1991年8月13日、午前7時20分。
札幌市南区・真駒内~平岸地区。
札幌は燃えていた。
高橋拓也は、右肩の傷を圧迫帯で無理やり縛り、89式小銃を構えながら路地を移動していた。左腕はすでに満足に上がらない。隣を走る佐々木美咲の顔は煤と血で真っ黒だったが、目はまだ生きていた。
「高橋さん! 右から来る!」
美咲の叫びと同時に、ソ連海軍陸戦隊の分隊が角から飛び出してきた。AK-74の乾いた連射音が響く。
高橋は本能的に身を低くし、3点連射で応戦。一人のソ連兵の胸を撃ち抜いたが、即座に返された弾丸が彼のヘルメットを掠め、耳元で火花が散った。
「手榴弾!」
美咲が訓練された動作でF-1手榴弾を投擲。爆発が路地を埋め、悲鳴が上がる。
二人は煙に紛れて後退。背後では自衛隊の87式自走高射機関砲が、降下してきたソ連空挺部隊を20mm弾で薙ぎ払っていた。
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**同時刻 北海道庁地下指揮所**
北部方面総監は、疲労と絶望に満ちた声で命令を下した。
「札幌市街の維持は不可能と判断。
第7師団・第11師団残存部隊は、ただちに後退を開始。
後衛は第2師団残存部隊と志願民間人部隊が務め、千歳・苫小牧方面へ遅滞戦闘を行いながら、函館方面へ撤退せよ。
国民の最終避難を優先。札幌を焦土化するな」
総監の目には涙が浮かんでいた。
札幌を放棄する――それは北海道の心臓をソ連に明け渡すことを意味した。
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**午前8時50分 札幌市中心部 大通公園周辺**
戦車同士の近距離射撃が続いていた。
74式の105mm砲がT-80の側面を捉え、炎上させる。しかし一両撃破するごとに、自衛隊側は二両のペースで失われていた。
高橋と美咲の小隊は、後衛として大通を南下する避難民の最後尾を守っていた。
路上には焼けた市電の残骸と、倒れた自衛隊員・民間人の遺体が散乱。雪混じりの雨が血を薄く洗い流していた。
「第3中隊、壊滅! 敵戦車20両が南下中!」
無線が絶叫を繰り返す。
高橋は民家の一階に陣取り、残り少ない弾倉を撃ちながら叫んだ。
「美咲! お前は先に下がれ! 避難民を函館まで連れて行け!」
「嫌です! 一緒に戦うって言ったでしょう!」
美咲は窓枠に89式を載せ、ソ連歩兵を一人、また一人と狙撃した。
彼女の肩は震えていたが、指は止まらなかった。根室で父親を失ったあの日から、彼女はすでに「普通の19歳」ではなかった。
突然、建物が激しく揺れた。
BMP-2の30mm機関砲が直撃し、壁が崩落。美咲が瓦礫の下敷きになりかけた瞬間、高橋が彼女を突き飛ばした。
彼の背中に破片が突き刺さる。
「う……ぐっ……!」
「高橋さん!」
美咲が這い寄り、高橋の体を抱き起こした。血が彼女の手に温かく伝わる。
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**午後0時30分 札幌市南端・定山渓方面**
北部方面総監部はすでに脱出済み。
自衛隊の残存部隊約8,000名と、志願した民間人数百名が、雪の残る山道と国道36号を南下していた。
後方ではまだ札幌市街で散発的な抵抗が続き、爆発音と黒煙が空を覆っていた。
米軍のF/A-18が低空を飛び、撤退部隊の上空援護を行っていたが、燃料と弾薬の制約で長時間は留まれない。
空母「インディペンデンス」戦闘群はようやく津軽海峡付近に到達しつつあったが、地上部隊の上陸にはまだ数日を要した。
高橋は担架で運ばれながら、薄れゆく意識の中で美咲に囁いた。
「……函館まで……持つか……?」
「持ちます。函館で立て直して、絶対に取り返すんです。
北海道を、渡しません」
美咲は高橋の血を拭いながら、固く誓った。
周囲では疲れ果てた兵士たちが、黙々と南へ歩き続けていた。
74式の残存車輛が最後尾を守り、時折後方を威嚇射撃する。
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**ハバロフスク 極東軍管区司令部**
ノヴィコフ大将は報告を受け、拳を突き上げた。
「札幌占領確認! 自衛隊は南へ撤退中!
この勢いのまま千歳・苫小牧を落とせ。函館まで一気に押し切る!」
しかし参謀長の顔は曇っていた。
「同志大将、損害が予想を遥かに上回っています。戦車150両以上、航空機も40機を失いました。
米軍の航空支援が強化されれば……」
「構わん! 勝利は目前だ!」
ノヴィコフの目はすでに札幌の陥落で勝利を確信していたが、実際の戦線は泥沼化しつつあった。
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