モンハン小説[紅の舞姫]   作:Momiji712

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第18話 惨劇の山

 

 

 

「…し…ぬし……ヤマト!!!」

「っ!!」

 

はっと目を開けると、目の前には心配そうな目で自分を見下ろすモミジがいた。

 

「…どのぐらい気絶してた」

 

直ぐに自分が天廻龍の攻撃により気を失っていたのだと気付き、モミジに問うと彼女は首を横に振りながら答える。

 

「ほんの数分じゃ」

「そうか…ここは…?」

「ベースキャンプじゃ」

「天廻龍は…追ってこないのか」

「ぬしのポーチに入っていた閃光玉と煙玉、使わせて貰った」

「なるほど…ナイス判断だ」

 

聞くに、ヤマトがブレスを食らうとほぼ同時に彼女は意識がハッキリ戻ったようで、咄嗟に倒れたヤマトのポーチから閃光玉と煙玉を取りだして天廻龍の目を晦まし、ヤマトとレンをキャンプまで運んだようだ。

 

「よく男二人も運んだな」

「本来の姿に戻ればもっと早く運べたんじゃがな…そこまでの余力が無かった故、少し手間どった」

「充分だよ。助かった」

 

ヤマトはゆっくりと身体を起こし、横を見る。

すぐ隣のベッドには、レンが寝かされていた。

 

「あいつは…大丈夫か」

「内臓は無事じゃが、肋が恐らく折れておる。」

「…このまま戦闘継続は無理か」

「ぬしよ、レン坊を連れ一旦村に戻りんす。山はわっちが見張っておく。」

「…俺とレンだけ戻れってか?」

「わっちはぬし達より軽傷じゃ。全員村に戻ってしまっては山が再び荒れた時誰もすぐ対応できんじゃろう。一人は残った方が良い」

 

淡々とヤマトの目を見ながら話すモミジ。

数秒見つめあった後、彼女の上衣の隙間から見える肌が赤くなっている事に気付く。

ヤマトは黙ったまま、ただそっと彼女の腹部に触れた。

 

「っ…」

 

途端に、モミジの顔が少し歪む。

その様子にヤマトは「はぁ」と溜息をつきながら彼女を自分の横に座らせると、上衣をゆるめた。

胸にサラシを巻いた身体が顕になる。

しかし彼女の透き通るような白い肌はそこには無く、赤く腫れ上がり痛々しい見た目になっていた。

 

「これの、どこが、軽傷だ。馬鹿」

「……」

「ブレス、直撃受けたろ。隠したってダメだ」

「…この程度、何とも」

「何とも無いわけあるか。」

「わっちならばすぐ傷は回復する。ぬしらとは違うんじゃ」

「だからって一人だけここに置いて行けるかよ」

「じゃが…!!」

「無理をすれば、どんなに強い奴だろうが命を落とす。…姉貴のように」

 

ヤマトの言葉に、モミジは口を噤んだ。

 

「一旦引こう。」

「…また…わっちは彼奴から逃げねばならぬのかや」

「今回はあくまで山の偵察が主な任務内容だ。山の荒れ具合と奴の古龍化は確認できた。充分だ」

「しかし、いつ奴が麓の村を襲うか分からぬ」

「それに関しては…多分大丈夫だ」

「…どうゆうことかや?」

「確信がある訳じゃないが…多分あいつはシナトに手出しできない」

「なぜ…?」

「いやな、既に古龍化してたって事は、俺たちが村にいた時にはもうこの山に居たってことだ。なら何故、村を襲わなかった?」

「まぁ…確かにの…」

「レンが持ってきた本にも、天廻龍が村を守る姿が描かれていた。…ただの予想だが、多分━━」

「彼奴にシナトの村を襲うような真似は出来ぬと」

「あぁ。」

 

モミジは少し考え込むと、コクリと頷いた。

 

「…わかりんした。ぬしの考えに乗るとしよう」

「そうしてくれるか。…その傷で残られたら、たまったもんじゃ無いからな」

「ぬしが言えたことではなかろうて。たわけ」

「まぁお互い様だ。ほら、包帯巻くから上衣脱げ」

「…また身体中ぐるぐるかや」

「我慢しろよ。治るの早いんだろ」

「うぅ…」

 

嫌そうな顔をするモミジに苦笑いしながら、ヤマトは包帯に回復薬を染み込ませると彼女の身体へと巻いていく。

 

