先生はモームリ   作:風神ぷー

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第十九話 小さな綻び

翌日。

 

アビドス高等学校の部室には、朝から紙の擦れる音が響いていた。

 

地域対応フロー。

 

仮運用一週間。

 

週末見直し。

 

ホワイトボードに書かれたその文字は、まだ新しい。

 

昨日の夕方に整えたばかりの線。

 

受付。

 

一次分類。

 

現地確認。

 

先生判断。

 

対応記録。

 

週一振り返り。

 

それは、先生へ集まり続けていた仕事の一部を、対策委員会全体で受け止めるための最初の仕組みだった。

 

朝の時点では、順調に見えた。

 

ノノミが受付表を確認する。

 

シロコが掲示板を見に行く。

 

セリカが一次分類の当番表を眺めながら、少し不満そうに眉を寄せる。

 

アヤネは昨日作った分類基準を机に広げ、必要な修正箇所がないか見ていた。

 

ホシノは椅子に座って眠そうにしている。

 

先生は机に座り、まだ手を出さないように気をつけながら全体を見ていた。

 

修司はホワイトボードの横に立ち、静かに様子を見ている。

 

「今日の一次分類担当は……。」

 

セリカが当番表を見る。

 

そして、顔をしかめた。

 

「私?」

 

「はい。」

 

アヤネが頷く。

 

「昨日決めた週替わり制の初日です。」

 

「いきなり私なの?」

 

「昨日、セリカちゃんが『やるわよ』と仰っていましたので。」

 

「言ったけど!」

 

セリカは椅子の背もたれに寄りかかる。

 

「こういう書類系、アヤネの方が向いてるじゃない。」

 

「それはそうかもしれません。」

 

アヤネは穏やかに返した。

 

「ですが、私だけができる状態にしないための当番制です。」

 

「分かってるわよ。」

 

セリカは小さくため息をつく。

 

「分かってるけど、面倒なものは面倒なの。」

 

「面倒で済ませられるだけ、まだ健康的です。」

 

修司が静かに言った。

 

セリカがじろりと見る。

 

「それ、褒めてる?」

 

「はい。」

 

「分かりにくいわよ。」

 

「改善します。」

 

「昨日も聞いたわ、それ。」

 

ホシノがくすくす笑う。

 

「修司くんの改善、そこは進みが遅いねぇ。」

 

「優先順位が低いためです。」

 

「自覚あるんだ。」

 

部室に小さな笑いが起きる。

 

先生も少しだけ表情を緩めた。

 

だが、その柔らかい空気は長く続かなかった。

 

ノノミが受付表を持って戻ってくる。

 

「地域の方から、新しい相談が三件届いていました〜。」

 

「三件?」

 

セリカが顔を上げる。

 

「朝から?」

 

「はい。」

 

ノノミは机に用紙を並べた。

 

「一件目は、校舎周辺の砂溜まりについて。」

 

「二件目は、旧通学路の看板が傾いている件。」

 

「三件目は、地域の方からの物資提供のお申し出です。」

 

アヤネがすぐに反応する。

 

「昨日より多いですね。」

 

「掲示板に注意文を貼ったから、地域の方が相談しやすくなったのかもしれません。」

 

先生は思わず書類へ手を伸ばしかけた。

 

しかし、途中で止めた。

 

セリカがその動きを見て、にやりとする。

 

「先生。」

 

「……何だ。」

 

「今、手ぇ出そうとしたでしょ。」

 

「出していない。」

 

「出しかけた。」

 

「出してはいない。」

 

「子どもみたいな言い訳しないでよ。」

 

先生は苦笑した。

 

ホシノが眠そうに頷く。

 

「惜しかったねぇ、先生。」

 

「何の勝負だ。」

 

「我慢大会?」

 

「参加した覚えはないんだが。」

 

部室の空気が少しだけ和らぐ。

 

セリカは書類を受け取り、分類基準を見る。

 

「えっと……。」

 

「砂溜まりは昨日と同じだから、要確認。」

 

「看板が傾いてるのは……緊急?」

 

アヤネが横から言う。

 

「危険があるなら緊急です。」

 

「でも、どのくらい傾いているか分からないじゃない。」

 

