先生はモームリ   作:風神ぷー

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第三話 先生への最初の提案

夕日は、シャーレの正門を赤く染めていた。

 

その光の中を、一人の先生が歩いている。

 

片手には小さな鞄。

 

背中は真っ直ぐだった。

 

だが、その足取りは決して軽くない。

 

まるで一歩進むたびに、自分が置いていくものの重さを確かめているようだった。

 

リンは、少し離れた場所でその背中を見つめていた。

 

駆け寄りたい。

 

呼び止めたい。

 

今すぐにでも、先生と叫びたかった。

 

けれど、できなかった。

 

隣に立つ白石修司が、静かにそれを止めていたからだ。

 

「走らないでください。」

 

その言葉が、まだ耳に残っている。

 

先生へ謝らせない。

 

修司はそう言った。

 

リンには、その意味がまだ完全には分からなかった。

 

ただ一つだけ分かることがある。

 

自分が今、感情のままに走れば、きっと先生はまた笑う。

 

そして言うのだ。

 

ごめんなさい、と。

 

それだけは、させてはいけない。

 

修司はゆっくりと歩き出した。

 

早足ではない。

 

急いでいない。

 

だが、迷いもない。

 

先生との距離を、少しずつ縮めていく。

 

先生は正門の前で立ち止まった。

 

まるで、そこを越えればもう戻れないと分かっているかのように。

 

その背中へ、修司が声をかけた。

 

「失礼します。」

 

先生は振り返る。

 

知らない男が立っていた。

 

白い髪。

 

紺色のスーツ。

 

片手には黒いアタッシュケース。

 

キヴォトスでは明らかに浮いている装いだった。

 

「……どなたですか?」

 

先生の声は穏やかだった。

 

けれど、その奥に疲労が滲んでいた。

 

修司は軽く頭を下げる。

 

「白石修司です。」

 

「白石、さん。」

 

「先生専門の経営コンサルタントです。」

 

先生は瞬きをした。

 

「……先生専門の、何ですか?」

 

当然の反応だった。

 

リンも最初に聞いた時は同じ顔をした。

 

修司は表情を変えない。

 

「先生が辞めなくて済む組織を作る仕事をしています。」

 

先生は少しだけ困ったように笑った。

 

「すみません。今は冗談を聞ける余裕がなくて。」

 

「冗談ではありません。」

 

修司は淡々と答える。

 

「冗談で退職者の前に立つほど、私は暇ではありません。人類は時々そういう無意味なことをしますが、私は仕事中です。」

 

先生は言葉に詰まった。

 

妙に真面目な口調で、妙に失礼なことを言う男だった。

 

「リンさんが呼んだんですか?」

 

先生の視線が、後ろのリンへ向く。

 

リンは一歩踏み出しかける。

 

だが、修司がわずかに手を上げた。

 

それだけで、リンは止まった。

 

修司は先生の視線を遮るように立つ。

 

「七神リンさんには、まだ話させません。」

 

「どうしてですか。」

 

「あなたが謝るからです。」

 

先生の表情が、ほんの少しだけ揺れた。

 

「私は……」

 

「謝る必要はありません。」

 

修司は言った。

 

「あなたは職務放棄をしたのではない。」

 

「限界まで職務を果たした結果、自分を守る判断をしただけです。」

 

先生は黙った。

 

夕日が、その横顔を照らしている。

 

「辞表は確認しました。」

 

修司はアタッシュケースを足元に置く。

 

「退職理由は過労。精神的疲弊。継続勤務困難。」

 

「その通りですか。」

 

先生は少し迷ってから頷いた。

 

「はい。」

 

「三日前に作成されていますね。」

 

先生の目がわずかに開かれる。

 

「なぜ、それを。」

 

「こちらで確認しました。」

 

「……怖いですね。」

 

「退職対応では普通です。」

 

「普通なんですか?」

 

「普通です。少なくとも、泣きながら引き止めるよりは。」

 

先生は苦笑した。

 

その笑みは、さっきまでより少しだけ人間らしかった。

 

修司は続ける。

 

「今日は、あなたを説得しに来たわけではありません。」

 

先生は顔を上げる。

 

「では、何をしに?」

 

「確認です。」

 

「確認?」

 

「あなたが今、休める状態かどうか。」

 

風が吹いた。

 

先生の髪が小さく揺れる。

 

