理想のオリ主生活 作:松尾シオン
翌朝。
朝食の席で、善治郎はアウラの視線をひしひしと感じていた。
じっと、見られている。
パンをちぎる手元を。
スープを口に運ぶ様子を。
まるで、いつまた夫が奇声を上げるかと警戒しているかのように。
「……アウラ」
「何だ」
「そんなに見なくても、もう叫ばないって」
「信用できぬ」
即答だった。
善治郎は、スプーンを置いた。
怪訝な目で見られるのは、まあ、仕方がない。
昨夜の自分は、どう見ても頭のおかしい人だった。
だが、一晩寝て腹は決まった。
ツリーは灰色の枠だらけ。
チートは封印中。
ならば、一つずつ埋めていくしかない。
そのために、どうしても必要なものがある。
「アウラ。頼みがあるんだ」
「……何だ。改まって」
「水車を使いたい」
アウラの眉が、ぴくりと動いた。
「水車?」
「ああ。炉に風を送るふいごを、水車で動かしたいんだ。人の手で押すよりずっと強い風を、休まずに送り続けられる。それがあれば、炉の温度を今よりずっと上げられる」
「…………」
アウラは、しばし考え込んだ。
「水車を据えるなら、王宮の水路はどうだ。城の中にも、いくつか流れておろう」
「いや、あれじゃ流れが弱すぎる。ふいごを動かすには、もっと水の勢いが要るんだ」
「では、どこに据える」
「川だ。王都の外にあるんだよね? 大きい川が」
アウラの表情が、目に見えて曇った。
「……王宮の外か」
「うん」
「ならぬ」
にべもなかった。
「そなたは王配だ。それも、二人しかいない王族の片割れだ。王宮の外に、それも川べりなどに入り浸られては、警護もままならぬ。それに、そのようなところで何をしているのか、余計な詮索をする者も必ず出る」
正論だった。
だが、善治郎もここで引くわけにはいかなかった。
「わかってる。でも、これはどうしても必要なんだ」
善治郎は、身を乗り出した。
「良い炉と、強い風。この二つが揃えば、この国の鉄は確実に良くなる。鉄が良くなれば、農具が良くなる。農具が良くなれば、男手の足りない村でも畑が耕せる。大工の道具が良くなれば、家も橋も早く建つ。刃物が良くなれば、どんな仕事だって捗る」
「…………」
「一つの改良が、国中に広がっていくんだ。国の発展に絶対に役に立つ。それに、うまくいけば、他の国に売れる品だって作れるようになるかもしれない」
気が付けば、熱が入っていた。
保身のため、捨てられないため。
そう思って始めたことのはずなのに、口から出てくる言葉はどれも本心だった。
「頼む、アウラ。やらせてくれ」
アウラは少し目を見開いた後、長いこと黙って夫の顔を見ていた。
一年間、自己主張というものをほとんどしてこなかった夫が、こうも食い下がってくる。
目は、真剣そのものだ。
――昨夜、奇声を上げていた男と、同じ男とは思えぬな。
やがて、アウラは深々と溜息をついた。
「……分かった。そこまで言うのなら、許そう」
「本当か!」
「ただし、警護は十分に付けよ。ナタリオだけでは足りぬ。親衛隊を組織せねばな」
「わかった」
「それと、水車職人を呼ばせよう。水車を一から作るとなれば、そなた一人では手に余ろう」
「あ、それは要らない」
善治郎は、あっさりと首を振った。
「……要らぬ?」
「全部、自分で作るよ。職人を呼ぶのは、全部出来上がって、作り方を教える段になってからでいい」
アウラは、夫の顔をまじまじと見た。
「水車を、そなたが、一人で、作ると」
「ああ」
「…………」
「あ、ほら、趣味でさ。向こうじゃ、水車作りも割と――」
「それ以上言うな。聞きたくない」
アウラは額を押さえた。
精神修養という言葉が出てくる前に、止めておきたかった。
