理想のオリ主生活 作:松尾シオン
――頭の打ちどころが悪かったのかもしれぬな。
戦場で錯乱して、訳の分からないことを喚きだす兵士を何度か見たことがある女王には、魔法を思い出したなどと言って取り乱す今の夫の姿が、錯乱した兵士たちの姿と重なって見えた。
夫の様子を見ながら「ひとまず落ち着いて話そう」と侍女を下がらせた後、寝室のソファへと善治郎を座らせ、自分もその対面のソファへと腰かける。
「して、ゼンジロウ。自分の魔法とは一体何の話だ? 悪いが何のことなのかサッパリだ」
困惑した様子のアウラを見て、少し落ち着きを取り戻した善治郎は、一度大きく深呼吸をして、話し始めた。
「アウラ、例えばだけどさ。一人の人間が、いくつも血統魔法を使えたり……俺や善吉がもし……双王国の血統魔法を使えるとなったら、まずいことになるんだよね?」
「そうだな。双王家の固有魔法であれば、なおのこと。とはいえ、極秘ではあるが、正式な条約を結んだばかりだ。結局はこちらの立ち回り次第だな」
「……本当に?」
「もちろん、戦争になる可能性もある。あるのだが、その可能性は現状極めて低い。再び話し合いが持たれることになり、場合によってはこちらに不利な条件を飲まされるかも知れぬが、すぐさま戦争、とはならんさ」
ランドリオン大陸の国々にあって、血統魔法とはその国の根幹を成す重要な代物だ。
それを他国の王族が使えるとなれば、王族のアイデンティティの危機でもあるため、当然過剰に反応せざるを得ない。場合によっては戦争という選択を採るほどには。
しかしそれでも、大戦の傷跡がまだ癒えないランドリオン大陸で、また再び次の戦を始める体力のある国などほとんど残っていない。
また、善治郎が双王国の血を引いていることは、双方にとって不本意な事故のようなものだ。
よって、戦の可能性は低いと、アウラとしては安心させようとした言葉だったが、夫はさらに眉間に皺を寄せる。
それが、アウラは少し引っかかった。
「まさか善治郎、
善治郎の魔法、というものがよくわからないが、善治郎が時空魔法以外で使えるとすれば、シャロワ・ジルベール双王国の血統魔法、そのどちらかだ。
シャロワ王家は「付与魔法」を、ジルベール法王家は「治癒魔法」をそれぞれ持つ大国だ。
そして善治郎にも、その血が流れている。
大昔に双王国の姫と、カープァ王国の王子が時空魔法を使って異世界へと駆け落ちした。
その子孫が善治郎であるため、善治郎とアウラの間に生まれる子どもは、双王家の血統魔法を持って生まれてくる可能性があった。
善治郎にもその血は流れており、魔力量だけでいうなら王族級ではあったが、時空魔法以外の血統魔法は発現していないはずだった。
しかしもし、善治郎が双王家の血統魔法を使えるというのなら、また話は変わってくる。
また新たに条約を結び直す必要があるかもしれないし、最悪は善治郎が危惧したように、戦争に発展することもあり得る。
万が一を思い浮かべたアウラの危惧に、善治郎はしばらくの間目をキョロキョロと泳がせ、腕を組んだあとぼそりとつぶやいた。
「……うん。使えるといえば使える」
「使えると言えば……? はっきりせぬな」
これからのカープァ王国の外交方針を左右しかねない問題である。
女王であるアウラは、曖昧な判断で動くことはできない。
はっきりとさせろ、と目で催促すると、せっつかれた善治郎はまたしても考え込む。
「なんというか、どう説明したらいいのかわからないんだ……治癒魔法といえば治癒魔法だし、付与魔法……ではないんだけど、魔道具を作れる」
相変わらず要領を得ない、しかも、治癒魔法を使うことができ、魔道具を作れるようにもなったという。
――うーん、これは。
アウラは内心でため息をついた。
そもそも、この話自体が善治郎が錯乱して、脳内で作り上げた妄想である可能性が高い。
なにせ、善治郎はいまだにオクタビア夫人から魔法の発動の仕方を習っている段階であり、血統魔法である時空魔法を使うことすら、まだできていないのだ。
アウラは戦場で錯乱した者を落ち着かせる手順を思い出し、それを実行に移すことに決めた。
まず、安全な環境で相手の恐怖や不安に共感することが肝だ。
論理的に説得しようとすると、かえって警戒心を強め興奮させてしまうため、落ち着いた声で寄り添う。
「ふむ。興味深い話ではあるが、ひとまず、見せてはくれぬか。今後どうするかはその後だ」
「う、うん。わかった」
「魔法は何でもよいぞ。付与魔法の方は時間がかかるだろうから、治癒魔法はどうだ?」
アウラの提案にしばらく考え込んだ後、善治郎は首を横に振った。
「わかりやすい怪我がある訳じゃないし、俺の治癒魔法が体力とか気力にどう作用するかはちょっとわからないから……効果がはっきりしてる魔道具を作る魔法が先で」
「……そうか、わかった」
妄想の話とはいえ、理屈立てて説明する善治郎に、アウラは賢い者は賢く錯乱するのだな、と少し感心しながらうなずく。
とはいえ、やはり、善治郎は錯乱しているようだった。
魔道具を作るというのは全く簡単なことではない。
本家であるシャロワ王家ですら、そのように簡単に量産はできない。
最低でも一月から二月はかかるはずだ。
珍しく緊張した面持ちの夫を少しだけ可愛らしく感じるが、後は本人が落ち着いて、そのような魔法など無いことに気付くまではそっとしておくだけだ。
アウラの胸の内を知らぬまま、善治郎はソファに腰かけたまま、前に設置されたテーブルの上で右手をかざし、唱えた。
