先生はモームリ   作:風神ぷー

52 / 56
第五十二話 全部が最優先

 

 

「……払えない」

 

ユウカの声に、希美が壁面から目を離した。

 

表示されている二つの支出は、どちらも部門予算の範囲内だった。

 

一つは研究班の部品代。もう一つは、既存事業で使用する機材の更新費。どちらの担当部署も、自分たちに認められた上限を超えていない。申請内容にも不備はなく、昨日までなら中央確認を待たず、そのまま処理へ進んでいたはずだった。

 

「でも、両方とも予算内ですよね?」

 

希美が聞く。

 

「予算内よ」

 

ユウカは一方の画面を閉じ、学校全体の資金予定を表示した。

 

「だから、部門だけ見ればどっちも払っていい」

 

「じゃあ……」

 

「でも、払う現金は一つしかないの」

 

二つの支出予定が同じ日へ重なる。

 

その下に既存契約の支払いが加わり、さらに別部門の外注費が続く。数字が積み上がるにつれて、残高の線が下がった。

 

十二日目。

 

そこで線がゼロを割る。

 

希美が少し身を乗り出した。

 

「部門ごとの予算って、そこにお金が別々に置いてあるわけじゃないんですね」

 

「そういうこと」

 

ユウカが椅子へ座り直す。

 

「みんな『自分たちは予算内です』って持ってくる。間違ってないのよ。でも、同じ日の残高は一個しかない」

 

言葉には苛立ちより、疲れが混じっていた。

 

各部門が自分で判断できるようになり、中央確認待ちは減った。

 

それでも、学校全体の現金が増えたわけではない。

 

修司は支出予定を眺めたあと、ミコリへ声を掛けた。

 

「案件ごとの表示を外せますか」

 

「可能です」

 

「十二日以内の支出を、支払日の順に並べてください」

 

壁面から研究名や事業名が消える。

 

代わりに、今日から十二日後までの日付が横に並んだ。

 

その下へ、支払いが落ちていく。

 

部品。

 

外注。

 

契約済みの保守費。

 

設備更新。

 

利用料。

 

一件ずつ見れば、どれも極端な金額ではない。

 

しかし支払日が重なる場所では、細い川が急に太くなるように現金が流れ出していた。

 

希美が画面の端から端まで視線を動かす。

 

「案件で見てた時より、こっちの方が怖いですね」

 

「何がでしょう」

 

修司が尋ねる。

 

「みんな、自分のところでは無理してないのに」

 

希美は十二日目の数字を見る。

 

「全部重ねると足りない」

 

「はい」

 

ユウカが以前作成した資金計画を開いた。

 

三つの案が並ぶ。

 

十二日以内に外部資金を確保し、現状を維持する案。

 

多目的自律支援ドローンの大口受注を利用して資金をつなぐ案。

 

設備更新を延期し、複数事業を停止して、資金不足までの日数を延ばす案。

 

希美が最初の案を見る。

 

「これは……今は使いにくいですね」

 

「確定してない支援金を入れられないからね」

 

ユウカは次の案を開いた。

 

ドローン。

 

基本合意までは進んだ。

 

当初の条件のように、受注した瞬間に資金不足が九日後へ縮む危険は避けられる可能性がある。

 

それでも、まだ正式契約はない。

 

前払金も入っていない。

 

「だから、今ここではゼロ」

 

ユウカが入金欄を指した。

 

希美は頷く。

 

以前なら、受注の見込みを安心材料として見ていたかもしれない。

 

今は、入金されていない金を使えるものとして数えない。

 

三つ目の案を開く。

 

設備更新延期と複数事業停止。

 

二十一日。

 

数字だけを見れば、一番遠い。

 

だが、ノアがその中から災害通信中継網を開いた。

 

「こちらは、今停止を決めても十二日以内に支出が消えません」

 

「解約予告があるから?」

 

希美が聞く。

 

「それと撤去費です。既存義務も残ります」

 

ノアは契約の該当部分を指した。

 

「停止するかどうか自体は別途考える必要があります。ただ、目の前の十二日を延ばす材料としては使えません」

 

ユウカが少しだけ目を細める。

 

「三つとも、作った時は使える情報で作った案だった」

 

「今は?」

 

修司が聞く。

 

「材料が増えた」

 

ユウカは三つの画面を並べ直した。

 

「だから、どれか一つをそのまま選ぶより、使えるところを拾った方がいい」

 

修司が頷く。

 

外部支援を前提にはしない。

 

