モンハン小説[紅の舞姫]   作:Momiji712

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第15話 覇龍一文字

 

 

 

『何者だ』

 

地の底から響くような低く太い、それでいて威厳のある声がヤマト達に向かって放たれた。

地底火山の奥地で出会った覇竜 アカムトルムの眼前まで三人は進み、先頭にいたモミジがその場で片膝をつき頭を垂れる。

 

「…ぬしらも続け」

 

小声で彼女がそう言ったので、ヤマトとレンもそれに続いて同じ体勢をとった。

 

『人間二人…いや、一人は半竜人か。それにおぬしは…人の形をとっているが竜だな。それも王族の』

 

アカムトルムは一瞬でモミジとレンの正体を見破る。

 

「如何にも。わっちは渓流を治めていた"牙狼の一族"の姫。名を…モミジと申す。黒き神よ、お初にお目にかかりんす」

 

いつか雪山で白き神━━崩竜ウカムルバスに対して名乗っていた時と同じ台詞をモミジはアカムトルムにも言った。

 

『渓流の…そうか。いや、今は何も言うまい。牙狼の姫よ、一族最強と名高い貴女に会えて私も光栄だ。』

 

この覇竜も、おそらくモミジの事情は知っていたのだろう。それを踏まえて彼女の心境を読み取り、あえて何も触れずに挨拶を交した。

━━さすが古龍と同等と言われる龍なだけあるな

ヤマトがそう思いながらも頭を垂れ続けていると、声が掛かる。

 

『して…唯一人間である者よ、おぬしは姫の護衛か…? その様子だと私達竜の言葉を理解しているのだろう?』

 

ヤマトは顔を上げると、少し笑いながら首を横に振る。

 

「いや、護衛なんて大層な者じゃないさ。ただ、こいつの旅に同行しているだけの狩人だ」

『ふむ…その割には随分と肝の座った男よ…私を前にしても動揺のひとつも見せぬとは』

「ははは…前にお前に似たやつと会話してるからなぁ」

 

ヤマトは何気なく以前会ったウカムルバスについて触れる。

 

『似た者…?もしや北の━━崩竜か』

 

アカムトルムの答えに、モミジが答える。

 

「ご明察じゃ、覇竜よ。わっちらはあの竜に助けられた身である」

『ほぅ…彼奴が素直に助けるとは珍しいが。まぁ良い。さて…』

 

アカムトルムはそう話を仕切り直すと先程より鋭い目つきへと変わる。

 

『最近、この地底火山を我が物顔で闊歩しておった小物共を排除したのはおぬしらで間違い無いな?』

 

…こうゆうのを覇気と言うのだろうか。自身の身に降りかかる物凄いプレッシャーに、ヤマトは拳を握る。

チラリと横を見ると、レンはすこし震えている。

そして自分より少し前にいるモミジは…

真っ直ぐとアカムトルムを見つめていた。

 

「うむ。近くに人間の村があるじゃろう。そこの者達に頼まれ、わっちら三人が討伐した。」

 

よく見ると額に汗を浮かべているが、それでも臆すること無くモミジは覇竜と会話していた。

━━すげぇ。

ヤマトは素直にそう思った。

流石は王族の姫といった所か。

 

『そうか。私もアレには少々腹が立っていたのでな。感謝を述べておこう』

 

そう言うとアカムトルムは、その気迫を少し押えた。

今のはなんだったんだと不思議に思っていると、覇竜はその答えを示す。

 

『脅すような態度をとってすまない。近頃唯ならぬ気配を感じる事があってな…そこの姫に近いものであったから、警戒したまでよ』

 

唯ならぬ気配…と聞いて、ヤマトはもしやと思いモミジを見る。すると彼女は、アカムトルムを見つめながらもヤマトの視線に気づいているのか

コクリ

と頷いた。同じ考えなのだろう。

 

「覇竜よ…それは…黒蝕竜ではないか?」

 

モミジの言葉に、アカムトルムは ほぅ… と少し目を見開く。

 

『知っておるとは…。━━いや、そうか。姫の…仇であったか』

 

アカムトルムの言葉に。モミジはゆっくりと頷いた。

 

「以前…な、彼奴と遂に対峙したのじゃ」

 

その言葉を聞いて、今度こそアカムトルムは驚きを隠せないようだった。

 