その言葉を聞いた瞬間、先生の表情が固まった。

 

「休む……?」

 

「はい。」

 

「私は、辞めるんです。」

 

「存じています。」

 

「辞める人間が休む必要はありません。」

 

「あります。」

 

修司は即答した。

 

「退職は判断です。休息は処置です。」

 

「判断と処置を混同すると、だいたい人は壊れます。実に面倒な仕様です。」

 

先生は何も言えなかった。

 

リンはその様子を遠くから見ている。

 

今まで誰も、先生へそんな言い方をしなかった。

 

辞めないで。

 

お願いします。

 

先生が必要です。

 

そう言うことしかできなかった。

 

けれど修司は違った。

 

戻れとは言わない。

 

必要だとも言わない。

 

ただ、休めるかと聞いた。

 

先生のためだけに。

 

「白石さん。」

 

先生は静かに口を開く。

 

「私は、もう先生を続ける資格がありません。」

 

「なぜですか。」

 

「生徒たちを置いていこうとしているからです。」

 

「違います。」

 

「違う?」

 

「生徒たちを置いていくのではありません。」

 

修司は先生の目を真っ直ぐに見た。

 

「生徒たちの前で倒れる前に、離脱しようとしているだけです。」

 

先生は息を呑んだ。

 

修司はさらに一歩近付く。

 

「倒れてからでは遅い。」

 

「壊れてからでは遅い。」

 

「あなたは、最悪の事態になる前に止まった。」

 

「それは責められる行動ではありません。」

 

先生の指が、鞄の持ち手を強く握る。

 

「でも……」

 

「でも、ではありません。」

 

修司の声は穏やかだった。

 

だが、そこには有無を言わせぬ硬さがあった。

 

「ここから先、あなたに必要なのは反省ではありません。」

 

「休息です。」

 

その言葉に、先生は初めて視線を逸らした。

 

沈黙が続いた。

 

正門の外では、生徒たちの声が遠く聞こえる。

 

普段なら何気ないその声が、今の先生には重かった。

 

守らなければならない声。

 

応えなければならない声。

 

助けなければならない声。

 

その全てが、胸の奥に積み重なっていた。

 

「休めと言われても。」

 

先生は小さく呟いた。

 

「私が休んだら、誰が生徒たちを見るんですか。」

 

修司はアタッシュケースを開けた。

 

中から薄い書類の束を取り出す。

 

「その質問を待っていました。」

 

「え?」

 

「良い退職者ほど、最後まで自分がいなくなった後の心配をします。」

 

修司は書類を一枚差し出す。

 

先生は反射的に受け取った。

 

そこには、見慣れない表が書かれている。

 

『暫定業務分担表』

 

先生は目を通す。

 

相談対応。

 

緊急度Aのみシャーレ直通。

 

緊急度B以下は各学園窓口へ返送。

 

部活動・行事案件は実行委員会へ移管。

 

予算関連は連邦生徒会へ一次集約。

 

生徒個人の悩み相談は、専門担当を設置するまで受付時間を制限。

 

戦闘支援は緊急案件のみ。

 

先生の直接対応は停止。

 

先生は目を見開いた。

 

「これを、いつ作ったんですか。」

 

「先ほどです。」

 

「先ほど?」

 

「はい。」

 

先生は思わずリンを見る。

 

リンも困惑した顔で首を横に振る。

 

自分も知らない。

 

つまり、この男はシャーレを軽く見て回っただけで、ここまで作ったのだ。

 

「まだ粗いです。」

 

修司は淡々と言う。

 

「ですが、二週間を持たせるには十分です。」

 

「二週間……?」

 

「最低休暇期間です。」

 

先生は書類を握る手に力を込めた。

 

「そんなに休めません。」

 

「休めます。」

 

「無理です。」

 

「無理ではありません。」

 

「生徒たちが困ります。」

 

「困らせてください。」

 

先生の表情が固まった。

 

リンも息を呑む。

 

修司は平然としていた。

 

「組織は、困らないと変わりません。」

 

「誰か一人が無理をして全てを吸収している限り、周囲は問題に気付けない。」

 

「あなたが困らせなかったから、シャーレはここまで鈍くなった。」

 

先生は何も言えない。

 

修司の言葉は優しくない。

 

だが、嘘ではなかった。

 

「先生。」

 

修司は初めて、その呼び方を使った。

 

