幼馴染の一人が【泥棒猫】にジョブチェンジしてから、俺の青春が修羅場ってる 作:古野ジョン
「なっ、なんであんたがその話を知ってるのよっ!!!?!!!?」
秋乃は顔を上気させて立ち上がっていた。一方で、千夏は何事もなかったかのように話を続ける。
「さっき冬雪から聞いたんだ。秋乃が昔ラブレターを書いてたって」
「千夏、冬雪と会ったのか?」
「さっきお昼ご飯に誘いに行ったの。でも『生徒会の用事がある』って断られちゃった」
「なるほどな」
それで冬雪と会話を交わしたというわけか。しかし……秋乃からラブレターを貰った記憶などない。本当に、何かを勘違いしているんじゃなかろうか。
「それで秋乃、いったい何の話なんだ――」
「ちっ、違うからねっ!? あんたにラブレターなんか書いたことないからねっ!?」
「じゃあやっぱりっ、秋乃も航平のことは好きじゃないんだ」
「えっ!? そっ、それはっ……」
「そっかー。良かった!」
千夏はニッコリとほほ笑み、動揺する秋乃のことを眺めていたのだった。
***
「……なんてことがあってさ。お前、千夏に何を吹き込んだんだ?」
「別に。昔話を教えただけよ」
その日の放課後。例によって冬雪に手伝いを頼まれたので、俺は生徒会室でパソコンをいじくっていた。ちなみに千夏は、検査で病院に行くとかで先に帰ってしまっている。
「でも安心したよ。千夏が俺たちとまた仲良くしてくれるみたいで」
「そうね。それに、意外と記憶が戻るのも早いかもしれないわよ」
「そうなのか?」
「クラスのうち何人かのことは覚えていたらしいのよ。思ったより記憶が失われたのは限定的な範囲かもしれないわ」
家族のことも覚えていて、クラスメイトも一部しか忘れていなかった。それなのに――俺たち幼馴染についての記憶は完全に失われているとはな。
「何も俺たちのことだけ忘れなくてもいいのに」
「仕方ないわ。きっとじっくり付き合っていけば思い出してくれるわよ」
隣の席で書類仕事をする冬雪が淡々と答えた。ふと横を見れば、今朝と同じのポニーテール姿。
「なあお前、ずっとその髪型にするつもりなのか?」
「別にいいじゃないの。だめかしら?」
「だめじゃない、けど……」
「けど?」
「髪を下ろしてる方がお前らしいよ。慣れてるし」
「……あなたがそう言うなら、考えておくわ」
一瞬だけ、冬雪が言葉に詰まったように見えた。
しかし今日は本当になんだったんだろう。千夏は照れ照れだし、秋乃は背負い投げしてくるし、冬雪もなんだか距離が近いし。コイツ、普段は隣になんか座ってこないのにな。
「協定……」
「あら、どうしたの?」
ぼそっと呟いたところ、冬雪が不思議そうにこちらを覗き込んできた。そうだ、今朝の秋乃に言われたことがまだ謎のままだった。裏協定。俺の知らない約束があるというのだろうか。
「なあ冬雪。俺たちって幼馴染だよな」
「ええ、もちろん。いつまでもずっと仲良しの幼馴染よ」
「幼馴染には隠し事があっちゃいけないよな」
「……? まあ、理想を言えばそうかもね」
なんだか含みのある言い方だな。そりゃもちろん、幼馴染だからって全てを明かせとは言わないけどさ。十数年も一緒に付き合ってきたんだから、あんまり水くさい真似をされるのは悲しいからな。
「なあ冬雪。お前は協定についてどう思う?」
「藪から棒ね。まあ、必要だとは思うわよ」
「なぜだ?」
「私たちの仲を守るためよ。あなたにもそう言ったはずじゃない」
そんなことは俺だって分かっている。俺が三人の誰かと恋仲になって、関係が壊れてしまう。そんなことは望んでいないのだから。
「そうだよな。俺たち、ずっと仲の良い幼馴染でいたいもんな」
「何よ、本当にどうしたの? 道徳の教科書みたいなことを言い出して」
「もしもだけど。もし、誰かが協定を破ろうとしたらどうする?」
「……そうね。全力で止めると思うわ」
「俺たちの関係を守るためか?」
「当たり前でしょ。何度も同じ話をさせないで」
これじゃいつまで経っても堂々巡りだ。だったら単刀直入に切り込んだ方がいい。
「じゃあ、ひとつ教えてくれ」
「何?」
俺はすうっと息を吸い込んだ。もしかしたら冬雪は教えてくれないかもしれない。ひょっとして、俺が知ってはいけないことなのかもしれない。それでも――自分の知らない約束があると分かった以上、聞かないわけにはいかないんだ。
「『裏協定』って、何なんだ?」
キッと視線を向けると、冬雪は一瞬だけ驚いたように目を見開いた。しかしすぐさま微笑を浮かべて、じっとこちらの目を見つめる。
「……冬雪?」
「知りたいなら教えてあげるわ。聞かれた以上、答えるのも当然だものね」
「冬雪、いったいお前は――」
何を言い出そうとしているんだ、なんて言葉を紡ごうとした瞬間だった。冬雪はすっと俺の耳元に顔を寄せ、小さな声で――一言。
「高校三年生の終わりに、あなたに三人の誰かを選んでもらう。それが『裏協定』の正体よ」
――俺たち四人の時間が、動き始めた瞬間だった。