基本合意の記録が保存された。
多目的自律支援ドローン。
状態表示が『条件調整中』から『正式契約準備』へ変わる。
希美はその文字を見つめたまま、しばらく動かなかった。
「……進みましたね」
やがて、小さく息を吐く。
声には安堵が混じっていた。
全額前払いも取れなかった。
希望していた台数をそのまま通せたわけでもない。
正式契約も、入金もまだ。
それでも、受けた瞬間に資金不足が早まる条件ではなくなった。
開発班の代表生徒も、共有画面を振り返りながら立ち上がる。
「じゃあ、初回分の工程を組み直します」
「契約書が固まるまでは部品発注しないでよ」
ユウカが釘を刺す。
「分かってます」
「本当に?」
「……仮押さえまでにします」
「そこまで」
「はいはい」
軽いやり取りに、希美が少し笑った。
ノアはもう別画面で修正条項を開いている。
事業責任者も、取引先へ返す確認事項を整理していた。
修司は席に座ったまま、その様子を見ていた。
誰かが指示しなくても、それぞれが次の仕事へ移り始めている。
昨日までなら、ここで一度全員が止まり、誰かの判断を待っていたかもしれない。
その違いは小さい。
けれど、確かにあった。
「じゃあ、次」
ユウカが自分の端末へ戻る。
処理待ち一覧を開き。
指を止めた。
「……何これ」
希美が顔を向ける。
「どうしました?」
「増えてる」
ユウカは画面を壁面へ飛ばした。
処理待ち。
確認待ち。
差し戻し。
条件入力待ち。
朝より明らかに件数が増えている。
「暫定審査方式が共有されたため、各部門から申請が追加されています」
ミコリが答えた。
「現在、提出済み二十七件」
「二十七?」
希美の声が少し裏返る。
「そんなに?」
「過去に止まっていた案件も含まれます」
ユウカは一番上を開いた。
技術条件確認。
資金条件確認。
契約条件確認。
事業判断。
利用価値・対外関係。
その下に名前が並んでいる。
早瀬ユウカ。
生塩ノア。
朝倉希美。
事業化担当部署の責任者。
次。
また同じ。
その次。
同じ。
ユウカの眉間に皺が寄る。
「……私、何件?」
「財務確認二十五件」
「ノアは?」
「二十一件」
ノアが静かに画面を見る。
「多いですね」
希美が自分の名前を探す。
「私は?」
「二十三件です」
「二十三……」
希美が椅子の背へ少し沈んだ。
事業責任者も自分の欄を開き、何も言わず画面を閉じる。
誰か一人へ集まっていた判断を分けた。
そのはずだった。
だが一覧に並んでいる顔ぶれは、ほとんど変わらない。
ユウカが腕を組んだ。
「担当を増やすしかないわね」
「その前に」
修司が言った。
ユウカが振り返る。
「何?」
「何がここへ流れ込んでいるか見たいです」
「全部案件でしょ」
「同じ種類でしょうか」
修司は一件を開く。
『新型制御基板』
顧客なし。
販売契約なし。
完成予定未定。
研究区分――基礎研究。
その下にも五つの欄が揃っていた。
ノアが画面へ近づく。
「契約書がありませんね」
事業責任者も確認する。
「販売予定もない」
希美が自分の名前を見る。
「私……何を判断するんでしょう」
別の案件。
歩行補助装置。
試作・実証。
試験利用者八名。
次。
小型設備検査機。
顧客あり。
価格あり。
保守あり。
事業。
さらに。
既存顧客への標準仕様の追加販売。
価格変更なし。
保守範囲変更なし。
契約書も既存の標準書式。
それでも同じ欄。
ユウカが画面を見つめる。
「全部同じ入口に入ってる」
修司は頷いた。
「はい」
希美が少し不安そうに言う。
「でも、全部ちゃんと見た方が安全じゃないですか?」
修司は処理待ちの数を示した。
二十七。
その下にも、新着が一件増えた。
二十八。
「全部を同じ重さで扱えば」
修司はそれだけ言って、最上段のドローン案件と、基礎研究の制御基板を並べた。
片方には顧客がいる。
契約がある。
保守義務がある。
もう片方には、まだ外部利用者すらいない。
それでも、同じ人間の確認待ちになっていた。
ノアが先に気付く。
「必要のない確認まで要求している」
事業責任者が続ける。
「そのせいで、本当に事業判断が必要な案件も後ろに並ぶ」
ユウカが小さく息を吐く。
「全件を重く扱った結果、重い案件が埋もれてるのね」
修司は新型制御基板を開いた。
「これを見に行きましょう」
「現場?」
ユウカが少し嫌そうな顔をする。
「また?」
