マジで嬉しいです。
時は進み昼時
「さーて飯飯ぃ〜」
待ってましたと言わんばかりに赤穂はカバンを漁り、リンゴを取り出した。
赤々としたその果実に齧り付けばシャクリという小気味のいい音とともに果糖やショ糖からなる甘味が口の中を支配し、溢れ出る果汁が口の端から滴り落ちた。
登校中に安くで売っていたものを適当に目利きして買ってきたものだったが大当たりだったと赤穂は上機嫌だった。
もう一度リンゴを齧る。
その時だった、赤穂の全身の毛が逆立った。
周りを見回すが何も異常は見当たらない。しかし、次の一秒で死んでもおかしくない世界で少しでも死体袋に入れられるのを遅らせるために磨き上げられた本能は全力で警鐘をならしていた。
今思えば、まだ見ぬ"魔力"の起こりを本能で感じ取っていたのだろう。
次の瞬間、光輝と自身の足元から純白に光り輝く円環と幾何学きかがく模様が現れたからだ。
赤穂はそれに身に覚えがあった。
奇跡論、いわゆる魔法だ。今ちょうど床に投影されているような魔法陣を使用し、EVEという生命エネルギーによって行使される。
そして奇跡論の厄介な点はほとんどなんでもありなところだ。
術者の技量などによるがその気になれば核爆発だって起こしてしまえるのだ。
つまり
ーーこの状況は非常に不味い。
もっとも、赤穂は魔法陣を見た次の瞬間には動き出していた。
それでも行動が遅いと言わざるをえない。
前なら嫌な予感がした瞬間にでも行動できていただろうに。
赤穂はまず弟の方に向かった、事態を飲み込めず呆然としているハジメの首根っこを強引に掴み窓の方へと突進する。
奇跡論を喰らうくらいなら窓を叩き割って飛び降りた方がマシだからだ。
「悪く思うなよ…!」
赤穂はこれから全身の骨を折るかもしれないハジメに、そして、おそらく死ぬ、少なくとも碌な目に会わないであろう哀れなクラスメイトと教師に小さく謝罪した。
大声を出して警告してやっても良かったかもしれないが後の祭りだ。
魔法陣の出現から今まで2〜3秒、窓までは後1メートル強といったところだろう。
が、赤穂の体は突如として床に崩れ落ちた。
目が霞み、意識が朦朧とする。急に足に力が入らなくなってしまった。咄嗟に周りにあるものを掴んもうと手を伸ばすが鉛のように重くなっていてそのまま地面に墜落した。
ついに赤穂は意識を暗闇へと手放してしまった。
意識を手放す前にーーー
懐かしい匂いがした。
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「……………………!」
「………じ…………!」
声が、聞こえる。
ひどく懐かしい声だ。
「行くぞ親父!」
「今日こそ東弊の奴らをとっ捕まえて上に目に物を見せてやりましょう!」
そうだな今日こそ捕まえてやろう。
「焼却処分なんて真っ平ごめんですからね…」
全く持ってその通りだ。させてたまるかそんなこと。
「父上!またヤツが謀反を!」
アイツも懲りないなぁ、またかよ…
よく清掃の行き届いた窓の無い真っ白な壁、眩く白光を放つ天井の蛍光灯、リノリウムで出来た床…全てが懐かしい。
何故懐かしく感じるんだ?
ふと、そう考える。
考えてしまった。
ーーこの夢はこのままで終わらせたかった。
蛍光灯が割れ、破片が飛び散る。赤い警報灯が揺れ、人に恐怖心を掻き立てるために作られたサイレンがけたたましく響く。
真っ白だった壁と床には…血が飛び散り、大小細切れになった臓腑がへばり付いている。
あ…あ…………あぁ…そうだった……
「…ん………て!」
また、声が聞こえる。
「兄さん!起きてっ!」
身体がガクガクと揺さぶられる、思考が浮上する。
少しずつ目を開け、ぼやけた視界のピントが合ってくると慣れ親しんだ、見知った顔が目の前に現れる。
愛すべき我が弟の顔だ。
どうしたのだろう?酷く不安そうで焦っているように見える。
なおも身体は揺さぶられ続ける。
ーー何事だ?
揺さぶられているおかげで脳が覚醒し、思考の回転がどんどんと早くなる。
急いで辺りを見渡す。ここは保健室でもなければ自分の家のベッドでも南雲家のベッドでもない、天蓋付きのベッドの上だ。
思い出した!俺は奇跡論に巻き込まれて…!