「あなたは優秀です。」

 

「ですが、優秀すぎました。」

 

「本来なら現場へ戻すべき案件を受け取り。」

 

「断るべき相談を受け入れ。」

 

「休むべき夜に返信し。」

 

「自分でなくてもいい仕事まで、自分で処理してきた。」

 

先生の視線が下がる。

 

「それは優しさです。」

 

修司は続ける。

 

「同時に、組織にとっては毒です。」

 

「毒……。」

 

「はい。」

 

「あなたが何とかするたびに、周囲は学習します。」

 

「先生に渡せば何とかなる。」

 

「先生なら断らない。」

 

「先生なら最後まで見てくれる。」

 

「その結果、あなたは人ではなく処理装置になった。」

 

先生の肩が小さく震えた。

 

処理装置。

 

その言葉は、あまりにも冷たい。

 

けれど、先生自身が一番理解していた。

 

最近の自分は、生徒の顔を見る余裕すらなかった。

 

相談内容を読んでも、感情より先に処理手順が浮かんだ。

 

誰かが泣いていても、まず次の予定を確認していた。

 

そんな自分に、先生でいる資格があるのか。

 

ずっと考えていた。

 

「私は。」

 

先生は震える声で言った。

 

「生徒たちを、ちゃんと見られていなかった。」

 

「でしょうね。」

 

修司はあっさり頷いた。

 

リンが思わず目を見開く。

 

「白石さん!」

 

「事実です。」

 

修司は先生から視線を逸らさない。

 

「疲弊した人間に、生徒一人一人を丁寧に見る余裕はありません。」

 

「それでもあなたは見ようとした。」

 

「だから限界が来た。」

 

先生の目が揺れる。

 

「では、私はどうすればよかったんですか。」

 

「断るべきでした。」

 

「できません。」

 

「だから私が来ました。」

 

修司は静かに言った。

 

「あなたの代わりに断るために。」

 

その言葉に、先生は完全に黙った。

 

リンも、遠くで聞いていたミコリも、何も言わなかった。

 

修司は書類の二枚目を取り出す。

 

『先生休暇中の禁止事項』

 

先生はその文字を見て固まる。

 

「禁止事項?」

 

「はい。」

 

修司は読み上げる。

 

「生徒からの直接相談対応。」

 

「深夜の返信。」

 

「緊急案件以外の作戦支援。」

 

「書類決裁。」

 

「謝罪文の作成。」

 

「自己責任による業務復帰。」

 

先生は目を瞬かせる。

 

「最後の項目は何ですか。」

 

「あなたのような人は、勝手に戻るからです。」

 

「……戻りません。」

 

「三日前に辞表を書いて、今日まで持ち歩いていた人の自己申告は信用しません。」

 

先生は返す言葉を失った。

 

リンは思わず少しだけ笑いそうになった。

 

こんな状況で笑うべきではない。

 

それでも、修司の言い方は妙に的確だった。

 

「白石さん。」

 

先生は書類を見つめたまま言う。

 

「あなたは、私に戻ってほしいわけではないんですか。」

 

「いいえ。」

 

「違うんですか。」

 

「戻るかどうかは、休んだ後にあなたが決めることです。」

 

修司は言った。

 

「疲弊した状態での重大決定は、判断の質が落ちます。」

 

「まず睡眠。」

 

「次に食事。」

 

「その後に判断。」

 

「人間は高尚な理念より先に、血糖値と睡眠時間に支配されています。残念ですが、だいたいそうです。」

 

先生は小さく息を吐いた。

 

それは笑いに近かった。

 

久しぶりに出た、ほんのわずかな笑いだった。

 

「変な人ですね。」

 

「よく言われます。」

 

「先生ではないんですよね。」

 

「違います。」

 

「では、何と呼べば?」

 

修司は少し考える。

 

「コンサルで構いません。」

 

先生はぽかんとした。

 

「コンサル……。」

 

「はい。」

 

「では、コンサルさん。」

 

「はい。」

 

先生は書類を胸元で握る。

 

「私は、本当に休んでいいんですか。」

 

その問いは、あまりにも弱かった。

 

先生としての言葉ではない。

 

一人の人間としての言葉だった。

 

修司は即答した。

 

「はい。」

 

「あなたは休んでください。」

 

「シャーレは、その間に困らせます。」

 

先生は少しだけ目を伏せる。

 

