先生はモームリ   作:風神ぷー

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ストックをある程度作成したので毎日更新切らさないよう頑張ります


第二十一話 断る責任

 

 

翌朝のアビドスは、風が弱かった。

 

砂嵐の後とは思えないほど空は静かで、校舎の窓から差し込む朝日も穏やかだった。だからこそ、対策委員会の部室に積み上がった仕事の気配だけが、妙に目についた。

 

先生の机には、銀行からの返答書と、旧職員室の設備確認資料が置かれている。隣の机では、アヤネが地域対応記録を確認し、ノノミが物資提供の一覧を整理していた。シロコは校舎周辺の巡回から戻ったばかりで、セリカは掲示板から回収した紙を一枚ずつ机へ広げている。

 

「先生、銀行からの返答です」

 

アヤネが差し出した書類に、先生は目を通した。

 

提出した追加資料は受理されていた。予定外支出の理由も確認され、来週あらためて返済計画について協議したいと記されている。

 

「ひとまず、説明は通ったみたいだな」

 

「はい。追加の修正要求もありません」

 

アヤネの声には、昨日まで残っていた緊張が少しだけ薄れていた。

 

先生は書類を返し、次に旧職員室の資料へ手を伸ばす。天井から砂が流入していた部屋は、現在も立入禁止のままだ。設備図面の確認と、外側からの再調査が今日の予定に入っている。

 

「こっちは午前中に確認しよう」

 

先生がそう言った直後、セリカが掲示板から回収した紙を一枚持ち上げた。

 

「先生、地域から新しい依頼」

 

「内容は?」

 

「校舎北側に溜まった砂の撤去。近くのお店の裏手まで流れてるって」

 

シロコが窓の外へ目を向ける。

 

「昨日の風向きなら、北側に溜まる」

 

「通行への影響はありますか?」

 

アヤネが尋ねると、セリカは依頼書を読み直した。

 

「そこまでは書いてない。『なるべく早く』ってだけ」

 

先生は書類を受け取った。

 

緊急と判断するには情報が足りない。とはいえ、地域からの依頼を放置するわけにもいかない。今日の予定へ入れるなら、旧職員室の確認を後ろへずらす必要がある。

 

先生が考えていると、部室の通信端末が鳴った。

 

「はい。アビドス高等学校、対策委員会です」

 

アヤネが応答する。最初は普段通りだった表情が、話を聞くうちに少しずつ硬くなった。

 

「本日ですか?」

 

セリカが嫌な予感を覚えたように眉をひそめる。

 

アヤネは相手の話を聞きながら、受付表へ記録を続けた。

 

「参加人数は……全員、でしょうか」

 

部室の空気が変わった。

 

通話を終えたアヤネは、受付表を見ながら説明した。

 

「旧商店街で、午後から地域清掃を行うそうです。アビドスからも、可能であれば対策委員会全員で参加してほしいとのことでした」

 

「全員?」

 

セリカが聞き返す。

 

「はい」

 

ノノミは物資の一覧へ視線を落とした。

 

「今日は受入場所の候補も確認する予定でしたね」

 

「旧職員室の調査もある」

 

シロコが付け加える。

 

アヤネも銀行関係の記録を見た。

 

「返済協議に備えた整理も残っています」

 

一度に三つ。

 

校舎北側の砂撤去。

 

旧商店街の清掃。

 

旧職員室の再調査。

 

どれも軽く扱っていい仕事ではない。

 

先生は机上の予定表を見た。

 

これまでなら、全員で動けば終わると考えただろう。午前中に旧職員室を調べ、昼を早めに切り上げて、午後から清掃へ向かう。北側の砂撤去は、その前後に回せばいい。

 

無理ではない。

 

少なくとも、予定表の上では。

 

「先生」

 

ホシノの声がした。

 

いつものように机へ頬杖をついていたが、眠そうな目は先生の手元を見ている。

 

「全部、今日やるつもり?」

 

先生は答える前に、もう一度予定を見た。

 

「できなくはない」

 

「それ、できるかどうかの話?」

 

