幼馴染の一人が【泥棒猫】にジョブチェンジしてから、俺の青春が修羅場ってる   作:古野ジョン

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第5話 裏協定

 なんとか解放された俺は、廊下の端っこで秋乃と対峙していた。息を切らしつつ、受け答えを続ける。

 

「あんた、協定のことを忘れたわけじゃないでしょうね?」

「げほっ、げほっ……。なんだよ、藪から棒に」

 

 十五センチの身長差をものともせず、秋乃は睨みつけるようにじっと俺の顔を見上げていた。相変わらずはだけている胸元からは谷間が見え隠れしていて、目のやり場に困ってしまう。

 

「呆れた。気づいてないの?」

「何にだよ」

「千夏の視線! あの子、絶対あんたのこと気にしてるじゃないの!」

「はあ!?」

 

 秋乃が背伸びをするように顔を近づけてきたので、反射的にたじろぐ。千夏が俺のことを気にしてる、って……言われてもな。

 

「どういう意味だよ」

「だから! なんかこう……千夏があんたのことを男として見てるってこと!」

「なんでそうなるんだよ!?」

「この間の病院のときもそうだし、それから……今朝だって! 明らかに千夏があんたのことをずっと見てたじゃない!」

「今朝って……登校中ってことか? なんでお前が――」

「あっ……アタシたちは近所に住んでるんだから! 登校時間が被っても変じゃないでしょ!」

「いでででででで」

 

 気まずそうに目をそらし、俺の右腕を軽くつねる秋乃。この反応を見るに、俺たちのことをつけていたと思ってよさそうだな。なぜかは知らんが。

 

「とにかく! あんたが協定を破らないかと思って心配してんのよ!」

「心配って言われても」

「アタシはまだあんたたちと仲良くしていたいの! ……分かるでしょ?」

 

 さっきまでの気迫溢れる物言いから一変して、不安そうな表情を見せる秋乃。俺は思わず息を呑み、改めて姿勢を正す。

 

 たしかに、記憶を失くしてからの千夏は少し変だ。俺たちのことを忘れてしまったのだから当然ではあるのだけど、特に俺に対する態度が明らかに違う気がする。

 

 今朝の千夏はなんだか照れ照れだったし、結婚がどうとかとんでもないことを口走ってもいたし。俺のことが好き――なんてのはあり得ないにしても、()()()の男子と出会えばいろいろ考えることがあるのかもしれない。

 

「言いたいことは分かったよ。でもさ、千夏だって協定のことは忘れちゃったんだろうから仕方ないじゃん」

「だったら尚更あんたがおかしいじゃない! こう……()()()()()()()断らないと!」

「それを言うなら()(ぜん)として、だろ」

「うっさい!!」

「いでででででで」

 

 今度は左腕をつねられてしまった。いくら幼馴染だからって、暴力系ヒロインは今日日流行らないって……。

 

「だから! あんたのせいでアタシたちの仲が壊れたら嫌なの!」

「それは俺だって嫌だけどさ。じゃあどうする? 千夏に協定のことを説明するのか?」

「えっと、それは……」

 

 軽く問いかけたつもりが、秋乃が言葉に詰まってしまった。現状だと一番手っ取り早い解決手段だと思ったけど、違うのかな。

 

「ふ、ふゆが……」

「冬雪?」

「『千夏ちゃんに協定の話はしちゃダメ』なんだって。理由はよく分からなかったんだけど」

「お前ら、いつの間にそんな話を」

 

 俺の知らない間に、二人が千夏について話し合っていたのだろうか。冬雪の言うことだし、何か考えがあるのかもしれない。だったら従うしかないか。

 

「だからね、本当にあんた次第なの。あんまり千夏と近づきすぎないように、ただの幼馴染として接するの」

「今日だって幼馴染として話してただけなんだけど」

「千夏からすればそうじゃないんだから! 鼻の下伸ばしてないでちゃんとしなさいよ!?」

「別に鼻の下は伸ばしてないけど!?」

「まったく。本当にあんたは……」

 

 はあとため息をつく秋乃を見て、俺はむしろ心がほっこりしたような気がした。見た目がいかついギャルになろうとも、秋乃は幼馴染の仲を何より大切に考えてくれているんだもんな。

 

「……なにニヤニヤしてんのよ」

「いや……別に。秋乃は良い奴だなと思って」

「は、はあ!?」

「子どもの頃の約束を未だに守ってくれてるんだからさ。お前と幼馴染でよかったよ」

「……きっ、キモいんだけど!? 急に何言ってんの!?」

 

 秋乃は顔を真っ赤に上気させ、そっぽを向いてしまった。何事にも一所懸命な割に、それを褒められると恥ずかしがる。昔から変わらないな。

 

「それにっ……協定のことは……」

「えっ?」

()()()もあるし……」

「……裏協定?」

「!」

 

 その瞬間、秋乃はしまったとばかりに目を見開いた。口元を手で押さえ、何も言わずに固まっている。

 

「『裏協定』ってなんだよ。俺はそんなの聞いたことないぞ」

「そんなこと言ってないし! ってかもうチャイム鳴るから戻る!!」

「あっ、秋乃!」

 

 逃げるように走り出した秋乃のブラウスの裾をなんとか掴み、制止させる。

 

「なっ、何すんのよ!」

「教えてくれよ。俺の知らない約束があるのか?」

「しっ、知らない! 勝手なこと言うな!」

「じゃあ今言ったのはなんなんだよ!?」

「うっさい!! このっ――」

 

 秋乃がすっとターンしたかと思えば、再び俺の前に立った。何をするのかと思ったその瞬間――

 

「さっきから胸ばっか見てんじゃないわよっ!!!」

「バレてたあああああっ!!!!!」

 

 華麗な大外刈りを食らい、俺は地面に投げられていたのだった。胸のデカい幼馴染がブラウスの前をちょっと開けてるのってズルくない? 俺は反則だと思う。

 

「あんたも早く教室戻りなさいよっ!!」

 

 捨て台詞を吐いて去っていく秋乃の背中を、地面に這いつくばって無様に見送ることしか出来なかったのであった。

 

 しかしこの後、俺は……「裏協定」なるものに振り回されていくことになるのである。

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