「その場合は現地確認ですね。」

 

「じゃあ要確認?」

 

「いえ、危険の可能性があるので、緊急寄りの要確認でしょうか。」

 

セリカは眉をひそめる。

 

「緊急寄りの要確認って何よ。」

 

アヤネは少し言葉に詰まる。

 

「ええと……。」

 

シロコが戻ってきた。

 

「掲示板、確認した。」

 

「看板の件、写真が貼ってあった。」

 

「結構傾いてる。」

 

セリカがすぐに顔を上げる。

 

「じゃあ緊急?」

 

シロコは短く頷く。

 

「人が通る場所なら危ない。」

 

ノノミが受付表を確認する。

 

「旧通学路ですが、今も地域の方が近道として使っているそうです。」

 

セリカは迷った末に、書類へ大きく丸を付けた。

 

「じゃあ緊急!」

 

アヤネが頷く。

 

「はい。それで良いと思います。」

 

セリカは少しほっとしたように息を吐く。

 

「何よ、分類って思ったより神経使うじゃない。」

 

「はい。」

 

アヤネは真面目に頷いた。

 

「だからこそ、基準が必要です。」

 

「分かってるわよ。」

 

セリカは次の書類を手に取る。

 

「物資提供は……共有のみ?」

 

ノノミが柔らかく微笑む。

 

「ありがたいお話ですね〜。」

 

「でも、保管場所や受け取りの予定も必要になります。」

 

アヤネが言う。

 

「量によっては確認が必要です。」

 

セリカが唸る。

 

「じゃあ要確認?」

 

シロコが短く言う。

 

「食料なら保管期限もある。」

 

セリカの表情が変わった。

 

「それ、めちゃくちゃ大事じゃない。」

 

ノノミが受付表を見る。

 

「内容は、飲料水と保存食の提供ですね。」

 

アヤネがメモを取る。

 

「数量確認。」

 

「保管場所確認。」

 

「受け取り日時確認。」

 

「先生判断は必要です。」

 

セリカは分類欄に「要確認」と書いた。

 

そして理由欄で手が止まる。

 

「理由って、何て書けばいいの?」

 

アヤネが考える。

 

「物資受入条件確認、でしょうか。」

 

「堅い。」

 

セリカは即答した。

 

ノノミがくすりと笑う。

 

「では、『受け取り方法の確認が必要』でどうでしょう?」

 

「それなら分かりやすい。」

 

セリカはそれを書いた。

 

先生はそのやり取りを見ていた。

 

一つ一つは小さい。

 

だが、昨日よりも確かに複雑になっている。

 

相談が増えた。

 

判断が分かれる。

 

分類基準だけでは迷う。

 

そして、皆が話し合う。

 

先生は思った。

 

これまで自分は、この迷いを全部一人で処理していたのだと。

 

迷う時間。

 

確認する手間。

 

誰かへ聞く不安。

 

それらが全部、見えない仕事として積み上がっていた。

 

先生は小さく息を吐いた。

 

「……大変だったんだな。」

 

その呟きに、ホシノが横目で見る。

 

「先生?」

 

「いや。」

 

先生は少し笑う。

 

「今さら分かった。」

 

「何が?」

 

「分類するだけでも、考えることが多い。」

 

ホシノはゆるく笑う。

 

「そうだねぇ。」

 

「先生、今までそれを一人でやってたんだよ。」

 

先生は返事に困った。

 

言われると、重い。

 

だが、責められているわけではない。

 

事実として、そこにあっただけだった。

 

やがて三件分の分類が終わった。

 

セリカは机に突っ伏した。

 

「疲れた……。」

 

「三件だけで?」

 

シロコが首を傾げる。

 

「三件だけって言わないでよ!」

 

セリカが顔を上げる。

 

「判断に迷うと疲れるの!」

 

アヤネが頷く。

 

「分かります。」

 

「一件一件の内容は小さくても、判断が続くと消耗します。」

 

修司が静かに言った。

 

「判断疲れです。」

 

セリカが眉をひそめる。

 

「判断疲れ?」

 

「はい。」

 

修司はホワイトボードへ向かう。

 

「人は、判断を繰り返すと疲れます。」

 