「この案件に本当に中央の五人が必要か、画面だけでは分かりません」
「……まあ、そうだけど」
希美が先に立ち上がった。
「行きましょう」
新型制御基板の研究室は、ドローン開発区画より狭かった。
扉が開いた瞬間、微かな熱と機械油の匂いが混じった空気が流れてくる。
作業台には裸の基板。
測定器。
仮設電源。
部品箱。
長いケーブル。
壁際では小型ファンが回り続けていた。
ホワイトボードには回路図と試験結果。
成功した数値より、失敗した条件の方が多く書き込まれている。
「すみません、ちょっと散らかってて」
技術責任者の生徒が、作業台の端から工具をどけた。
「研究は止めなくて大丈夫です」
修司が答える。
「少し確認させてください」
「はい」
修司は申請画面を見せる。
「これは今、どこまで進んでいますか?」
「まだ基礎研究です」
「完成予定は?」
「分かりません」
生徒は少し笑った。
「動くところまでは行きたいですけど」
「販売予定は?」
「そこまで行けたらですね」
「顧客は?」
「いません」
ノアが申請欄を見る。
「では、私の契約確認は何を確認する予定でした?」
技術責任者が困った顔になる。
「申請に欄があったので……」
「契約は?」
「ないです」
「なるほど」
ノアは自分の名前を見た。
希美も横から覗く。
「私の『利用価値・対外関係』は?」
「研究として価値があるか……とか?」
「外で使っている人はいないんですよね」
「はい」
「止まったら今すぐ困る人は?」
「いないです」
希美の口が止まった。
事業責任者も腕を組む。
「事業判断もまだ早いですね」
「すみません」
技術責任者が頭を下げかける。
「謝る話ではありません」
修司が止めた。
「この形式で出すなら、こう書くしかなかっただけです」
ユウカは別のところを見ていた。
研究室の端。
一人の生徒の机だけ、妙に書類が多い。
購入申請。
領収書。
残額表。
用途説明。
ユウカがそちらへ歩いた。
「あなた、会計担当?」
生徒が顔を上げる。
「一応」
「一応?」
「班のお金関係をまとめてます」
「何してるの?」
生徒は机の上を見ながら答える。
「購入記録を入れて、残額を見て、申請書を作って、領収書をまとめて……」
「用途説明は?」
「それも書いてます」
ユウカの眉が動く。
「誰が使う部品か分かるの?」
「みんなに聞いて」
技術責任者が横から申し訳なさそうに言う。
「この子、文章まとめるの得意なので」
「じゃあ必要性の説明も?」
「聞いた内容を私が文章にしてます」
生徒が苦笑する。
修司が近づく。
「購入するかどうかも、あなたが決めますか?」
「え?」
「例えば、この部品は高いから買わない、と」
「それは無理です」
すぐ答えた。
「じゃあ数量を減らす?」
「勝手にはできません」
「購入時期をずらす?」
「技術の人に聞かないと」
「予算を超えそうなら?」
「ユウカさんへ申請します」
修司は少し間を置いた。
「では、あなたは何を決められますか」
生徒は口を開き。
閉じた。
机を見る。
残額は分かる。
何にいくら使ったかも分かる。
申請も作れる。
だが。
「……残ってる金額は、分かります」
ゆっくり答える。
「申請も出せます」
「はい」
「でも……」
少し困った顔でユウカを見る。
「この部品を買わないって、私が言っていいんですか?」
ユウカは答えなかった。
生徒はさらに続ける。
「この数はいらない、とか」
技術責任者を見る。
「試験を後にして、とか」
「それは……」
技術責任者も止まった。
「決めてないです」
生徒が最後に言う。
修司は机に積まれた申請書を見る。
「仕事を渡したのではなく」
生徒が顔を上げる。
「皆さんとユウカさんの間に、新しい伝言係を置いただけになっています」
誰も反論しなかった。
生徒を責める話ではない。
むしろ、彼女は求められた仕事を正確にやっている。
必要な数字も揃えている。
だからこそ。
決める権限だけがなかった。
技術責任者が少し気まずそうに頭を掻く。
「予算担当を作ればいいと思ってました」
「必要だと思います」
修司は答えた。
「ただ、担当名だけでは足りません」
ユウカが残額表を開いた。
「部門予算の上限は?」
生徒がすぐに表示する。
「ここです」
「今の残額」
「これ」
「今後の予定支出」
「部品と、耐久試験用の機材と……」
画面を切り替える。
きれいに整理されている。