『何…!?それは…よく、無事であったな…』

「ふっ…無事…か…あれはただ、相手にもならぬと判断され見逃されただけ。わっちには奴の攻撃を死に物狂いで一発防ぐことしかできなんだ。」

 

自嘲気味でそう笑ったモミジは右腕の戦闘形態を解除、顕になったその素肌には以前ゴア・マガラのブレスを受け止めた時の傷痕が生々しく残っていた。

ヤマトはそれを見て、苦虫を噛み潰したような顔をする。あの時狩人として何も出来なかった自分を守り、残ってしまった傷だ。

しかし、その傷痕をみた覇竜は賞賛の声を上げた。

 

『何を言うか…。姫よ、あの竜と対峙して生きて帰ってきた。それだけで私は充分だと思う。なにせ、ただの竜では無いのだから』

 

アカムトルムの最後の言葉に、それまで体勢を変えなかったモミジは弾かれるように立ち上がった。

 

「ただの竜では無いと言ったな…!!覇竜よ、おぬし、彼奴について何か知っているのか!?」

 

いきなりの剣幕にアカムトルムはおぉ…と驚きながらも、穏やかに話す。

 

『うむ…私もそこまで詳しくという訳では無いが、ある程度奴がどうゆう存在なのか…という事は知り得ておる。』

 

ここに来て、まさか。とヤマトは内心驚愕する。

ハンターズギルドや古龍観測隊、王立書士隊までもが全く掴めていなかった黒蝕竜の情報を、この竜は知っている。まったく、竜の情報網はどうなっているのだと感服した。

 

「無礼を承知で頼みんす、覇竜…いや、黒き神よ。奴について知り得ている情報━━それら全てをわっちらに教えてはくれぬか。」

 

モミジは必死の形相で頼み込んだ。

当然であろう。渓流を経ってそろそろ半年。やっと、かの竜について何かわかりそうなのだ。

だが覇竜は、直ぐに了承はしなかった。

 

『…一つ。条件がある…そこに居る人間と半竜人にとってはくだらない事と思うかもしれぬが、姫よ…貴女ならわかるであろう条件が』

「…なんじゃ」

 

モミジはじり…と少し構える。

 

『私と…一勝負してはくれぬか』

「なっ…!?」

 

覇竜の条件に、モミジは驚愕した。

それは後ろのヤマトとレンも同じで、レンに関しては口をあんぐりと開けてしまっている。

 

「なぜ…そのような…?」

『なに…興味本意だ。かの竜と対峙して生きている程の実力。獄狼竜という古龍とはかけ離れた存在でありながら古龍とも渡り合える力…神と呼称される身として…手合わせしたくなる気持ちが分からぬわけではあるまい?』

 

当然であろう という意味が込められたようなアカムトルムの言葉に、モミジは はぁ…と諦めたように息を吐く。

 

「…まさか竜大戦の英雄とやり合う日が来るとは…。

━━わかりんした。その勝負、受けて立ちんす。じゃがあくまで手合わせじゃ。この者たちには手を出すな。…良いな」

『無論、良い。貴女と一体一、真剣勝負と行こうではないか。』

 

アカムトルムはそう言うと、体の向きを変えエリアの奥へと歩き出す。それをしばらく見つめると、モミジは振り返った。

 

「…と、言う訳じゃ」

「「 いやどうゆう訳だよ(ですか)!!!! 」」

 

驚くほど綺麗にレンとハモる。

 

「お前…相手はアカムトルムだぞ…勝てるのか」

「そうですよモミジさん!!僕だって知ってます!あの竜がどのような存在なのか!」

「わっちだって分かっておる。本気でやって勝てるかどうか…。じゃが、勝たねば黒蝕竜について教えてくれぬようじゃからな。やる以外無いじゃろう」

「だけどよ…」

「ヤマト」

 

流石に心配してヤマトが止めようとすると、モミジは一言、名を呼んでこちらを見つめる。

━━まったく、こいつは。

その目はまるで、わっちを信じよ。と言っているようで…。

 

「…わかった、いってこい。ただ、度が過ぎるようであれば俺が介入する。いいな」

「ヤマトさん…!!」

 

ヤマトの諦めたような様子に、レンが珍しく反発の意を見せる。が、モミジがその頭に手を置いた。

 

「レン坊、おぬしにはまだわっちの真の姿、見せたことは無かったの。」

「…はい…」

「せっかくの機会じゃ、見ててくりゃれ」

 