「酷い言い方ですね。」

 

「優しい嘘よりは役に立ちます。」

 

先生は今度こそ、少しだけ笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

正門前の空気が、少しだけ変わった。

 

先生はまだ戻るとは言っていない。

 

辞表も撤回していない。

 

けれど、先ほどまでのような張り詰めた決意は薄れていた。

 

リンはそれを見て、胸の奥にほんの少しだけ息が戻るのを感じた。

 

修司は振り返り、リンへ手招きする。

 

「七神リンさん。」

 

「は、はい。」

 

リンは慌てて近付いた。

 

先生は少し気まずそうに視線を落とす。

 

今にも謝りそうだった。

 

修司が先に口を開く。

 

「謝罪は禁止です。」

 

先生は固まった。

 

「まだ何も言っていません。」

 

「言いそうでした。」

 

「……はい。」

 

リンは先生を見つめる。

 

言いたいことは山ほどあった。

 

引き止めたい。

 

謝りたい。

 

どうして気付けなかったのかと、自分を責めたい。

 

だが、修司の言葉を思い出す。

 

謝らせない。

 

責任を乗せない。

 

リンは深く息を吸った。

 

「先生。」

 

先生が顔を上げる。

 

「休んでください。」

 

その一言を言うだけで、喉が震えた。

 

「シャーレのことは、私たちが何とかします。」

 

先生の瞳が揺れる。

 

「リンさん……。」

 

「戻ってくださいとは言いません。」

 

リンは言葉を選びながら続ける。

 

「今は、休んでください。」

 

「私たちが困ることも、必要なことなんだと思います。」

 

その言葉に、先生は唇を噛んだ。

 

何かを堪えるような顔だった。

 

「困らせてしまいます。」

 

「はい。」

 

リンは頷いた。

 

「困ります。」

 

先生が目を見開く。

 

リンは続ける。

 

「でも、それは先生が悪いからではありません。」

 

「私たちの仕組みが悪かったからです。」

 

「だから、困ります。」

 

「そして、直します。」

 

先生は何も言えなかった。

 

修司は二人のやり取りを黙って見ていた。

 

余計な感動演出を挟まない。

 

拍手もしない。

 

涙も誘わない。

 

人類はすぐ美談にしたがるが、過労は美談にした瞬間だいたい再発する。

 

少なくとも、修司はそう考えていた。

 

ミコリが正門近くまで歩いてくる。

 

淡い桃色の髪が夕日に揺れる。

 

表情は相変わらず動かない。

 

「休暇申請書を作成しました。」

 

空中に小さな画面が浮かぶ。

 

『先生特別休暇申請』

 

期間。

 

十四日間。

 

理由。

 

健康回復及び業務環境再構築のため。

 

承認者。

 

七神リン。

 

監督者。

 

白石修司。

 

先生はその画面を見て、困ったように笑った。

 

「用意が早いですね。」

 

「案件処理中です。」

 

ミコリは無表情で答えた。

 

「休暇取得は現時点の最適解。」

 

「対象者の同意を求めます。」

 

先生はしばらく画面を見つめていた。

 

十四日間。

 

たった二週間。

 

だが、先生にとっては途方もなく長く感じられた。

 

その間、生徒からの相談に答えない。

 

書類を処理しない。

 

夜中の連絡にも反応しない。

 

そんなことが、本当に許されるのか。

 

修司が言う。

 

「不安ですか。」

 

「はい。」

 

先生は正直に頷いた。

 

「とても。」

 

「では正常です。」

 

「正常?」

 

「真面目な人間ほど、休む時に不安になります。」

 

「逆に何の不安もなく全てを放り出せるなら、ここまで追い込まれていません。」

 

先生は苦笑する。

 

「褒められている気がしません。」

 

「褒めてはいません。」

 

「そうですか。」

 

「評価しています。」

 

先生は目を瞬かせた。

 

修司は続ける。

 

「あなたは最後まで責任を持とうとした。」

 

「ですが、その責任の持ち方が間違っていた。」

 

「だから修正します。」

 

先生は静かに目を閉じる。

 

長い沈黙。

 

誰も急かさない。

 

リンも、修司も、ミコリも。

 

ただ待った。

 

やがて先生は、ゆっくりと息を吐いた。

 

「分かりました。」

 

リンの表情が明るくなる。

 

先生は画面へ手を伸ばす。

 

