先生はモームリ   作:風神ぷー

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まずいせっかくの休みの日だからストック作るつもりがパチンコで休みないなった。


第十八話 続けるための形

翌朝。

 

アビドス高等学校の部室には、昨日とは少し違う空気が流れていた。

 

劇的に明るくなったわけではない。

 

借金が消えたわけでもない。

 

校舎の壁が直ったわけでもない。

 

カイザーの影が薄くなったわけでもない。

 

けれど、部室の中央に置かれたホワイトボードだけは、昨日までとは明らかに違っていた。

 

先生へ向かっていた無数の矢印。

 

その一部が、アヤネへ伸びている。

 

そこからセリカへ。

 

ノノミへ。

 

シロコへ。

 

そして整理された形で、先生へ戻っている。

 

たった一本。

 

されど一本。

 

昨日、先生が初めて任せた仕事の流れだった。

 

先生は部室へ入るなり、その図の前で足を止めた。

 

「……残っているな。」

 

「はい。」

 

アヤネが少し照れたように答える。

 

「昨日の手順を忘れないように、残しておきました。」

 

机の上には、昨日の地域対応記録が整理されている。

 

分類表。

 

確認項目。

 

写真記録。

 

対応状況。

 

次に必要な判断。

 

それらが一つのファイルにまとめられていた。

 

先生はそれを手に取る。

 

最初から最後まで、自分一人で作った資料ではない。

 

それなのに。

 

いや。

 

だからこそ。

 

見やすかった。

 

「よくまとまっている。」

 

先生が言う。

 

アヤネは小さく肩を揺らす。

 

「ありがとうございます。」

 

セリカが横から顔を出した。

 

「アヤネ、昨日のあとも結構遅くまで整理してたのよ。」

 

「セリカちゃんも付き合ってくれました。」

 

「私は別に、見てただけよ。」

 

「分類名をいくつも直してくれました。」

 

「細かいところ言わなくていいの!」

 

ノノミがくすりと笑う。

 

シロコは短く言った。

 

「二人とも頑張った。」

 

セリカは顔を赤くする。

 

「だから、そういうのいいから!」

 

いつものやり取り。

 

だが、その中に昨日までとは違うものがあった。

 

先生が一人で処理した結果ではない。

 

皆で支えた結果が、そこに残っている。

 

ホシノは机に頬杖をつきながら、眠そうに笑った。

 

「いいねぇ。」

 

「仕事っぽいねぇ。」

 

「仕事です。」

 

アヤネが真面目に返す。

 

「おじさん、仕事って聞くと眠くなるなぁ。」

 

「ホシノ先輩はいつも眠そうです。」

 

「ばれたかぁ。」

 

セリカがため息をつく。

 

「ばれてないと思ってたの?」

 

部室の空気が少し緩む。

 

修司はその様子を静かに見ていた。

 

黒いアタッシュケースを机の横に置き、ホワイトボードの前へ立つ。

 

「昨日の地域対応は、良い一歩でした。」

 

先生が視線を向ける。

 

「ただし。」

 

修司は続ける。

 

「一回できたことと、続けられることは別です。」

 

部室の空気が少しだけ引き締まる。

 

アヤネが姿勢を正した。

 

「つまり、昨日の手順を今後も使える形にする必要がある、ということですね。」

 

「はい。」

 

修司は頷く。

 

「昨日の成功を、偶然で終わらせない。」

 

「再現できる形にします。」

 

セリカが腕を組む。

 

「再現って?」

 

「次に同じ種類の仕事が来た時。」

 

修司はホワイトボードへ向き直る。

 

「誰が担当しても、同じ流れで処理できることです。」

 

「アヤネさんだからできた。」

 

「セリカさんが隣にいたからできた。」

 

「昨日だけ気合を入れたからできた。」

 

「それでは、仕組みとは言えません。」

 

ホシノが小さく笑う。

 

「耳が痛いねぇ。」

 

「何でホシノ先輩が痛がるのよ。」

 

「気合で乗り切るの、アビドス得意だからさぁ。」

 

誰も否定しなかった。

 

否定できなかった。

 

人手が少ない。

 

時間もない。

 

お金もない。

 

だから、とにかく目の前のことを何とかする。

 

その繰り返しで、アビドスはここまで来た。

 