「そういや…お前さ」

「ん?」

「前あいつが大技っぽいブレスを放つ時、詠唱がなんとかって言ってたよな?あれなんだ?」

「あぁ、あの事かや。…そうじゃな、"竜"や"龍"には大体、高威力の技があるじゃろう?火竜の吐息(ファイアブレス)や、崩竜の絶対零度の氷息(アブソリュート・ブラスト)、覇竜の音撃轟砲(ソニックブラスト)とか」

「あぁ、あるな」

「その中でもあの天廻龍や、モガの海で会ったハクなど、何らかの王族の竜は切り札的な高威力の技を持っておることが多い。そうゆう技には大体、奴が行ったような詠唱が付き物なんじゃよ」

「へぇ。なんかすげぇな。御伽噺に出てくる魔法みたいだ」

「彼奴の戦闘能力を見た時点で警戒はしておったがの…まさかあそこまでの技を持っておるとは」

「ブレスっていうかただの光線だったもんな…あれ。…てか待てよ、ならもしかしてお前も…?」

 

ならばモミジも、何か切り札となりえる技を持っているのではというヤマトの至極単純な問に、モミジは少し気まずそうな顔をする。

 

「まぁ…あるには…あるがの…」

「…なんで使わないんだ?」

「わっちの"切り札"は、隙が大き過ぎるんじゃ。かなりの時間その場で動かずにいなければならぬ。それに高威力故、使用後はしばらく龍光を用いた攻撃が出来ぬ」

「なるほど…隙の大きい技だから単独戦闘だと使えないのか」

「うむ」

 

━━確かに戦闘中に使用するにはリスクが高すぎるかもしれないな…

だが裏を返せば、発動前のその"隙"を誰かが━━自分が補うことが出来れば。

 

「それが出来ればかなり戦いに響くじゃろうな」

 

ヤマトの考えを読んだモミジはそう言った。

 

「お前が切り札を発動させるまで、俺がやつを引き付ける…上手くいくかはわかんねぇが…やってみる価値はあるかもな」

「まぁ全てはぬしの実力次第じゃな」

 

ヤマトに包帯を巻かれながら、自信満々にそういうモミジ。それに苦笑いで返すヤマトは、ポンと肩を叩く。

 

「ほら、これで良し。あとはお前の回復力なら大丈夫だろう」

「ん、助かる。ほれ、次ぬしの番」

「え、いいよ俺は」

「何を言うこのたわけ。ぬしも怪我しとるじゃろう」

「大したことねぇって。」

「ダメじゃ。わっちにばかりぐるぐる巻きおって。次はわっちがぬしにぐるぐる巻きんす」

「…お前…ただ包帯巻きたいだけじゃねぇだろうな」

「さて?どうかや?」

 

意地悪そうに笑う彼女の圧に負けヤマトが傷の処置をしてもらった後、遅れて目を覚ましたレンをヤマトが抱え、一行は天空山より一度退却した。

 

❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀

 

ヤマト達は村へ戻ると、未だしっかりと動けそうにないレンをキャラバンのテントに寝かせ、長老と団長に山の現状を報告した。

 

「なんと…既に天廻龍が山に…」

「あぁ。俺とモミジは体制を建て直し次第、今度は奴を叩きに向かう。長老、まず心配無いとは思うが念の為、村の人達に避難の準備を」

「うむ…わかった…」

 

ヤマトの言葉に長老は頷くと、足早にその場を離れて行った。

その姿を見送り、ヤマトは団長の方を見る。

 

「団長、レンが肋を折る怪我を負っちまってな。看病を頼みたい」

「……」

「団長殿?」

 

ヤマトの頼みに団長は応えず、それを不思議に思ったモミジの呼び掛けには帽子の下から目を覗かせる事しかしない。

どうしたのだろうと不思議に思っていると、彼はようやく口を開く。

 

「承諾しかねる」

「…どうして?」

「ヤマトくん、モミジの嬢ちゃんも。君たちも怪我を負っているようだが?」

「あ…あぁ。多少はな…」

「レンくんが一番重傷だというのはわかった。だが、君達も決して万全の状態ではないだろう」

「…つまり、わっちとヤマトもレン坊と同じくここに残れと言いたいのかや?」

「あぁ。嬢ちゃんの言う通りだ」

「…だが団長、それじゃあ山はどんどん荒れていく一方だぞ」

「だからといって君達をその状態で送り出すことはできん!!!」

 

初めて、団長から一括された二人は口を噤む。

眉間に皺を寄せ、鋭い視線でヤマト達を捉えていた彼の表情が、暫くの後和らいだ。

 

