自由の夢に魅せられて   作:後野茉莉

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夢の中の理想

 

時折、夢を見る。

 

歩いていたり、座っていたり、寝ていたり。そういった何気ない日常の中。ふとした時に、夢を見る。

 

夢の中の俺はいつも上の空で、特に目的もなく世界を旅していた。

 

テキトーに山を登ったり、なんとなくで海を泳いだり、理由もなく国境を越えたり、時には法律も破ったり、逆に正義の味方のような真似をしたり。

 

何者にも縛られず世界を自由に巡って、気の向くままにしたいことをする。夢の中の俺はそんなことをしていた。

 

だいたい、中学の頃からだったか。この夢を見始めたのは。

 

最初はとても楽しかった。

 

誰も知らないような美しい景色が見られたり、見知らぬ生き物を見かけては触れ合いに行ったり、一生に一度あるかないかの危機に何度も遭遇したり、分からない言語を意味もなく覚えようとしたり。とにかく楽しかった。

 

なにより、自分の心のままに、自分の好きなように日々を謳歌している。その自由なところに心を奪われた。幼かった当時の俺が、ひとつひとつの事柄に一喜一憂していたのを、昨日のことのように覚えている。

 

夢の中は楽しいことばかりじゃなかった。

紛争地域で泣いている子供、夢の中の俺を付け狙う悪党……何もかもが枯れ果てた、この世の終わりのような場所もあった。

 

けれど、けれども、それと同じくらい綺麗だったから。

たぶん俺は好きだと言えていた。

 

中学が終わって、高校に入った頃。二番目に覚えているのは、色々な期待を胸に歩いた満開の桜道。夢にも劣らない美しい景色(げんじつ)

 

夢はまだ、続いていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

昔からずっと、俺は自由を求めていた。

 

そのくせして、同級生が外で遊び回るのを眺めながら、教室の隅でいつ来るかいつ来るかと待ち構えて、夢の世界に思いを馳せていたのをひどく覚えている。今思えば、黒歴史以外の何物でもないが。

 

中学を卒業して、高校を卒業して、大学に入ってもなお夢は続いていた。

月日を経るごとに景色はより鮮明になり、夢の中の俺はより鮮烈に生き、記憶はより強固に残るようになった。夢と現実の境い目が分からなくなるほどに。

 

別にそれだけなら良かった。

問題は夢の内容。夢の俺は強烈なまでに自分らしく、過激なまでに力強く、憧れるほどに自由だった。

現実の俺とはまるで違う、自由な人生、まさしく英雄のような存在。俺はそれにひどく憧れ、憧れてしまったがゆえに、そうでない己をひどく嫌悪した。

 

あぁ、周りの人間が羨ましくてしょうがない。俺の苦悩など露知らず、のうのうと、楽しそうにサークルの活動か何かではしゃいでいる普通の人が憎らしくて仕方がない。

 

お前らには分からないだろう。

 

いつまでも続く終わらない夢に恐怖して病院に行った時、分かりませんと医者に告げられた俺の気持ちなんて。

 

理解できるはずがない。

 

それでもなにか手立てがあるはずだと、高い金を払ってお祓いに行ったことを。その日の夜も、いつものように夢を見たことを。

 

……だから、知ったような口を利くな。

 

俺の気持ちなんて、俺のことなんて、夢のひとつも満足に見えないくせに──

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「あぁ、夢か」

 

久しぶりに普通の夢を見た気がする。半年ぶりだろうか。やけに現実味の帯びたような……というか、俺は何をしていたのだったか。

 

夢を見ると、夢を見る前に自分が何をやっていたか思い出せないということがよくある。これも夢を見るのが怖い理由のひとつだ。

 

周囲の状況を探る。

 

辺りは赤く染まり、喧騒が絶えない。

人間が一様に足を向け、現代人なら誰もが持っているスマホを掲げている。シャッター音は途切れる気配を見せず、それを咎める声が微かに響いては消えていく。

 

何が起こっているのか。

困惑しながらも、気になってカメラの先を目線で辿って、ようやく気付いた。

 

血溜まりの中に俺の体があることに。

 