「小さな判断でも、積み重なると集中力が落ちます。」

 

「その結果、見落としや先送りが増えます。」

 

先生は静かに目を伏せた。

 

思い当たることが多すぎた。

 

夜遅く。

 

机の上の書類を前に、どれを先に見るべきか迷う。

 

緊急か、そうでないか。

 

自分で判断するしかない。

 

疲れているのに、判断だけは止まらない。

 

それが積み重なっていた。

 

アヤネが真剣にメモを取る。

 

「では、判断そのものを減らす必要があるのでしょうか。」

 

「はい。」

 

修司は頷く。

 

「分類基準を作る目的は、判断の質を揃えるだけではありません。」

 

「判断回数を減らすことでもあります。」

 

セリカが顔をしかめる。

 

「でも、さっき迷ったわよ。」

 

「はい。」

 

「つまり、基準がまだ足りません。」

 

修司は淡々と答えた。

 

セリカは机に突っ伏した。

 

「また仕事が増えた……。」

 

「仕事が増えたのではありません。」

 

「見えていなかった仕事が見えただけです。」

 

「それ、もっと嫌なんだけど。」

 

ホシノが苦笑する。

 

「見えない方が幸せなこともあるよねぇ。」

 

「組織運営では、不幸の先送りです。」

 

修司の言葉に、部室が妙に静かになった。

 

先生は小さく笑った。

 

「君は時々、本当に容赦がないな。」

 

「必要な情報です。」

 

「そうだな。」

 

先生はホワイトボードを見る。

 

昨日作った仕組み。

 

それは一日で小さな綻びを見せた。

 

だが、不思議と失敗したとは思わなかった。

 

むしろ、ようやく本当の姿が見えてきた気がした。

 

修司はホワイトボードに追記する。

 

判断に迷った項目

 

一、危険度が不明な相談

 

二、物資提供など受入条件が必要な相談

 

三、地域対応と設備対応が重なる相談

 

「今日の綻びは、この三つです。」

 

セリカが顔を上げる。

 

「綻びって言い方、嫌ね。」

 

「問題点です。」

 

「もっと嫌。」

 

ノノミが微笑む。

 

「でも、見つかって良かったですね。」

 

セリカがノノミを見る。

 

「良かったの?」

 

「はい。」

 

ノノミは穏やかに答える。

 

「見つからなかったら、また誰かが一人で困っていたかもしれませんから。」

 

その言葉に、セリカは黙った。

 

アヤネも静かに頷く。

 

「そうですね。」

 

「今日は私だけではなく、皆で迷えました。」

 

先生はその言葉に顔を上げた。

 

皆で迷えた。

 

それは、不思議な表現だった。

 

だが、今のアビドスには必要なことだった。

 

迷いを一人に押し込めない。

 

分からないことを分からないまま共有する。

 

それだけで、先生の胸は少し軽くなった。

 

昼前。

 

緊急扱いとなった看板の現地確認へ、シロコとセリカが向かった。

 

ノノミは物資提供の詳細確認を担当する。

 

アヤネは分類基準の修正案を作成する。

 

ホシノは全体の様子を見ている。

 

先生は机に座り、報告を待つ。

 

昨日よりは慣れた。

 

しかし、落ち着くわけではない。

 

先生は何度か時計を見る。

 

何度か窓を見る。

 

何度か立ち上がりかける。

 

そのたびに、自分で止まった。

 

ホシノは何も言わずに見ていた。

 

修司も何も言わない。

 

沈黙が続く。

 

やがて先生が口を開いた。

 

「待つのは、やっぱり難しいな。」

 

ホシノが頷く。

 

「二日で慣れたら、それはそれで怖いよ〜。」

 

「そうか。」

 

「うん。」

 

ホシノは頬杖をついたまま言う。

 

「先生は、ずっと自分で動いてきたからねぇ。」

 

「急に待てって言われても。」

 

「心だけ走っていっちゃうよ。」

 

先生は苦笑した。

 

「その通りだ。」

 

修司が静かに言う。

 

「待つ間に不安が増えるなら、待つための情報を決める必要があります。」

 

先生が修司を見る。

 

「待つための情報?」

 

「はい。」

 

