北海道侵攻 1991 ― 赤い波濤   作:陽HARU

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第5話 帯広の炎と遠い空母

 

 

1991年8月12日、午後4時55分。

帯広市東方・十勝平野。

 

高橋拓也は、野戦病院から這い出るようにして前線に戻っていた。

左腕は包帯で固定され、痛み止めが効いているのかいないのかわからない。

与えられたのは89式小銃と最後の89式対戦車ミサイル1セット。

周囲には第5師団の残存部隊と、第2師団の生き残りが混在し、急造の防衛線を築いていた。

 

「高橋2曹、生きてたか……」

 

同じ中隊の古株曹長が、泥と血にまみれた顔で笑った。

二人は無言で掩体壕に入り、双眼鏡を構えた。

 

地平線が黒く染まっていた。

ソ連軍第35軍の戦車群が、土煙を上げて迫ってくる。T-80U、T-72B、BMP-3。

後方には2S19自走砲が火線を形成し、十勝川の堤防を次々と破壊していた。

 

「ミサイル、ロックオン……発射!」

 

高橋の89式が白煙を吐いて飛んだ。

先頭のT-80が反応装甲を爆発させながらも被弾し、横転した。

しかし喜びは一瞬だった。

即座に返された152mm榴弾が、50メートル先の陣地を吹き飛ばす。

 

大地が連続して揺れ、土砂が顔に叩きつけられた。

高橋は歯を食いしばりながら、次弾装填を試みたが、ミサイルはもう残っていない。

「小銃で何ができる……」という無力感が、喉まで込み上げてきた。

 

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**同時刻 太平洋・日本海溝東方海域**

 

米海軍空母「インディペンデンス」戦闘群は、ようやく全力北上に入っていた。

艦橋に立つ空母戦闘群司令官ジェームズ・B・ストッダート少将は、最新の衛星画像とE-3のデータを睨んでいた。

 

「日本政府から正式要請が出た。自衛隊の要請を受けて、限定航空支援を開始する。

F/A-18ホーネットとF-14トムキャットを第一波として発艦準備。目標は北海道東部上空のソ連航空優勢打破だ」

 

副官が確認した。

 

「ただし、政治的制約で地上攻撃はまだ許可されていません。空対空と対レーダー攻撃に限定されます」

 

ストッダートは苦い顔をした。

「湾岸でサダムを叩いたばかりだというのに、またしても政治が足を引っ張る。

しかし……これ以上日本を失えば、太平洋は赤い海になる」

 

午後5時半、最初のF/A-18編隊がカタパルトから射出された。

彼らの目標は、北海道上空を支配しつつあるSu-27とMiG-29の群れだった。

 

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**帯広市街地郊外**

 

佐々木美咲は、避難民の列に紛れて帯広へ向かっていた。

猟銃は布に包んで背負い、奪った89式小銃はコートの下に隠している。

19歳の彼女は、この2日間で大きく変わっていた。

父親の死、初めて人を殺した感触、焼かれる故郷。

 

道端で倒れていた自衛隊の女性看護官から、野戦服の上着とヘルメットを貰った。

今や彼女は「民間人」ではなく、半ば自衛隊員のような姿になっていた。

 

突然、上空で爆音が轟いた。

F-4EJ改とSu-27の空中戦が、帯広の空で展開されている。

ミサイルの残光が何本も交差し、一機のSu-27が炎を引いて落ちていくのが見えた。

 

「アメリカ……来てるのか?」

 

美咲は空を見上げ、初めてかすかな希望を感じた。

しかしその希望はすぐに砕かれた。

ソ連軍のMi-24ハインドが低空で飛来し、避難民の列に向かって23mm機関砲を掃射し始めた。

 

彼女は地面に伏せ、89式小銃を構えた。

至近距離でヘリに撃つなど無謀だが、撃たなければ殺される。

 

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**ハバロフスク 極東軍管区司令部**

 

ノヴィコフ大将は、米軍機の動きを察知して机を叩いた。

 

「アメリカが動き出したか……予想より早い。

しかし我々にはまだ時間がある。

第51軍に命じろ。帯広を今夜中に占領せよ。札幌までは一直線だ」

 

参謀が不安げに言った。

 

「同志大将、補給線が伸びきっています。燃料と弾薬の消費が想定を上回って……」

 

「構わん。勝利は速度だ。

モスクワの連中がクーデターを完遂するまで、北海道を手中に収めていればいい」

 

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