「
それはアウラの知っている魔法語ではなかった。
しかし、変化は劇的だった。
ぞわり、と。
身の毛がよだつ程の量の魔力が善治郎を中心に発され、対面に座っていたアウラも思わず身体が強張る。
そして、バチバチと、火花が散るような魔力の炸裂が起こった。
善治郎が深く息を吐いた音が聞こえる。
そして
「……できた」
ソファに座ったまま突き出された善治郎の右手の中に、先ほどまではなかったはずの、剣がある。
黒く反り返った、片刃の剣は、王族であるアウラですらお目にかかったほどがない程に美しく、魔力を帯びており、魔道具であることがわかる。
「な、んだ、それは」
善治郎の「魔法」を疑ってかかっていたアウラも、今はただ驚愕に包まれている。
善治郎は、取り乱してなどいなかった。
いつものような、どこか困ったような顔で答えた。
「俺の固有魔法……かな」
♦
山井善治郎には、物心ついた頃から奇妙な感覚があった。
両親ともにごく普通の、一般的な家庭だった。
父は会社員として真面目に勤め上げ、母は専業主婦として家庭を切り盛りしていた。
そんな二人の間に、白髪に褐色の肌という一般的な日本人としてはあり得ない特徴を持って生まれた善治郎だが、言葉も習慣も完全に日本人として育った。
保育園や幼稚園では普通なら悪目立ちしていたところだが、何名かのヤンママが我が子を金髪に染めてくれていたおかげで、そこまで悪目立ちせずに済んだ。
そのせいで母は元ヤンだと思われていたらしいが。
しかし、善治郎の変わったところは、それだけではなかった。
小学三年生の時、少し高めの鉄棒によじ登って落ちた友達を反射的に受け止めたことがある。
同級生が言うには、大人でも間に合わないような速さで動いていたそうだが、善治郎にはまったく力んだ意識がなかった。
中学に上がると、体育の授業で誰よりも速く走り、誰よりも高く跳んだ。
それでいて筋肉痛になることはほとんどなかった。
骨折どころか、擦り傷すら翌朝には消えていることが多かった。
「善治郎お前バケモノかよ!?」
「お前本当は魔法使えるだろ」
善治郎の身体能力や回復力に驚く、お調子者の同級生たちにそう言われるたびに、彼は困ったように笑ってごまかした。
自分でも説明のしようがなかったからだ。
超能力や魔法など使えない。
ただ、身体機能そのものが常軌を逸していた。
そんな穏やかな日常は、中学三年生の夏に一変した。
両親が出先で交通事故に遭い、亡くなってしまったのだ。
その後の半年ほどは、地方に住む叔父の家に身を寄せ、翌春、善治郎は全寮制の男子校に進学した。
その後、同級生に誘われて一緒に体験入部に行ったアーチェリー部の門を叩いたが、初めて弓を引いた日から様子がおかしかった。
教わってもいないのに、足の踏み方も弦の引き方もすべて「わかって」しまう。
一か月も経たない内に年長者よりも安定した成績を出すようになり、周囲から驚かれるほどだった。
だが練習を重ねるうちに、まるで自転車に乗ってマラソン大会で優勝しているような後ろめたさが募り、夏の合宿明けに静かに退部届を出した。
学費の都合もあり、大学は国立大学の工学部を選んだ。
堅実に単位を取り、就職活動では特にやりたいこともないまま、たまたま内定をもらった中で一番有名だった広告代理店に入社した。
体力だけは人一倍あったから、深夜までの残業も休日出勤も、身体はいくらでもこなせた。
だが、次々と降ってくる無理な発注、板挟みの人間関係、終わりの見えないタスクの山は、精神をじわじわと磨り減らしていった。
倒れそうなほど疲れているのに、身体はぴんぴんしている――その矛盾が、余計に彼を追い詰めた。
そんなある晩、残業帰りのアパートで、善治郎は見知らぬ光に包まれた。
気づけば、豪奢な広間に一人の女性が立っていた。
カープァ王国の女王、アウラ・カープァと名乗る彼女は、淡々と、しかし真剣な口調で「婿として迎えたい」と善治郎に告げた。
善治郎は数秒考え、それから頷いた。
「はい、よろしくお願いします」
迷いはほとんどなかった。
身内と呼べるほどの人間関係はなく、あの職場に戻ることを思えば、見知らぬ世界での新しい生活のほうが、よほど希望に思えたからだ。
異世界での生活は戸惑いの連続だったが、順風満帆と言っても良かった。
アウラとの関係は良好そのものであるし、待望の長男――善吉も生まれた。
美人な妻にかわいい我が子。
我が子と接するために現地の言葉を覚え、アウラの負担を減らすために魔法の習得に励む。
少しずつだが、徐々に、生活の基盤も異世界式になってきた。
順調な毎日。
そんな時、日課の運動としての訓練中、アウラのいたずらで頭を強く打った。
瞬間、身体に電流が走ったような感覚が駆け抜け、膝から崩れ落ちると、いくつもの知らない、しかし知っている記憶が走馬灯のように駆け巡った。
突然の出来事に倒れこんでしまった彼に驚き、慌てふためく妻の声を聞きながら、彼はすべてを思い出した。
どうやら、山井善治郎は転生者であったらしい。
思い出してしまったのだ。
前世の記憶を。
転生前に自分が何を願ったのかも。
なぜ日本人の自分が褐色の白髪頭で生まれてきたのかを。
思い出すだけで恥ずかしい。
消してしまいたい思い出。
穴があったら入りたい。
バカの黒歴史。
『転生特典はね、えっと、フェイトのエミヤの能力と!ドラクエの一番上の回復呪文!あと魔法の道具とか作れるようになりたい!』
……消えたい、本当に。