「守~。早く行こうよ!スネ夫が新作のゲームやらせてくれるって!」
「わかってるよ。ただ今回のゲーム苦手なジャンルなんだよね。あんま気が進まないなー」
「そう?僕は楽しみだな~」
「よく楽しみでいられるな。また自慢されるだけかもしれないのに」
♢
転生
というものを知っているだろうか。大雑把にいうと、死や就寝といったことをきっかけに別の世界に飛んでしまうことだ。
アニメや漫画、二次創作などでよくみられる要素だ。自分はそのテの作品は見てなかったから馴染みはないが、死後神様と出会い、特典なるチート能力を貰い異世界で活躍するらしい。
さて、なぜ今そんなことを語り始めたか。
察しのいい人は気づいているだろうが……
転生、してしまったらしい……
らしいというのも、別に神様に会ったわけでもないし、何か特殊な能力が使えるわけでもない。それどころか、死んだ記憶もないのだ。だから転生したというのも、当初は確証がなかった。気づいたら赤ん坊になっていて、前世の記憶というものも存在した。最初は夢かと思ったが、体感時間で半年もそんな状態が続けば、否が応でも理解した。
転生したのだと。
その後、6年ほどの月日が経ち、その間は無垢な子どもを演じて生活していた。再び幼稚園児を経験するのはきついかと思っていたが、幼稚園児としての生活が思ったより楽しく懐かしかったので、あまり苦痛には感じなかった。肉体に精神が引っ張られているのかとも考えたが、まあ苦痛を感じるよりはいいだろう。
俺はいままで、この世界はどんな世界なんだろうとよく考えていた。典型的なファンタジー異世界ではないことは確かにしても、何かしら前世とは違う、それこそ何かのアニメの世界かという考えを抱いていた。というかせっかく転生したのだから、前世と同じ世界なんてのはまっぴらごめんだ。もっと夢のある世界が良い。そう思っていた。
だがそんな思いとは裏腹に、何も変わったところもなく時間だけが過ぎていった。
この世界を自分なりに色々調べてみたが、何も変わったところはなかった。アニメや漫画にありがちな、特徴的な名前の市町村も存在しなかった。
思いむなしく、前世となんら変わらない世界かと諦めてしまっていた。
そんな俺の認識は、小学校入学を境に一変することとなった。
ある少年との出会いによって。
♢
(いよいよ小学生か…。勉強なんてせずにだらだらして過ごせる時間ももう終わりか…。まあさすがに小学校の内容くらいならわざわざ勉強しなくても余裕だけど)
小学校の入学式の最中、そんなことを考えていた。というか、どこの世界でも校長先生の話が退屈なのは変わらないんだな…。
次の日
今日はまだ授業はないが、それぞれの教室に集まりクラスで自己紹介をしなければならない。
小学生相手だとしても、人前に立つの苦手なんだよな…
あ、ちなみに今世の名前は猪狩守です。
そんなことを考えている最中、自己紹介の中盤に差し掛かっていた。適当にテンプレなことをいって終わらせよう。そう考えながら他人の自己紹介を聞いていたとき、
俺にとって衝撃的な声が聞こえてきた。
「おまえら、オレさまは剛田 たけしだ!。よろしくな!」
⁉
俺は自身の耳を疑った。
剛田武って、あの剛田武か⁉
「ん?なんだお前?じろじろ見てきやがって。オレさまの顔になんかついてんのか?」
衝撃のあまり凝視しすぎたせいで、あっちも俺に気づいたらしい。
「い、いや別に何でもないよ」
「変な奴」
あ、あぶねぇ~!何とかごまかせたか。というかごまかす必要があったのかもわからないが、今の俺には他人と話す余裕はない。ましてや俺のこのテンパりの原因である張本人とは。
♢
あの後家に帰ってきて、部屋に閉じこもって一人で考え込んでいた。もちろん先ほどの剛田武についてだ。
あの剛田武が俺が知っている、前世で見たことがあったあのキャラだとすれば、導き出される結論は一つ。
「ここ、ドラえもんの世界かよ…!」
それしか考えられない。名前だけならまだしも、顔も声も俺の知っているジャイアンそのものだ。正確には小学1年生だから普段テレビやアニメに登場していたジャイアンとは少し異なるが、間違いなくジャイアンだ。
俺はその事実を認識した途端、歓喜に打ち震えた。
前世ではドラえもんはかなり好きなアニメだったのだ。周りが徐々にドラえもんを卒業していく中で、俺は熱中し続けていた。もちろん映画も毎年見に行っていた。
シュールなギャグやブラックなネタが満載の原作漫画、その原作を丁寧にアニメ化しているテレビアニメ、原作や映画ではほとんど描かれない未来世界を舞台にしたエピソードが多いテレビスペシャル、ワクワクするような冒険、時たま感動を届けてくれる映画。
おれはその世界に魅了されていた。とにかく好きだったのだ。
それに加え、ドラえもんの世界では映画を合わせると、しょっちゅうピンチが訪れる。ワクワクドキドキするような冒険の機会も多い。また、ドラえもんは子ども向けアニメだけあって、グロテスクな描写やショッキングな展開がほとんど存在しない。最終的にドラえもん一行が万事解決してくれる。適度に非日常を楽しみたいと考えていた俺にとってはまさに理想の世界だ!