ユウカが少し目を細めた。
「見えてるじゃない」
「え?」
「数字は全部」
「でも、買っていいかは」
「そこを変えるの」
ユウカは部門予算上限を指した。
「学校全体から、この研究班でここまで使っていいって決めた枠でしょ」
「はい」
「その中で、何を先に買うかまで毎回私が決めたら、この枠を渡してる意味がない」
生徒が戸惑う。
「じゃあ……私が買っていいって決める?」
「全部じゃない」
ユウカは即答した。
「上限を超える時は戻して。ほかの部門のお金が必要になる時も。大きな継続支出が増える時も」
「その範囲内なら?」
「部門で決める」
技術責任者が聞く。
「必要な理由は僕らが書く?」
「当たり前」
ユウカが振り返る。
「使うのあなたたちでしょ」
「ですよね」
「『必要です』って一言だけこの子に渡して、用途説明まで全部書かせる方がおかしいわ」
技術責任者が小さく頭を下げた。
「すみません」
予算担当の生徒が笑う。
「じゃあ次から自分で書いてください」
「はい」
その場の空気が少し軽くなった。
直後。
研究室の端末から警告音が鳴った。
作業中の生徒が在庫画面を見て声を上げる。
「先輩、予定してた部品、在庫切れです」
技術責任者が振り向く。
「次回入荷は?」
「未定」
「代替品は?」
「あります」
別の型番が表示される。
「でも高いです」
予算担当の生徒が反射的にユウカを見る。
「ユウカさん、これ――」
「私に聞かない」
短い言葉だった。
生徒が固まる。
「え?」
「今、何が分かれば決められる?」
予算担当は少し慌てて自分の画面を見る。
「残額……」
「それから?」
「今後の支出」
「上限」
「はい」
「次に見直すのは?」
「四日後です」
ユウカはそれ以上言わない。
技術責任者が代替部品の画面を見る。
「十二個必要です」
予算担当が単価を入れる。
数字が更新された。
残額が大きく落ちる。
「十二だと、耐久試験用の機材が買えません」
「でもないと試験が」
技術責任者が言いかける。
ホワイトボードを見る。
初期動作。
発熱確認。
長時間駆動。
耐久試験。
視線が途中で止まった。
「待って」
ペンを取り、工程を指す。
「最初の試験に十二個全部いらない」
予算担当が顔を上げる。
「何個?」
「四個」
「残り八個は?」
「耐久試験に入る時」
「四日後より後?」
技術責任者が日程を見る。
「後です」
予算担当が数量を四へ変える。
残額が戻る。
予定支出を入れても、まだ枠内。
「これなら耐久試験の機材も買えます」
技術責任者は腕を組む。
「ただ、代替品で初期試験が通ったら残りも欲しい」
「その時にもう一度見ればいい」
予算担当の生徒が言った。
言ってから。
自分の言葉に少し驚いたように黙る。
視線がまたユウカへ向きそうになった。
途中で止める。
自分の画面を見る。
「上限内」
残額。
予定支出。
中間確認日。
一つずつ確認する。
「四個なら、今買えます」
技術責任者が尋ねる。
「決めていい?」
生徒は一瞬迷った。
「……初期試験に四個必要なんですよね」
「必要」
「残りは今いらない」
「はい」
「じゃあ四個だけ買います」
数秒。
誰も口を挟まなかった。
ユウカも。
修司も。
「発注します」
生徒が確定ボタンを押した。
技術責任者が横から言う。
「用途説明は?」
予算担当が振り返る。
「先輩が書いてください」
「ですよね」
周囲から小さな笑いが起きる。
ユウカは横から数字だけ確認した。
計算に誤りはない。
それ以上は触らない。
上限を超えていない。
ほかの部門にも影響しない。
次に確認する日も決まっている。
その範囲で、現場が決めた。
修司はその画面を見つめた。
担当名だけが増えた時とは違う。
今回は。
決められる範囲が一緒に渡っていた。
研究室を出るころには、廊下の窓から差し込む光が少し傾いていた。
ユウカが歩きながら端末を開く。
「これ、全部の部門にそのまま渡すのは駄目よ」
「はい」
修司は頷く。
「戻す条件が必要です」
ノアが横から言う。
「契約も同じですね」
希美が尋ねる。
「どう分けます?」
ノアは歩きながら既存案件を開いた。
標準契約内の小規模販売。
「例えばこれ」
画面を見せる。
「価格変更なし。保守範囲変更なし。責任範囲も標準書式内」
「ノアさんの確認は?」
「必要ありません」
即答だった。
「でも契約はある」
希美が言う。