修司はホワイトボードへ向かう。

 

「任せる側が不安になる理由の一つは、状況が見えないことです。」

 

「現場がどうなっているか分からない。」

 

「進んでいるのか分からない。」

 

「困っているのか分からない。」

 

「だから、確認したくなる。」

 

先生は頷いた。

 

「まさに今だな。」

 

「はい。」

 

修司は続ける。

 

「であれば、報告タイミングを決めます。」

 

「例えば、現地確認へ出た場合。」

 

「到着時。」

 

「危険確認時。」

 

「対応完了時。」

 

「この三回だけ報告する。」

 

「それ以外は、先生から確認しない。」

 

先生は目を細める。

 

「なるほど。」

 

「俺が不安になる前に、必要な情報が届く形にするのか。」

 

「はい。」

 

「確認したい気持ちを、仕組みで減らします。」

 

ホシノが小さく笑う。

 

「先生対策も仕組み化されていくねぇ。」

 

先生は苦笑する。

 

「否定できない。」

 

そこへ、シロコから連絡が入った。

 

アヤネが端末を確認する。

 

「シロコ先輩からです。」

 

「現地到着。」

 

「看板の傾き大。」

 

「周囲に人通りあり。」

 

「簡易的に通行注意を掲示。」

 

先生はすぐに立ち上がりかけた。

 

だが、止まる。

 

「……次の報告を待つ。」

 

アヤネが少し驚いたように先生を見る。

 

「はい。」

 

先生は椅子に座り直した。

 

「待つ。」

 

自分に言い聞かせるような声だった。

 

ホシノがにこりと笑う。

 

「えらいえらい。」

 

「子ども扱いするな。」

 

「今の先生は、ちょっと子どもっぽかったよ?」

 

「……反論できない。」

 

部室に小さな笑いが起きた。

 

しばらくして、次の連絡が来る。

 

「危険確認。」

 

「倒壊の可能性あり。」

 

「シロコ先輩とセリカちゃんで周囲を一時封鎖。」

 

「地域の方へ迂回を案内中。」

 

アヤネが読み上げる。

 

先生は表情を引き締めた。

 

「判断が必要だな。」

 

修司が頷く。

 

「はい。」

 

「ここからは先生判断です。」

 

先生は端末を受け取り、写真を確認する。

 

看板は確かに大きく傾いていた。

 

支柱の根元が砂に埋まり、錆も見える。

 

このまま放置すれば、強風で倒れる可能性がある。

 

「撤去か補強が必要だ。」

 

先生は言う。

 

「ただ、今すぐ本格作業はできない。」

 

「まず周囲の封鎖を継続。」

 

「可能なら看板を倒れない方向へ仮固定。」

 

「無理なら近付かない。」

 

アヤネが素早く記録する。

 

「はい。」

 

「業者手配は?」

 

「設備修繕と合わせて見積もり依頼を出す。」

 

「ただし、危険度は高めで伝える。」

 

「承知しました。」

 

アヤネが連絡を送る。

 

先生は端末を返した。

 

そして、小さく息を吐いた。

 

「今のは。」

 

「俺が判断するべき内容だったな。」

 

修司は頷いた。

 

「はい。」

 

「ここへ届くまでに、皆さんが必要な情報を揃えました。」

 

「そのため、先生は判断に集中できました。」

 

先生は写真を見る。

 

現場に行かなくても、判断できた。

 

それは少し怖くもあり。

 

同時に、確かに助かった。

 

午後になると、物資提供の件も動いた。

 

ノノミが地域の方へ確認を取り、飲料水と保存食の数量、保管期限、受け取り可能日をまとめる。

 

しかし、そこで別の問題が出た。

 

「保管場所がありません〜。」

 

ノノミは困ったように微笑んだ。

 

セリカが戻ってきて、真顔で言う。

 

「いや、笑いごとじゃないわよ。」

 

「保存食って結構な量あるんでしょ?」

 

「はい。」

 

ノノミは受付表を見る。

 

「段ボールで十箱ほどです。」

 

アヤネが額に手を当てる。

 

「十箱……。」

 

シロコが短く言う。

 

「部室には無理。」

 

セリカが即答する。

 