にかっと、八重歯を見せて笑ってみせる。

その笑顔にレンは…

 

「わかり…ました」

 

折れるしか無かった。

 

「よし、では行ってくる。ぬしよ、レン坊を連れて先程の入口まで下がりんす。念の為、直ぐに退避できるよう準備しておいてくりゃれ。いつ流れ弾が飛んでゆくかわからぬからの」

「あぁ、わかった。…気をつけろよ」

「うむ」

 

ヤマトにそう言い残して、モミジはアカムトルムへと向き直った。

 

❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀

 

『では、良いかな』

 

覇竜は律儀にもヤマト達が退避しきるまで待っていてくれたようだ。

 

「すまぬ、待たせてしまったの」

『いや良い、私も久々の手合わせに心踊っておる』

「おぬしという者は…かつて手がつけられぬ程暴れておいて、まだその闘志が消えておらぬか」

 

竜大戦。この世の歴史における、終わりであり始まりであった戦い。今は既に伝承となり、その事実を知る者はほぼいなくなってしまった。

モミジでさえ、まだ産まれる前の話だったので父や母から昔話として聞いたのみだった。

その戦いで竜側の切り札として猛威を奮い、四天王と呼ばれたもの達。

 

黒き神、覇竜アカムトルム

白き神、崩竜ウカムルバス

嵐の女王、嵐龍アマツマガツチ

煌黒の帝王、煌黒龍アルバトリオン。

 

ヤマトやレンも知らない、自分自身も話を聞いたのみの、過去の伝説。

そしてその伝説達は。

ある竜は雪山の奥地へ。ある竜は火山の奥地へと帰還し、静かに後世を過ごし

ある龍は渓流の奥深く、霊峰と呼ばれた地で永き眠りにつき

ある龍は…何処かへと姿を消した。

 

そんな幼い頃に聞いた伝説の中の一体である黒き神が、今。

”わっちに” 吼えた。

 

━━アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!

 

竜の咆哮。人はそれをバインドボイスと呼ぶらしいが、覇竜のそれは他の竜をはるかに凌駕する。

音波による攻撃。

近くで食らえば只では済まないだろう。

今は距離が開いているから、当たる事は無い。

 

そしてその威力は、こちらも同じ。

 

━━ウオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

人の姿で出せる限界レベルのモミジの咆哮。

この時点で通常の轟竜や角竜の咆哮を越えた音量である。

 

「けほっ…久々だと喉にくるの…」

 

思わず苦笑いが零れる。

さて、どう出る。

対峙する覇竜は咆哮を終えると此方と同じく様子を伺うようにじっとその場で待つ。

━━まるでヤマトと稽古をした時のようじゃの。

そんな考えが頭を過ぎる。

あの時は自分はどうしただろうか…彼の出方を窺いながらも━━

 

此方から、仕掛けた。

 

だん。と、足を踏み出し力を込めると、途端に足先に龍光エネルギーが収束しバリバリと音を立て始める。

充填率最大、龍光、開放。

満たされた龍エネルギーがモミジの足先から放出。その勢いで身体は前へと飛んだ。

 

「せああああああああああっ!!」

 

気合と共に腰の無名刀を抜刀、一刀道の構え。

 

「牙狼式滅龍一刀道、弍の撃」

 

大きく刀身を引き、刃先の峰に手を添える。

全てを貫く、光の一撃。

 

(いかづち)!!」

 

曇天を翔る雷の如く放たれたその突きは━━しかし覇竜の甲殻に阻まれた。

ガキィンッという音と共に刀が弾かれる。

基本的に剣技の中でも突き技というのは一点突破、狙った箇所にしか攻撃できない代わりに全ての力がその一点に集中するため、まず弾かれるような事は無い。

それも、この技に関してはモミジ自身の龍光エネルギーによる加速も込みの威力。

普通の竜程度であれば身体ごと貫けていたかもしれない。だが、黒き神の甲殻は想像以上に強固であった。

 

「ちいっ!」

 

態勢を崩されながら、思わず舌打ちする。

 

『どうした、それで終わりか』

「くっ‼︎…なめるな…‼︎‼︎」

 

加速の勢いが収まらないまま覇竜の眼前を通り過ぎ地面に着地、体をくるりと反転させ刀を地面に刺し無理やりに止まる。

━━やはりこの刀では役不足…いや、わっち自身の力不足か…

フゥッと息を吐き、再び足先に龍エネルギーを収束。

甲殻のある所はこの刀では切れない。しかし唯一甲殻に覆われていない腹に潜り込むのは相手が相手だ。危険すぎる。

ならば。

充填最大。再びの、加速。

 