ホシノはゆるく笑った。

 

「やったあと、みんながどうなるかの話じゃなくて?」

 

先生は黙った。

 

セリカは予定表を覗き込んでいる。シロコは何も言わない。アヤネも、先生の判断を待っていた。

 

修司は部室の隅に立ったまま、口を挟まなかった。

 

先生は昨日までの自分を思い出す。

 

一つの仕事を任せた。

 

やらなくていい仕事を明日へ移した。

 

必要な判断だけを自分へ集める形も、少しずつできてきた。

 

それでも、新しい依頼が来た瞬間に、また全てを受けようとしている。

 

「まず、確認しよう」

 

先生はアヤネへ向き直った。

 

「清掃の作業範囲と必要人数。全員参加が本当に必要なのかも聞いてくれ」

 

「分かりました」

 

アヤネはすぐに先方へ連絡を入れた。

 

先生は次に、セリカが持ってきた砂撤去の依頼を見る。

 

「こちらもだ。今日中でなければ困るのか、通行への影響があるのかを確認しよう」

 

セリカが少し意外そうな顔をする。

 

「すぐ行かないの?」

 

「必要なら行く。ただ、必要かどうかを決める前に予定へ入れない」

 

先生の返答に、セリカは少しだけ口元を緩めた。

 

「分かった。聞いてくる」

 

シロコが短く言う。

 

「私は北側を見る」

 

先生は反射的に止めかけたが、口を閉じた。

 

「危険があれば近付かないこと。状況だけ確認して、戻ってきてくれ」

 

「ん」

 

シロコは頷き、部室を出ていった。

 

セリカも依頼主へ連絡を入れるため、掲示板の連絡先を確認する。

 

ノノミは物資受入の予定表を開き、日程変更が可能か確認していた。

 

誰も、先生の判断だけを待ってはいない。

 

それぞれが必要な情報を集めようとしている。

 

先生はその光景を見ながら、机へ置かれた旧職員室の資料を開いた。

 

数分後、アヤネが通話を終えた。

 

「地域清掃ですが、参加者は二名から三名で問題ないそうです。『全員で』というのは、できれば、という程度でした」

 

セリカが顔をしかめる。

 

「じゃあ、最初からそう言ってよ」

 

「先方としては、人数が多い方が助かると考えただけのようです」

 

「悪気はないんだろうけどさ」

 

ホシノがのんびり口を開いた。

 

「こっちが何人出せるかは、向こうから見えないからねぇ」

 

先生は受付表を見る。

 

全員参加。

 

その言葉を見た瞬間、自分は全員で行くべきだと思い込んでいた。

 

だが、相手はアビドスの予定を知らない。こちらの負担も見えない。要求ではなく、希望だった可能性は最初からあった。

 

「シロコとセリカに頼むのがいいと思います」

 

アヤネが提案した。

 

「作業内容は歩道付近の砂運びです。道具は先方で用意されます」

 

「私も行く」

 

セリカが即答する。

 

ちょうど戻ってきたシロコも頷いた。

 

「行ける」

 

先生は二人を見る。

 

「午前中に別の現場へは行かない。午後の清掃だけにしてくれ」

 

セリカが眉を上げる。

 

「旧職員室は?」

 

「明日に回す」

 

「でも、今日確認する予定だったでしょ」

 

「立入禁止は継続している。今すぐ使う場所でもない。今日でなければ困る理由はない」

 

先生は自分で言いながら、少し不思議な感覚を覚えた。

 

昨日までは、予定していた仕事を後ろへ動かすことに強い抵抗があった。決めた日に終わらせなければ、責任を放棄したように感じていた。

 

しかし今は違う。

 

明日やると決めて残すことと、何も決めずに放置することは同じではない。

 

「分かった」

 

シロコはすぐに納得した。

 

セリカはまだ少し不満そうだったが、予定表を見てから小さく息を吐いた。

 

「まあ、清掃のあとに天井の確認までしたら、さすがに面倒か」

 

「面倒で済めばいいけどねぇ」

 