♢
「ジャイアン!僕の漫画返してよ~」
「うるさいぞスネ夫!永久に借りておくだけだ!」
はい俺です。現在スネ夫が漫画を取り上げられている場面に遭遇しています。
ドラえもんの世界だと判明してから約4年が経過した。
その間あったことを簡潔にいうと
ジャイアンと仲良くなろうと近づく
↓
ジャイアンと仲良くなる
↓
ジャイアンつながりでのび太、スネ夫、しずかちゃんと仲良くなる
終わり
いやぁ~最初は仲良くできるか、お近づきになれるか不安だったけど、あっという間に友達までいって拍子抜けしたね。てかよくよく考えればこっちがあのドラえもん一行相手だと勝手に物怖じしてただけで、あの4人は普通の小学生だもんな(世界の危機を幾度も救っている小学生が普通とはいったい……)。
まあ仲良くなった弊害として…
「お!よお守。お前もいいもん持ってんじゃねぇか」
このようにジャイアニズムの餌食になるんですけどね!
「はい」
「お、今日はやけに素直だな。へへへ、良い心がけだ」
そういって俺から漫画を取り上げて去っていくジャイアン。
抵抗しないのかって?
……痛いのはごめんです。
おまえ中身大人だろって言われるかもしれないが、中身が大人でも無理なものは無理だ。
映画を見たらよくわかると思うが、ジャイアンのフィジカルは人間の領域を超えている。ワニの咬合力を上回ったこともあるし、マヤナ国では初見のはずの棒術を数日で会得していた。電柱をバットでへし折ったこともある。そんな男に戦いを挑むのは愚か者のすることだ。
「くっそ~!ジャイアンのやつ!」
「ドンマイスネ夫」
「お前もなんで抵抗しないんだよ!」
「抵抗したらどうなるかなんて火を見るより明らかだろ!」
俺とは違い、スネ夫は相当ショックを受けているようだ。まあ別にいいじゃん。スネ夫は漫画なんていくらでも買えるんだからさ。俺の今世の家庭は平々凡々の家庭でお小遣いも少ない。だからジャイアンに取り上げられると結構な痛手になるのだ。
「ていうかスネ夫。お前漫画なんて呼んでる余裕あるのか?明日テストだけど」
「って、そうだったっ!早く勉強しないと!」
「がんばれよな」
「フンッ!優等生は余裕たっぷりだね!いつか足元すくわれるよ!」
そういってスネ夫は走り去っていった。まあ中身大学生だし、小学生のテストに苦戦はしない。……中学になったら怪しくなってくるけど。
♢
スネ夫と別れたあと、茜色に染まる夕暮れの中、俺は帰路についていた。
今のところあの4人とは仲良くやっているが、俺はいまだこの世界の代名詞ともいえる存在に会っていない。
そう、ドラえもんだ。
未だに姿を見たことがない。ドラえもんがいなくともあの4人を筆頭に、この世界はキャラが濃い人ばかりだから退屈はしていないが、それでもドラえもんには早く会いたい。
そしてドラえもんが表れるということは、原作が始まるということだ。期待とワクワク感が胸中の大半を占めているが、一方で不安も少なくない。
というのも、その不安とはわかりやすく言えば、俺という存在によってどれほど原作に影響するかという点だ。
俺は最初、ドラえもん世界は安全に冒険ができる世界だと思っていた。しかし途中で気づいたのだ。それは、
もし俺の存在によってストーリーに影響が及ぶのならば、ドラえもんという作品の「子ども向けゆえにバッドエンドやショッキングなシーンは存在しない」というある種の補正は機能しなくなる可能性が高い。何せ藤子・F・不二夫先生や映画スタッフたちが築き上げた物語に、本来存在しない異分子が入り込むのだ。
それによく考えると、ドラえもん映画のボスや敵勢力はヤバいキャラが多い。鉄人兵団や南極カチコチのボスがいい例だろう。平気で人類や星1つ滅ぼすようなキャラたちだ。
あれらをドラえもん映画という補正抜きに打倒する必要があるかもしれない。
その事実に気づいて以降、俺は自身の行いを後悔することがある。初めてドラえもん世界だと気付いた時の俺は、舞い上がりすぎてその事実を見落としてしまっていた。その時もし冷静に考えられていたら、と後悔することも何度かあった。
だが過ぎてしまったことはしかたがない。原作に関われてうれしいのも事実だし、今更手放したいとは思わない。そう考えていても、後悔はぬぐえない。
もし原作から離れるならば、ドラえもんがまだ来ていない今しかない。
その考えが四六時中頭をよぎり、判断に迷っていた。
♢
翌日
「やあ。ぼくドラえもん。よろしくね」
来てしまったか……!