「絶対無理。」

 

先生は少し考える。

 

「空き教室は?」

 

アヤネが首を横に振る。

 

「一部は砂が入り込んでいて、保管には向きません。」

 

ノノミが言う。

 

「湿気は少ないですが、砂埃が問題ですね〜。」

 

シロコが提案する。

 

「体育倉庫。」

 

セリカが顔をしかめる。

 

「あそこ、物が多すぎるでしょ。」

 

ホシノが眠そうに言う。

 

「片付けたら置けるかもねぇ。」

 

セリカがホシノを見る。

 

「まさか、それも私たちがやる流れ?」

 

修司が静かに口を開く。

 

「ここで注意が必要です。」

 

全員が修司を見る。

 

「物資提供への対応から、体育倉庫整理という別業務が発生しようとしています。」

 

セリカが固まる。

 

「……ほんとだ。」

 

アヤネがメモを取る手を止める。

 

「業務が連鎖していますね。」

 

「はい。」

 

修司は頷く。

 

「一つの相談に対応するために、別の仕事が発生する。」

 

「これ自体は珍しくありません。」

 

「ですが、無計画に引き受けると、仕事が増え続けます。」

 

先生は静かに頷く。

 

「善意で受けると、後で苦しくなる。」

 

「はい。」

 

ノノミが少し寂しそうに言う。

 

「せっかくのご厚意ですから、受け取りたいですが……。」

 

「受け取るための準備も必要ですね。」

 

「その通りです。」

 

修司は答える。

 

「大切なのは、断るか受けるかを感情だけで決めないことです。」

 

「受けられる条件を整理します。」

 

ホワイトボードに書く。

 

物資受入条件

 

一、保管場所

 

二、管理担当

 

三、使用期限

 

四、配布方法

 

五、記録

 

セリカが顔をしかめる。

 

「受け取るだけなのに、こんなにあるの?」

 

「あります。」

 

修司は淡々と答える。

 

「物資は、受け取った瞬間から管理責任が発生します。」

 

「うへぇ。」

 

セリカが嫌そうな声を出す。

 

「ありがたいけど、大変ね。」

 

ノノミは静かに頷いた。

 

「でも、こうして条件が見えると、どうすれば受け取れるかも分かりますね。」

 

先生はホワイトボードを見る。

 

「体育倉庫を今日中に片付けるのは無理だ。」

 

「でも、一時保管できる場所があれば受け取れる。」

 

シロコが短く言う。

 

「旧職員室。」

 

アヤネが顔を上げる。

 

「あそこなら鍵もあります。」

 

「ただ、棚の確認が必要です。」

 

セリカが言う。

 

「砂も少なかったはず。」

 

ノノミが微笑む。

 

「では、旧職員室を一時保管場所として確認しましょう。」

 

先生は頷いた。

 

「確認を頼む。」

 

自然に出た言葉だった。

 

頼む。

 

昨日よりも、さらに自然だった。

 

シロコが立ち上がる。

 

「行く。」

 

セリカも続く。

 

「私も。」

 

ノノミが端末を持つ。

 

「写真を撮ってきますね。」

 

アヤネは記録表を用意する。

 

「保管条件の確認項目を作ります。」

 

先生はその流れを見ていた。

 

また、自分が動く前に皆が動き出した。

 

だが今度は、胸のざわつきが少しだけ小さかった。

 

不安はある。

 

それでも、流れが見える。

 

何を確認するか。

 

誰が行くか。

 

何が戻ってくるか。

 

それが分かるだけで、待つことは少し楽になる。

 

夕方。

 

部室のホワイトボードは、朝よりもずっと書き込みが増えていた。

 

地域対応フローの横に、赤字で追記がある。

 

判断に迷った項目

 

報告タイミング

 

物資受入条件

 

一時保管場所確認

 

小さな綻び。

 

それは失敗ではなかった。

 

むしろ、仕組みを現実に近付けるための材料だった。

 

先生はホワイトボードの前に立つ。

 

「一日使っただけで、こんなに直すところが出るんだな。」

 

アヤネが少し申し訳なさそうに言う。

 

「初版の基準が不足していました。」

 

先生は首を横に振る。

 

「違う。」

 