ドローンの前払金は実際に入るまで使わない。

 

停止しても十二日以内に現金が増えない事業は、今回の緊急対策から外す。

 

残るのは。

 

十二日以内に予定されている支払いそのものだった。

 

ユウカが腕を組む。

 

「でも、ここからが面倒なのよ」

 

「何がです?」

 

希美が尋ねる。

 

「各部門に『何を残したい?』って聞いたら、全部残したいって返ってくる」

 

修司は少し考えた。

 

「では、一件だけ出していただきましょうか」

 

「一件?」

 

「十二日以内の支払いで、各部門が最も優先したいものを」

 

ユウカの眉が上がる。

 

「絶対ろくなことにならないわよ」

 

「確認してみましょう」

 

返答は予想以上に早かった。

 

研究班。

 

実証班。

 

事業部門。

 

保守担当。

 

それぞれから一件ずつ提出された。

 

壁面へ並べる。

 

『最優先』

 

『最優先』

 

『最優先』

 

『最優先』

 

『最優先』

 

希美が数秒眺めたあと、困ったように笑った。

 

「……全部、最優先ですね」

 

「各部門から見ればね」

 

ユウカは一件を開く。

 

外部試験で使用する部品。

 

この機会を逃すと次の設備予約がかなり先になる。

 

次。

 

既存利用者向けの保守部品。

 

支払わなければ契約済みの保守へ影響する。

 

次。

 

研究設備の交換品。

 

停止すれば予定していた実験が遅れる。

 

どの部門も、自分勝手に大げさな言葉を使っているわけではなかった。

 

それぞれの活動だけを見れば、本当に一番困る支出を選んでいる。

 

事業責任者が腕を組む。

 

「これじゃ何も減らせませんね」

 

「最優先を一個に絞れって言われたから、一個にしたんです」

 

開発班の代表生徒が反論する。

 

「こっちだって止められない理由があります」

 

別の部門からも声が上がる。

 

「うちは既存契約です」

 

「こっちは試験枠を逃したら次がないんです」

 

希美が一覧を見る。

 

「どれも理由がありますね……」

 

ユウカが修司を見る。

 

「で?」

 

「何でしょう」

 

「このままじゃ全部払えない。かといって、全部に最優先って書いてある」

 

修司は画面を見た。

 

「では、『何が一番大事か』を決めるのをやめませんか」

 

何人かが顔を上げる。

 

「え?」

 

希美が聞いた。

 

「研究や事業そのものを、一位から順番に並べる必要はありません」

 

修司は『最優先』という表示を閉じた。

 

「今決めたいのは、次の確認日までに、どの支払いを実行するかです」

 

ユウカが少し考える。

 

「価値じゃなくて、支払いのタイミング?」

 

「はい」

 

支払日。

 

金額。

 

何に使うのか。

 

払わなければ何が止まるのか。

 

今回逃したものを後から取り戻せるのか。

 

本当に全数量を今使うのか。

 

待たせる間に進められる作業はあるのか。

 

次はいつ判断できるのか。

 

入金は確定しているのか。

 

ミコリが一覧へ項目を追加する。

 

点数は付けない。

 

順位も付けない。

 

それぞれの支払いを、次の判断日までの時間に置き直す。

 

希美の視線が一件で止まった。

 

「これ……」

 

供給会社への部品代。

 

支払期限――二日後。

 

二つの開発チームが使用する部品を、同じ供給会社からまとめて購入する注文だった。

 

希美が五日間の支払猶予を得たものだ。

 

条件も記録されている。

 

五日以内に支払計画を提示すること。

 

性能試験後、結果を報告すること。

 

ユウカが同じ日の支出を重ねる。

 

「このまま全額払うと、別の契約支払いとぶつかる」

 

希美は供給会社の連絡先を見た。

 

ほんの一瞬。

 

指がその上で止まる。

 

もう少し待ってもらえないか。

 

そう考えたのだろう。

 

だが、連絡先は開かなかった。

 

希美は手を引く。

 

「……まず、中身を見ましょう」

 

修司が部品の内訳を確認する。

 

「保管予定のものは見られますか」

 

ノアが頷いた。

 

「区画に識別票があるはずです」

 

「行きましょう」

 

部品保管区画は、開発室とは違って静かだった。

 

金属製の高い棚。

 

搬入済みの箱。

 

検品待ち。

 

引き渡し待ち。

 

通路を走る小型運搬機のモーター音だけが、一定の間隔で響いている。

 