ホシノが言う。

 

「疲れて判断が雑になる方が怖いよ〜」

 

「そういうこと」

 

セリカは頷いた。

 

そこへ、砂撤去の依頼主と連絡を取っていたノノミが戻ってきた。

 

「校舎北側の砂ですが、明後日でも問題ないそうです〜」

 

「通行の邪魔にはなっていないんですか?」

 

アヤネが尋ねる。

 

「お店の裏手です。出入口とは離れているので、急いでいるわけではないそうです」

 

セリカが肩を落とした。

 

「こっちが勝手に焦ってただけじゃない」

 

先生は依頼書を見つめた。

 

なるべく早く。

 

それを今日中に置き換えたのは、相手ではない。

 

自分だった。

 

「明後日にしよう」

 

先生は言った。

 

「先方へ、その日なら対応できると伝えてくれ」

 

ノノミは柔らかく頷いた。

 

「はい」

 

これで、今日の現場作業は地域清掃だけになった。

 

人数は二人。

 

旧職員室の確認は明日。

 

北側の砂撤去は明後日。

 

予定表へ書き込むと、驚くほど単純だった。

 

先生はホワイトボードの前に立ち、三つの仕事を見比べた。

 

「断ったわけではないんだな」

 

誰へ言うでもなく、そう呟く。

 

修司が初めて口を開いた。

 

「条件を調整しただけです」

 

先生が振り返る。

 

「相手の希望を、そのまま全部受けなかった」

 

「はい」

 

「それでも、断ったことにはならないのか」

 

修司は少し考えてから答えた。

 

「断ること自体は、悪いことではありません」

 

先生は黙る。

 

修司は続けた。

 

「ただし今回は、実行できる条件を提示しました。二名なら参加できる。明後日なら対応できる。相手も了承した。それで十分です」

 

「全部受けることが、誠実ではない」

 

「実行できない約束をするよりは、誠実です」

 

短い返答だった。

 

それ以上は言わない。

 

先生は予定表へ目を戻した。

 

地域清掃の欄には、シロコとセリカの名前がある。

 

旧職員室には、明日。

 

北側の砂撤去には、明後日。

 

どれも消えていない。

 

ただし、今日へ押し込まれてもいない。

 

午前中は、銀行対応の記録整理と、物資受入場所の検討に使われた。

 

ノノミが候補として挙げたのは、旧校舎の倉庫だった。窓は小さいが、砂の侵入は少なく、棚も残っている。

 

「ただ、すぐに使えるわけではありません」

 

ノノミは写真を見せた。

 

「古い備品が残っていますので、整理が必要です〜」

 

セリカが写真を覗き込む。

 

「これ全部片付けるの?」

 

「必要な範囲だけです」

 

アヤネが答える。

 

先生は以前なら、受入予定日までに全部整理しようとしただろう。

 

だが、物資を置くために必要なのは、倉庫全体の片付けではない。

 

「棚二つ分のスペースがあれば足りるか?」

 

先生が尋ねる。

 

「今回の物資なら十分です」

 

ノノミは答えた。

 

「なら、そこだけ整理しよう」

 

先生は予定表を見る。

 

「作業日は明日。ただし旧職員室の確認とは担当を分ける」

 

アヤネがすぐに書き込む。

 

「倉庫整理は、私とノノミさんで担当します」

 

セリカが口を挟んだ。

 

「私もやるわよ」

 

「明後日の砂撤去があります」

 

アヤネが返す。

 

「一日くらい大丈夫」

 

「昨日も看板の対応をしています」

 

「それくらい――」

 

セリカが言いかけたところで、先生が穏やかに止めた。

 

「セリカ」

 

「何よ」

 

「明日は休め」

 

セリカは目を見開いた。

 

「休むほどじゃないでしょ」

 

「そうかもしれない」

 

先生は否定しなかった。

 

「でも、休める時に休んでほしい」

 

セリカは言葉を失った。

 

先生は続ける。

 

「誰かが倒れてから休ませる形にはしたくない」

 

部室が静かになる。

 