それから、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「そうだ。言っておかねばならぬことがある」
「ん?」
「数か月のうちに、双王国のシャロワ王家から、フランチェスコ王子とボナ王女がこの国を訪れる。そなたにも、もてなしの席には出てもらわねばならぬ」
「ああ……そういえば、前に言ってたね」
「うむ。だから」
アウラは、真顔で夫を見据えた。
「彼らが来たら、しばらくは土遊びはやめよ」
「…………」
善治郎は、固まった。
「つ、土遊び……?」
「土を集めて、こねて、焼いて、真っ黒になるのであろう。土遊びではないか」
「いや、そうなんだけど、そうじゃなくて……!」
「他国の王族が滞在している間に、王配が川べりで煤まみれになっていては、カープァ王家の体面に関わる。それに、作りかけのものを他国の者に見られるのも、あまり良いことではあるまい」
これまた、正論だった。
善治郎は、がっくりと肩を落とした。
――土遊び。
――国の発展のために、と熱弁した直後に、土遊び。
ショックだった。
思っていた以上に、ショックだった。
「……わかった」
「うむ」
満足げに頷く妻の前で、善治郎は心の中で固く誓った。
――だったら、来る前に終わらせてやる。
♦
その日のうちに、善治郎はイネスを呼んだ。
「頼みたいことがある。この国の、あちこちの土を取り寄せてほしい。川べり、畑、山の崖、森の中。場所はばらばらでいい。できるだけたくさんの種類を、少しずつ」
「かしこまりました」
「できるだけ粘性があって白っぽいものが好ましいな。それと」
善治郎は、少しだけ言葉を区切った。
「たぶん、長くかかる。土を集めて、調べて、煉瓦を焼いて、炉を作って、水車を作って。双王国の人たちが来る前に終わらせたいけど、多分何度も失敗すると思う」
自分に言い聞かせるような口調だった。
イネスは、表情一つ変えなかった。
いつものように、静かに一礼する。
「かしこまりました。微力ながらお手伝いさせていただきます」
善治郎は、思わずイネスの顔を見た。
相変わらず、何を考えているのかまったく読めない顔だった。
この人が、何か月もずっと、すぐそばにいる。
土を眺める自分を。
煉瓦を焼く自分を。
うっかり何かやらかす自分を。
全部、見ている。
――頼もしいんだか、恐ろしいんだか。
「……うん。よろしく頼むよ」
♦
数日後から、善治郎の部屋には土が届き始めた。
赤茶けた丘の土。
川べりの泥。
畑の黒土。
森の崖から削ってきた、注文通りの白っぽい粘土。
王配の寝室に、土の入った箱がずらりと並ぶ。
なかなか見ない光景である。
善治郎は、一つずつ土を指に取り、目を凝らした。
――
――駄目。鉄分が多すぎる。焼いたら溶ける。
――駄目。砂が多くて、焼いたらぼろぼろになる。
――駄目。
――駄目。
――お。
白っぽい、きめの細かい粘土だった。
ほかの土のような赤みや黒みが、ほとんどない。
鉄分がごくわずかで、熱に強い成分をたっぷりと含んでいる。
焼き固めれば、相当な熱にも耐えられるはずだ。
――カオリンだ。
磁器の材料にもなる、白い粘土。
まさか、本当に見つかるとは思っていなかった。
「これだ……!」
思わず声を上げてから、部屋の隅のイネスと目が合った。
「……趣味で、ね」
「左様でございますか」
だが、これだけでは足りない。
粘土だけで煉瓦を焼くと、乾かす時や焼く時に縮んで、ひびが入りやすい。
そこで、一度焼き固めたものを砕いて混ぜ込む。
焼き締まった粒が骨組みの代わりになって、縮みを抑えてくれるのだ。
「イネス。もう一つ頼みがあるんだけど」
「はい」
