魔法少女育成計画2-o-H ―La Pucelle: Alive Chronicles 3― 作:神谷萌
「えっと…………デリュージ、なにかできそう?」
研究所の管制室。
奈美は、研究所内の設備を設定する為のパソコンを操作している。
そこへ、魔力の薬のケースを持った千子が戻ってきて、奈美の背後から声をかけた。
研究所、というが、実際、研究設備らしいものが動いているところを、ピュア・エレメンツの4人が見た覚えはない。先程のブリーフィングルーム、いくつかの想定環境ごとにつくられた複数のトレーニングルーム、それにこの管制室。それと、魔力の薬が保管されている倉庫。
敢えてそれっぽい部屋があるとすれば、回収できたディスラプターを保管・加工するための部屋ぐらいか。
それから、最深部にある、いくつかのランプが光ったり点滅したりしていて、フィーン……という機械音だけが響いてくる部屋。そこに至る通路は、普段から照明を消してあった。
某怪盗の三代目の、劇場用映画第1作で出てきたような、胎児みたいなものが入ったガラス容器が大量に並んでいて、コポコポいっている、というような部屋は見たことがなかった。
そもそも、ここで4人以外の人間は、田中先生、以外に会った覚えもなかった。田中先生曰く、「安全のために研究員は外でデータを受け取り作業している」、ということだった。
その田中先生も、最後に会ったのはいつだったか。思い返してみると、随分前から会っていないように思える。
「ダメ、なにか通信に使うアプリとか、通信先のリストとか探してみたけど……そもそも、普通に使っているパソコンとぜんぜん違うんだもの!」
奈美は、そう言って一度マウスから手を放した。
ピュア・エレメンツのメンバーが普段から使うことがあるのは、パソコンなら基本的にWindowsのものばかりだ。千子はMacが欲しいと思ったことがあったが、高価でとても手が出ない。
しかし、この管制室のパソコンは、そのどちらでもなかった。当然、スマートフォンのAndroidでもない。
奈美と千子は、管制室の片隅を見た。
背の低いタンスほどもあるコンピューターが、2台動いている。
そのどちらがどちらかまで教えられていなかったが、片方は設備を制御する為のメインコンピューターで、もう片方はデータを外部とやり取りするためのコンピューターだと、田中先生は言っていた。
どちらも電源が入っていて、冷却ファンの音が聞こえ、ランプがチカチカとしている。だが、見た感じ、操作するためのモニターとか、キーボードとか、マウスとかはない。田中先生の言葉を信じるなら、外部から遠隔で制御されているのだろう。
ピュア・エレメンツの4人がこれを弄ったことはない。彼女たちが操作できるのは、こことブリーフィングルームにある何台かのパソコンだけだ。
ピュア・エレメンツに加入してから、今まで田中先生の言葉を疑ったことはなかった。それが今日、初めて疑念を抱いた。
普通の人間にはどうしようもないはず、そのために魔法少女を訓練しているはずの、ディスラプターをいともかんたんに倒してしまった、自分達とは明らかに毛色の違う3人組。
『魔法少女ですー!』
白い衣装の少女はそう名乗った。
『研究部、ではなくてですか?』
『はい、魔法の国の技術研究部門です……私もそれほど詳しくないのですが』
手品師のような衣装の少女は、そう訊き、そう告げた。
『こいつらが、密造された人造魔法少女なんだよ』
テンペストと面識があるらしい、トレーニングウェア風の衣装の少女は、そう言った。
『密造』
その単語が、奈美と千子の脳裏に重くのしかかっていた。
決して体裁のいいものではない。
考えてみればおかしな話だ。
ディスラプターは左海市でかつてないほど盛んに活動していて、事態を重く見た日本政府がこの研究所を設置して、魔法少女部隊の拠点とすることを決定した。と、聞かされていた。
この研究所の設備を見た時は、確かにこれほどのものは政府の力がなければ無理だと考え、納得した。
だが、それがなぜ左海市なのか、その説明を聞いたことがない。
異世界の侵略者と教えられていたが、それがなぜいち地方都市の、それも人口密集地をわざと外れて現れるのか。
普通に考えれば東京を、いやそもそも地球を侵略するならアメリカあたりを攻撃しないと意味がないんじゃないのか。日本は核兵器さえ持っていない。
それに ──── これは、奈美はまだはっきりと認識しておらず、千子だけが言語化していたが ──── そもそも、募集の文句では年齢は関係なかったはずだ。あまつさえ、本来の性別すら問わない。なら、なぜ────
千子は大学生だ。燈は高校生だと言っていた。だから自分と燈はまだわかる。就業可能年齢だ。けれど奈美はまだ中学生だ。どれだけ
年齢が関係ないなら、自衛官や警察官から候補者を選べばいいのではないか?
