私が転生してからだいたい六年の月日が流れた。
六年というのは文字にすると短いけれど、実際に経験すると結構長い。あまりの長さに口調も一人称も変わってしまったくらいには。
当然六年もあれば他にも色々と変化するものがあるわけで、私は転生した時よりも遥かに成長していた。身長も、頭脳も、身体能力も。そして、成長した私を語る上で欠かせないものが二つある。
一つ目は言語の習得。転生して一番難しいと思ったのがこれだった。
日本語とも異なるし、英語ともまた違う未知の言語。ただでさえ一つの単語を覚えるのも厳しいところがあるのに、日本語のようにたったひとつの言葉に沢山の文字が使えるのだ。おかげで日本語の難しさを再認識できた。したくはなかったけれど。
新しい言語の習得は前世の夢でよく言語の解読を試みていたから、私にとってそう難しいことではなかった。が、きついことには変わらない。夢と違って言語を直接聞くことができたのが唯一の救いか。なんなら直接聞ける分、答え合わせができる楽しさがあった。
二つ目は魔力の再認識。こっちの方が重要だ。なにせ、生涯に渡って勘違いを続ける羽目になるところだったのだから。
転生直後、私は魔力を物質と非物質を行き来できる超エネルギーであり、思考により姿形を変えられる程度のものと捉えていた。けれど、最近そうでないことが分かった。
もちろん、魔力は形を変えられるというのは間違いじゃない。実際その認識通りの動きはする。
問題は形という概念の範囲。単刀直入に言うと、魔力は空間という形も変えることができたのだ。
考えてみれば簡単だった。魔力は物質のときに私の思考から外れると、普通に物理法則の影響を受ける。しかし、以前飛ばした魔力の鳥は物理法則に反して空高く飛ぶことができた。これは無意識のうちに私が魔力の空間という形を重力に逆らい、等速直線運動を強要するように弄っていたからだ。
それが分かってしまえば、あとは実践。魔力を使って、光が体を透過するように見せたり宙を浮いたりなんかもできるようになった。最近だと魔力縛りの料理に挑戦していたりもする。
そんな意外と充実した生活だけど、少し問題もあった。この世界は、科学技術が現代日本より遥かに優れていたのだ。
例えば、AIがいたる所にいて仕事はほぼなくなっているし、寿命は実質無限。世界統一も成し遂げられ、宇宙進出どころか宇宙をいくつか掌握しているらしい。
それだけなら諸手を挙げて喜ぶ所だけど、問題は学業面。科学技術の発展に伴って学校で習うレベルが跳ね上がってしまったようで、現代日本の常識が染み込んだ私の脳では理解できそうにない。
一応義務教育ではなく、十五歳になったら直接脳内にインプットできるようになるらしいので、それまでどうにか逃げ切ろうと考えている。
それら今世の諸々のことを教えてくれたのは、母親だと思っていたメイドロボのサイン。正式名称はハウスメイドローレル型3yn0mt12k0番機。目鼻立ちの整った端正な顔立ちで、料理に洗濯に掃除と家事全般に加えて事務仕事までできる我が家の万能メイド。それがサインだ。
最初は母親じゃなかったことに驚いたけど、それ以上に人じゃないことの方に驚いた。身体は人間そのものだし、会話も流暢で人みたいに話すからロボットとは思えなかった。
そこで私はサインという名前をつけた。量産されているとはいえ、一個人として確立されているからには、自分だけの名前が必要だろうという、私なりの考えだ。
ちなみに両親はというと、どうやら子供の世話はロボットが代わりにやるのが主流らしく、育児そっちのけで仮想世界デートをしていた。画面の中では大変仲睦まじい様子である。
……ドアの開く閉まる音が私の耳に届く。サインが家を出たらしい。
「よいしょっと」
ベッドの下に準備していたバッグを取り出し、急いでダイニングに向かうと、部屋の中央に飾ってある絵の裏にある母親のへそくりを拝借する。千か、どこかで使ったか?一応他にもアテはあるけど……
さてと、ここまで長々と頭の中で振り返っていたのには訳がある。実は、これからほんの少しだけ家を出てみようかと思っているのだ。もちろん一人で。
じゃあなんで無駄な思考を垂れ流していたのかと言うと、それもこれも全部、サインが過保護すぎるのが悪い。
私はこれまでに二度外出を決行し、その全てで失敗している。一度目は普通にドアから家を出ようとして止められ、二度目はドアが無理なら窓からと勢いよく飛び降りた先で待ち構えられていた。
一度目が止められたのは分かる。でも二度目は絶対におかしい。普通九歳児が窓から飛び降りようとするのは予測できるはずがないし、仮に予測できていたら真っ先に止めに来るはずだ。なのにあのメイドときたら、『お嬢様が無事なのは至極当然のことです』なんて抜かしてくる。たしかに私の身体能力は魔力のおかげで上がっているし、仮に怪我を負っても治せるけど、それをサインに見られた記憶はないんだが?