アヤネが顔を上げる。

 

「不足していたから分かったんじゃない。」

 

「使ったから分かったんだ。」

 

部室が静かになる。

 

先生はホワイトボードを見る。

 

「机の上で作っただけなら。」

 

「きっと、これで十分だと思っていた。」

 

「でも、実際に使ったから。」

 

「迷うところが見えた。」

 

「増える仕事も見えた。」

 

「俺が不安になる理由も見えた。」

 

先生は少し笑った。

 

「だから、これは失敗じゃない。」

 

修司が静かに頷く。

 

「はい。」

 

「良い振り返りです。」

 

セリカがじっと先生を見る。

 

「先生。」

 

「何だ?」

 

「何か、ちょっとそれっぽくなってきたわね。」

 

「それっぽい?」

 

「組織改善っぽいこと言ってる。」

 

先生は苦笑した。

 

「修司さんの影響かもしれないな。」

 

ホシノがにやりと笑う。

 

「先生がコンサルっぽくなったら、ちょっと嫌だねぇ。」

 

「それは困るな。」

 

修司が真顔で言う。

 

「先生は先生のままで構いません。」

 

セリカがすぐに突っ込む。

 

「そこで真面目に返すんだ。」

 

ノノミが楽しそうに笑う。

 

シロコもほんの少しだけ口元を緩めた。

 

アヤネはホワイトボードに、今日の振り返りを書き込む。

 

一、危険度不明の場合は現地確認を優先。

 

二、現地確認時は到着、危険確認、対応完了で報告。

 

三、物資提供は受入条件を確認してから返答。

 

四、判断に迷った場合は要確認へ上げる。

 

五、業務が連鎖する場合は一度止めて整理する。

 

先生はそれを見て頷いた。

 

「明日からは、今日より少し回しやすくなるな。」

 

「はい。」

 

アヤネが答える。

 

「少しだけですが。」

 

「少しでいい。」

 

先生は静かに言った。

 

「少しずつなら、続けられる。」

 

その言葉に、全員が少しだけ黙った。

 

続けるための形。

 

昨日作ったそれは、今日、小さな綻びを見せた。

 

けれど、その綻びを隠さなかった。

 

誰か一人が黙って直すのではなく。

 

皆で見つけて、皆で直した。

 

それは、アビドスにとって大きな変化だった。

 

修司はホワイトボードの端に、短く書いた。

 

仮運用二日目

 

修正あり

 

継続可

 

セリカがそれを見て言う。

 

「継続可って、何か味気ないわね。」

 

「必要な記録です。」

 

「分かってるけど。」

 

セリカは少しだけ笑った。

 

「でも、悪くないかも。」

 

先生は部室を見渡す。

 

机の上には、整理された受付表。

 

写真記録。

 

保管場所の確認メモ。

 

看板対応の報告。

 

物資受入条件。

 

昨日より仕事は増えた。

 

けれど、先生一人の机には積まれていない。

 

皆の手を通り、整理され、必要なものだけが先生へ届いている。

 

完璧ではない。

 

まだまだ危うい。

 

それでも、昨日より確かに進んでいる。

 

先生は静かに息を吐いた。

 

「今日は。」

 

「少し疲れたな。」

 

セリカが目を丸くした。

 

先生は続ける。

 

「でも。」

 

「一人で疲れたわけじゃない。」

 

アヤネが静かに微笑む。

 

ノノミも頷く。

 

シロコは短く言う。

 

「みんなで疲れた。」

 

セリカが苦笑する。

 

「何か嫌な言い方だけど、まあそうね。」

 

ホシノがのんびり言う。

 

「一人で潰れるより、ずっといいよ〜。」

 

先生は頷いた。

 

「そうだな。」

 

修司は静かにそれを聞いていた。

 

今日、アビドスは失敗しなかったわけではない。

 

迷った。

 

詰まった。

 

手順に穴が見つかった。

 

仕事が増えかけた。

 

先生も何度も動こうとした。

 

だが、その全てを隠さなかった。

 

見つけて、言葉にして、直した。

 

組織改善とは、完成した仕組みを作ることではない。

 

壊れかけた時に、直せる仕組みを持つことである。

 