これが、本当に日本政府が主導しているプロジェクトなのか? 大学生の千子は、法治主義の意味はもう習っている。
一度冷水をぶっかけられると、なんでそんなことに気づいていなかったんだ、という考えが浮かんでくる。
自分達は、なにに身を委ねてしまったのか。
「あの、……」
千子は、奈美に次の行動に移ろう、と、声をかけようとしたが、どうしてもおずおずとしたものになってしまう。プリンセス・クェイクと自分は同一の存在のはずなのに、千子に戻ってしまうと、自分の中では兎も角、身内の3人にも声をかけるのに躊躇してしまう。
「何、クェイク?」
「えっと……一度、ブリーフィングルームに。あの人達に、聞きたいことが」
「…………そうね、ここでなにかしようとしても時間の無駄みたいだし」
千子に比べて、奈美は普段から自信に満ち溢れているようだった。
奈美はまだ、千子よりも、あくまで相対的にだが、自分達について楽観視していた。そもそも、他の3人が正しいことを言っているとは限らない。あの3人の方が出鱈目を言っている可能性だってある、というよりずっと高いだろう、と。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………?」
そのブリーフィングルームでは、その場にいる面子の視線が、ファニートリックに集まっていた。ミクセリクサーはその理由がわからず、ニコニコとしているだけだったが。
「えっと、なんですか?」
「いや……」
ファニートリックが苦笑しながら訊くと、朱里が微妙な表情をしながら言ってから、いったん視線をミクセリクサーに向けた。
「ミクセリクサーは、変身を解除するってことできるのか?」
「いいえ。わたしはずっとこの姿です」
朱里の問いに、ミクセリクサーは、キョトン、とした様子になって答えた。
すると、朱里は視線をファニートリックに戻す。
「だから────」
朱里は、ミクセリクサーの頭をポンポンとしながら、言う。
「── こいつを例外とすると、この中で、あたしが変身を解いた姿を見たことがないのはお前だけだな、と」
朱里の言葉に、燈と鳴もこくんと頷いた。
「あれっ?」
ファニートリックが、呆気にとられたような声を出す。
「スプリントさんにも、お見せしていませんでしたっけ?」
「見てない」
あっさりと答えられ、ファニートリックはおたつきながら、視線をミクセリクサーに向ける。
「わたしの記憶では、左海駅で子どもをあやした後は、ホテルに居る時以外、ずっとファニートリック様のままだったかと!」
ミクセリクサーは、魔法少女が変身している時・していない時を問わず、魔法少女のことは魔法少女名で呼ぶクセがついてしまっているが、まぁ意味はわかる。
「そ、そうでしたっけ……」
ファニートリックは、笑顔を引き攣らせてから、一旦、ふぅ、と、息を
魔法少女は本来、その正体を他人には知られないようにするものだ。正体がわかると、変身していない平時の自分を危険に晒すことになったり、社会的に不利になったりする。
だが、この場では事情があったとは言え、ピュア・エレメンツの面々はすでに正体を晒しているし、それに対して、プリズムスプリント、朱里も、鳴に正体を見せるために変身を解いた。結果としてピュア・エレメンツの警戒心が薄れた。
ファニートリックはその言葉までは知らないが、 “無害性の証明” をしていることは理解できた。こちらもあくまで捜索が主目的で、無闇矢鱈と争いたいわけではない。
「仕方ありませんね……」
そう言って、再度ため息を吐いてから、一旦変身を解除した。