『またそれか…?』

 

覇竜は再度自身に突っ込んでくるモミジにため息まじりに呟く。その得物では私は傷つけられない…と。

しかし、後方から眼前まで迫った彼女を見て驚愕した。

構えているのは先ほどの刀では無い。彼女自身の拳だった。

 

「はあああああああああっ‼︎」

 

刀では攻撃が通らない。ならば、打撃。

獄狼竜本来の姿の時、モミジは斬撃という攻撃手段を持たない。で、あるからこそ、この攻撃はある意味モミジの十八番(おはこ)だった。

狙うは覇竜の口に備わる巨大な牙。しかし、対する覇竜も”その攻撃”に気づいたのだろう。咄嗟に顔面を腕で防いだ。

覇竜の前足は大きく発達しており、そこに備わる爪においては口の牙にも負けず劣らずの大きさを誇っている。

だがモミジの勢いは止まらない。

たとえ防がれようと、関係ない。牙が攻撃できないのであれば防いだ方の腕━━正確にはその前足に備わる爪を狙う。

大きく振りかぶったその拳は果たして…

その爪を、一撃で根元からへし折ったのであった。

 

『な…に…!?』

 

覇竜は驚きの声をあげる。

当たり前だ。今まで一度も損傷を受けたことの無い自慢の爪が、一撃にして破壊されたのだ。

…どうやらこの狼を甘く見ていたらしい。今対峙しているのは、そこらにいる歴戦の竜とは違う。この強さは紛れもなく古龍級━━自分と同じ存在だ。

しかもここまでの威力を誇りながらも未だ人の姿…果たしてこの竜が真の姿となった時、どこまで強くなるのか。

そこまで考えた途端、覇竜は自分の中に依然眠ったままだった戦いの感覚がじわじわと湧き上がってくるのを感じた。

面白い。ならばこの覇竜、黒き神と呼ばれたその実力を惜しみなく発揮させてもらうとしよう。

体全体に血が巡る感覚。そして黒き神は、吼えた。

 

爪の部位破壊に成功した途端、モミジは覇竜の気配が変わるのを感じた。

咄嗟に覇竜を見ると、黒い甲殻の至る所に赤く光る血管のような筋が浮かび上がっている。

刹那。

 

━━ッッッァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎

 

耳を劈く(つんざく)爆音。

それが咆哮だと分かった時には、身体は音による衝撃波により宙を舞っていた。

 

「かっ…はっ…!?」

 

モミジは岩壁に背中から打ち付けられて肺から一気に空気が無くなり、呼吸が出来なくなる。

━━やはり今までは本気では無かったか。

口の端から血が流れる。衝撃で口内を傷つけたのだろう。手の甲で血を拭い、覇竜へと向き直る。

 

「おぬしが本気で来るならば、わっちもそれに答えねば無作法というものか」

 

呼吸を落ち着け、意識を集中させる。

体全体に力が漲っていく━━

カッッ!!という音と共に体を龍光が包み込んだ。

 

____________________

 

「あれは…!?」

 

赤い稲妻に包まれたモミジの姿を見て、ヤマトの隣で戦いを見守っていたレンは驚いて目を見開いた。

 

「ヤマトさん…あれ、本当にモミジさん…?ですか?」

「あぁ。あれがモミジの、本来の姿だ」

 

全長、25メートル。全高、8メートルという規格外の大きさを誇る獄狼竜の特異個体。

ヤマトもその姿を見るのは、以前ドンドルマでのラオシャンロン迎撃作戦以来だった。

その狼が、吼える。

 

━━ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!!!!