「休みます。」

 

その指が、承認欄へ触れた。

 

画面が淡く光る。

 

『休暇申請、受理』

 

ミコリが淡々と告げる。

 

「先生の休暇取得を確認。」

 

「十四日間、通常業務から除外します。」

 

「緊急連絡権限を一時停止。」

 

「深夜連絡遮断設定を開始。」

 

先生は驚く。

 

「そこまで?」

 

修司は頷いた。

 

「当然です。」

 

「でも、緊急時は。」

 

「本当の緊急時だけ通します。」

 

「本当の緊急時?」

 

「世界が滅びる。生徒の生命に即時危険がある。先生本人が判断しないと確実に被害が拡大する。」

 

「それ以外は緊急ではありません。」

 

リンは小さく呻いた。

 

今までなら、ほとんど全てを緊急扱いにしていた。

 

修司はリンへ視線を向ける。

 

「この二週間で仕組みを作ります。」

 

「はい。」

 

「まず案件を三分類します。」

 

修司はノートパソコンを開く。

 

「先生が必ず見る案件。」

 

「先生が見てもいい案件。」

 

「先生が見るべきではない案件。」

 

リンは真剣に頷く。

 

「相談窓口は各学園へ一次返送。」

 

「決裁は金額と影響範囲で分ける。」

 

「生徒の個人相談は受付時間を設定。」

 

「深夜対応は原則禁止。」

 

「例外はミコリが判定します。」

 

ミコリが小さく頷く。

 

「判定可能。」

 

先生はその様子を見ていた。

 

自分がいなくても、話が進んでいく。

 

本来なら不安になるはずだった。

 

けれど、今は少し違った。

 

シャーレが初めて、自分以外の力で動こうとしている。

 

そのことに、胸の奥がわずかに軽くなった。

 

「先生。」

 

リンが静かに言う。

 

「ちゃんと休んでください。」

 

先生は困ったように微笑む。

 

「努力します。」

 

修司がすぐに口を挟む。

 

「努力は禁止です。」

 

先生とリンが同時に振り向く。

 

「休暇中に努力しないでください。」

 

「休むのは業務命令です。」

 

先生は呆気に取られた後、小さく笑った。

 

「厳しいですね、コンサルさん。」

 

「十八件分の経験です。」

 

「十九件目では?」

 

修司は一瞬だけ目を細める。

 

「失礼。」

 

「十九件目です。」

 

その訂正に、先生は少しだけ笑った。

 

夕日はさらに沈み、空の色が紫へ変わり始めていた。

 

先生は正門の外へ向き直る。

 

今度は逃げるためではない。

 

休むために。

 

その背中は、先ほどより少しだけ軽く見えた。

 

リンは深く頭を下げる。

 

「いってらっしゃい、先生。」

 

先生は振り返り、今度は謝らなかった。

 

「行ってきます。」

 

そう言って、先生はゆっくりと歩き出した。

 

その姿が見えなくなるまで、リンはずっと見送っていた。

 

やがて完全に見えなくなった頃、修司が口を開く。

 

「さて。」

 

リンが振り返る。

 

「ここからが本題です。」

 

「本題……?」

 

修司はシャーレ本部を見上げた。

 

「先生がいない二週間。」

 

「この組織がどれだけ自力で立てるか。」

 

「徹底的に洗い出します。」

 

ミコリが静かに告げる。

 

「シャーレ業務改善計画、開始。」

 

リンは息を吸い、背筋を伸ばした。

 

先生がいないシャーレ。

 

それは今までなら絶望そのものだった。

 

だが今は違う。

 

直すべきものが見えている。

 

そして、それを直すための男がいる。

 

白石修司はノートパソコンを開き、最初の指示を出した。

 

「七神リンさん。」

 

「はい。」

 

「全ての未処理案件を集めてください。」

 

「期限は一時間。」

 

「まずは、この組織がどれだけ散らかっているのか可視化します。」

 

リンは頷き、すぐに端末を操作し始める。

 

その横で、ミコリは生命の書へ手をかざした。

 

淡い光が、静かにシャーレ全体へ広がっていく。

 

先生を休ませるための二週間。

 

そして、シャーレを作り変えるための二週間。

 

十九件目の案件は、ようやく本当の意味で始まった。

 

 

 




俺にもコンサルしておくれ!(休日仕事なう)
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