ファニートリックの姿に比べて、落ち着いた、どこにでもいる高校1年生の少女、私服姿の根村佳代の姿になった。
「…………なんだろうねぇ、定番の魔法少女ってのは、やっぱりこう、変身前は特にクセのないやつ、ってのがお決まりなのかねぇ」
佳代の姿を見て、朱里は、苦笑しながらそう言った。
「先生は!?」
ミクセリクサーが勢いよく問いかける。
「…………あたしが覚えてる限りは、あいつ、魔法少女趣味は目立たないようにしてたし、割と平凡だろ? 男だけど」
朱里は、考え込むかのように視線を上に向けつつ、難しそうにそう言ったが、
「見たことありません!」
「え」
と、ミクセリクサーの声に、朱里は短く声を出した。
「あ、そうか、あいつ元の姿に戻れなくなってるんだっけ……」
「はいです!」
ガクッと崩れ落ちるようなリアクションとともに言う朱里に、ミクセリクサーは元気良くそれを肯定した。
その時、燈が色めき立ったような表情をしたが、それには誰も気づかなかった。
「あ、クェイク、デリュージ」
鳴が声を上げた。
会話が一段落してしまったところで、見計らったかのように、千子と奈美が戻ってきた。
奈美は、佳代を見て、軽くギョッとしたようになりながら、
「あれ、そっちの子は?」
と、誰かにというよりは、反射的に、問いかける声を出した。
「あ、…………えっと」
燈が奈美と千子に言おうとしたが、言葉に詰まってしまう。
「あ、私です」
自分に視線を向けているんだと気づいた佳代は、その場で変身をかける。
佳代の身体が光を放ち、ショートスリーブのサマージャケットにアウターキャミソール、ミニキュロットスカートという衣装が光の粒子に分解される。
ありふれた黒髪は黒と薄ピンクの2トーンカラーになる。肩と首周りを覆うショートスリーブの黒いシュラッグ、ストラップレスでセミセパレート・セミハイレグの白いボディスーツ、ディープピンクの腰羽飾り、肩と手首の白いカフス、網タイツに黒いハイヒールのパンプス、そしてツバメのような尻尾が出現し、魔法少女ファニートリックの姿になった。
「ほら────」
ニコッ、と、可愛らしく愛想笑いしながらファニートリックは言うが、
「!?」
ガタタタッ
燈と鳴が調度品を鳴らし、千子が手提げのケースの底を床にぶつけてしまう。
「?」
「どうか! しましたか!?」
朱里が不思議そうな表情を向け、ミクセリクサーが声に出して訊ねる。
ピュア・エレメンツの4人は、全員、驚愕の表情でファニートリックを見ている。
「なんで、プリンセス・ジュエルなしで変身できるの!?」
鳴が声を上げた。
「プリンセス・ジュエルですか!?」
ミクセリクサーが訊き返す。
「私達が変身や力の制御に使っているアイテムです。待機時は宝石のかたちをしていて……」
燈が言葉で説明しようとしているのを余所に、千子は濃いが澄んだ黄色の、卵型の宝石を取り出して、それを自分の額よりやや上辺りに当てる。
「プリンセスモード・オン」
千子がそう唱えると、その宝石から光が溢れ出し、千子の身体を包み込んだ。ただ、そこからはあまり変哲がないとも言えた。
光の中で、女性としては巨躯気味の千子の身体がやや縮み、少女、と言うよりは二十歳そこそこの可愛らしさと美麗さを兼ね備えた姿になる。腹部の開いた、片腕だけの提灯袖にフリルスカート付きのスーツ、それぞれ片脚ずつの黒いタイツと瞳のように見えるガーターリング、銀色のティアラにたてがみのような頭飾り、そして竜のような黒褐色の尻尾が出現し、プリンセス・クェイクの姿になった。宝石はそのティアラに嵌り、輝いている。
「こんな感じです」
雰囲気が変わり、ぱちりと目を開いたクェイクが、そう言った。