 

ビリビリと空気が震える。先ほどアカムトルムの咆哮を聞いたときも、かなり距離が開いていたのにも関わらず咄嗟に耳を塞いだが、モミジの咆哮もそれに負けず劣らずの音量であった。

 

咆哮を終えたモミジは、周囲に蝕竜蟲を展開。

刹那の間を置いて人の姿の時のそれとは圧倒的に数が多い蝕竜蟲弾が発射され、覇竜の身体へと吸い込まれてゆく。

展開した蝕竜蟲弾を全て撃ち切ると、そのまま覇竜へと走る。攻撃の手は休めない。今しがた撃った蝕竜蟲弾も、通常の竜相手ならばそれだけで怯むことはまず間違いないだろう。

しかし今対峙している相手はその程度では牽制にしかなるまい。

━━やはりの。

接近したモミジは自身の考えが予想通りだったことに気が付く。

十数発の弾幕を受けた覇竜は、それがどうしたとでも言うように此方へ突進してきた。

モミジと、黒き神が真っ向から衝突する。

 

『ぬぅ…!!』

『っ!!』

 

モミジの力が予想以上だったのか、覇竜は唸る。

それに負けじとモミジも気合いと共に押し負かそうと力を込めた。

が、しかし、やはり体格差だろうか。じわじわとモミジが押されてゆく。

━━このままではわっちが押し負ける…!

そう考えたモミジは周の蝕竜蟲を一気に活性化。

バチバチと赤黒い稲妻が弾ける。

 

『っ…!!』

『穿て!!』

 

モミジの掛け声と共に、幾多もの龍光が覇竜を穿いた。

 

『がぁっ…!!』

 

体を穿かれた覇竜は苦しみの声を上げ、後退。

並のモンスターであれば一撃で屠るそれは、覇竜の強靭な甲殻をも破壊して見せたのだ。

 

『流石の威力…黒狼姫…噂に違わぬ実力よ。』

『ッ…!!』

 

"黒狼姫"

その言葉にモミジは怒りを露わにする。

 

『その名で…わっちを…呼ぶなァ!!!!』

 

バチバチバチッ!!と、先程よりも激しい龍光がモミジの身体から迸る。

何故その名で皆自分のことを呼ぶのだろう。

一度たりとも、その名で呼んで欲しいなどと願ったことは無いのに。

━━わっちにとって…その名は呪いでしか無いのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いっその事、このまま殺めてしまおうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の底に眠る殺戮の意思が、表に出てこようとする。争い事は好まぬと言いながらも、戦いとなれば闘争心が燃えてしまう━━その獄狼竜に備わる本能を嘲笑うかのように。

必死にその意志を押し込めようとする自分と、今だ殺してしまえと言うもう一人の自分。

自制が効かなくなる感覚。視界が赤くぼやけ、竜の本能が自我を支配して━━━━━━

 

「そこまでにしとけよ」

 

前足に、ぽんと手が置かれた。

甲殻越しでも分かる、暖かい手。

我に返り、今にも解放されそうだった龍光を何とか収めた。

 

『ヤマト…』

「危ねぇなぁ…ったく。手合わせじゃ無かったのかよ。この"たわけ"」

『すまぬ…』

 

モミジはしゅんとした様子でそう言うと、彼女の体が赤い光に包まれる。

光が消えると、いつもの袴姿をした彼女がそこにいた。

 

「大丈夫か」

「自分を…保てなかった」

「そんな感じだったな」

「…覇竜だけでなく、ぬしたちまで巻き込んでしまうかもしれんかった」

「危うく殺されかけた」

「……すまぬ」

 

うるうると目に溜まっていた涙が、一つ二つと零れる。

━━━こいつは笑ってた方が美人なのになぁ。

などとくだらない事を考えながら、ヤマトはその胸にモミジを抱く。

そして顔だけを覇竜に向けた。

 

「悪ぃが、この辺で勘弁してくれねぇか」

『…無論だ。いやむしろ…すまなかった、姫があの呼び名を嫌っていたのは知っていたのだが…』

「いいさ、お前だってわざと言ったんじゃないだろ。それに、今回はこいつもちょいと我慢が足りなかった。あの呼び名に関しては、いちいち反応してちゃいけないって分かってるはずなんだ。…だろ?」

 

後半はモミジに対して言葉を向けながら、胸に顔を埋めている彼女を覗き込む。

 

「…うむ」

 

少し上目遣いで、コクリとモミジが頷く。

 

『…君は、姫のことをよく理解しているのだな』

「え?…あぁ、まぁ、そうなのかもな。…さて」

 

ヤマトはモミジの顔を上げさせると、アカムトルムへと向き直る。

 

「手合せは充分楽しんだはずだ。約束は…守ってくれるよな」

『勿論だ。私がかの竜に関して知っていること。それら全てを話そう』

 

そう言ってアカムトルムは、かの竜━━ゴア・マガラについて話し始めた。

 

❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀

 

『…以上が、私がかの竜について知りえていること全てだ。これでいいかな』

「あぁ…ありがとう。」

「……」

 