「割れた陶器を、集めてほしいんだ。皿でも壺でも、何でもいい。欠けたり割れたりして、捨てるしかないやつを」
イネスは、ほんのわずかに間を置いた。
「……割れた陶器、でございますか」
「うん、できるだけたくさん」
「かしこまりました」
何のために、とは聞かない。
割れた器は、刃物でも毒でもない。
王配の道楽の範囲だった。
その日のアウラへの報告に、また一行が加わった。
――本日、ゼンジロウ様、王宮中の割れた器をご所望。
♦
異変が起きたのは、その粘土で煉瓦を作り始めた時だった。
職人区画の外れに設けた作業場で、善治郎は取り寄せた白い粘土の山と、割れた陶器の山の前にしゃがみ込んでいた。
さて、まずは陶器を砕いて、と手を伸ばした、その瞬間。
――あ。
頭の中に、何かが浮かび上がった。
設計図だった。
煉瓦の形。
大きさ。
白い粘土と、砕いた陶器の粒の割合。
粒の細かさ、水の加減。
こね方、型への詰め方、乾かす日数、焼く時の温度と時間。
解析で物の中身が見えるのとは、違う。
これは、これから作るものの、完成までの道筋だった。
そして。
「え、ちょ……!?」
手が、勝手に動き出した。
割れた陶器を、槌で細かく砕く。
ふるいにかけて、粒の大きさを揃える。
白い粘土に混ぜ込み、水を加える。
こねる。
叩く。
空気を抜く。
型に詰める。
余分を削ぎ落とす。
迷いがない。
無駄がない。
何より速い。
まるで、何十年も煉瓦を作り続けてきた職人のような手つきだった。
善治郎の意思とは、ほとんど関係なく。
「何これ何これ何これ……!?」
口だけは自由に動くので、善治郎は叫びながら煉瓦を作り続けた。
手は止まらない。
一つ、また一つと、寸分違わぬ形の煉瓦が並んでいく。
――道具作成。
あの日、適当に願った三つ目の力。
魔法の道具を作れるようになる力だと、思っていた。
だから、今は封印しておかなければと、思っていた。
――違う。これ、普通に物を作る時にも勝手に発動するのか……!
設計図が浮かび、体が勝手に動き、職人のように作り上げてしまう。
魔法の道具でもなんでもない、ただの煉瓦を。
――使えない能力と思ったけど、大当たりじゃん!
封印しようと思っていた能力の思わぬ使い道にテンションが上がった善治郎は、周囲を気にすることなく耐火煉瓦を積み上げていく。
ようやく手が止まった時、善治郎の目の前には、ずらりと煉瓦が並んでいた。
どれも、驚くほど形が揃っている。
背後に、気配があった。
ゆっくりと振り返ると、イネスが立っていた。
いつもと同じ、何も読めない顔で。
「…………」
「…………」
「……しゅ、趣味で、ね……」
「お上手でございます」
イネスはそういって微笑み、それ以上何も言わなかった。
♦
道具作成は、煉瓦だけでは終わらなかった。
煉瓦の乾燥のさせ方や焼き方まで、身体が覚えているかのように動かしてくれた。
耐火煉瓦を焼く際、炉は一度焼きつぶす形で使うしかないことも、なぜかわかった。
焼き上がった煉瓦で炉を組もうとすれば、また設計図が浮かぶ。
熱が逃げにくい形。
煉瓦の積み方。
風を送り込む口の位置と角度。
体が勝手に動き、気が付けば炉の形ができあがっていた。
必要量の煉瓦を焼き終え、王都の外に出て、川べりの作業場に移って水車に取りかかれば、また浮かんだ。
水車の羽根の数と角度。
軸の太さ。
回る力をふいごに伝える、木の仕掛けの形。
材木を削る手つきは、どう見ても熟練の大工だった。
重い丸太を担ぐ時だけは、こっそり体を強化した。
それくらいなら、許されるはずだ。
警護に付いた騎士たちは、最初のうちこそゼンジロウの奇行に戸惑っていた。