「うーん……変身用アイテムかぁ……そんなのは初めて聞いたなぁ。いや、詳しいわけじゃないんだけど」
朱里が言った。
「宝石なら、ラピス・ラズリーヌ
ミクセリクサーは、片手を上げてそう言った。
「へっくしっぃっす!」
「夏風邪はなんとかがひくんだよなぁ……」
「誰がバカっすか!?」
「── でも、それはあくまで格好つけ、ですよね?」
ファニートリックが、ミクセリクサーを見てそう言った。
「まぁ、そういう例があるとはあたしも聞いてるけど、自分じゃめんどくさくてなぁ」
朱里は、椅子に座って会議机によりかかるようにしながら、そう言ってから、どこか決まり悪そうに苦笑する。
「じゃあ、あかねぇちゃんも、プリンセス・ジュエルなしで変身できるの?」
「できるよ」
鳴に聞かれて、朱里は身を起こすこともせずに、ちょいと
「えーっ!?」
それを見て、鳴は、驚きに不満が混じった様子で、声を上げた。
「…………あの、変身していいんですか?」
燈が、おずおずとした様子で、胸の前で左右の人差し指を突き合わせながら、クェイクと奈美に向かって訊ねる。燈は17歳、奈美は14歳のはずだが、柔和な顔つきが自信なさげにも見える燈と、常にどこか颯爽とした様子の奈美とを比べると、身長がほとんど変わらないこともあって、どちらが歳上なのかわからないところがある。
「当面の薬は持ってきたから、変身してもいいよ」
クェイクが答えると、燈はほっ、と安堵したように息を吐いた。
「なんだか、ここにいる時は変身した姿じゃないと落ち着かなくて……」
誤魔化すように苦笑しながら、燈はそう言った。
クェイクは優しげに苦笑し、奈美は、軽く呆れたように鼻からため息を吐いた。
「じゃあ私も……」
奈美は、水色の自分のプリンセス・ジュエルを取り出し、額に当てる。緋色の燈、澄んだ薄黄色の鳴も、それに倣う。
「しかしあれね……」
変身を終え、ビキニ衣装のデリュージが、彼我を比べて妙にしみじみという。
「私達とそちらで、随分露出度が違うわね……」
「あたしとこいつが、たまたま露出度が低いんだよ」
プリズムスプリントは、ミクセリクサーの頭をぽんぽんとしながら言う。
「ファニートリックと……ああ、その黒い衣装のひとは、あまり変わらないじゃないか」
「えっ、なっ!?」
プリズムスプリントの言葉に、ファニートリックが、面食らった声を出し、反射的にプリズムスプリントの方を振り向く。
「網タイツが却ってエロティックかも知れない……」
「なっ……!?」
ファニートリックは、詰まった声を出しながら、今度はデリュージの方を向く。
その様子を、インフェルノとテンペストがクスクスと笑って見ていた。
「露出度ということでしたら! リップル様もビキニ忍者ですが!」
ミクセリクサーが言い、
「えっ、そうなの!?」
「一度会っただけですが……確か、そうでしたね……」
と、プリズムスプリントがそれに軽く驚き、ファニートリックが、引き攣った苦笑を浮かべた。
「はくちっ」
「夏風邪か? こじらすと厄介だぞ」
「気をつける」
「なんで私と扱いが違うっすか!?」
「ああ、すみません。今気づいたんですが」
インフェルノが、笑顔のまま改めて切り出す。
「ちゃんと、名乗っていませんでしたね」
「あ、そういえば……」
「ちゃんとした自己紹介が、まだでした!」
プリズムスプリントとミクセリクサーが反応した。
ミクセリクサーが、片手を挙げる。
「はい、では! わたしはミクセリクサーと言います! 人造魔法少女です!!」
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