セリカは視線を逸らした。

 

「……別に、倒れたりしないけど」

 

「知っている」

 

「なら」

 

「倒れないために休むんだ」

 

セリカはしばらく黙っていたが、最後には小さく頷いた。

 

「分かった」

 

アヤネが予定表を修正する。

 

倉庫整理。

 

アヤネ、ノノミ。

 

旧職員室確認。

 

先生、シロコ。

 

セリカ。

 

部室対応。

 

ホシノ。

 

全体負荷確認。

 

それぞれの名前が書き込まれていく。

 

先生はその予定表を見て、不思議な安心を覚えた。

 

以前より、仕事が少ないわけではない。

 

むしろ、問題は増えている。

 

だが、誰が何をするのかが分かる。

 

誰が休むのかまで決まっている。

 

午後になると、シロコとセリカは地域清掃へ向かった。

 

先生は少し落ち着かない様子で何度か時計を見たが、昨日ほどではなかった。

 

報告の時間が決められている。

 

開始時。

 

危険確認時。

 

終了時。

 

それ以外は、こちらから急かさない。

 

先生は銀行関係の記録へ集中した。

 

一時間ほど経った頃、シロコから連絡が入る。

 

作業終了。

 

負傷者なし。

 

追加対応なし。

 

さらに、明後日の砂撤去について、地域から一人協力者が来ることも伝えられた。

 

アヤネが報告を読み上げる。

 

先生は少し驚いた。

 

「こちらが日程を調整したことで、向こうも予定を合わせてくれたのか」

 

「そうだと思います」

 

アヤネが答える。

 

「最初から話していれば、もっと楽だったのかもしれないな」

 

先生の言葉に、ホシノが笑った。

 

「先生、黙って頑張るの得意だからねぇ」

 

「褒めてはいないな」

 

「褒めてないよ〜」

 

先生は苦笑した。

 

しばらくして、清掃を終えた二人が戻ってきた。

 

セリカの制服には砂が付いていたが、表情はそれほど疲れていなかった。

 

「二人で十分だった」

 

セリカは椅子へ座りながら言う。

 

「地域の人も結構いたし、全員で行ったら多すぎたわよ」

 

シロコも頷く。

 

「作業範囲が狭かった」

 

先生は二人を見る。

 

「助かった」

 

「当然でしょ」

 

セリカはそっぽを向いたが、声はどこか満足そうだった。

 

ノノミがお茶を用意する。

 

「お疲れさまでした〜」

 

先生は全員が揃ったところで、今日の予定表をホワイトボードへ貼り出した。

 

完了。

 

地域清掃。

 

継続。

 

銀行対応記録。

 

明日。

 

旧職員室確認。

 

倉庫整理。

 

明後日。

 

校舎北側砂撤去。

 

予定が分散されている。

 

誰か一人へ集中していない。

 

ホシノがそれを見て、のんびり言った。

 

「今日、全部終わってないねぇ」

 

先生は頷く。

 

「ああ」

 

「でも、困ってる?」

 

先生は少し考えた。

 

「困っていない」

 

「どうして?」

 

「続きを誰がやるか分かっているからだ」

 

ホシノは小さく笑った。

 

「じゃあ、大丈夫だねぇ」

 

その言葉に、先生も少し笑った。

 

以前なら、「まだ終わっていない」と答えただろう。

 

だが今は。

 

終わっていないことと、進んでいないことは違うと分かる。

 

先生はホワイトボードの端へ、今日の気付きを書き加えた。

 

依頼を受ける前に確認すること。

 

期限。

 

必要人数。

 

作業範囲。

 

現在の予定。

 

代替日。

 

アヤネがその横へ書き足す。

 

新しい仕事を入れる場合は、既存の予定を確認する。

 

ノノミも付け加える。

 

できない場合は、可能な条件を伝える。

 

セリカは少し考えてから言った。

 

「『何でも大丈夫です』って返事しない、も入れた方がいいんじゃない?」

 

シロコが頷く。

 

「曖昧だから」

 

先生は二人を見る。

 

