北海道侵攻 1991 ― 赤い波濤   作:陽HARU

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第1話 夜明けの警報

1991年8月12日、午前4時47分。

北海道・根室市沖、根室海峡。

 

海上自衛隊の護衛艦「むらさめ」は、霧の深い海面をゆっくりと進んでいた。

レーダー員の声が、艦橋に響いた。

 

「多数の接触! 方位〇三〇、距離二万五千! これは……艦隊規模です!」

 

艦長の佐藤祐一(47)はコーヒーカップを置いた。

「ロシア……いや、まだソ連か。確認しろ」

 

その瞬間、通信室から悲鳴のような報告が飛んできた。

 

「ソ連海軍北方艦隊所属とみられるキエフ級航空母艦『ミンスク』および『ノボロシースク』を確認! スラバ級、ソブレメンヌイ級多数! これは……侵攻艦隊です!」

 

佐藤艦長は一瞬、息を止めた。

冷戦は終わったはずだった。8月19日に予定されていたソ連のクーデターは、まだ公式発表されていない。だが彼らは動いた。ゴルバチョフ体制の崩壊を待たず、極東軍管区の強硬派が独断で行動を開始したのだ。

 

「全艦、戦闘配置! 本国に緊急打電! 『北方領土方向より大規模ソ連軍侵攻の恐れあり』……いや、『侵攻中』だ!」

 

午前5時12分。

最初の巡航ミサイルが、根室の沿岸に着弾した。

 

---

 

**札幌市 北海道庁**

 

防衛局長の黒田和夫は、まだ寝間着のまま庁舎に駆け込んでいた。

テレビでは緊急放送が流れ、NHKのアナウンサーが震える声で読み上げている。

 

「ただいま、根室・釧路方面に大規模な軍事攻撃が発生している模様です。政府は……」

 

黒田の机に、陸上自衛隊北部方面総監部からのファックスが次々と吐き出されていた。

 

- ソ連空挺部隊、択捉島および国後島に完全占領。

- ソ連海軍陸戦隊、根室半島に上陸開始。

- 戦車部隊(推定T-72およびT-80)約300両、釧路方面へ進撃中。

 

「馬鹿な……冷戦は終わったはずだぞ」

 

彼は窓の外を見た。まだ暗い札幌の空に、ジェット機の轟音が響き始めていた。

自衛隊のF-4EJ改と、ソ連軍のSu-27が、すでに道央上空で交戦を始めていた。

 

---

 

**旭川市近郊 自衛隊東神楽駐屯地**

 

二等陸曹・高橋拓也(26)は、慌ただしく82式指揮通信車に乗り込んでいた。

彼の所属する第2師団戦車大隊は、まだ74式戦車を主力としていた。

隣の隊員が青ざめた顔で呟く。

 

「班長……相手はT-80ですよ。反応装甲付きの。あの89式とかじゃ、正面からじゃ歯が立たない」

 

「黙れ。北海道をソ連にくれてやる気か」

 

高橋は自分の74式の砲塔に乗り、12.7mm機銃の装填を確認した。

駐屯地の放送が流れる。

 

「全隊員に告ぐ。これは訓練ではない。実戦だ。繰り返す、これは実戦だ。北部方面総監より、道東方面への遅滞戦闘を命ずる。国民の避難を支援せよ」

 

エンジンが唸りを上げた。

数百両の戦車と装甲車が、夜明けの旭川平野を東へ向かって走り始めた。

 

---

 

**根室市 花咲港近くの民家**

 

漁師の娘・佐々木美咲(19)は、窓から港を見ていた。

港には黒い影が無数に浮かんでいた。

上陸用舟艇から降りてくる兵士たち。赤い星のついたヘルメット。AK-74を構えたソ連海軍歩兵。

 

父親が叫んだ。

 

「美咲! 逃げろ! 山の方へ!」

 

外で日本語とロシア語が混じった怒声が響く。

「Граждане! Не сопротивляйтесь!」(市民よ! 抵抗するな!)

 

美咲は父親の手を引いて裏口から飛び出した。

背後で家が焼かれる音がした。

 

---

 

**午前7時45分 東京 首相官邸**

 

海部俊樹首相(当時)は、蒼白な顔で国家安全保障会議を主宰していた。

アメリカ大使から緊急の電話が入る。

 

「首相、我が国はNATOを動かせません。湾岸危機の後始末で手一杯です。しかし……太平洋艦隊は支援に向かいます。ただし、到着まで最低10日はかかります」

 

防衛庁長官が震える声で言った。

 

「自衛隊だけで持ちこたえられるか……?」

 

誰も答えられなかった。

 

(続く)

 

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