魔法少女育成計画2-o-H ―La Pucelle: Alive Chronicles 3― 作:神谷萌
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プリンセス・テンペストは、魔法少女の姿のまま、自宅へ帰り着いた。
玄関を通らず、窓から自分の部屋にはいる。
── やった、やった!
声に出すのを我慢して、心の中で喝采を上げる。
手鏡で自分の姿を見る。
少な く見積もっても、小学6年生ぐらいには見える。
──あかねぇちゃんが来ないなら、チャンスだ。
テンペスト ── 鳴には、好きな人がいた。
鳴の、他の周りの下品な男子とは一線を画す、品が良く優しい
去年の子供会の行事での出来事だ。良く言えば快活、悪く言えば落ち着きのない鳴は、市民センターのバルコニーから転落しかけた。その時、咄嗟に抱きとめてくれたのが翔だった。そこで恋に落ちてしまったのだ。
まだ思春期には早い鳴だが、好きになってしまったのはどうしようもない。
でも、相手は中学生。
普通に考えれば、相手にもされない。
「へっくしっ」
「夏風邪はなにが罹るんでしたっすかねぇ」
「うるせぇ」
それだけならまだいい。
子供会には、妹のつながりで朱里が世話焼きにやって来ることが多い。
その朱里に、翔はよく見
── 翔君は多分、あかねぇちゃんが好きなんだ。
朱里は多分その事に気づいてはいないだろう。
だが、小学2年生と中学2年生と、中学2年生と高校2年生なら、まだ後者の方が現実的な気がする。
「へくしっ」
「はくしゅっ」
「なに? 2人揃って風邪……じゃないよね?」
魔法少女の勧誘メールが来た時、思いがけない僥倖であると同時に最後のチャンスだと思った。
プリンセス・ジュエルを受け取って、初めて変身した時、「やった!」と思った。嬉しくて田中先生に何度も頭を下げた。
朱里も別タイプの魔法少女になっていたのは計算外だったが、プリズムスプリントの衣装はプリンセス・テンペストほど刺激的には見えない。
その朱里は水族館には来ないと言う。朱里がいなければ、鳴につきっきりになって止めてくる者はいない。
── 計画はこうだ。
水族館についたら、鳴ははぐれたふりをして
その頃、きっと子供会一行は鳴がいなくなって探し回っているだろう。翔も鳴を探してひとりで歩き回るはずだ。そこへテンペストの姿で颯爽と登場する。その魅力に翔も一撃で虜になるに違いない。場所はムード満点の水族館。完璧だ。
── 人造魔法少女だとか、密造だとか、不穏な単語をたくさん聞くことになったけど……
多分なんとかなる。鳴ほど小さくはないが、ミクセリクサーはどう見ても小学生ぐらいだ。あの子も人造魔法少女だと言っていた。だから多分、来月の水族館行きまでにはどうにかなっている。
そう言い聞かせつつ、口元で思わず微笑んでしまいながら、鳴は宿題ドリルの今日の分を片付けていた。
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プリンセス・クェイクこと茶藤千子は、自宅であるアパートに帰り着くと、スケッチブックを取り出し、鉛筆を滑らせはじめた。
部屋の押し入れには無数のスケッチブックが押し込められていた。中身は、少女をスケッチしたものだった。千子は別に美術大生というわけではない。千子の昔からの趣味だった。その中身は、少女を描いたものだった。
千子は幼い頃から、周りの少女より身体の発達が著しく、少女らしさに欠け、厳つくゴツい身体つきをしていた。その上、父親譲りの性格で口数が少なく、いつもムスッとして見える。心無い同年代からは「ジャ◯子じゃなくて、女ジャイ◯ン」とまで言われた。
子どもというものは無条件で愛されるものだ。と、ずっと思っていた。最近はそうでもないことを理解するようになった。高校生から大学生になる頃から、毒親とか、ネグレクトとかいう言葉とその意味を知った。
世の中には男をとっかえひっかえし、離婚と再婚を重ね、結果自分の子どもに、性的な面を含めた虐待を加えている状態の母親というのも存在しているらしい。
そういうケースから見れば、千子はまだ “普通の子ども” の範疇に入っていたのかも知れない。少なくとも親はちゃんと自分を育ててくれた。今だって生活費や大学の学費は払ってもらっている。
ただ、それは千子のコンプレックスを完全に解消してくれるものではなかった。
大量のスケッチは、少女を描いたものだ。自分には持ち得なかった愛くるしさを見て、描かずにはいられなかったものだ。大学生になって時間の融通が利くようになると、その数は加速度的に増えていった。