ヤマトが礼を言い、モミジは黙ったままだった。

 

アカムトルムが話してくれた、ゴア・マガラについての情報。まとめると、こうだ。

 

かの竜は、以前に発見された黒蝕竜は別個体であり、同時に今まで目撃例のない"特異個体"である。

かの竜は、今まで発見された黒蝕竜同様、狂竜ウイルスを各地にて撒き散らし、生態系の崩壊を起こしている。しかしながら、従来の狂竜ウイルスとは異なる性質も持ち合わせている。

それは、そのウイルスに感染したモンスターは全て人間を目の敵にしている事。理由は不明。

そして━━━。

 

「滅びた王族の生き残り…か」

 

モミジと同様、かつて天空山を統治していた一族の生き残りであること。

 

『うむ。一族の名前までは分からぬが、どうやら姫と同じような境遇を持つ者らしい。』

 

以前、黒蝕竜と対峙した時。

確かに、かの竜は言っていた。

 

『我は黒蝕竜の…いや、全ての竜の王といっても過言では無い存在だ』

 

元より黒蝕竜という竜は、その凶暴性、撒き散らすウイルスの特異性により生態系の頂点に君臨していると言われていた。

例え相手が空の王者だろうと、陸の女王だろうと、無双の狩人だろうと。━━━古龍であろうと。

そのウイルスで、自信の思うがままに操ってしまうのだと。

 

「全ての竜の王…か」

「…ふん、くだらぬ」

 

ヤマトのつぶやきに答えるように、モミジが鼻で笑った。

 

「全ての竜を統治できるはずなどないじゃろう。竜大戦時代ではあるまいし…」

「……………━━━━あぁっ!!」

 

突然、ヤマトとモミジの裏で叫び声が聞こえた。

 

「びっくりした…レン、どうしたんだ」

 

振り返ると、事の成り行きを見守っていたレンが何か思いついたような顔をしている

 

「もしかして…ですけど。」

「なんじゃ…?」

「全ての竜の王、感染すると率先して人間を襲ってしまう狂竜ウイルス、古龍さえ凌駕する力。…そして、滅んだ一族の生き残り…」

『それが…どうしたのだ』

 

 

「ゴアマガラの一族が滅んだ理由が…もし、人間にあるとしたら…?」

 

 

『ッ!!』

「なっ…!?」

「おい、まさか…」

 

レンの言葉に、その場の全員が息を飲む。

 

 

「…かの竜の目的は再びの竜大戦なのでは…?」

 

 

そんなまさか。と、言ってやりたいが。

一理あるなとも思った。

一族を失う。それが残された者にどんな悲しみや憎しみを与えるかは、ヤマトも横にいるモミジを見て知っているつもりだ。

そして、レンの予想通り黒蝕竜の一族を滅ぼしてしまったのが人間だったのなら。

 

「数百…いや、下手したら数千年前の。既におとぎ話になっちまってる歴史を繰り返そうってのかよ」

「あくまで…仮定の話ですが。…アカムトルムさん」

『なんだ』

「あなたはモミジさんの言った通り、竜大戦を生き抜いた方なのですか?」

『…あぁ。』

「…竜大戦が再び起こったとしたら、この世界は…どうなるんでしょう」

 

レンの問に、黒き神は目を閉じる。

 

『間違いなく、滅ぶだろうな。いや、むしろあの戦いより人間側は酷いことになるやもしれぬ』

「それは…かの時代より今は、文明が発達していないから…?」

『…うむ』

 

はるか昔の竜大戦時代。人類は今より遥かに優れた技術を用いて竜に、そして龍に、対抗していたのだと言う。その名残が、遺跡平原に眠る数々の遺跡だったり、以前孤島でナバルデウスと対峙した時に見つけた海底神殿だ。

それら文明の利器をもってしても、かの時代の人類は滅んだのだ。今の文明が同じ戦いに巻き込まれたら、滅亡するのは目に見えている。

 

「それが当たってたら…とんでもねぇ事になるな」

 

ヤマトの言葉に、その場の全員が黙り込んだ。

数秒の時を開けて、口を開いたのはモミジだった。

 

「…ヤマト、レン坊。…この件は…これ以上ぬし達が関わってはならぬ。」

「何…?」

「元はと言えばわっちの我儘に付き合ってぬし達はここまで来てくれた…これより先は…ぬし達を元の日常へと返せなくなってしまうかもしれぬ…じゃから━━」

「━━ふざけんな」

 