「君たちは既に我らの団の一員。家族同然だ。そんな君達が普通であれば休養が必要な怪我を負っているというのに再び戦地へ送り出すなど…俺にはできない」

 

頼む。と二人に頭を下げる団長。

そしてここまでして止められて、それを振り切って狩場へ戻る事はヤマトとモミジには出来なかった。

 

「…わかった。」

「…承知した」

「ありがとう。ドンドルマ本部へは俺がソフィアづてに報告しておこう。」

「助かる」

「ぬしよ、ならばわっちは一足先にレン坊のもとへ戻りんす」

「わかった。頼む」

 

ヤマトが頷くと、モミジは村長宅から出ていった。

すると、団長がぽつりと呟く。

 

「…すまないな。君たち狩人からすれば、一刻も早く狩場へ戻りたかっただろうに」

「━━いや、あんたは間違ってない。正直俺はまだしも、モミジは服で隠れてるがかなりの怪我を負っていた。実際このまま戻っても充分には戦えなかったさ」

「そうか……なぁ、あんちゃん。ひとつ聞いても良いか」

「なんだ?」

「モミジの嬢ちゃんは…何者なんだ」

「……」

 

━━いずれ、このキャラバンの人達には話さなければならならいとは思っていた、モミジの正体。

今話すべきか…。

否、せめて団長にだけは話さねばならないのかもしれない。

 

「あいつは…モミジは…な。」

「…」

 

 

「信じらんねぇかもしれないけど……

獄狼竜ジンオウガの…化身なんだ」

 

 

ヤマトの答えに声こそあげなかったが、団長は驚きに目を見開く。

そしてしばらくの沈黙の後、口を開いた。

 

「そうか…いや、何となくどこかで普通の人間では無いのではないか…なんて思ってはいたんだがなァ。まさか的中するとは…」

「悪かったな、ずっと隠してて」

「いや良いさ。むしろそんな秘密、隠すのが普通だろう。しかし…そうか…うん。不思議だな」

「?…何がだ?」

「人と竜は相容れない存在同士…それがこの世の常だと言う考えが当たり前の中、君たち二人は…なんというか、心が通じ合っているような気がしてね。お互いを完璧に信頼し合い、息もぴったりだ」

「まぁ…出会ってもう半年以上経つしな」

「それも勿論だろうが、ヤマトくん。君は、嬢ちゃんの事を━━」

「それ以上は言うなよ、おっさん」

 

団長が言わんとした事を、途中で止める。

 

「…伝えないのか?」

「伝えたところで、あいつを困らせるだけだ」

「…人と竜…か」

「まぁ、そうゆうことだ」

 

種族、寿命、相容れぬ種族。

共に添い遂げることは叶わず、友達でも、恋人でも無い。

例えるならば…なんだろうか。

…相棒。という言葉が一番合うかもしれない。

彼女とは、そうゆう関係なのだ。

 

「まァ、悔いのないようにする事だな、あんちゃん」

「…誰目線だよ、おっさん」

「なに、君より長く生きてるものとしての言葉だ」

「御忠告痛み入るよ」

 

ヤマトが皮肉気味に返すと、団長は笑いながらキャラバンへと戻って行く。

その後ろ姿に溜息を吐いた後、ヤマトもレンとモミジの元へと戻るのであった。

 

❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀

 

同日。ドンドルマ━━━━

 

「……」

 

街の中央、ハンターズギルド集会酒場にて。

受付カウンターの中で黙々と書類に目を通す受付嬢が一人。

明るめの長い茶髪を後ろで一つに結んでおり、その手元を見つめる瞳は晴れ渡った空のような蒼色。

他の受付嬢と異なる制服を身に着けており、胸元に付けた幾つものバッジから位が高いことが伺える。

 

アマカゼ シズク。

ハンターズギルド ドンドルマ本部

ギルド給仕長兼クエスト管理官の肩書きを持つ彼女は、ヤマト達をこの街から送り出してからずっと、彼らの追っていた竜━━ゴア・マガラについての情報を探していた。

 

「やっぱり…無いかぁ」

 

ため息混じりに一言、誰に対してでもなく呟くと、予想外の返答が帰ってきた。

 

「なんだ、お前また探してんのか」

「ライキ…あんたいつの間に」

 

カウンター越しに声をかけてきた、短髪赤髪の男性。身につけた装備からその者が狩人だとすぐ分かる。

シシオウ ライキ。

シズクとは古くからの仲であり、現在ハンターランク450のG級ハンターだ。

その身に纏うはレウスXシリーズ。背負う武器はハンマー、星砕きプロメテオル。

 