問題の部品は奥の一角へまとめられていた。

 

同じ供給会社。

 

同じ発注番号。

 

それでも、箱には二種類の識別票が付いていた。

 

第一開発チーム。

 

第二開発チーム。

 

二つの技術責任者と、それぞれの部門予算担当者も呼ばれている。

 

第一チームの責任者が説明した。

 

「一括で注文した方が単価が下がるので、まとめました」

 

「部門予算は?」

 

ユウカが聞く。

 

二人の予算担当者がそれぞれ残額を表示する。

 

「こちらは上限内です」

 

「こっちも」

 

ユウカは頷いた。

 

「部門の判断としては間違ってない」

 

その上で、学校全体の残高を表示する。

 

「でも今、この二つを同じ日に払うだけの現金はない」

 

第二チームの責任者が箱へ視線を落とした。

 

修司は第一チーム側へ移る。

 

「何に使う部品ですか」

 

「外部施設での性能試験です」

 

責任者が予定を開く。

 

「三日後から」

 

「施設はこちらにはない?」

 

「ありません。特殊設備を借ります」

 

「次に借りられる時期は?」

 

「早くて数か月先です」

 

希美が聞く。

 

「今回を逃したら、試験自体ができなくなるんですか?」

 

「永久にできないわけじゃないです」

 

第一チームの責任者は首を横に振る。

 

「でも、設備予約も人員もやり直しになります。今の試験機を数か月この条件のまま維持できる保証もありません」

 

ノアが施設利用契約を確認する。

 

「今日以降のキャンセルには費用も発生します」

 

「じゃあ、今しかないってことですよね」

 

希美が言う。

 

「今の条件でやるなら、です」

 

技術責任者が答えた。

 

修司は箱を見る。

 

「部品は全部必要ですか」

 

「必要です」

 

即答だった。

 

修司はそれ以上言わず、箱の中を見る。

 

ユウカが技術責任者へ尋ねた。

 

「試験開始日に全部使うの?」

 

「……全部?」

 

責任者が少し考える。

 

「故障した時の予備も含めてます」

 

「予備って、何個壊れる前提?」

 

ユウカの問いに、技術責任者が黙った。

 

予算担当者が過去の試験記録を開く。

 

「前回は一個交換」

 

「その前は?」

 

「ゼロ」

 

別の試験。

 

「二個」

 

第一チームの責任者も記録を覗き込む。

 

「最大二個か」

 

「今回は条件が違うから増える可能性はあります」

 

予算担当が言う。

 

「でも、発注した予備全部までは使わないですよね」

 

責任者は箱の中身を数え直した。

 

最初に使う分。

 

予備。

 

さらに予備。

 

「……ここまであれば、試験開始はできます」

 

当初より数量が減る。

 

「それ以上は?」

 

ノアが尋ねた。

 

「試験中に故障が続けば必要になる可能性があります」

 

「では、減らすことにリスクはある」

 

修司が言う。

 

「あります」

 

「それも記録してください」

 

「はい」

 

第一チームは全数量を守ったわけではない。

 

取り戻しにくい試験機会を残すために必要な分まで削った。

 

ユウカが金額を更新する。

 

支出が下がる。

 

まだ、両方を払えるところまでは届かない。

 

修司は第二チームを見る。

 

「こちらは?」

 

「耐久試験です」

 

「いつですか」

 

技術責任者が予定を開いた。

 

「六日後」

 

ユウカがすぐ反応する。

 

「支払期限より後ね」

 

責任者の表情が少し険しくなる。

 

「部品は必要です」

 

「必要かどうかは聞いてない」

 

ユウカの声は冷静だった。

 

「今日払わないと、今日から何が止まるの?」

 

技術責任者は予定表を確認する。

 

「今は解析です」

 

「部品なしで?」

 

「解析はできます」

 

「安全確認は?」

 

「できます」

 

「設計修正は?」

 

「そこも」

 

予算担当者が工程を横から見る。

 

「じゃあ三日くらいは、今の部品なくても進められますよね」

 

技術責任者が振り返る。

 

「三日後には必要になるかもしれない」

 

「その時、今より分かってること増えてます?」

 

修司ではなく、予算担当者が聞いた。

 

技術責任者は一瞬答えず、解析予定を見る。

 

「……耐久試験の条件が固まります」

 

「必要数量は?」

 

「変わる可能性がある」

 

予算担当者が息を吐く。

 

「なら今、全部確定して買う必要はないんじゃ」

 

「でも在庫がなくなったら?」

 

