクルマならともかく、昔の普通の3ドア軽だと、後部座席に乗ろうとした時につっかえる。
「ちょうど1台仕上がったとこなんだが……それでいいか?」
「え?」
車検屋の言葉に、つばめが一気に怪訝そうな、胡散臭そうな表情になる。
「仕上がったって、またか?」
「ああ」
車検屋がちらりと窓の向こう側を見た。それに気づいて、つばめも視線を向ける。
その先に、赤い軽自動車が停まっていた。1990年代前半までの標準的なスタイルだ。同形式のクルマはまだまだたくさん走っている。なにせ当時一番売れた軽自動車だ。
「11か21のアルトか……まぁまた弄ったんだな?」
「CMの11型だ。ま、ちょっと見るか」
そう言って立ち上がった車検屋につばめが続くかたちで、
「5ドアのワークスかよ!」
近づいて詳細を見るなり、つばめが声を上げた。
スズキ アルトワークスはデートカーのシ◯ビアあたりが裸足で逃げ出すピュアスポーツだ。だからその歴史の大半が軽量な3ドアのみだった。5ドアがあったアルトワークスは、5代目アルトHA12S型のややラグジュアリーかつATのみとなるシングルカム車と、元々ボディの設計に3ドアが存在しない8代目アルトHA36型だけだ。
「
つばめが呆れ返った様子で言う。
「まぁそんなところだ」
「けど過給器は……」
「A-1Pに決まってんだろ」
「偉そうに言ってんじゃない」
自信満々に言う車検屋に対し、つばめは、戯け混じりにも怒ったように眉を吊り上げて言い返した。
「顔も完全に移植したのか」
「ああ。CM11アルトはNAとワークスでボンネットフードのカタチが違うんでな。インタークーラーのインテークが要るだろ? ワンオフで作ってもよかったんだが、使えるから移しちまった」
「おぅ、今回は赤系か」
純正流用のエアクリーナー、スワップしたスーパーチャージャー本体、これまた純正流用のインタークーラー、とつなぐ配管は、ステンレス管を赤いシリコンホースが繋いでいる。
「相変わらずBLITZのブローオフバルブで全量リターンにしてんのな」
つばめが苦笑しながら言う。
ブローオフバルブは、ターボやスーパーチャージャーなど過給器を取り付けたエンジンにおいて、アクセルオフ時や過剰過給などで過給器が送り出す空気に対してエンジンが吸い込む量が極端に小さくなった時に、余剰の空気圧を逃がす受動型バルブだ。過給器システムによってはリリーフバルブ、バイパスバルブなどとも呼ぶ。
全量リターンというのは過給器の手前側に戻して再度過給器に吸い込ませる方式。そのままバルブからエンジンルーム内を介して外気に放出するのを文字通りの大気開放という。リターンと開放を比率で組み合わせる方法などもあるが、現在の日本では全量リターン以外は違法だ(なのでメーカー純正の過給器車はすべて全量リターンである)。だが、ブローオフバルブの作動音がカッコいいということで大気開放に改造する人間は後を絶たない。
「大気開放なんかやるかよ」
車検屋は、逆に車検に通らない違法改造をするのは沽券に関わる、と、憮然とした表情になって言い返した。
「じゃあなんでBLITZ使うんだよ」
つばめが重ねて問う。
「ProCharger純正の半額だからな」
「半額で大丈夫なのかよ」
「BLITZだからな」
「説明になってないようで説明になってるのが悪質だな」
つばめはそう言って、脱力したように苦笑する。
「まぁ後はサクション管次第だ。ステンでカリッと決めて純正エアクリボックスを『スッコーン』って言わせんのが気持ちいいんだろ……」
車検屋はそう言って、悦に入った笑みを浮かべる。
「あれ?」
ボンネットの端、ライトの脇あたりに手を突いていたつばめは、ふっと気がついた。
「ナンバーが4ナンバーだぞ?」
「ああ」
車検屋の反応を聞いて、つばめがそちらに視線を向ける。
「車台側が車検証の本体だよな? エンジン側じゃなくて」
「当たり前だろ」
「構造変更したのか?」
「いや?」
「じゃあ違法改造になっちまうじゃねーか!」
つばめが、憤ったような表情で問い質すように言う。
車検屋は、そこでしてやったりと、ニヤリと笑う。