夕暮れの光が部室に差し込む。

 

砂色の校庭が赤く染まっていた。

 

先生はホワイトボードをもう一度見る。

 

昨日より線は増えた。

 

注意書きも増えた。

 

だが、その線はもう、自分だけを縛るものではなかった。

 

皆で引き直している線だった。

 

「明日も。」

 

先生は静かに言った。

 

「直しながら続けよう。」

 

修司は頷く。

 

「はい。」

 

「それが、最も現実的です。」

 

ホシノが笑う。

 

「現実的って、夢はないけど安心はあるねぇ。」

 

セリカがため息をつく。

 

「最近、その安心ってやつの大事さが分かってきたのが悔しいわ。」

 

ノノミが微笑む。

 

「良いことですね〜。」

 

シロコが短く言う。

 

「安心、大事。」

 

アヤネも頷く。

 

「はい。」

 

「続けるためには、必要です。」

 

先生は皆を見る。

 

そして、小さく笑った。

 

昨日よりも少しだけ自然に。

 

「頼もしいな。」

 

その言葉に、誰も大げさには反応しなかった。

 

ただ、それぞれが少しだけ表情を緩めた。

 

それで十分だった。

 

アビドスの組織改善は、まだ始まったばかりだ。

 

仕組みはすぐに綻ぶ。

 

人は迷う。

 

仕事は増える。

 

不安は消えない。

 

それでも。

 

綻びが見えるなら、直せる。

 

直せるなら、続けられる。

 

続けられるなら。

 

誰か一人が壊れる前に、きっと支えられる。

 

 

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先生は汚い大人です(作者:こうすけ増田劇場版)(原作:ブルーアーカイブ)

大人だ先生だ言って笑顔で愛想よく振り向く?無理に決まってんだろ。▼最低な大人?ありがとう、最高の褒め言葉だ。


総合評価:832/評価:7.17/連載:11話/更新日時:2026年06月18日(木) 19:51 小説情報

あっけなく死ぬ男子生徒の話(作者:とーふめんたる)(原作:ブルーアーカイブ)

キヴォトスに現れたヘイローを持たないイレギュラーな男子生徒が、あっけなく死ぬ話▼本小説はAI小説です。▼基本的に一話一話独立しています。▼初投稿ですので多めに見て下さるとうれしいです。


総合評価:229/評価:6.24/短編:40話/更新日時:2026年07月05日(日) 00:00 小説情報

KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~(作者:卵パサパサ感)(原作:ブルーアーカイブ)

 連邦生徒会長の失踪により責任者を失い、事実上機能を停止したSRT特殊学園。そんな状況を憂い、一人の生徒が行動に出る。▼ 樋渡カナメ―――SRTの空挺専門部隊「OWL小隊」を率いる、前世の記憶を持つ少女。彼女は小隊員と有志を率いてSRTを離反し、新たな学園を創設した。▼ その名は「KSS警備学園」。SRTの技術と理念を受け継いだ、民間軍事会社としての性質を持…


総合評価:2373/評価:8.75/連載:45話/更新日時:2026年06月01日(月) 19:27 小説情報

【第一章完結】もしもカヤに親友がいたら(作者:あめざり)(原作:ブルーアーカイブ)

キヴォトスを平和にする為足掻き続ける不知火カヤと、そんな足掻きを手伝い続ける親友の話▼ついでに先生とFOX小隊の脳も焼きまくる


総合評価:1440/評価:8.19/連載:23話/更新日時:2026年07月01日(水) 13:43 小説情報

預言者兄妹大家族計画(作者:〇〇総統)(原作:ブルーアーカイブ)

大雑把なあらすじ▼ある日、デカグラマトンによって起動したもしもの為マルクトの代替品として第2の器となる筈だった存在キムラヌート。デカグラマトンの長ーい演説につい怒りのブツ切りが炸裂してしまう。これは、デカグラマトンの預言者とそんな彼女を慕う3人の少女がもう1人家族を得た物語。…1人どころではないかもしれない………?▼マルクトを妹にしたいなーと思ったので書いた…


総合評価:1325/評価:8.7/連載:13話/更新日時:2026年06月28日(日) 03:59 小説情報


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