モミジの言葉を遮るように放たれたその言葉は、モミジもレンも、最初は誰のものか分からないほど…恐ろしい響きをしていた。

 

「ヤマト…?」

 

やっとその声の主がわかったところでモミジがヤマトを見ると、彼は今まで見たことの無い形相で怒っていた。

 

「関わるな…?元の日常へ戻れなくなる?…それがなんだって言うんだ。お前のわがままでここまで俺らが着いてきた?だから帰れだと?」

 

今までモミジに向けたことの無い威圧。

その気迫に、彼女は半分呆気にとられていた。

 

「"俺は"自分の意思でここまでお前に着いてきてんだ。それとも何か?俺が仕方なくお前に着いてきてるとでも思ってたのか?」

「いや、それは━━━」

「━━俺は…お前がポッケ村で…あの夜言ってくれた言葉が…本当に嬉しかったんだ。お前と旅をしてて良かったと思えたんだ。」

 

___________________

『…ぬしとの旅は…楽しい。一緒にいると…とても楽しい。わっちは、ぬしと旅がしたい 』

___________________

 

半年近く前、雪の降る温泉で彼女が言ってくれたあの言葉。

それまで姉の死が原因で気力を失い、ただただ無駄に生きていたヤマトに、生きる意味をくれたあの言葉。

守りたいと思ったあの時の笑顔。

 

「…だからさ、そんな事言うなよ」

 

ヤマトの雰囲気が、そこでいつもの穏やかなものに戻る。

 

「ヤマト…」

「…悪ぃ…思わず怒っちまった…さっきお前に説教したばかりだってのにな。」

「いや、わっちも無責任な発言過ぎた…じゃが」

 

そこで言葉を区切り、ヤマトとレンを見る。

 

「本当にここからは、危険な事があるかもしれぬ。それでも…良いのかや?」

「あぁ。まだ当初の目的であるお前の兄さんの痕跡、何も掴めてないしな」

「…レン坊」

「…また、いつもの台詞を言わなきゃダメですか、モミジさん」

 

━━お二人の剣であり、盾です。

 

「…まったく、ぬしらは…」

 

半分呆れたような、それでいて嬉しそうな顔をしたモミジは、アカムトルムへと向き直る。

 

「わっちらは、かの竜を追う。そして事の真相を確かめ…もし先程の考察のような事態が怒っているのであれば…わっちは牙狼の一族の姫として…人間を尊敬する"竜"として…そして、この世界に住まう一人の"人間"として、彼奴を止めよう」

『そうか。━━━ならば新時代の狩人達よ、私の想いを託そう。そして…再び世界の均衡が崩れそうになった時。その時は私も、君たちに全力で力をかそう。』

「その時は頼むぞ、覇竜よ」

 

モミジはそう言うとアカムトルムに歩み寄り、その牙に軽く口付けをした。

王族の騎士が、仕える主へと忠誠を違う仕草。

 

「あ、それと」

 

思い出したと言わんばかりにモミジは、先の手合せで破壊され、地面に刺さった覇竜の爪に駆け寄る。

 

「覇竜よ、これ、貰っても良いかや?」

『構わぬが…どうするのだ?』

「ぬしのその想い、わっちと共に歩んでもらおうと思うてな」

『…?まぁ、好きにすれば良い』

 

ヤマトはそのやり取りを見ながら、まさか…と苦笑いするのだった。

 

❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀

 

地底火山の件から三日後、ナグリの村には煌々と光るマグマが戻っていた。

村のあちこちから威勢のいい掛け声と、鉄を打つカーンカーンという音が響く。

そんな活気の戻った村の中を、ヤマト達三人はある場所に向かい歩いていた。

 

「良かったですね、活気が戻って」

「そうだな。あれだけ苦労したんだ、その成果は出ただろう」

 

レンの嬉しそうな言葉に、ヤマトは思わず苦笑いで返す。

━━アカムトルムと別れたあと、ヤマト達は地底火山に巣くっていたネルスキュラの巣を片っ端から破壊した。破壊…と言っても、大型モンスターをも捉えてしまうほど強靭で…それでいて強い粘着性の糸で作られた巣を破壊するのは一筋縄ではいかず、とても苦労した。最終的には業を煮やしたモミジが龍光で全てを焼き尽くし、なんとか全て破壊できたのだった。