それは強さでもあった。

 

同時に、危うさでもあった。

 

先生は静かに言う。

 

「昨日のような形を、毎回できるようにする。」

 

「そういうことか。」

 

「はい。」

 

修司は頷く。

 

「今日は、業務を増やしません。」

 

セリカが少し意外そうな顔をする。

 

「増やさないの?」

 

「はい。」

 

「まず、昨日の業務を定着させます。」

 

修司は短く言った。

 

「改善は、広げるより先に固める必要があります。」

 

アヤネがメモを取る。

 

「広げるより、固める……。」

 

先生はホワイトボードを見る。

 

「次々に任せる方が、早く楽になるように思えるが。」

 

「短期的にはそう見えます。」

 

修司は答える。

 

「ですが、手順が曖昧なまま仕事を分けると、混乱が増えます。」

 

「確認漏れ。」

 

「重複対応。」

 

「責任の所在不明。」

 

「結果として、先生へ戻ってくる仕事が増えます。」

 

セリカが顔をしかめた。

 

「それ、最悪じゃない。」

 

「はい。」

 

「仕事を分けたつもりで、先生の負担を増やす典型例です。」

 

先生は苦笑する。

 

「ありそうだな。」

 

「よくあります。」

 

修司の返答は容赦がなかった。

 

ホシノがふにゃりと笑う。

 

「人間って、仕事を減らすために仕事を増やすの好きだよねぇ。」

 

「笑えないわよ、それ。」

 

セリカがげんなりする。

 

修司はホワイトボードに新しい項目を書いた。

 

地域対応フロー

 

一、受付

 

二、一次分類

 

三、現地確認

 

四、先生判断

 

五、対応記録

 

六、振り返り

 

「今日は、この流れを決めます。」

 

アヤネが手を挙げる。

 

「昨日は、私が一次分類を担当しました。」

 

「はい。」

 

「今後も私が担当するのでしょうか。」

 

修司はすぐには答えなかった。

 

先生もアヤネを見る。

 

アヤネは真面目だ。

 

責任感が強い。

 

昨日の整理も丁寧だった。

 

だから、任せれば安心できる。

 

だが。

 

先生は昨日の自分を思い出す。

 

優秀だから任せる。

 

安心だから任せる。

 

そして気付けば、その人しかできなくなる。

 

先生は小さく息を吸った。

 

「いや。」

 

アヤネが目を見開く。

 

「先生?」

 

「アヤネだけに固定しない方がいい。」

 

先生はゆっくり言った。

 

「昨日の分類は助かった。」

 

「でも、毎回アヤネだけがやると。」

 

「今度はアヤネに集まる。」

 

部室が静かになる。

 

アヤネは言葉を失った。

 

セリカも先生を見る。

 

シロコは静かに頷いた。

 

ノノミは柔らかく目を細める。

 

ホシノは少しだけ嬉しそうに笑った。

 

修司は何も言わなかった。

 

先生が自分でそこに気付いた。

 

それが重要だった。

 

アヤネは手元のメモを見つめる。

 

「……確かに。」

 

「私が全部やると、同じことになってしまいますね。」

 

セリカが少し慌てる。

 

「でも、アヤネが一番向いてるのは事実でしょ。」

 

「はい。」

 

修司が答える。

 

「向いている人を中心にすること自体は問題ありません。」

 

「ただし。」

 

「その人しかできない状態にしてはいけません。」

 

先生は頷く。

 

「アヤネが基準を作る。」

 

「でも、他の皆も使えるようにする。」

 

「はい。」

 

修司はホワイトボードへ書き加える。

 

一次分類担当

 

主担当:週替わり

 

基準管理:アヤネ

 

確認補助:当番外一名

 

セリカが顔をしかめる。

 

「週替わり?」

 

「はい。」

 

修司は頷く。

 

「最初は全員が経験した方がいいです。」

 

「全員?」

 

シロコが少し首を傾げる。

 

「私も?」

 

「はい。」

 

「分類は苦手かもしれない。」

 

「苦手だからこそ、基準が必要になります。」

 

シロコは少し考えた。

 

そして短く頷く。

 

「分かった。」

 

セリカは腕を組む。

 

「私もやるのね。」

 

「はい。」

 

「まあ、やるけど。」

 

