魔法少女育成計画2-o-H ―La Pucelle: Alive Chronicles 3― 作:神谷萌
「どうぞ、お飲みください」
燈が、ドリンクサーバーからメロンソーダを注いだコップを、会議机に向かった椅子に腰掛けた、ミクセリクサーとファニートリックの前まで運んできた。
「ありがとうございます! いただきます!」
「すみません、いただきます」
2人が礼を言う。
「ああ、今お持ちします。あ、えっと……」
燈が朱里に向かって言いかけ、どう呼ぶべきか詰まる。
「まぁプリズムスプリント、スプリントでいいが……────」
朱里は、そこまで言って、一度ちらりと鳴を見てから、
「一応名乗っとくなら、緋山朱里だ」
と、言った。
「え、あなたも “あかり” って言うんですか?」
燈が、驚いて訊き返す。
「え、お前さんもなのか?」
朱里もハッと驚いて、反射的に訊き返した。
「はい。赤星燈といいます」
「男と同じ名前とはな……」
朱里は、唖然とした様子で言ってから、妙な苦笑になった。
「あ……その……」
朱里の反応を見て、燈は、はっと気付き、気まずそうに声を出す。
実は、燈は生まれた時は
それを朱里は知らないが、
「まぁ、今どきもっと奇抜な名前、いくらでもあるんだろうし、それぐらいでどうってこともないか」
と、軽く笑い飛ばすように言った。
「DQNネームですね!」
「ちょっ、お前……」
ミクセリクサーの言葉に、朱里は、どこか辟易したように表情を歪める。
「先生が言ってました!」
「あのバカ……」
ミクセリクサーの言葉に、朱里は目元を片手で覆う。
「汚いネットスラングを人前で使うんじゃありません! 身内以外との会話の時は『キラキラネーム』って言おうな?」
「はい! わかりましたスプリント様!」
苦く口を左右に広げた笑いで朱里が言うと、ミクセリクサーは片手を上げて元気よく言った。この施設に入ってきたときのテンションの下がりが、元に戻ったように見えた。
「それで、あかねぇちゃん」
「あ、ああ、なに? めいちゃん」
鳴に呼ばれて、朱里がそちらの方を向く。
「結局、あかねぇちゃんは研究所には所属してないんだよね?」
「まぁ、そうだけど……」
爛漫そうに訊いてくる鳴に、朱里は少し言葉尻を濁すように返す。
「じゃあ、どうやって魔法少女になったの?」
「ああ、えっと……あたしの場合は……────」
─☆──☆──☆──☆─
それは、去年の夏休みの少し前頃のことだった。
この頃、朱里は、
「五月病明けの高校デビュー」
と、言われるようになっていた。
もともと陽に焼けて明るめなことが多い髪の毛を、赤みがかった色に染めた。それまでついぞやったことがないメイクに手を出し、アイシャドウまで塗るようになった。制服を着崩して、放課後はカラオケボックスやゲームセンターに入り浸る日ができた。
ただ、理由は明白だったから、周囲も、朱里の表面の変化を茶化しても、笑い話に収まる程度以上にはしなかった。
──── 小学校低学年の頃、朱里はどちらかと言うと男子と一緒になって泥だらけになって遊んでいるタイプの女児だった。高学年になって、親の都合で名深市から左海市に引っ越して、転校して、そこで陸上クラブに入った。
それからの思春期前半、青春を、情熱をそれに注ぎ込んだ。
このまま、少なくとも高校を出るまでは、あるいは大学に行ってもか、それともひょっとしたらプロを目指せるのか、と、それは将来のビジョンなんてものではなく、ただ将来に何の疑問も持たずに、高揚に燃えてひたすら打ち込んでいた。
それが、高校に入って、その1年生のゴールデンウィークが明けた頃だった。
陸上部での練習中に起こした事故で、脚に深手を負った。
幸い、命に別状はなかった。脚も、日常生活には支障はなかった。
だが、脚を使う競技はもうできないと言われた。無理をすれば立つことも不可能になると。
立てなくなってもいい、できるところまでやらせてくれ、そう言いかけた言葉は飲み込まざるを得なかった。朱里にはまだ小学生の妹がいる。朱里が歩けないような身体になって、家族の負担になるわけにいかなかった。
朱里の生活態度が一変したのは、実にこの直後からだった。
競技者としての人生が突然に閉ざされた後、