「ならないんだなこれが」
言って、助手席から車検証を取り出した。
「CL11V・CM11Vには発売当初の半年だけ存在したんだよ。5ドアのバン」
車検屋は、車検証をつばめに見せながらそう言った。
「マジか……」
「税制変更で廃止ンなったんだが、なんせアルト全体があの当時、 “軽自動車のカローラ” って言われるぐらいに売れてたからな。意外なところで出くわすこともあるんだよ」
車検屋は、そこまで説明してふっと一息つくと、
「で、どうする?」
と、気を取り直したように、マトモな表情に戻って、つばめに訊く。
「値段は?」
つばめが訊き返す。
「50万でいい」
「また過給器代だけかよ」
つばめが呆れたように言った。
「車両本体はもともと2台共価値のつかねぇ状態のものだからな。損はしてねぇ」
「物は言いようだな……ま、後は本人にも一度見せねーと」
つばめはビミョーな表情をして、目を上に向ける。
「そりゃそうだ」
後日。
「これですか……」
正面の来客駐車場と工場内・裏の資材・預かり車両置場をつなぐ通路上で、車体を綺麗にされて紅の映える状態のCM11V型 3代目 スズキ アルト 5ドア スーパーチャージャーと、姫河小雪が正面から対面した。
「出目金みたいで可愛いですね」
小雪の言葉に、車検屋がつんのめるように、つばめと颯太が傾くように、それぞれ崩れるリアクションをとった。華乃は平然として、澄まし顔で颯太の後ろに立っている。
「美的感覚の変化に時代の流れを感じるな……」
「お前そこまでのトシじゃねぇだろ」
感傷に浸るように言う車検屋に、つばめが即座に呆れた苦笑でツッコミを入れる。
「あの……」
小雪が、車検屋に向かっておずおずと問いかける。
「この子は、スコンッ、スコンッって言いますか?」
「へ?」
車検屋とつばめは、揃ってキョトン、と目を小さくして小雪を見る。
「小雪ちゃん、なんでブローオフバルブの音知ってんの!?」
「ぶろーおふばるぶ?」
どこか唖然として問い返すつばめに、小雪は明らかに「聞いたことがない単語が出てきた」という様子で小首をかしげる。
「つばめさん」
颯太がつばめを呼んだかと思うと、眉をつり上げつつも気まずそうに、親指で背後を指す。
その先には、真後ろを向いて立っている華乃がいた。
それをみて、つばめは唇を横に細長くしつつ、華乃をヤブ睨みする。
「ボクほどじゃないにしても、普段一番乗ってるクルマがブローオフバルブ年中鳴らしてたら、そりゃそれがデフォルトになりますよ」
颯太のその言葉を聞いて、つばめは今度は顔を手で覆った。
「あ、でもそれだけじゃないんです!」
小雪が言う。
「ウチのクルマはそんな音しないんですけど、なんかかったるく感じて……」
「過給器のトルクドバッは中毒性あるからな……」
小雪の言葉を聞いて、車検屋が言った。
「それとそれと、低い速度から再加速しようとしたとき、突然エンジンがヴァン! っていきなり唸りだすし」
「NAのオートマか」
やはり車検屋が言う。
「うん、キックダウンってのは解るんだけど、華乃のセルボや瑠璃のジムニーは、エンジンブレーキからの再加速で、ギア落とさなくてもぐいっと加速するのに」
「スーチャーはアクセルオンでトルクドバっと来るし、LJ50(SJ30ジムニーの2ストロークエンジン)は低い回転数で粘るからな……」
「過給器沼ついでにMT沼にも肩まで浸かっちゃってんじゃねぇか」
小雪の言葉を解析する車検屋に、呆れ返った様子のつばめが、だらりと腕を垂らした姿勢でそう言った。
「ま、こいつは大丈夫だ。CP22S……──── 華乃ちゃんのセルボほどじゃねーが、たぶん満足できる仕上がりになってる」
「わかりました! じゃあ、これにします!」
車検屋が自信有りげに言うと、小雪はそれを信じ切った様子でそう言った。
「見た目も可愛いですし」
妙に興奮した様子の小雪に対して、颯太が、小雪と車検屋、つばめを疲れたような目で見ている。
「いいのかなぁ……」
─☆──☆──☆──☆─
私の恋は終わりました。
初恋は実らないといいます。
でも、リップルだって初恋のはずです。
どうして違ったのでしょうか?