「間違えても怒らないでよ。」

 

先生がすぐに答える。

 

「怒らない。」

 

セリカはじっと先生を見た。

 

「本当に?」

 

「怒らない。」

 

「失敗したら?」

 

「一緒に直す。」

 

その言葉に、セリカは少しだけ口を閉じた。

 

昨日までなら。

 

先生は「俺が見る」と言ったかもしれない。

 

「俺が確認する」と言ったかもしれない。

 

でも今は違った。

 

一緒に直す。

 

その言葉は、少しだけ軽かった。

 

少しだけ優しかった。

 

ノノミが微笑む。

 

「私は、記録表を見やすくする担当がよさそうですね。」

 

修司は頷く。

 

「ノノミさんには、記録形式の整備をお願いできますか。」

 

「はい〜。」

 

「皆さんが記入しやすい形にしますね。」

 

ホシノが手を上げる。

 

「おじさんは?」

 

「ホシノさんには、週に一度、流れ全体を確認していただきます。」

 

「おお。」

 

ホシノは少しだけ目を開いた。

 

「おじさん、ちゃんと仕事がある。」

 

「あります。」

 

修司は淡々と言う。

 

「全体を見る役割です。」

 

「作業をする人。」

 

「記録を整える人。」

 

「判断する人。」

 

「その全体に無理がないかを見る人が必要です。」

 

ホシノは先生を見る。

 

「先生の見張りだけじゃないんだねぇ。」

 

「はい。」

 

「先生だけでなく、皆さん全員の見張りです。」

 

セリカが顔をしかめる。

 

「言い方。」

 

「監視ではなく、負荷確認です。」

 

「余計に仕事っぽくなったわね。」

 

ホシノは小さく笑った。

 

「でも、まあ。」

 

「おじさん向きかもねぇ。」

 

先生はホワイトボードを見た。

 

そこには、昨日よりも複雑な線が引かれている。

 

だが、不思議と重くは見えなかった。

 

誰か一人へ集まっていない。

 

役割が分かれている。

 

それぞれが別の場所を支えている。

 

「こうして見ると。」

 

先生は呟く。

 

「仕事が見えるだけで、だいぶ違うな。」

 

修司は頷いた。

 

「見えない仕事は、誰かの善意に乗りやすくなります。」

 

「善意に乗る……。」

 

「はい。」

 

修司はホワイトボードを見る。

 

「誰がやるか決まっていない仕事は。」

 

「気付いた人がやります。」

 

「責任感が強い人ほど、それに気付きます。」

 

「そして、黙って引き受けます。」

 

部室が静かになる。

 

アヤネが静かに目を伏せる。

 

セリカも何も言わなかった。

 

先生も同じだった。

 

その構造には、全員が覚えがあった。

 

修司は続ける。

 

「だから、仕事は見える形にします。」

 

「誰が。」

 

「いつ。」

 

「どこまで。」

 

「何を判断するのか。」

 

「それを決めるだけで、善意に頼る割合は減ります。」

 

ノノミが穏やかに言う。

 

「善意が悪いわけではないんですよね?」

 

「はい。」

 

修司はすぐに答えた。

 

「善意は大切です。」

 

「ですが、善意だけで組織を回すと、優しい人から疲弊します。」

 

ノノミは静かに頷いた。

 

「それは、少し悲しいですね。」

 

「はい。」

 

修司の声は変わらない。

 

「だから、仕組みにします。」

 

しばらく沈黙が流れた。

 

その沈黙を破ったのは、アヤネだった。

 

「では。」

 

「まず、昨日の地域対応記録を基準にして、分類表を作成します。」

 

「私が初版を作ります。」

 

セリカがすぐに言う。

 

「じゃあ、私は実際に見ながら分かりにくいところを突っ込む。」

 

「お願いします。」

 

ノノミが微笑む。

 

「私は記入欄を整えますね。」

 

シロコが言う。

 

「私は現地確認の項目を作る。」

 

ホシノは伸びをする。

 

「おじさんは、みんなが頑張りすぎてないか見るよ〜。」

 

先生はそのやり取りを見ていた。

 

誰かが命令したわけではない。

 

修司が細かく指示したわけでもない。

 

自分たちで考え、役割を取っている。

 

それが、少し眩しかった。

 

先生は言う。

 