昨今は女性が少女を見る目にも厳しくなってきた。ここにあるスケッチが何らかの理由で暴露されたら、千子は社会的に終わる。
もし事故死などして、両親や警察がこの部屋を調べにくるようなことなど、考えたくもなかった。
まぁ、なにかあったときの為に、自身のコレクションにC4爆薬をしかけておきたい人物は、割といたりするが。
「はくしゅっ」
「どうした?」
「わからない。風邪じゃないはずなんだけど」
────……ぞくり、と背筋が震えた。
自分が、死ぬ。
今までそんなことは、可能性のひとつとしてしか認識したことはなかった。
けれど ────
自分達は、なにかに巻き込まれている。しかも、その正体がわからない。
── 大丈夫、きっと大丈夫。
千子はそう言い聞かせながら、止まりかけた手を再度動かしはじめる。
プリンセス・クェイクになったときの感動を思い出す。ピュア・エレメンツの中では最年長に見えるとは言え、スラリとした腕と足、流麗にも繊細過ぎない胴から腰回り、美麗さと愛くるしさのバランスが絶妙な顔つき。初めて自分の容姿が魅力的だと思った。まさに魔法だと思った。
それがなにか瑕疵のあること、危ういことだと認めたくなかった。
──── 一心不乱に動かす鉛筆は、人造魔法少女と名乗る少女を描きあげていた。
愛くるしさ、ふわふわした雰囲気。ミクセリクサーが何を目的として造られたのか、自分達はまだ知らなかったが、魔法少女と言うからには、やはりそれらしい姿にするものなのだろうか。
ただ、その割には、黒と赤のオッドアイだけが三白眼で玉に瑕になっている。
『あの……私、怖くありませんか?』
『いいえ!』
『怖いとまでは、思わないですね……』
ミクセリクサーとファニートリックの言葉を思い出し、一瞬だけ手が止まる。
今の姿に愛らしさがないと思っていたのは、意外と自分が一番そう決めつけていたのかも知れない。
自分は繊細な方だったのかも知れない。だから、言葉だけで傷ついて内向的になってしまっていただけかも知れない。
そう思いつつ、手を再度動かしていた。
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プリンセス・インフェルノ、赤星燈も自宅に帰っていた。
彼の自宅は、市内電車がJR線を越えて、南進から再び東進に変わる本町一丁目電停から目と鼻の先のマンションだ。
隣接する雑居ビルの屋上から、直接3階の玄関側通路に入る。周囲に人気がないことを確かめてから、変身を解いた。
「はぁ……」
憂鬱そうにため息を吐いてから、自宅の玄関を開ける。
「ただいま」
「おかえり。どこに行ってたの?」
母親が聞いてくる声に、燈は、
「ちょっと、友達と一緒にいた」
と、答える。多分、その事自体はウソじゃないはずだ。
「あらまぁ、そうなのね」
母親の反応は、高校生の子どもに向けるには随分大仰な声を出した。
「うん」
燈は一応、母親に笑顔を向けてから、自室に入った。
自室の中は、男子高校生らしくない ──── と言うか、ピンク色のカーテンに、ベッドは薄ピンク色のシーツ、家具も淡い暖色系がメイン、と、少女趣味と言えるような様相だった。
燈は
最初は
それがどうももっと根本的に違うらしいぞ、と感じ始めたのは、小学5年生の頃だった。
「自分は女になりたい」
そのことに強く渇望するようになった。
現状、自分の身体に嫌悪感があるとか、絶望しているとかまではいかない。ただ、女性になりたいという欲求は徐々に強まり、渇望という重さにまで達した。
幸い、燈真の両親はこの面に理解があった。精神科で相談を受けてもらえると調べてきてくれて、燈真の通院する負担をもってくれた。
15歳になった時点で、燈真から燈に改名することも快諾してくれた。
ただ、それで全て解決というわけではない。
そもそも、現状でも女顔で中性的な見た目、身長も164cmからほとんど伸びなくなった燈は、現状の身体に強い違和感や絶望感がなかった。だから、ホルモン療法や手術の類を示されても、「いやそこまでは……」となってしまう。
それに加えて、まだ年齢的な制約も多く、「どっちつかずの状態」で鬱屈していた。
また、交友関係も限定された。男性の趣味の中に交わることができない。他方、女性の趣味の中に加わっていくこともできずにいた。学校で孤立しているわけではなかったし、燈自身にその意気地がないだけ、という面も大きかったのだが。
──────── その転機になったのが、魔法少女勧誘のメールが自分に届いたことだった。
