**第2話 釧路平野の鉄嵐**
1991年8月12日、午前8時20分。
釧路市郊外・阿寒町付近。
大地が震えていた。
第2師団第4戦車大隊所属の74式戦車「白虎一番車」の中で、高橋拓也二等陸曹は潜望鏡を握りしめていた。
車内はエンジンの熱と汗と油の匂いで充満し、120mm滑腔砲の薬莢が足元に転がっている。
「目標! T-80B、距離二二〇〇! 正面装甲確認!」
装填手が叫ぶと同時に、高橋は砲手を叩いた。
「放て!」
ドンッ!
74式の105mm砲が咆哮した。
発射炎が朝霧を焼き切り、徹甲弾が一直線に飛ぶ。
二秒後、敵先頭のT-80の反応装甲が炸裂し、白い煙が上がった。しかし——
「貫通してねえ! まだ動くぞ!」
T-80の125mm砲が旋回する。
高橋は本能的に叫んだ。
「前進! 右旋回! 急げ!」
戦車が跳ねるように動き、すぐ横を敵の徹甲弾が通り抜けた。地面が爆発し、土砂が74式の車体を叩く。
無線が悲鳴で埋め尽くされた。
「第3中隊壊滅! 敵戦車二〇両以上が突破!」
「89式対戦車ミサイル、発射! ……命中! でも止まらねえ!」
ソ連軍の戦車群は、T-72とT-80が混在する重厚な集団だった。
1970年代の74式では正面から真正面の撃ち合いは自殺行為だ。
高橋の小隊は、丘陵を利用した側面射撃に徹していた。
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**同時刻 上空3,500メートル 釧路上空**
第2航空団所属のF-4EJ改「ファントム」が、Su-27の編隊に突入していた。
操縦席の松本一尉は、AIM-7スパローミサイルを2発連続発射した。
「Fox One! Fox One!」
二条の白煙が伸び、Su-27の一機が右翼から炎を噴いて落ちていく。
しかし即座に返礼が来た。
「ミサイル来る! 撒き散らせ!」
F-4はチャフとフレアをばらまきながら急旋回。
ソ連軍のR-27がすぐ横を通過し、爆風で機体が激しく揺れた。
後席のレーダー員が絶叫した。
「下方にMiG-29が四機! 低空侵入してくる!」
松本機は機首を下げ、20mmバルカン砲を連射しながら急降下した。
地上では自衛隊の戦車が炎上し、黒煙が何本も上がっていた。
その中を、ソ連海軍陸戦隊のBTR-80装甲車が土煙を上げて突進してくる。
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**根室半島 風蓮湖東岸**
佐々木美咲は父親と一緒に湿原を這うように逃げていた。
背後では激しい銃声と爆発音が連続している。
「止まれ! Гражданские(民間人)!」
ロシア語の怒声とともに、AK-74の連射音が響いた。
土が跳ね、美咲の頰を泥が叩く。
父親が彼女を押し倒した瞬間、すぐ横のススキの群れに7.62mm弾が何発も突き刺さった。
「美咲……走れ……」
父親の背中に赤い染みが広がっていた。
美咲は叫びながら這い上がり、父親の体を引いて必死に湖岸の林へ向かった。
頭上を低空で飛ぶMi-24ハインド攻撃ヘリが、23mm機関砲を地上に掃射しながら前進していく。
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**午前9時40分 釧路平野中央**
高橋の74式はすでに三両目のT-80を側面から撃破していた。
しかし小隊は半減。残る二両も被弾し、走行不能になりつつあった。
「班長! 後退命令が出ました! 第5師団と第7師団が帯広方面で第二防衛線を構築中です!」
高橋は歯を食いしばった。
74式の主砲が最後の徹甲弾を発射し、遠くのT-80の履帯を吹き飛ばす。
敵戦車が旋回できなくなり、停止したところを89式対戦車誘導弾が直撃した。
「全車、後退! 速度最大!」
白虎一番車がバックしながら旋回する。
その瞬間、車体後部に強烈な衝撃が走った。
「被弾! エンジン被弾!」
炎が車内にまで噴き上がった。
高橋はハッチを開け、部下を押し出して脱出させた。
外は地獄だった。
焼ける戦車、叫ぶ兵士、飛び交う弾丸とミサイルの残光。
高橋は部下の肩を担ぎながら、必死に西へ走った。
背後で「白虎一番車」が弾薬誘爆し、巨大な火柱を上げた。
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