「俺は何をすればいい?」

 

その問いに、全員が少しだけ驚いた。

 

先生が。

 

自分から。

 

「自分は何をするべきか」と聞いた。

 

昨日までなら、先生は先に動いていた。

 

必要なことを探し、自分で背負っていた。

 

だが今は違う。

 

役割の中に、自分を置こうとしている。

 

修司は静かに答えた。

 

「先生には、判断基準の確認をお願いします。」

 

「判断基準?」

 

「はい。」

 

「どこから先生判断にするのか。」

 

「どこまでは対策委員会内で処理するのか。」

 

「その境界を決めます。」

 

先生は頷く。

 

「なるほど。」

 

「俺が全部見るのではなく。」

 

「俺が見るべきラインを決める。」

 

「はい。」

 

修司は短く答えた。

 

「責任者の仕事です。」

 

その言葉に、先生は少しだけ目を細めた。

 

責任者。

 

昨日まで、その言葉は重かった。

 

自分が背負う理由だった。

 

しかし今は少し違う。

 

責任者とは、全部抱える人ではない。

 

どこまで任せるかを決める人。

 

必要な時に支える人。

 

最後の判断を引き受ける人。

 

その意味が、少しだけ変わり始めていた。

 

作業が始まった。

 

アヤネは昨日の記録を広げ、分類基準を書き出す。

 

セリカは横から口を出す。

 

「これ、文字が堅い。」

 

「堅いでしょうか。」

 

「堅い。地域の人が見たら眠くなる。」

 

「これは内部用です。」

 

「内部用でも眠いのは嫌。」

 

「……検討します。」

 

ノノミは記入欄の幅を調整している。

 

「理由欄は短めでいいですね〜。」

 

「長いと書く方も読む方も大変ですから。」

 

シロコは現地確認項目を黙々と書いている。

 

「写真。」

 

「場所。」

 

「危険度。」

 

「人通り。」

 

「再確認日。」

 

セリカが横から覗く。

 

「シロコ先輩、短いけど分かりやすい。」

 

「ん。」

 

ホシノは全体を見ながら、時折声をかける。

 

「アヤネちゃん、眉間にしわ寄ってるよ〜。」

 

「え?」

 

「休憩しよっか。」

 

「まだ始めたばかりです。」

 

「始めたばかりでその顔なら、後で大変だよ〜。」

 

アヤネは少し困ったように笑った。

 

先生はその様子を見て、自然と立ち上がりかける。

 

だが、自分で止まった。

 

今、自分が声をかける必要はない。

 

ホシノが見ている。

 

セリカが隣にいる。

 

ノノミもいる。

 

シロコもいる。

 

先生は椅子に座り直した。

 

修司が横から静かに言う。

 

「良い判断です。」

 

先生は苦笑する。

 

「褒められると、落ち着かないな。」

 

「事実です。」

 

「君は本当に淡々と言うな。」

 

「仕事ですので。」

 

先生は小さく笑った。

 

昼前。

 

最初の地域対応フロー案が完成した。

 

ホワイトボードには、簡単な流れが書かれている。

 

受付

 

 

一次分類

 

 

必要なら現地確認

 

 

先生判断

 

 

対応

 

 

記録

 

 

週一振り返り

 

アヤネが説明する。

 

「まず、地域からの要望や相談は受付表に記入します。」

 

「内容を確認して、緊急、要確認、共有のみへ分類。」

 

「判断に迷うものは要確認。」

 

「現地確認が必要なものは、確認項目に沿って調査。」

 

「先生には、要確認以上のものだけ提出します。」

 

先生は頷きながら聞く。

 

「共有のみは?」

 

ノノミが答える。

 

「週末にまとめて確認していただく形です。」

 

「毎回すぐに先生へお見せする必要はありません。」

 

シロコが続ける。

 

「危険があるものは緊急。」

 

「迷ったら下げない。」

 

「上げる。」

 

先生は頷いた。

 

「安全側に倒すわけだな。」

 

「ん。」

 

セリカが言う。

 

「あと、掲示板確認は一日一回。」

 

「誰がやるか当番表に入れる。」

 

先生は少し驚いた。

 

「そこまで決めたのか。」

 

「決めないと、結局気付いた人がやることになるでしょ。」

 

セリカは少し照れくさそうに言う。

 