「入れよう」

 

アヤネが書き込む。

 

曖昧な承諾をしない。

 

ホシノは満足そうに目を細めた。

 

「だんだん、先生向けの注意書きが増えてるねぇ」

 

「俺だけじゃない」

 

先生は反論する。

 

「半分くらいは先生向け」

 

セリカが即答した。

 

シロコも短く言う。

 

「たぶん、もっと」

 

「お前たちは容赦がないな」

 

部室に小さな笑いが広がった。

 

修司は、そのやり取りを少し離れた場所から見ていた。

 

今日、彼が口を挟んだ回数は少ない。

 

先生が自分で確認し。

 

生徒たちが自分で役割を分け。

 

相手と条件を調整した。

 

外部の人間が答えを示す必要はなかった。

 

それは、仕組みが少しずつ現場のものになり始めている証拠でもあった。

 

夕方。

 

部室の片付けが終わる頃、先生はノノミから物資提供者との連絡結果を受け取った。

 

保管場所の準備が整うまで、受入日は延期。

 

相手は快く了承し、「急がなくても構わない」と返していた。

 

先生はその言葉をしばらく見つめた。

 

自分は、相手を失望させることを恐れていた。

 

断れば嫌われる。

 

頼りにならないと思われる。

 

助けられない自分には価値がない。

 

そこまで明確に考えていたわけではない。

 

だが。

 

似たような不安は、いつも胸のどこかにあった。

 

「先生」

 

修司が声をかける。

 

「何だ」

 

「今日は、どうでしたか」

 

先生は少し考えた。

 

「断るのは、思っていたより難しかった」

 

「はい」

 

「でも」

 

先生は予定表を見る。

 

「全部受けなかったから、全部が止まらずに済んだ」

 

地域清掃。

 

銀行対応。

 

物資受入準備。

 

明日以降の設備確認。

 

どれも、無理なく繋がっている。

 

先生は静かに続けた。

 

「相手の希望を断ることと、相手を見捨てることは違うんだな」

 

修司は頷いた。

 

「はい」

 

「できない条件を曖昧に受け入れる方が、後で相手を困らせます」

 

先生は苦笑する。

 

「耳が痛い」

 

「必要な痛みです」

 

「やっぱり容赦がないな」

 

「事実ですので」

 

その返答に、先生は小さく笑った。

 

部室を出る前。

 

先生はホワイトボードをもう一度振り返った。

 

できること。

 

できないこと。

 

今日やること。

 

明日へ回すこと。

 

誰が担当するのか。

 

どの条件なら受けられるのか。

 

以前の先生は、断らないことが責任だと思っていた。

 

求められれば応える。

 

頼られれば引き受ける。

 

それが先生としての誠実さだと信じていた。

 

だが、組織は無限ではない。

 

時間も。

 

人手も。

 

体力も。

 

善意さえも。

 

使い続ければ減っていく。

 

だからこそ、守らなければならない。

 

できないことを、できないと伝える。

 

今は無理でも、可能な条件を示す。

 

約束したことを、確実に実行する。

 

それは拒絶ではない。

 

信頼を続けるための、別の形だった。

 

先生は照明を消した。

 

暗くなった部室には、明日の予定が残されている。

 

誰か一人が持ち帰る必要はない。

 

決められた人が。

 

決められた時間に。

 

続きを始めればいい。

 

先生は扉を閉めた。

 

廊下の先では、セリカが待っている。

 

「先生、遅い!」

 

「悪い」

 

「また仕事持って帰ろうとしてたんじゃないでしょうね」

 

「していない」

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

セリカは疑うように先生の手元を見る。

 

何も持っていないことを確認すると、ようやく歩き出した。

 

「ならいいけど」

 

先生はその隣を歩く。

 

校舎の外には、まだ片付いていない砂が残っている。

 

明後日。

 

皆で片付ける予定になっている。

 

今日ではない。

 

だが。

 

それでいい。

 

無理な約束をしないことも。

 

明日へ繋ぐことも。

 

相手との信頼を守るための責任なのだから。

 

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