「あたしには、他にどんな価値があるんだ」
と、自己評価の迷走に苦しめられた。
小さい頃から、男女、男勝り、悪ガキ、生まれてくる性別を間違えた。そんなことばっかり言われていた。陸上競技は、それを価値のあるものに昇華させてくれるものだった。
それが失われた。途端に自分が無価値になったように思えた。
身体の発達には恵まれた方だった。身長こそ平均より多少高いところで止まったが、ふと鏡を見たら、中学の頃まで頭の悪い男子が喜びそうな女性の身体の要素を備えていた。
だから、それから人が変わったように、自分を飾るようになった。女子高生にしてはくどいほどの化粧をして、制服に手を入れ、アクセサリーをじゃらじゃらと身につけるようになった。
ただ、睫毛に対する持論はもっと前からあった。小学校の頃の同級生に、おとなしめの
あの大地震の年以来、珍しくまとまって雨の降る梅雨時が過ぎる頃、縁起でもない夢を見た。岸辺颯太の葬式の夢だ。それがやたらと気になって、さして親しかった記憶もない彼に電話した。
そして、電話を切ってから、気づいた。
「なんで、あいつ、
16歳だ。本人は高校浪人して高1ではない、と言っていたが、性徴まで浪人してくれるわけではないだろう。記憶の中そのままのソプラノは出せなくなっているのが普通のはずだった。
どういうわけか、それが喉に刺さった魚の小骨のように気になって仕方ない、そんな日が2日すぎた。
ある日の放課後、その日は特に誰かと付き合う約束もなく、下校をはじめた。小雨が降っていた。傘をささずに歩くにはちょっと濡れすぎる。
正門から出て、左海の城址公園の方へ向かって、学校前の3桁国道を歩きだしてまもなくだった。かつてなにかの設備があったのかもしれないが、今となっては何故か脈絡もなく設置されているやたら豪華な郵便ポストの前で、それを手渡された。
封のされていない封筒を開けて取り出したものは、何かの案内図だった。
「駅の反対側じゃないか。それもちょっと離れてるな」
最初はなんだコレと思いつつ、なんとなく放っておくことができなかった。
県下最大、メガ地銀のひとつにも数えられる銀行の本店脇を抜けて、南二丁目の
市内電車は、機関区が併設されていた名残のある左海駅の北側を東へ過ぎた辺りで、JR線の線路を渡って南側へ出る。蒸気機関車時代は転車台が2基もある名門機関区だったが、電化の際に隣の捷州駅隣接の巨大な電車区が設置され、それ以降は支線の気動車を担当していたが、その機能も移転されて、現在は正式な車両基地ではなくなっていた。
市内電車は駅南側市街地の東側を抜けると、やがて専用軌道に入る。車窓の外に田畑が多くなってくる。
北へ向かって県道を歩く。
一度も使われたことのない鉄道高架が見えてくる。この高架は、名深経由の既存線とは別に、県下を海岸まわりで左海市に至る路線として、鉄道建設公団が建設していた路線だったが、当時、もはや解体が運命づけられていた国鉄が
その後、市内電車と並走する二桁国道のバイパスとして転用しようだとか、そんな話もあったが、どの再活用案も実現しないまま放擲され老朽化するに任せていた。
再活用案も大地震でもはや夢物語となり、やがて危険建造物として左海市の東端部から撤去が始まったが、遅々として進んでいない。
「…………」
その高架の真下あたりで、制服姿の女子を見つけた。高校生ではない。
── ありゃ、
駅南側市街地にある中学校だ。
その女子中学生は、何かを手に持って、高架の下の北側を向いて、キョロキョロとしていた。
── こんなところでなにしてるんだ?
高校生と中学生に大して年齢差はないが、朱里の通う県立左海第二高等学校には、このあたりから電車で通学している生徒もいる。もっと遠い、市外の朋府駅からJR線に乗って通学している者もいる。
だが中学生は学区制だから、義務教育の公立中ならその外から通学してくることもない。
これが逆に、このあたりの中学校の生徒が左海駅前にいるというのならまだ解る。だがその逆は、何をやっているんだろうかと怪訝になる。
── この先にモツ煮込みで有名な食堂があったはずだけど……この雨の中、女子中学生がわざわざやってくるようなところか?
