幼馴染の一人が【泥棒猫】にジョブチェンジしてから、俺の青春が修羅場ってる 作:古野ジョン
「舐めてんじゃないわよこの雪女あああああっ!!!!!」
「ええええええええっ!!!?!!!?」
目の前の光景が信じられず、ただただ絶叫してしまう。ギャルが副会長の胸ぐらをつかんで恫喝しているのである。幼馴染であることを抜きにしたって、どう考えてもインポッシブルでアンビリーバブルな状況だ。
「私は航平くんに全てを明かしたわけではないわ。最後に三人の誰かを選んでもらうことを伝えただけよ」
「うるさいっ! あんたは協定を破ったようなもんでしょ!」
「そうね。でも千夏ちゃんがああなった以上、私たちには彼女を邪魔する義務があるわ」
「千夏が『泥棒猫』だって言いたいわけ!?」
「ええ、そうよ。秋乃ちゃんだって分かっているでしょう?」
「あんたっ、本当にっ……!」
さっきから話が繋がるようで繋がらない。この二人は何を言っているんだ? 裏協定には続きがあるってのか? そして千夏を邪魔する? 泥棒猫? ……どちらにせよ、幼馴染同士が喧嘩しているのなら止めるしかない!
「秋乃っ、手を離せ! 冬雪も煽るような口を利くな!」
「アタシは何もしてないっ!! ふゆが勝手な真似をっ……!」
「私だって協定……いや、裏協定を守るために動いているだけよ。航平くんは気にしなくていいわ」
「はい気にしませんってわけにはいかねえだろうが!」
「あっ、ちょっと……!」
俺は素早く秋乃の背後に立ち、羽交い締めするように腕を回した。
「何すんの航平っ! ふゆのやりたい放題でいいの!?」
「お前が冬雪に乱暴するところを見たくないんだよ! いいから頭を冷やせ!」
「分かったような口を利くな! 何にもっ! 何にも気づいてないくせに……!」
必死に抵抗する秋乃の目には、涙が浮かんでいた。一方の冬雪はというと、いつも通りの冷たい視線を――秋乃ではなく、俺に向けていた。
「はあっ、はあっ……」
秋乃は息を切らしつつ、ようやく落ち着きを取り戻してきた。抵抗する力を弱め、静かな、それでいてたしかな怒りをたたえた声で呟く。
「もういいから。航平、離して」
「あ、ああ。急に悪かったな」
「……あんたじゃなかったら突き飛ばしてるわよ」
秋乃がキッと睨んだ先には、乱れた制服姿で立っている冬雪の姿があった。ボタンが外れてはだけそうになっているのも気に留めず、冬雪はさらに口を開く。
「秋乃ちゃんの言いたいことは分かってるわ。でもね、私たち二人に綺麗ごとを言う余裕なんてないの」
「……だからって、みんなで決めた約束を破っていいわけじゃないでしょ」
「あなたが後悔しないならそれでもいい。でも、私たちの前に最強の『泥棒猫』が現れたことは紛れもない現実なのよ。……違うかしら」
「……」
冬雪の眼差しはいたって真剣だった。少なくとも、秋乃の感情をむやみに煽り立てようとする意図でないことははっきりと伝わってくる。
秋乃はただ俯いていたけど、しばらく考え込んでからすっと顔を上げた。背後の俺からは表情は見えない。だけど、茶髪の下に見え隠れするインナーカラーのオレンジが、何か覚悟のようなものを象徴しているような気がしてならなかった。
「……ふゆは優秀だし、合理的だし、現実が見えてる。アタシにはかないっこない」
「そう。つまり、私の何が悪いと言いたいのかしら?」
「そうやって平気で他人を見透かすデリカシーのなさが気に食わないのよっ!!」
大きな声が生徒会室を揺るがした。冬雪は秋乃の発言の先を読んでいた。自分のことを褒める言葉の後には、必ずけなす言葉が続くと分かっていたのだ。秋乃にとって――それが何より気に入らなかったのだろう。
「どーせ自分ひとりで協定を破るのが怖くなって、アタシにも早く協定を破ってほしいんでしょ! 分かってるんだから!」
「別にそんなことは言ってないわ。ただ、泥棒猫が現れたのだから――」
「悪いけど、あんたみたいな臆病者に負けるつもりはない! 髪型だって千夏の真似してっ……! プライドとかないの!?」
「ないわ。目標を達成出来ればそれでいい」
「ふん、いつまで強気でいられるかしら」
冬雪は眼鏡の位置を直し、秋乃は腕を組んで鼻を鳴らした。俺はというと、置いてけぼりにされたような気分で立ち尽くすことしか出来なかった。
「……航平くん。私たちの話、分かっているかしら?」
「分かるわけねえだろ。負けるとか泥棒猫とか訳わかんねえよ」
「航平はいいわよ。いずれ分かることだわ」
やっぱり、高校三年生の終わりに誰かを選ぶ……という話は本当らしいな。だが腑に落ちない。協定が出来てから、俺たち三人の間には恋愛のれの字もなかったんだ。まるで俺を取り合うような言い草にはかなり違和感がある。
「もういい。アタシとふゆが話したところで何も進まないから」
「そうね。これ以上は時間の無駄ね」
秋乃は呆れたようにそう言い放ち、冬雪も納得したかのように目をつむった。俺の分からない領域で、二人の間に諦めが生じたのかもしれない。
「悪いけど、もうふゆには付き合いきれないわ。あんたのせいだからね」
「それならそれで結構よ。私は私で自由にさせてもらうわ」
「ちょっ……お前ら本気か?」
「本気よ。協定を破ったのは
「あっ、秋乃っ!!」
生徒会室の出口へ歩き出す秋乃のことを、慌てて追いかけた。仮にも十数年の付き合いが……今日、終わるのか? 俺たちの仲ってそんなもんだったのか?
「まっ、待てよ秋乃!」
「うっさい。あんたが羨ましいわ、千夏と冬雪さんにちやほやされて……」
「お前っ、そんな言い方――」
ないだろ、と言おうとした瞬間だった。扉を開けて廊下に出ようとする間際、こちらに振り返ってきた秋乃の顔を見て――俺の心は申し訳なさでいっぱいになる。
「航平の、ばかっ……!」
目を真っ赤に腫らして大粒の涙を流す秋乃の姿は、一生忘れられないような気がした。