「それだと、また誰かに偏るし。」

 

先生は静かに頷いた。

 

「そうだな。」

 

セリカは小さく息を吐く。

 

「まあ、昨日の話を聞いたらね。」

 

「少しは考えるわよ。」

 

その言葉に、先生は胸の奥が少し温かくなるのを感じた。

 

変わろうとしているのは、自分だけではない。

 

皆もまた、変わろうとしている。

 

修司はホワイトボードを見ながら言った。

 

「良い初版です。」

 

アヤネが少しほっとした表情になる。

 

「ありがとうございます。」

 

「ただし、まだ運用前です。」

 

「実際に使うと、必ず不具合が出ます。」

 

セリカが顔をしかめる。

 

「出る前提なの?」

 

「はい。」

 

修司は即答する。

 

「出ます。」

 

「言い切ったわね。」

 

「出ない方が不自然です。」

 

先生が苦笑する。

 

「厳しいな。」

 

「現実です。」

 

修司は淡々と続けた。

 

「ですので、最初から完璧を目指しません。」

 

「一週間使う。」

 

「不便な点を記録する。」

 

「週末に見直す。」

 

「この流れにします。」

 

ホシノが頷く。

 

「改善の改善だねぇ。」

 

「はい。」

 

「業務改善は、一度作って終わりではありません。」

 

「使いながら直します。」

 

アヤネがメモを取る。

 

「一週間試行。」

 

「週末見直し。」

 

「改善点記録。」

 

ノノミが微笑む。

 

「何だか、本当に会社みたいですね〜。」

 

セリカが肩をすくめる。

 

「会社ってこんな面倒なの?」

 

修司は真顔で答える。

 

「もっと面倒です。」

 

「うわ。」

 

セリカは心底嫌そうな顔をした。

 

「大人って大変ね。」

 

先生は少しだけ笑う。

 

「否定できない。」

 

午後。

 

実際に新しい受付表を使う機会が訪れた。

 

地域の住民から、校舎周辺の砂溜まりについて相談が届いたのだ。

 

以前なら、先生が内容を確認し、そのまま対応方針を考えていただろう。

 

しかし今日は違った。

 

受付をしたのはノノミ。

 

一次分類はセリカ。

 

確認補助はアヤネ。

 

シロコが現地を見るかどうかを判断する。

 

先生は机に座り、その流れを見ていた。

 

セリカは受付表を睨む。

 

「砂溜まりって、緊急?」

 

アヤネが横から確認する。

 

「通行の妨げになっているなら要確認ですね。」

 

「怪我の危険があるなら緊急寄りです。」

 

シロコが短く言う。

 

「場所による。」

 

ノノミが記録を見る。

 

「校舎南側の通路付近ですね〜。」

 

シロコが立ち上がる。

 

「見てくる。」

 

セリカも立ち上がる。

 

「私も行く。」

 

アヤネが言う。

 

「写真をお願いします。」

 

「了解。」

 

二人が部室を出る。

 

先生の手が少し動く。

 

だが、今度はすぐに止まった。

 

ホシノがにやりと笑う。

 

「先生、二回目は少し早かったねぇ。」

 

「何がだ?」

 

「我慢するの。」

 

先生は苦笑する。

 

「慣れるものだな。」

 

「まだ二回目だけどねぇ。」

 

修司が静かに言う。

 

「慣れるには、回数が必要です。」

 

先生は頷いた。

 

「任せるのも訓練か。」

 

「はい。」

 

「任される側も、任せる側も。」

 

しばらくして、シロコとセリカが戻ってきた。

 

「緊急ではない。」

 

シロコが言う。

 

「ただ、放置すると通路が塞がる。」

 

セリカが写真を見せる。

 

「これ。」

 

「風が強い日だと、もっと溜まりそう。」

 

アヤネが受付表へ追記する。

 

「分類は要確認。」

 

「対応案は、週二回の簡易確認と、砂除け板の設置検討。」

 

ノノミが微笑む。

 

「砂除け板なら、古い備品を使えるかもしれませんね。」

 

先生は報告を受け取る。

 

内容を確認し、頷いた。

 

「対応案に賛成だ。」

 

「砂除け板は、費用をかけずにできる範囲で試そう。」

 

「危険が増すようなら再検討。」

 