「兄さん、どうしよう…僕達、戦争に行くことになっちゃったよ…」
「……………は?」
弟の衝撃の一言に思考が中断される。俺は開いた口が塞がらなかった。
一体何が起こったんだ?
異世界、現地での戦争、ハジメは俺にここに至るまでに見たことやイシュタルと名乗る男から聞いたことをこと細かに教えてくれた。
正直、異世界の存在にそこまで驚きはしなかった。元々いた世界なら異世界に繋がるポータル的なものは幾つもあったし、なんなら異世界転移を目的とした教団もある、財団もパラレルワールドを観測し、情報交換をしていたほどだ。
だが話に出てくるエヒト神なる推定タイプブラックもとい神格存在には少し引っかかるものがあった。信仰体系からして先ほど話に出した教団、エルマ外教ではなさそうだ。あそこは狂信、妄信の類を嫌い、不必要に一般人を巻き込むことはしない珍しく良識ある教団だからな。
どちらにしろ碌な神ではないだろう、というか神なんて大抵碌でもないクソ野郎ばっかりだ。
しかし、帰りたいなら協力しろと来たか…とてつもなく既視感がある…
そうか、これ桑名博士から聞いた話と同じパターンだ。
それをあの馬鹿はそれをホイホイ了承しちまったってことか…正直今すぐあの馬鹿の顔面を蹴り飛ばしてやりたい気分ではある。
だが、奴は馬鹿ではあるが無能ではなかった。そこは評価してやろう。
ハジメの話を聞く限りでは奴は半狂乱になった生徒をまとめ挙げたと言うではないか。あの教師や俺ではそうはいかなかっただろう。
そのままなら最悪、見せしめに1人や2人殺されていてもおかしくはない、少なくとも俺ならばそうする。
優秀な人材ではあるのだ。しかしかなしいかな、平和な日本でこれを求めても仕方ないことではあるのだが圧倒的に場数と経験、それに良い師が足りていない。
それさえあれば奴は理解できただろう。これが典型的な絶滅戦争であるということを、負けても勝ってもその先にあるのがあのナチス・ドイツもドン引くレベルの大虐殺であることを…
まぁこうなってしまったものは仕方ない。その肝心な時に眠りこけていたのだから責任の一端は俺にもある…
約16年ぶりに遭遇した異常にどう対処したものかと思案しているとハジメが不安そうにこう訪ねてきた。
「兄さん…僕達生きて帰れるよね?」
「大丈夫!安心しなって!俺が絶対に生きて帰らせる!」
「う、うん!そうだよね!兄さんがいるなら安心だ!」
まだ顔に若干の不安は見られるもののハジメの表情は少し明るくなった。
「じゃあ僕はもう部屋に戻るね、明日も早いらしいけど…兄さんは朝弱いから起こしにくるね。」
「お願いね〜」
「それじゃあおやすみ」
「おやすみ〜」
部屋から去るハジメの姿を見送る。
いや無理だろ…
我ながらあまりにも無責任だ。生きて帰れる、そんな保証はどこにもない。戦場でそんな甘いことは言ってられないことを自分が1番知っている。
"あの力"はもう俺には存在しない。結局、俺の価値とはあの力と身体に流れる特異な血液にしかなかったわけだ、全くもって自分が憎らしい。
力…ふと俺はあるモノのことを思い出し、シャツの腹側を捲し上げる。腹に巻かれた白い布から黒いものが顔を覗かせている。俺はそれに手を伸ばすと引き抜いた。
人類の殺意をコンパクトに、スマートに鐡で形作った人類文明の火、拳銃だ。それが今1丁だけある。
これで大多数を相手にする戦争で勝てるわけもないし、異常を相手取るにはあまりにも心許ない…が、人を1人守ることくらいならできる。いや、やってみせる。
予備の弾薬は後生大事に握ったカバンの中に入っている。使用弾薬は9x19mmパラベラム弾 。パラベラムとはラテン語の格言、Si vis pacem, para bellum(汝平和を欲さば、戦への備えをせよ)に由来することはそれなりに有名であろう。
日本にも備えあれば憂いなしという言葉がある、ボーイスカウトに所属していた者なら備えよ常にという言葉は聞いたことがあるだろう。
先人達はいつも準備の重要性を説いていた。
だから赤穂もそれに従った。
そして、遂にその時が来てしまった。
正直に言うと全く足りない。だが、やるしかない。
もう神だのなんだのに振り回されてたまるか。
邪魔するなら……
殺す、いやこう言い換えよう。
終了処分だ。