責任者の声が強くなる。

 

ノアが答える。

 

「可能性はあります」

 

「価格も上がる?」

 

「再発注時の価格は保証されません」

 

第二チームの責任者は第一チームの箱を見る。

 

「じゃあ」

 

しばらく黙ったあと。

 

「待てる方が損するんですか」

 

希美が顔を上げる。

 

「外に予約がある方は先に買ってもらえて、内部で研究してる方は『三日待てるから』って後にされる」

 

声には怒りより、悔しさがあった。

 

「それなら、毎回外部予定を入れてる研究の方が優先されるじゃないですか」

 

誰もすぐには返さなかった。

 

もっともな不満だった。

 

希美は第一チームの箱を見る。

 

「外だから先、ではないです」

 

「でも結果は同じです」

 

「今回は」

 

希美は言葉を探す。

 

「第一チームが今逃すものは、数か月後に同じ状態で戻せるか分からない」

 

第二チームの責任者が腕を組む。

 

「僕らだって在庫なくなったら戻せません」

 

「はい」

 

希美は否定しなかった。

 

「だから、待たせることに損はあります」

 

「じゃあ何で」

 

「三日後に、今より判断材料が増えるからです」

 

希美は第二チームの資料を開く。

 

設計。

 

試作品。

 

取得済みのデータ。

 

解析。

 

安全確認。

 

「これは残る」

 

技術責任者は黙る。

 

「この三日で進められる作業もある」

 

「その先では止まります」

 

「はい」

 

「第一チームは止まらない」

 

「はい」

 

希美は苦しそうに、それでも認めた。

 

「だから、同じ扱いにはなりません」

 

技術責任者の表情は晴れない。

 

「研究の価値が低いって言われてるようにしか見えません」

 

「価値では決めていません」

 

希美はすぐ答えた。

 

「今払わないと何を失うかで決めています」

 

その言葉を口にしたあと、自分でも一度確かめるように黙る。

 

以前の希美なら。

 

両方に価値があるなら、両方を守る方法を探しただろう。

 

今も、その気持ちは消えていない。

 

むしろ第二チームの責任者が悔しそうに箱を見ているほど、供給会社へもう一度頼みたくなる。

 

残りだけでも取り置いてもらえないか。

 

数日だけ。

 

希美の指が端末へ伸びた。

 

供給会社の連絡先。

 

その直前で止まる。

 

第二チームの技術責任者が気付いた。

 

「頼めませんか」

 

希美の指先が僅かに震えた。

 

「……頼むことは、できます」

 

「じゃあ」

 

「でも、取り置きを約束してもらえる前提では進めません」

 

希美は手を戻した。

 

「それをまた私が約束したら、今日ここで決めた意味がなくなるから」

 

第二チームの責任者が視線を落とす。

 

「じゃあ三日後」

 

「はい」

 

希美は再審査欄を開いた。

 

「何があれば、次に判断できますか」

 

技術責任者が少し考える。

 

「解析結果」

 

「はい」

 

「耐久試験の条件」

 

予算担当が加える。

 

「必要数量」

 

「代替部品の有無」

 

ノアが言う。

 

「その時点の在庫と価格」

 

ユウカも加える。

 

「部門残額と、学校全体の現金」

 

記録される。

 

第二チームの責任者は、それを最後まで見た。

 

「……三日後に、本当に見るんですよね」

 

「見ます」

 

希美は答えた。

 

「その時また、『待てるから』だけで後ろにはしません」

 

責任者はすぐには頷かなかった。

 

やがて、小さく息を吐く。

 

「分かりました」

 

納得ではない。

 

それでも、自分たちが次に何を持ってくればよいのかは分かった。

 

ノアはその場で既存注文を開いた。

 

「数量変更自体は可能です」

 

第一チームの予算担当が少し安堵する。

 

だがノアは続ける。

 

「ただ、今回の注文は五日間の支払猶予と一緒に支払計画を提出する約束になっています」

 

希美が画面を見る。

 

「数量だけ変えれば終わりじゃない?」

 

「はい」

 

ノアは注文変更条項と、供給会社との合意記録を並べた。

 

「一部を取り下げるなら、支払計画も変更になります。今日中に正式な計画を出さなければ、こちらが先に条件を崩します」

 

事業責任者が端末を開く。

 

「外部説明はこちらで」

 

ノアが頷く。

 

「第一チームの技術責任者には、必要数量を減らした理由を説明してもらいます」

 

「分かりました」

 