そんな三人の尽力により巣や岩で塞き止められていたマグマが流れ、ナグリ村は以前の活気を取り戻した。

 

村の様子を眺めながら歩き、目的の場所へと到着する。

 

「よう、できたか?」

 

ヤマトが声をかけた主━━キャラバンの加工屋が、顔を上げてコクリと頷く。

 

「…覇竜の素材なんて初めて扱ったからな…少し時間がかかったが…完成している…」

 

その言葉に、隣にいたモミジが目を輝かせた。

 

「本当かや!?」

「…あぁ。オレの人生の中でも間違いなく最高の一振だ…。嬢ちゃんが以前使っていた刀を改造…強化して、刃には覇竜の爪を使用した…。折れないし…なんでも斬れる…」

 

そう言って加工屋がモミジに手渡した刀は、これまで彼女が使用していたものより長く、それでいて唯ならぬ覇気を放っていた。

刃渡りは百センチ程だろうか。鞘は深い赤色で染められており、その刀身は…

 

「黒い…」

 

刀を抜いたモミジが呟く。

その言葉通り、刀身は真っ黒だった。

 

「…覇竜の爪をベースに…ユニオン合金で強化を施してある…本来の覇竜の武器とは形状が違うだろうが…オリジナルだからな…。以前の刀に使っていた老山龍の素材もそのまま使ってある…」

「いや、良い。見事じゃ、加工屋よ」

 

モミジの頬が緩む。

 

「して…この刀、銘はあるのかや?」

「あぁ…名は、『覇龍 一文字』」

「一文字?」

 

ヤマトの問いに、加工屋は頷く。

 

「刃の根元だ…」

 

そう言われ、ヤマトとモミジ、そして後ろにいるレンも刀の根元をよく見る。

 

「あ、ホントじゃ」

「『覇』って掘ってあるな」

 

アカムトルムの素材を使っているからだろうか。

刀の銘は、その鍛冶師の願いだったり思いだったりと色々な意味があるらしい。

 

「試し斬り…してみるか?」

「うむ」

 

モミジが頷くと、加工屋は屋台の奥から巻藁を出してきた。

 

「芯に竜骨を使った巻藁だ…並の武器では両断は無理だろうな…だが…"それ"なら…」

 

ふむ。と、モミジが一度しまっていた刀を抜刀。

キィィン━━という心地の良い音と共に引き抜かれた刀身は、村を流れるマグマの光を浴びて幻想的に光っている。

そして彼女が刀を構えて━━━━

 

「ふっ…!!」

 

小さな気合いとともに袈裟懸けに振り抜かれた刀。鍛えられた腕によりその剣速は並のハンターより格段に速かった。

だが、何故か目の前の巻藁は微動だにしない。

 

「…?」

 

加工屋と、レンがあれ?と首を傾げる。

今のは素振りだったのだろうか…と。

━━いや、これは…

刹那、ズズズ…と音を立てて、急に巻藁が真ん中から斜めに切り裂かれた。

まるで鎌鼬に切られたかのように。

 

「えっ!?」

 

驚きの声を上げるレンと、何も言わないが目を見開いている加工屋を後目に、モミジが ふぅ と息を吐き出して納刀する。

 

「感想は?」

 

ヤマトは少しニヤニヤしながら問う。

 

「見事。」

 

そう一言答えたモミジは、未だ目を見開き半分になった巻藁を見つめる加工屋に近寄ると、その手を取り握手した。

 

「最高の刀じゃ。大切に使わせてもらいんす」

「…あぁ…」

「俺からも礼を言う。ありがとな加工屋」

「いや…久々にいい物が作れた…それだけで充分だ」

 

そう言って加工屋は珍しく笑うと、時計を見る。

 

「…そろそろ、団長が船の件について村長と話し合いを始める筈だ…」

 

そして、村の真ん中ぐらいにある村長宅を指さす。

 

「お、もうそんな時間か。わかった、俺らも同席してくるよ」

「あぁ…」

 

加工屋の またな という言葉に手を挙げて答え、三人は村長宅へと歩みを進める。

 

「気に入ったか」

 

ヤマトは歩きながら横のモミジに声をかけた。

すると彼女は、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように満面の笑みで。

 

「うん」

 

━━その表情は…ずるいよなぁ

 

ヤマトは心の中でそう思いながらも、そっか。と返したのだった。

 

 

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