だが日が経つにつれ、その目は戸惑いから驚きへ、驚きから畏怖へと変わっていった。
王配が一人で、黙々と、職人顔負けの手つきで、見たこともない仕掛けを組み上げていくのだ。
そして、その一部始終を、イネスは少し離れたところから、ずっと見ていた。
♦
その頃、アウラのもとには、イネスから日々の報告が届いていた。
――本日、ゼンジロウ様、割れた器を槌で砕かれる。
――本日、ゼンジロウ様、煉瓦を作られる。
――本日、ゼンジロウ様、炉を組まれる。
――本日、ゼンジロウ様、川べりにて材木を削られる。
――本日、ゼンジロウ様、丸太をお一人で担がれる。
――本日、ゼンジロウ様、木の歯車を削られる。
アウラは、報告を受けるたびに頷いた。
煉瓦。炉。材木。
土遊びの延長で、小さな水車でも作っているのだろう。
趣味だと言っていたのだから、まあ、そんなものだろう。
他国の王族の来訪の準備に追われていたアウラは、夫の土遊びの規模を、深く考えてはいなかった。
♦
水車が回り始めたのは、シャロワ王家の一行が到着するまで、あとひと月半という頃だった。
初めて炉に火を入れ、水車につないだふいごで風を送り込んだ時。
炉の中は、これまで見たこともないほど白く輝いた。
そして、取り寄せておいた質の悪い鉄鉱石が、どろりと溶けて混ざり合う。
何度か試し、加減を見て。
炉の底に落ちた鉄の塊を取り出し、善治郎は解析した。
――
滓が、ほとんど残っていない。
この国の鍛冶場で見た、どの鉄よりも、はるかに良い鉄だった。
灰色の枠が、また一つ埋まった。
達成感から、善治郎は鉄塊をしばらく見つめていた。
これで、成果はできた。
だが、鉄の塊をそのまま見せたところで、良し悪しはアウラにもわかりにくいだろう。
良い鉄だと一目でわかる形にしなければならない。
それならもう決まっている。
善治郎はニヤリと笑った。
――剣だ。
この国の貴族たちが腰に下げている剣と、比べてもらえばいい。
それに剣を作るという一点において、この身体に勝てる者はいないはずだ。
しかし気付く。
――まず金床作らなきゃ……
ここにきてまた埋めなければならない作業があることにいささかうんざりしながら、しかし善治郎はまた木炭を炉の中に積み始めた。
♦
鉄の塊を、炉で熱する。
赤く焼けたそれを、金床の上に置く。
槌を振り上げた瞬間、体の奥から、何かが目を覚ました。
道具作成の設計図とは、また違う。
もっと深いところに刻み込まれた、何かだった。
剣というものの、成り立ち。
鉄の中を走る筋の向き。
どこを硬く、どこをしなやかにすれば、折れず、曲がらず、よく斬れるのか。
数え切れないほどの剣を見て、触れて、その全てを理解してきた者の記憶が、この体には染み付いている。
鉄を槌で打つと、カンという鈍い音が鳴った。
叩く。
また叩く。
熱し、叩き、伸ばし、形を整える。
焼きを入れ、研ぎ上げる。
どれほどかかったのか、自分でもよく覚えていない。
ただ、気が付けば、手の中に一振りの剣があった。
飾り気のない、まっすぐな剣だった。
柄も鞘も、簡素な木と革で拵えただけ。
だが、刃の地肌には、水面のような細かな模様が静かに浮かんでいる。
「……持ち手は竜革とか、使った方が良いのかな?」
作業を手伝ってくれていた騎士たちに問いかけるが、誰も声を出さなかった。
水車が動く音だけが、やけに大きく聞こえた。
♦
その夜。
後宮の寝室に戻った善治郎は、いつになく神妙な顔でアウラを待っていた。
煤は、どうにか洗い落とした。
髪からは、この数か月ですっかりしみついてしまった焦げ匂いがする気がするが、気のせいということにしておく。