「第二チームも、取り下げ理由と三日後の再審査条件を」

 

第二チームの責任者が少し不満そうなまま頷いた。

 

「性能試験後の報告義務は残ります」

 

第一チームの責任者が答える。

 

「技術結果は僕らが書きます」

 

「外部向けの形式はこちらで整えます」

 

事業責任者が言う。

 

希美を見る。

 

「朝倉先生には、施設利用の目的と影響だけ補足をお願いします」

 

「はい」

 

供給会社との連絡に、希美一人が座ることはなかった。

 

事業責任者。

 

ノア。

 

二つの開発チームの責任者。

 

必要な者が同席する。

 

変更内容を説明する。

 

第一チームは、外部試験開始に必要な数量と故障実績に基づく予備だけ購入。

 

第二チーム分は一度取り下げ。

 

三日後の解析結果を受けて再発注を判断する。

 

供給会社の担当者は、説明を聞き終えると、すぐに条件を確認した。

 

「取り下げ分については、弊社在庫へ戻します」

 

第二チームの技術責任者が顔を上げる。

 

「再発注時の取り置きは?」

 

「できません」

 

「同じ価格は?」

 

「保証できません」

 

責任者が唇を結ぶ。

 

事業責任者が言った。

 

「承知しています」

 

「変更後の支払計画は本日中にお願いします」

 

ノアが答える。

 

「提出します」

 

「性能試験の結果報告については、当初条件どおりで」

 

第一チームの責任者が頷く。

 

「試験終了後、こちらで技術部分をまとめます」

 

供給会社側が確認する。

 

「では、数量変更を受け付けます」

 

通信が切れた。

 

保管予定一覧が更新される。

 

第一チームの箱は、小さくなる。

 

第二チームの識別票は、棚から消えた。

 

空いた場所が妙に目についた。

 

第二チームの責任者は、その棚を一度見てから、何も言わず研究室へ戻った。

 

希美はその背中を見送る。

 

「……やっぱり、嫌ですね」

 

修司が隣に立つ。

 

「何がですか」

 

「どっちも守れないこと」

 

希美は空いた棚を見る。

 

「五日あれば、別の支援を探せると思ってました」

 

修司は黙って聞く。

 

「もう一回お願いして」

 

「別のところに相談して」

 

「そうやって時間をつなげば、いつか両方守れるかもしれないって」

 

少し間がある。

 

「今日も、取り置きをお願いしかけました」

 

「はい」

 

「でも」

 

希美は第一チームに残った箱を見る。

 

「決めるためにも、時間は必要だったんですね」

 

修司は棚へ視線を向けた。

 

「あの五日がなければ」

 

希美が見る。

 

「箱を開ける前に、期限が来ていたと思います」

 

希美はしばらく何も言わなかった。

 

やがて、小さく息を吐く。

 

「そっか」

 

五日間で金は増えなかった。

 

二つの研究を両方守れたわけでもない。

 

それでも。

 

何を今残し。

 

何を待たせ。

 

その代わり何を失う可能性があるのか。

 

そこまで確認する時間にはなった。

 

夕方。

 

十二日間の支払予定が、もう一度壁面へ広げられた。

 

『最優先』の文字はない。

 

ユウカは一件ずつ、支払いを時間軸の中で動かしていく。

 

今逃せば同じ条件を取り戻しにくい外部試験。

 

既存利用者の安全維持。

 

契約上、十二日以内に外せない支払い。

 

それらは残る。

 

設計や取得済みデータが残り、次の確認日まで進められる作業があるものは、再審査日まで後ろへ動く。

 

追加機能や利用拡大も同じだった。

 

ドローン事業の部品と外注費は、別の位置へ置かれる。

 

正式契約。

 

前払金の実入金。

 

条件が成立してから初めて支出予定へ入る。

 

「まだゼロ」

 

ユウカがドローンの入金欄を確認する。

 

希美も頷いた。

 

「見込みでは使わない」

 

次に災害通信中継網。

 

ノアが契約条件を表示する。

 

「停止を決めても、十二日以内の現金は増えません」

 

ユウカが緊急資金確保の欄から外す。

 

「だから今回は、これを止めたことにして数字だけ良くするのはなし」

 

「継続方法の問題は残ります」

 

事業責任者が言う。

 

「そこは別に判断します」

 

その他の案件は、既に設定された再審査日をそのまま使った。

 

一度決めたものを、全体を見るたび最初から壊さない。

 

新しい情報が出るまで。

 