ああ、そういえばそうだった。車に轢かれたんだった。なるほど、どうりで。

いつでもどこでも夢を見る俺だが、こういう命の危機のある場所で夢を見ることはほとんど起こったことがなかった。それこそ、だいたい俺が3人もいれば数えきれるくらいだ。それにしても。

 

再び周りを見渡す。

視界は先程よりも薄暗いが、ほんの少し程度。血溜まりの量を確認する分には困らない。逆に言えば、困らないほど出血量が多いということなのだが。

 

出血量からして、たぶん助からないだろう。腕も足も上がらない。かろうじて首から上が動くかどうかと言ったところ。なんなら目を開けるのすらきつくなってきた。人が死ぬのは当然だが、いざ自分がそうなると、未だに実感が湧かない。

 

いや、夢を見たからか?死に際だというのに夢を見ることができたから、脳がいつもと変わらないと勘違いしているのかもしれない。ここまで愚鈍な出来をしていたとは、一周回って笑ってしまう。もう笑える気力も残っていないが。

 

理想を夢見るのではなく夢に理想を見出して、夢に理想を見出したために尊いものであるはずの理想すら空虚なものになる。まったく、本当に無意味な人生だった。石ころの方がまだマシかもしれない。

 

 

──本当に?

 

 

そんなくだらない人生も、もう終わり。死んでしまえば全てが消える。俺の人生の無意味さも無価値さも、果てしなく続くこの夢も、綺麗さっぱり消えてなくなる。良いことじゃないか。

 

 

──もう一度があったなら

 

 

だからこれはハッピーエンド。楽しい悪夢も醜悪な現実も。全部から解放された俺は、きっと世界で一番自由になれる。ある意味夢が叶ったってわけだ。

 

そうと分かれば、やることはひとつ。夢が叶ったことを広めなければ、満足して死ねたことを伝えなければ、俺は永遠に恩知らずでしかない。親へ何一つ孝行をして来なかった俺なりの最初で最期の恩返し。

なけなしの気力を振り絞り、血の溜まった肺に空気を入れる。

 

 

──きっと

 

 

「自由だ!」

 

そう口に出そうとして、辺りが暗転。出たのかどうか分からずじまい。あっけない、度し難い幕引き…あぁ…自由……

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

結論から言うと、たしかに俺は自由になった。

 

夢をまったく見なくなったのだ。あと女に転生していた。悲しいことに息子は使われぬままどこかへ消えてしまっていたらしい。

 

今は転生してから八ヶ月ほど。言語は日本語ではないらしく、本を読もうにも文字が分からない。英語に近いような気がするから意外と覚えられそうではあるか。

 

それより、転生して一番気になるのはやはり技術力。前世では現代日本でやってきた人間が転生したら科学のカの字すらない時代にいるというのは度々見かけたが、自分がそうなってしまうのは辛い。幸い、母親(推定)がなにやら機械的なものを触っているのを見かけるから、そこは問題ないはずだ。

 

それと、最後にひとつ。どうやらこの世界、前世とは違って不思議エネルギー、俗に言う魔力のようなものがあるみたいだ。母親はどうやら見えていないらしく、不思議エネルギー、以下魔力は一般的ではないと思われる。

 

この魔力はかなり自由で、俺の思った通りに動いてくれる。液体のようになったり手の形になって俺を持ち上げたり。さすがに炎とかは出せなかった。頑張って、動物の形を真似る程度のことしかできない。何年も修行じみたことをすればできるのかもしれないが。

 

運のいいことに今の俺は赤ん坊だ。時間はたっぷりある。いずれできるようになるかもしれない。今後の目標が定まった気がした。

 

とりあえず今は動物の形を真似ることに集中しよう。そう思い己を鼓舞した。が、結局この日は鳥を飛ばすぐらいしかできなかった。今世の母親はかなり育児に熱心らしく、ほとんど暇が作れなかったからだ。嬉しくもあるが、やはり残念でならない。

 

ちなみにではあるが、飛ばした鳥は俺から数十メートル離れた辺りで霧のように消えてしまった。この辺りも要特訓といったところだろう。

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