いいえ、わかっています。
私は夢の中に浸かって戻ってこないことがよくあります。
そうちゃんはクラムベリーとの戦いの後、
「どうやって魔法少女を現実にするか」
を、ずっと考えていました。
私はそれでも夢の中にいました。
リップルはそうちゃんと一緒に現実を考えました。
その差です。
もう理解しています。
だから、いつまでも未練たらしいことはしていたくありません。
でも……────
「素敵な恋がしたいなぁ……」
小雪は、はーっ、とため息をついた。
名深市中宿、華乃邸。
台所では、決して広くない流し台に向かって2人が並んで、晩御飯の準備をしている。
恋愛思想的にも物理的にもあそこに入っていく自信はない。小雪には、目の前に置かれたアナログタイマー付炊飯器がご飯を炊き上げるのを、こたつにあたりながら見守っているのが精一杯だ。
今日の晩御飯の主菜は、最近妙に凝りだして2人で釣りに行くようになった瑠璃とミキが釣ってきた、カレイをムニエルにするとのことだった。
カレイの方は颯太が捌いて下ごしらえして、グリル用アルミトレーに乗せていく。
その間、華乃は豚汁の準備をしている。
華乃は実親にネグレクトと事実上の精神的虐待をされていたため、自分の親から教わった料理は存在しないと言っていい。
だから、最近はいちいちレシピを見なくても作れるようになった汁物の類のほとんどは、颯太から教わった。
だが、それらは、元はと言えば颯太が岸辺の母から教えてもらったり、見て盗んだりしたものだ。それがレパートリーに乏しかった華乃に伝わって、結局、それが所謂 “おふくろの味” として受け継がれていくということなのだろう。
小雪は再度深くため息をついた。
── 明るいうちに帰ればよかった。
今更ながらに後悔する。
以前から “もう夫婦のよう” と言われてたとはいえ、実際には新婚半年未満。そりゃあ並んで台所に立って、キャッキャウフフしたい時期に決まってる。
「もう3人分で予定立てちゃったからさぁ……」
そう言う颯太の言葉についつい甘えたのがいけなかった。
「恋がしたい」
もう一度声に出した。今、喪失感で飢えていて危ないのは解ってる。でも、飢えてるって言っちゃえるほど素敵な恋がしたい。
── 私の理想の恋ってどんなだろう…………
小雪は考える。姫河小雪の恋愛の原点はやっぱり岸辺颯太だ。でも焦がれるほどの想いという点ならラ・ピュセルだろう。あの劇的な再会と、自分を守ってくれる “騎士” に憧れた。
そして小雪はこの頃の自分に苛立つ。自分の魔法はラ・ピュセルにも益があったとはいえ、何かあると途端にラ・ピュセルへ片務的になってしまう。これが結局ラ・ピュセルを死なせかけた。
今ならそんなことはない。まだラ・ピュセルやリップルほどではないといっても、『殴ってくるレーダーサイト』ぐらいには言われるようになった。少なくとも守られる一方じゃなくて肩を並べて戦える。でもそうなれたときには全部遅かった。
ラ・ピュセルが動けなかった一時、スノーホワイトはラ・ピュセルの為にキャンディー集めに奔走した。今のラ・ピュセルは「それだって戦いだ」と言ってはくれる。
ただそれでもどちらがどちらの負担になったかを考えると、メルヴィルとの戦いの時も含めて、自分の方がより負担になった、スノーホワイトとしてその自覚はある。
恋愛を語るのにそれを厳密に計るのはおかしな話かもしれないが、現実問題としてリップルに対する圧倒的ビハインドを作り出したのは残酷なほどの事実だ。
── もし2周目があったら、最初から「足手まといにはなりたくない」ぐらいは言いたいな。でも、それはそれで、クラムベリーと戦う前のラ・ピュセルの自尊心を傷つけるな……
そこまで考えたところで、小雪は自分の頭の前あたりを手で払うような仕種をした。
── 今また、ああいう出会いがあったらな……
自分が危機に陥ったとき、颯爽と現れて助けてくれる騎士様。
そういうインパクトが欲しい。その後、守られるだけのお姫様でいるか、肩を並べて戦うかは別の話だ。今なら後者だってできる。でもラ・ピュセルはもう1人はいない。
── 颯爽と、私を助けに来てくれる騎士様……
憧れてとろんとする。こたつに両頬杖をつく。
ちらりと、22インチ液晶テレビの下に視線を向ける。
そこには、100均の円弧型室温計とともに、
『18℃で弱! 23℃で消す!!』
と、女性にしては固い華乃の字で書かれたボール紙の
温度計は21℃を指している。小雪が後ろのガスストーブを振り返る。松下GS-2410(P)の火力スライダーは最強になっている。
── 現実見ろってことかなぁ……
温度計とガスストーブの関係に、妙な生々しさを感じた小雪は、軽くため息を吐いて、身体を捻り、ガスストーブの火力スライダーに手をのばす。
── えっ?
火力スライダーを最弱に絞ったときだ。
脳裏にその光景がよぎった。
『ラピス・ラズリーヌ、白い乙女を助けるために只今参上』
── いた…………
数日後。
亞ヶ浦村端川新田雛丘、瑠璃の自宅アパート。
「…………なんか最近、時折強い視線を感じるんすよね……」
ラピス・ラズリーヌ
「ラズリーヌって、気配とか読むの得意だろ? それでなにかわからないの?」
不思議そうに、颯太が訊き返す。
「それが、感じるのは敵意とか悪意じゃないんっすよ。だからうまく読みきれなくて……」
「ふーん……」
『魔法少女育成計画 「青」 ―La Pucelle: Alive Chronicles 4―』
https://syosetu.org/novel/422091/
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