いや、偏見かもしれないが、と思いつつ、朱里はその女子中学生の脇を、追い越すようなかたちで通り過ぎる。
どことなく、平凡な女子中学生のテンプレートのような姿だと思った。
── でも、こういうのが意外とモテるんだ。
その女子中学生の容姿を見て、朱里は思った。毎日のように下駄箱にラブレターが入っているタイプではない。だが、────
── 小雪と近いタイプなんだよな。
そんなことを気にしながら通り過ぎたから、朱里は、その女子中学生が
隣に観音堂がある公民館に辿り着いた。無人だったが、不用心にも鍵はかかっていなかった。その建物の中に入った時────
「Congratulations!! あなたは魔法少女に選ばれました! ようこそ、プリズムスプリント!!」
─☆──☆──☆──☆─
「──────── って感じだから、あたしのは参考にならないだろ?」
朱里は苦笑しながら、そう言った。
「へー……」
鳴は、興味があるんだかないんだかという感じでそう言った。
「うーん、ある意味私達と似ているような?」
燈は小首を傾げるような姿勢で言った。
「市内にあたしともう1人しか候補がいなかったんだと。だから、あの魔法のインクで印刷された案内図を読み解いて先に辿り着いた方ってことになったらしい」
「そうだったんですね!」
ミクセリクサーが言う。
「そうではない場合は、どうなんですか?」
燈がファニートリックに視線を向けて言う。
「あ、すみません、私はちょっと……」
ファニートリックは、自分の前に手を立てて押し返すような仕種をしつつ、困惑げな苦笑になる。
「そうですね、本来は、もっと、10人から20人くらい候補生を集めて、選抜試験をするのが普通だそうです!」
ミクセリクサーが言った。燈やファニートリック、それに朱里の視線が、ミクセリクサーに向く。
「そうなんですか」
ファニートリックが感心したような声で言う。
「はい! わたしも候補生でした!」
「へぇ」
ファニートリックは、ただそう言ったが、
「ちょ、ちょっと待て」
と、朱里が軽く驚いたような声を出した。
「お前さん、はじめっから魔法少女として造られたんだろ?」
「はい!」
ミクセリクサーは、ひたすら他意なく、ニコニコと笑顔で答える。
「なのに選抜試験やったの?」
「はい!」
ミクセリクサーは、声を張り上げてそう言ってから、
「あ、でも、わたしは参加しただけ、みたいなものでして!」
と、少しだけ苦笑になってそう言った。
「えっと、体験だけはさせとこうとか、そんなところですか?」
「はい、そんな感じです」
ファニートリックが聞き、ミクセリクサーが答えた。
「いちおう! 2位で終了しましたが!」
ミクセリクサーは誇らしげに言う。
「本来の選抜試験って、どんなことするんだ?」
朱里の問いに、ミクセリクサーが答える。
「わたしたちの時は、困っている人を助けて、それをカウントする “マジカルキャンディー” を貰った数を競うかたちでした!」
「ふーん……それだと、あたし魔法少女になってなかったかもしれないな……」
「そうですか?」
妙に引き攣ったような苦笑を浮かべる朱里に対し、ミクセリクサーは問い返すような声をかけた。
「ディスラプターと戦う……というわけでは、ないんですね?」
燈が問いかける。
「わたしたちの選抜試験はそういう内容でしたが! 魔法でつくったダミーのエネミーと戦うみたいなこともあるそうです」
「へー……」
ミクセリクサーの答えを、朱里と燈は、朱里の単調な声とともに聞き流しかけたが、
「…………!」
ファニートリックは、何かに気づいたように目を広げた。
「じゃあ、戦いは本分ではない、というのとは違うんですね?」
燈が訊く。
「はい! 魔法少女はなんらかのかたちで戦うものだと、先生もラズリーヌ
ミクセリクサーは妙に楽しそうに言うが、それを聞いた朱里は、妙な苦笑になった。
「聞いてる。『魔法少女なのにレベルを上げて物理で殴るを地で行ったバカ』とか言われてんだろ、あいつ……」
「へっ?」
燈の顔がキョトン、とした。
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