「あります。ただ、既に決めた枠の中です」
次の案件。
新しい保守義務。
「これは?」
「私が見ます」
さらに。
長期契約。
違約金あり。
責任範囲変更。
「これも中央」
ノアは整理する。
「契約があるかどうかではなく、既存の枠を超えるかどうかですね」
ユウカも別案件を開く。
部門予算内。
一時購入。
継続費なし。
「これは部門で」
次。
部門予算超過。
「これは戻す」
「こっちは?」
希美が別の申請を指す。
別部門の予算を一部使う案。
「中央」
ユウカが答える。
「学校全体の資金枯渇日が前に動くものも」
修司が頷く。
「境界が見えてきましたね」
希美は自分の欄を開いた。
利用価値・対外関係。
「私は……」
少し考える。
「外部利用者がいるだけで全部見るのは違う」
誰に聞くでもなく言う。
ノアが頷いた。
「先ほどの標準販売まで毎回朝倉先生が見る必要はないでしょう」
「でも」
希美の指が止まる。
「停止して困る人がいたら?」
修司は答えず、案件一覧を開いた。
教育用ソフトウェア。
外部利用者あり。
ただし代替サービスあり。
別案件。
歩行補助装置。
試験利用者八名。
代替手段に制限あり。
希美は二つを見比べる。
「これは違う」
「何がですか?」
修司が尋ねる。
「こっちは止めても代わりがある」
教育用ソフトウェアを指す。
次に歩行補助装置。
「でもこっちは、止めたら困る人がいる」
「はい」
「じゃあ、私が見るのは」
指を動かす。
「代替手段がない時」
「安全に大きく影響する時」
ノアが付け加える。
「重要な教育機会が失われる場合も?」
「それも見たいです」
希美は頷く。
「あと、外との関係に大きく響く時」
そこまで言って。
表情が止まる。
「……でも」
足も止まった。
修司たちが振り返る。
希美は端末を見ていた。
自分の名前が並んでいる。
「私が全部見なくなったら」
声が少し小さくなる。
「見落としませんか」
「何をですか」
「困ってる人」
希美は画面を見たまま続ける。
「部門では『代替あります』ってなってても、実際はその人には使えないとか」
修司は否定しなかった。
「ありえます」
「じゃあ、やっぱり全部」
言いかける。
修司は止めない。
希美自身が、さきほどの一覧を見る。
二十三件。
そのさらに下に新着。
もし全部を見る。
さらに増える。
その中に、本当に見なければならない案件も混ざる。
希美の指が止まった。
「……全部見ても、見落とすか」
「可能性はあります」
「嫌ですね」
「はい」
「そこは『大丈夫です』って言ってくれないんですね」
「言えません」
希美は少しだけ笑った。
「白石さんらしいです」
修司も否定しなかった。
「では、どうします?」
希美はしばらく考える。
「部門側に記録してもらう」
「何を?」
「利用者への影響」
言葉を探す。
「代わりがあるか」
「苦情が出てるか」
「事故」
ノアが言う。
「停止したことで実際に問題が出たか」
修司が続ける。
希美が頷く。
「それを見て、中央に戻す条件に当てはまるものを拾う」
「はい」
「私が全部の案件を処理するんじゃなくて」
画面から自分の名前を一つ外そうとする。
途中で。
指が止まった。
教育用ソフトウェア。
外部利用者あり。
代替手段あり。
重大な安全影響なし。
標準契約内。
希美は一度、自分の名前を外した。
画面を閉じようとして。
もう一度開く。
指が戻る。
だが、名前は戻さなかった。
代わりに利用者影響欄を開く。
『代替手段あり』
しばらく見つめる。
「……こっちは、部門で」
自分に言い聞かせるように呟いた。
修司は何も言わなかった。
希美自身が決めた。
その日の午後。
申請一覧の最初の欄が変わった。
『活動区分』
基礎研究。
試作・実証。
事業。
新型制御基板は基礎研究へ移された。
必要なのは、研究目的。
技術責任者。
期間。
部門予算上限。
中間確認日。
止めた場合に残す記録。
部門内予算担当。
そこから。
契約確認の欄が消えた。
事業判断も。
利用価値・対外関係も。
ノアが画面を見る。
「私、いなくなりましたね」
「寂しいですか?」
希美が聞く。
「いいえ」
即答だった。
次。
歩行補助装置。
試作・実証。
技術責任者。
試験利用者。
安全確認。
予算上限。
収集するデータ。
再審査日。
外部契約が発生した場合。
安全条件を超えた場合。
部門予算を超えた場合。