アヤネが記録する。

 

「はい。」

 

セリカは少しだけ不思議そうに先生を見た。

 

「先生。」

 

「何だ?」

 

「今、楽?」

 

突然の問いだった。

 

先生は少し考える。

 

「楽、というより。」

 

「判断しやすい。」

 

セリカは目を瞬かせる。

 

先生は続けた。

 

「皆が先に見て、整理してくれる。」

 

「だから俺は。」

 

「最後に決めることへ集中できる。」

 

アヤネが小さく息を呑む。

 

ノノミは嬉しそうに微笑む。

 

シロコは静かに頷く。

 

ホシノは机に頬杖をついたまま、満足そうに目を細めた。

 

修司はホワイトボードへ一つ印を付けた。

 

試行一件目

 

問題なし

 

「今日の記録に残します。」

 

セリカが呟く。

 

「何か、本当に少しずつね。」

 

「はい。」

 

修司は頷く。

 

「少しずつです。」

 

「もっと一気に変えるものだと思ってた。」

 

「一気に変えた仕組みは、一気に崩れます。」

 

修司の返答は相変わらずだった。

 

セリカは呆れたように笑う。

 

「ほんと、夢がないわね。」

 

「持続性はあります。」

 

「それが夢ないって言ってるの。」

 

先生は思わず笑った。

 

部室に、少しだけ明るい空気が流れる。

 

夕方。

 

ホワイトボードには、新しい地域対応フローが正式に書かれていた。

 

まだ仮運用。

 

一週間だけ試す。

 

週末に見直す。

 

そう書かれている。

 

先生はその前に立っていた。

 

昨日より、矢印は増えている。

 

けれど、重さは減っている。

 

線が増えたのに、苦しくない。

 

それぞれの線に、役割があるからだ。

 

「不思議だな。」

 

先生が呟く。

 

「昨日より書いてあることは増えているのに。」

 

「昨日より、軽く見える。」

 

修司は隣で頷いた。

 

「整理された仕事は、負担を減らします。」

 

「整理されていない仕事は、量以上に重く見えます。」

 

先生は静かに笑う。

 

「確かに。」

 

少し離れたところで、アヤネたちが今日の記録を片付けている。

 

セリカは文句を言いながらも、受付表を丁寧に揃えている。

 

シロコは写真データの保存場所を確認している。

 

ノノミは記録表に見出しを付けている。

 

ホシノは眠そうにしながら、全員の様子を見ている。

 

先生はその姿を見つめた。

 

「皆、動けるんだな。」

 

修司は何も言わなかった。

 

先生は続ける。

 

「分かっていたつもりだった。」

 

「でも。」

 

「本当は、信じきれていなかったのかもしれない。」

 

修司は静かに答える。

 

「信じることと、任せることは違います。」

 

先生が修司を見る。

 

「信じていても、任せられないことはあります。」

 

「大切だからこそ。」

 

「心配だからこそ。」

 

「自分で抱えてしまう。」

 

先生は目を伏せる。

 

「耳が痛いな。」

 

「痛むうちは、変えられます。」

 

ホシノが横から声をかけた。

 

「修司くん。」

 

「それ、慰めてるの?」

 

「はい。」

 

「分かりにくいねぇ。」

 

「改善します。」

 

「そこ改善するんだ。」

 

セリカが吹き出しそうになった。

 

先生も小さく笑った。

 

その笑いは、昨日より少しだけ自然だった。

 

完全に変わったわけではない。

 

先生はまだ、手を出したくなる。

 

皆もまだ、失敗を怖がる。

 

セリカはまだ不安を隠せない。

 

アヤネは抱え込みそうになる。

 

シロコは必要なら一人で動こうとする。

 

ノノミは周囲を優先しすぎる。

 

ホシノも、全部を見過ぎて一人で黙る癖がある。

 

何もかもが解決したわけではない。

 

むしろ、問題はこれから見えてくる。

 

けれど。

 

見えた問題は、直せる。

 

見えないまま誰かが抱えるより、ずっといい。

 

先生はホワイトボードの端に、小さく文字を書いた。

 

仮運用

 

一週間

 

週末見直し

 

その文字を見て、アヤネが微笑む。

 

「先生。」

 

「はい?」

 

「ちゃんと仕組みっぽいです。」

 