政務を終えて寝室に入ってきたアウラは、長椅子の前で背筋を伸ばして立っている夫を見て、足を止めた。
「……どうした。また叫ぶのか」
「叫ばないって」
善治郎は苦笑して、それから、すっと片膝をついた。
アウラの目が、わずかに見開かれる。
両手で、布に包んだ細長いものを差し出した。
「アウラに、見てほしいものがあるんだ」
「……何だ、これは」
「この前言ってた、鉄の改良の成果。俺が作った炉で、鉄鉱石から作った鉄を、打った」
アウラは、怪訝な顔のまま布を受け取り、ほどいた。
簡素な木と革の鞘に収まった、一振りの剣だった。
「剣……?」
飾り気も何もない。
王族に献上するにしては、あまりにも素朴な拵えだ。
アウラは、柄に手を掛け、ゆっくりと引き抜いた。
そして、息を呑んだ。
燭台の灯りを受けて、刃が静かに光っていた。
まっすぐに通った刃筋。
地肌に浮かぶ、水面のような細かな模様。
揺れる炎に合わせて、その模様がゆらりと波打って見える。
飾りなど何一つないのに、目が離せなかった。
アウラは、剣を握った手にわずかに力を込め、軽く振ってみた。
ひゅ、と空気が鳴る。
重さの釣り合いが、恐ろしいほど手に馴染んだ。
まるで、最初から自分の腕の一部だったかのように。
剣の良し悪しなら、わかる。
いや、この剣の凄まじさなら、兵士でなくともわかるだろう。
数え切れないほどの剣を見てきたし、振るってもきた。
名剣と呼ばれる品も、王家の宝物庫に眠る剣も、知っている。
そのどれとも、比べものにならない、圧倒的なオーラがあった。
「…………」
アウラは、刃から目を離せないまま、かすれた声で尋ねた。
「……これを、そなたが打ったのか」
「うん」
「そなたが作った炉で、作った鉄で」
「ああ」
「…………」
アウラの頭の中で、イネスの報告が順に蘇った。
割れた器を砕かれる。
煉瓦を作られる。
炉を組まれる。
材木を削られる。
丸太をお一人で担がれる。
木の歯車を削られる。
土遊びの延長で、小さな水車でも作っているのだろうと、思っていた。
「……ゼンジロウ」
「ん?」
「そなた、川べりで、いったい何を作った」
「え? えっと……水車と、ふいごと、炉。あと金床」
「…………」
「今度、見に来てよ。説明するより、見てもらった方が早いと思うから」
善治郎は、片膝をついたまま、少し照れくさそうに笑った。
「あ、それと、持ち手なんだけどさ。竜革とか使った方が良かったかな? 騎士のみんなに聞いても、誰も答えてくれなくて」
アウラは、剣を手にしたまま、たっぷり三拍ほど黙った。
「……装飾なら職人に任せよ。これほどの剣だ。何も飾らぬという訳にはいかぬだろう」
「え、そう? なんか照れるな」
「ただ、そういう問題ではない……」
女王は、片手で額を押さえた。
精神修養。
健康のため。
ひとりブラックスミス。
土遊び。
夫がこれまで口にしてきた、どこまで本気なのかわからない言葉の数々が、頭の中をぐるぐると回る。
そして、手の中には、この大陸のどこにもないような一振りの剣がある。
「……そなたの故郷の趣味は、本当に、恐ろしいな」
ようやく絞り出したその言葉に、善治郎は「そうかな?」と首を傾げた。
アウラは、もう一度、刃に目を落とした。
燭台の灯りの中で、水面のような模様が、静かに揺れていた。
イネスからの報告の言葉がふと蘇る。
『ゼンジロウ様は職人顔負けの手つきで煉瓦を作り、水車を作り、炉を建て、送風のための細工をしておいででした。ただ……』
『……あまりにも正確過ぎます。趣味の領域の練度ではないかと』
――ゼンジロウ
照れくさそうに微笑む夫を見る。
――お前は一体、何者なのだ?
出かかったその言葉は、アウラの胸の奥深くにしまわれた。