こんなものが自分に届くなんて、なにかの間違いなんじゃないか。そう思いつつも、「魔法少女と言うぐらいだから、変身したら女性の身体になるんじゃないか」という、希望というか望みと言うか、どちらかと言うと興味本位だった気がするが、とにかくメールに従った日時に、指定された場所である市立西部図書館に向かった。
その会議室に集まったのは、小学生の鳴、中学生の奈美、大学生の千子だ。自分が高校生だから、教育課程ごとに1人ずつ、集めたということなのかも知れない。
ただそれでも、自分だけ場違いな気はしていた。
実際のところ ──── 燈に関しては、試験的な採用だと、 “田中先生” も最初から明言していた。それでも受け入れた。
初めて変身した時、頭の中にかかっていたもやもやしたものが一気に晴れた気がした。
── これが、女の身体の感覚なんだ。
喜びが勝り、それ以外の懸念はどうでも良くなった気がした。その後の訓練も、ディスラプターとの戦いも、燈にとっては魔法少女プリンセス・インフェルノを実感できるかけがえのない時間になった。
そこで、意識が急に現在に引き戻された。
ぞわり、と悪寒が走り、自分の身体を抱き留めるようにした。
喉が渇く。心音が強く感じられた。
自分達は何かに巻き込まれているのではないか。
クェイク達と同じ不安が、燈にも感じられた。ただ、燈は感じる不安の種類が少し違っていた。
手に入れたプリンセス・インフェルノの身体が、姿が失われるのではないか。その考えが、燈の心を強く締め付けた。
「嫌だ」
声にもなって、漏れた。目に涙が滲む。
ふっ、と、ミクセリクサーの声が脳裏に浮かぶ。
『先生も、ステラ・ルル様も、人間の姿は男ですので!』
『先生は剣士のような姿をしてらっしゃいます。戦いでも強いです!』
他に例があるのだから、自分も大丈夫。そう言い聞かせる。
それと同時に、
── ラ・ピュセルに会ってみたい。
そんな想いが、頭をもたげてきてもいた。
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中央郵便局の向かいにある雑居ビルの屋上。
「どうやらアタシらフリーランスとは一線を画す、やんごとないお方とお見受けしましたが」
ピンクの風船が連なったようなヘルメットだかフードだか、それに、パンタロンよろしく裾の広がったオーバーオールを身に着けた魔法少女が、問いかける。
その問いかける相手は、赤い衣装の ──── 童話の『不思議の国のアリス』に出てくるハートの女王のような姿をした魔法少女と、実際にトランプの柄の、貫頭衣型のカードドレスを着た魔法少女が立っていた。
ハートの女王は、場違いにもこの場に玉座のような豪華な椅子を置き、座っている。
「クビヲハネヨ」
── え?
声には出さずに唖然とした言葉を胸中で漏らしたのは、もう1人、オーバーオールの魔法少女の連れ合いで、白薔薇を連ねたヘッドドレスから黒いヴェールを垂らし、振り袖に水仙の花の模様が入った黒い着物、黒い翼を持っている魔法少女だった。
「ああ、失礼。名乗るのが遅れました。アタシはウッタカッタというケチな野郎で。相方のカフリアとともにフリーで魔法の国に奉仕させていただいてございます」
オーバーオールの魔法少女は、ウッタカッタ、と名乗り、そう説明したが、
「クビヲハネヨ」
と、ハートの女王は、そうとだけしか言わなかった。
「今回は独自の情報網から人造魔法少女の研究所がある、というネタを入手しまして。そんな物があるなら是非、魔法の国に報告せねばとこの地に駆けつけた次第でございます」
「クビヲハネヨ」
「そちらのお二方もおそらくは、この情報を元にこの地まで来られたのかと存じますが、何より相手は人造魔法少女などを扱っている施設。中を伺おうとすれば
「クビヲハネヨ」
「どうやら、お二方はあまり荒事には慣れていない御様子。お二方だけでは負けないにしろ、少々の手傷は負ってしまうかもしれませんでございます」
「クビヲハネヨ」
「ええ、ええ、ですから、用心棒という訳でもございませんが、是非、アタシどもも同道させていただけたらと。お二方の目的は捕物か調査か、あるいはその両方かと存じますが、アタシらを同道させていただければ、その目的も軽やかに済ませられること保証いたしましょう」
ウッタカッタがそこまで言うと、ハートの女王はコクリ、と頷いた。
「賢明なご判断を感謝いたしますです。ウッタカッタとカフリア、微力ながらお手伝いさせていただきますです」
ウッタカッタはそう言って、深々と頭を下げた。
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