先生は苦笑する。

 

「褒めているのか?」

 

「褒めています。」

 

セリカが横から言う。

 

「先生にしては進歩よ。」

 

「それは褒めているのか?」

 

「褒めてるわよ。」

 

シロコが頷く。

 

「先生、成長した。」

 

「生徒に言われると複雑だな。」

 

ノノミが楽しそうに笑う。

 

「でも、嬉しいですね〜。」

 

ホシノがのんびりと言う。

 

「先生も、対策委員会の一員って感じだねぇ。」

 

先生はその言葉に、少しだけ目を見開いた。

 

対策委員会の一員。

 

先生はずっと、支える側だと思っていた。

 

外から守る存在だと思っていた。

 

でも今は。

 

役割の中にいる。

 

皆と同じ図の中にいる。

 

それが、少しだけ嬉しかった。

 

修司はホワイトボードを見る。

 

先生へ集中していた矢印は、まだ多い。

 

けれど、そのうち一本は確かに形を変えた。

 

そして今日、その一本は継続できる形になり始めた。

 

改善とは、大きな改革だけではない。

 

一つの仕事を見えるようにすること。

 

一つの判断を分けること。

 

一つの不安を言葉にすること。

 

その積み重ねで、組織は少しずつ変わる。

 

夕日が部室に差し込む。

 

乾いた風が窓を揺らす。

 

昨日と同じアビドス。

 

同じ校舎。

 

同じ問題。

 

けれど、部室の中には新しい線が引かれていた。

 

先生はその線を見つめながら、静かに言った。

 

「明日は。」

 

「もう一つ、見直してみよう。」

 

修司は頷いた。

 

「はい。」

 

「ただし、急ぎません。」

 

先生は少し笑う。

 

「分かっている。」

 

「まずは、続ける。」

 

修司はわずかに表情を緩めた。

 

「その通りです。」

 

ホシノが伸びをする。

 

「じゃあ、今日はここまでかなぁ。」

 

セリカが机の上を片付けながら言う。

 

「明日から一週間試すんでしょ。」

 

「ちゃんとやるわよ。」

 

アヤネが頷く。

 

「はい。」

 

「記録も残します。」

 

シロコが短く言う。

 

「掲示板、明日は私が見る。」

 

ノノミが微笑む。

 

「では、私は記録表を清書しておきますね。」

 

先生は皆を見る。

 

そして、静かに言った。

 

「頼む。」

 

その言葉は、昨日より自然だった。

 

誰かへ押し付ける言葉ではない。

 

一人で抱えることを諦めた言葉でもない。

 

共に進むための言葉だった。

 

アビドスの問題は、まだ山ほどある。

 

地域対応は、その中のほんの一部にすぎない。

 

だが、その一部に形ができた。

 

続けるための形が。

 

先生はホワイトボードの前から離れる。

 

今日は、最後に書類を抱えなかった。

 

全部を持ち帰ろうともしなかった。

 

机の上には、明日へ残す資料がきちんと置かれている。

 

それを見て、先生は少しだけ息を吐いた。

 

怖さはまだある。

 

不安もある。

 

けれど。

 

任せた仕事が、明日も続いていく。

 

その事実が、先生の胸を少しだけ軽くしていた。

 

誰か一人が頑張ったからではない。

 

皆で続けられる形を作ったから。

 

それが今日の、小さな成果だった。

 

夕暮れのアビドスに、砂の風が吹く。

 

その風の中で。

 

対策委員会の部室には、昨日より少しだけ整ったホワイトボードが残っていた。

 

先生へ向かう矢印は、まだ消えない。

 

けれど。

 

その矢印の途中には、もう先生だけではない名前がある。

 

アヤネ。

 

セリカ。

 

シロコ。

 

ノノミ。

 

ホシノ。

 

そして、先生。

 

一人で支える図ではなく。

 

皆で支える図。

 

その形はまだ未完成だった。

 

だからこそ。

 

明日も直せる。

 

明日も続けられる。

 

組織改善とは、そういう地味な作業の積み重ねである。

 

派手さはない。

 

感動的な奇跡もない。

 

ただ、誰かが壊れる前に、少しずつ線を引き直していく。

 

それだけだ。

 

それだけで、人は救われることがある。

 

 

 

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