決めた範囲は、そのまま進める。

 

支出予定が少しずつ後ろへ動く。

 

ユウカが最後の変更を入力した。

 

「計算する」

 

会議室が静かになった。

 

ミコリが現在残高と、確定済み支払いだけを読み込む。

 

未入金のドローン前払金は入らない。

 

新しい支援金もない。

 

第一チームの部品代が減る。

 

第二チームの支払いが三日後の再審査へ移る。

 

回復可能な設備更新の一部が後ろへ動く。

 

数字が更新される。

 

十二日目。

 

残高の線がゼロへ近づく。

 

希美が息を止めた。

 

線は。

 

僅かに上で止まった。

 

「……残ってる」

 

ユウカはすぐには喜ばない。

 

「次」

 

十三日。

 

十四日。

 

十五日。

 

十六日。

 

線は細く、下がり続ける。

 

十七日。

 

赤へ落ちた。

 

誰も数秒、口を開かなかった。

 

「十七日」

 

希美が言った。

 

「十二から十七」

 

ユウカが頷く。

 

「五日延びた」

 

希美の表情が少し明るくなる。

 

ユウカはすぐに画面の延期欄を開いた。

 

「でも勘違いしないで」

 

第二チームの部品。

 

設備更新。

 

後ろへ動かした支払い。

 

「消えた支払いは一つもない」

 

希美の笑みが小さくなる。

 

「後ろへ動かしただけ」

 

「そう」

 

「二十一日には届かないんですね」

 

「そこまで止めてないから」

 

ユウカは最初に作った設備延期と事業停止案を横へ表示する。

 

「今回は、利用者への義務を残してる。今逃すと取り戻しにくい試験も残した。十二日以内に効果の出ない停止はやってない」

 

「だから十七」

 

「そう」

 

完全な解決ではない。

 

延期した部品は、三日後にもっと高くなっているかもしれない。

 

在庫そのものがない可能性もある。

 

ドローンの前払金も入っていない。

 

それでも。

 

何も選べないまま十二日目を迎える状態からは離れた。

 

「次は三日後ね」

 

ユウカが予定表を開いた。

 

新型制御基板の中間確認。

 

第二チームの解析結果。

 

ドローンの正式契約状況。

 

複数の情報が揃う日だった。

 

「全体資金もそこで見る」

 

ミコリが会議予定を作成する。

 

ユウカ。

 

ノア。

 

希美。

 

事業責任者。

 

各部門の技術責任者。

 

各部門の予算担当者。

 

希美が一覧を見て、眉を寄せた。

 

「白石さんは?」

 

修司が顔を上げる。

 

「入っていません」

 

「参加しないんですか?」

 

「はい」

 

「でも」

 

希美は少し考える。

 

「白石さんがいなかったら、最後に誰が決めるんですか」

 

修司は今日の記録を見る。

 

第一チームの必要数量。

 

それを決めたのは、技術責任者だった。

 

学校全体で払える額を示したのはユウカ。

 

注文変更が可能か確認し、条件を整理したのはノア。

 

外部施設や第二チームへの影響を確認したのは希美。

 

誰か一人が、すべてを上から決めた場面はなかった。

 

修司は希美へ尋ねる。

 

「今日、最後に一人で決めた方はいましたか」

 

希美が止まる。

 

「……いない」

 

「次も同じです」

 

ユウカが腕を組む。

 

「本当に来ないの?」

 

「通常の会議には参加しません」

 

「失敗したら?」

 

「記録を確認します」

 

「それで必要なら直す?」

 

「はい」

 

希美が参加者一覧を見る。

 

「白石さんの代わりを一人置く必要もない」

 

「ありません」

 

修司は今日使った問いだけを共有欄へ残した。

 

今でなければ失われるもの。

 

次でも取り戻せるもの。

 

全数量が今必要か。

 

待たせる間に進められる作業。

 

次に判断する日。

 

それぞれを誰が確認するか。

 

結論そのものは残さない。

 

次に同じ部品が並ぶとは限らないからだ。

 

ミコリが三日後の予定を保存する。

 

壁面には、十七日という新しい期限が残った。

 

決して遠くはない。

 

延期した支払いも。

 

入っていない前払金も。

 

失うかもしれない在庫も。

 

その先に待っている。

 

それでも、三日後に何を見るかは決まっていた。

 

参加者一覧には、必要な責任を持つ名前が並んでいる。

 

白石修司の名前だけはない。

 

三日後の会議に、修司の席は用意されなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。