流石におかしいと思って調べた結果、なんとあのメイド、思考が読めるらしい。いや正確には感情からの予測だったかな。特殊な電波を飛ばして脳波の動きを観測し人の感情を把握、そこから予測される思考の動き方をシミュレートしてどうたらこうたら……とまあよく分からない方法で思考をジャックしていたらしい。色々言いたいことはあるけど、私が言いたいのは、サインは私の許可なく私の脳に電波を送っていたということだ。ロボット三原則はどこへ行ったのやら。
そのことをサインに言ったら、『私はサインというメイドですので、その原則には該当致しません』とのことだ。……ちょっと嬉しくなるからやめてほしい。
「考えることは同じか、親子だなぁ」
そんなこんなで家中を漁ってようやく、母親のベッドの下から第二のへそくりを発見した。金額は脅威の一万、総額一万と千だ。大の大人のへそくりとしては微妙な額ではあるけれど、子供の私にとってみれば大金も大金。テレビで見た
軍資金も調達したことだし、そろそろ出発しなければ。私は前回同様に窓に手をかけると、その勢いのまま空へ飛び出す。
ただ、サインは侮れない。これだけだと前回のように捕まってしまう可能性がある。そこで今回はさらに工夫を加えた。
物理法則に従って自由落下する身体。そこに魔力を使う。イメージはヘリウムガスの入った風船、じゃなくてあれだ、ロケットだ。
とにかく、自分がロケットのようになっているイメージで魔力を使う。すると、次第に減速していき、時間が巻きもどるように少しづつ浮いていく。
題して、落ちたら捕まるのならそもそも落ちなければいいじゃない作戦。ちなみに、空を浮いている人がいると通報されないために傍からは透明に見えるようにしていたりもする。
対策はバッチリ。これで心置きなく探せる、探せ…さが……そういえば私、地理とか分からないな。
「えーっと、どこにやったかな」
今世では初めての外出。地理どころか常識すら分からない私は早々に迷子になっていた。前世であれだけ触っていたスマホがないから代わりに地図を引っ張り出してきたけれど、よく見たら十年前の地図で、所々書いてある内容と現実にある建物が違っている。……無理では?
私は深くため息をつく。地図が使えないということは、目視でひとつひとつの建物を精査していく必要があるからだ。
まさに大誤算。私は再びため息をついてから加速した。
──あれから一時間。目当てのモノがありそうな店を探すべく飛び回り、ようやく見つけた。
近未来然とした簡素な色合いの建築物。正直、建築なんてこれっぽっちも知らないが、なんとなく堅そうということは分かった。
しかしそれ以上に目を奪われるのは、シンプルイズベストを目指したような外壁とは異なる、入口の真上に取り付けられた目に悪い光り輝く大看板。そこには、これまた大きく[GAME SHOP]と書かれていた。
そうゲーム、つまりは娯楽だ。実は私、今世では一度もゲームをしていないのである。去年からずっとサインに言っているけれど、結局一度も首を縦に振ってもらえなかった。両親の方には何も言わないくせに。
頑なに断られ続けて五年、いくら温厚で謙虚な私であっても我慢の限界というものはある。ゲームをしたいという欲が勝り、私は無断外出を決め、そして今に至る。
おっと、私としたことが少々思考に耽ってしまった。兎にも角にも急がなければ。サインが家に帰る前に帰れなければ最悪没収されてしまう可能性すらある。
私は急いで目的の物を買うため地面に降り立ち、そのまま高速で店内を駆け巡り、ついに目的の物を見つけた。その間わずか一分。我ながら惚れ惚れしてしまう。隣の人も私のあまりの手際の良さに流石ですお嬢様と褒め称えて……んん?
「私が何故ここにいるのか大変不思議がっていらっしゃるご様子。分かっていたとはいえ、そのようなお顔をしていただきありがとうございます」
足元まで隠れる程長い漆黒のロングスカート。
「実は今日はプレゼントを買いに来ていたのです。明日はお嬢様の誕生日であらせられますので」
フリルのふんだんに施された純白のエプロン。
「しかしプレゼントを買いに来たはいいものの、まったく見つけることが叶わなかったのです。ええ、困っていましたとも」
透き通った蒼い瞳に、銀糸を彷彿とさせる美しい白髪。
「かれこれ一時間、どうしたものかと頭を悩ませていた所にお嬢様がやって参られました。おそらくは私の愚鈍さに我慢ならず駆けつけてくださったのでしょう」
自身が人工であることを周りに一切悟らせない、私より人間らしい表情。
「本来は私が見つけるべきであったプレゼント、お嬢様が欲しがっておられた仮想世界接続機……確か、名称はダイブステーションでしたか。不出来なメイドで大変申し訳ありません」
深々と頭を下げる姿勢すら一種の芸術のように見えてしまうほどの完成された美の極地。どこからどう見ても我が家の万能メイド、サインだった。
◇ ◇ ◇
「ですが、やはり明日になさいませんか?明日なら私も仕事が一段落して設定などをお手伝いできますが……」
「大丈夫だって。もう大体覚えたから一人でもできるし」
「そうですか……かしこまりました」
ダイブステーションをサインに買ってもらい帰宅した後。サインの拘束を掻い潜り、自分の部屋に入ると心の中でガッツポーズを掲げた。あれだけ買ってくれなかったサインがようやく買ってくれたのだ。ガッツポーズなんて心の中でならいくらでもやってやれる。それくらいサインは強情で頑固だった。
喜びを心の中で表現しながら床に置いてあるポッド型の機械、何度強請っても買って貰えなかったダイブステーションこと通称ダイステを見つめる。
ダイステ。およそ五年前に開発され、今日に至るまで世界中の人に愛されてきた仮想世界〈ノートルヴ〉に入るための専用機器。
専用とされるだけあってその性能は非常に高く、従来のVR機器の数倍の性能を誇る。
そして今、それが目の前にあった。
ほしいほしいとあれだけ言っていた物がいざ目の前にあると思うと、柄にもなく緊張してしまう。
説明書は全て読み終えている。内容も暗記済みだ。
あと必要なものは、気持ちだけ。
意を決し、ポッドを開ける。
操作を誤らないようにしているのだろう。中は思いの外明るかった。
年齢、性別、身長、体重、視力、聴力、味覚。
中に入り、説明書の通りに自身の情報を入力する。
そして最後にいくつかの質疑応答に答えた後、スイッチを押した。
瞬間、視界が暗転する。