その時だけ中央へ戻る。
小型設備検査機。
事業。
顧客。
価格。
納期。
保守。
契約。
撤退条件。
こちらは中央確認が多い。
一方。
既存標準契約内の追加販売。
価格変更なし。
保守変更なし。
仕様変更なし。
部門予算内。
現場事業担当で処理。
事業責任者が自分の名前を外した。
「これ、私が毎回見る必要なかったですね」
「今まで見てた?」
ユウカが聞く。
「待たれてました」
「それは違うわね」
希美も一件。
また一件。
自分の名前を外していく。
最初の数件は、毎回少し止まった。
利用者欄。
代替手段。
安全。
外部関係。
一つずつ確認する。
そのうち。
手が止まる時間が少し短くなった。
修司の名前は、どの欄にも増えなかった。
翌朝。
ユウカがセミナーへ入ると、すでに一件の通知が届いていた。
『処理済み』
眉を寄せる。
「誰が決めたの?」
ミコリが表示する。
新型制御基板。
代替部品。
初期試験用四個。
部門内予算。
購入済み。
「昨日のやつ?」
「はい」
「私、承認した?」
「承認記録はありません」
ユウカが一瞬黙る。
確認画面を開く。
部門予算内。
予定支出を含めても上限未満。
中間確認日は三日後。
記録にも不備はない。
「……本当に動いた」
その声に、後から入ってきた希美が顔を出す。
「何がです?」
「中央待たずに」
希美も画面を見る。
「すごい」
そこへ別の通知。
試作班。
予定していた試験対象を縮小。
安全条件内。
予算上限内。
次回再審査日設定済み。
中央確認なし。
さらに。
標準契約内の追加販売。
処理済み。
ノアが入ってきて、その通知を見る。
「私、見ていませんね」
「問題ある?」
ユウカが聞く。
ノアは契約条件を見る。
標準書式。
価格変更なし。
保守変更なし。
「ありません」
少し笑う。
「むしろ、見なくてよかった案件です」
希美の端末にも一件届く。
教育用ソフトウェア。
部門内で支援範囲を調整。
代替手段あり。
利用停止なし。
重大苦情なし。
希美の確認なし。
数秒。
画面を見つめる。
「……動いてる」
修司が入ってきた時。
三人はそれぞれ、自分が確認していない案件を見ていた。
「何かありましたか」
希美が振り返る。
「私たちがいなくても動いてます」
修司は一覧を見る。
「そうですね」
「もっと喜んでもよくない?」
ユウカが言う。
「喜んでいます」
「顔に出てない」
「すみません」
ノアが少し笑った。
ミコリが中央確認待ち件数を更新する。
昨日。
二十八件。
現在。
十一件。
希美の表情が明るくなる。
「半分以下」
「中央確認が必要な案件のみです」
ミコリが補足する。
ユウカも少し肩の力を抜いた。
「やっと減った」
端末を閉じようとして。
止まる。
「ミコリ」
「はい」
「各部門が、今の判断どおり支出した場合の全体予定を出して」
希美が顔を向ける。
「全体?」
「部門の中では通ってても、学校全体では別だから」
各部門の予定支出が集まる。
研究費。
試作費。
既存契約。
保守。
部品。
外注。
標準販売。
数値が積み上がる。
壁面表示が切り替わった。
十二日。
希美の表情が止まる。
「……変わってない」
ユウカは画面を見つめたまま答える。
「確認待ちが減っただけだから」
各部門は正しく判断している。
予算上限内。
必要な部品だけ。
無駄な中央確認も減った。
標準販売は止まらない。
研究も、全部を止める必要はなくなった。
それでも。
使える金そのものは増えていない。
修司は部門ごとの予定を開いた。
基礎研究。
試作・実証。
事業。
一件ずつ見れば、どれも大きく間違ってはいない。
必要な範囲で使う。
無駄を削る。
上限を守る。
それでも合計すれば足りない。
ユウカが口を開く。
「現場へ決める範囲を返した」
「はい」
修司が答える。
「中央待ちも減った」
「はい」
「でも、全部やる金はない」
「はい」
希美が画面を見る。
昨日まで。
足りなかったのは決裁者だった。
その次は。
同じ少人数へ集まる判断。
そこまでは少しずつほどけ始めている。
だが今。
壁面に残っているのは名前ではなかった。
十二日。
その数字の下に。
各部門が、自分たちなりに必要だと判断した支出が並んでいる。
どれも、誰かの独断ではない。
どれも、単純な無駄とも言い切れない。
修司は一覧を最後まで送った。
今度、足りなかったのは決裁者ではなかった。