「確か…密林までナルガクルガの狩猟に言ってたんじゃ無かったの?」

「おう、さっき帰ってきたところだ。」

「そう、無事に終わった?」

「このとおり…だ」

 

ごとっ、と。

カウンターの上に置かれたのは迅竜の刃翼。

ナルガクルガを狩猟した証だ。

 

「その様子だともう報告は終えたんでしょう?なに、わざわざ私に見せに来てくれたわけ?」

「お前なぁ…対応してくれた嬢ちゃんが最近はお前の元気がねェって言ってたから様子見に来てやったのに…そりゃあねぇだろ」

「余計なお世話よ」

「シノノメ達が心配なんだろ」

「…」

「心配すんな。アイツも、アイツの傍らにいた女の子…モミジちゃんだったか?二人とも実力はかなりのもんだ。」

「そんなこと、分かってるわよ…でも」

「お前、まだユズカの姐さんの事気にしてんのか」

 

ライキの言葉に、シズクは顔を顰める。

シノノメ ユズカ。

ヤマトの実姉であり、数年前二十歳という若さでこの世を去った狩人。

死因は恐暴竜イビルジョーの特異個体との戦闘中による致命傷。

 

「あの時、ユズカに対してギルドが出した特務は無茶苦茶だったわ。単独での狩猟なんて絶対させちゃいけない相手だったのに…私は当時、それを止められなかった」

「…お前の責任じゃねぇだろ」

「でも私は、ギルドの職員であると同時に、あの子の友達だったわ…私は、友人を死地へ追いやった…処分を覚悟してでも、止めるべきだったのに」

「……無敗無敵の滅龍姫。その最期が、弟を庇ったための致命傷。…誰よりも辛い思いをしたのは…わかるだろ」

「…そうね」

 

シズクの返答を最後に、二人の間に沈黙が流れる。

暫くの後、口を開いたのはシシオウだった。

 

「お前、仕事いつまで?」

「今日?そうね、多分夕方には上がれると思うけど…どうして?」

「なら夜ちょっと一杯付き合えよ」

 

シズクはその言葉に、ため息混じりに笑った。

 

「ええ。わかったわ」

 

❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀

 

「怪我の具合はどうだ」

「あ、ヤマトさん。お陰様で、だいぶ良いです」

「流石、半竜人の回復力もなかなかだな」

 

天空山でのシャガルマガラ戦から一週間。

シナト村の診療所にて、ヤマトはレンの見舞いに来ていた。

肋の骨を折る怪我を負ってしまったレンだったが、砕竜ブラキディオスの血を引く半竜人としての回復力は驚異的で、この一週間で怪我はほぼ完治していた。

 

「ヤマトさんこそ、大丈夫なんですか?決して浅くない傷を負ったと聞きましたが…」

「俺は大丈夫だ。心配すんな━━━」

「なぁにが"心配すんな"じゃ。この中で一番脆いのはぬしじゃろうが、このたわけ」

「モミジ…」

 

ヤマトが振り向くとそこには、いつもの黒い上衣に深紅の袴を身にまとったモミジが腰に手を当て立っていた。

 

「ぬし、まだ怪我直っとらんじゃろう。安静にしとれ」

「大丈夫だって。身体はお前らより脆いかもしれんが俺は狩人だ。舐めんじゃねぇ」

「別に舐めておらんわ。ただ、あまり無理をすると今後に響く。戦場で足でまといになられては困りんす」

「…」

「ヤマトさん、休んでてください。あなた方の予想通りシャガルマガラはシナト村を襲って来ません。もう少しなら大丈夫でしょうから」

「まぁ…な」

「ほれ、ヤマト。早くテントに戻りんす」

「わかった、わかったよ」

 

モミジに蹴飛ばされるように診療所から叩き出されたヤマトは、溜息をつきながらキャラバンのテントへと戻って行く。

その姿をモミジは黙って見送ると、ベットに横たわるレンに向き直った。

 

「レン坊、身体は本当に大丈夫かや?」

「?…はい。全然平気です。いつでも復帰できますよ!」

「そうか。…なら良い」

「?」

 

疑問符を浮かべるレンを後目に、もう少し休んどれと言葉を残してモミジは診療所から出る。

ヤマトの姿は無い。真っ直ぐテントに戻ったようだ。

 

 

━━━━ドクンッッ!!!!

 

「ぅっ…くっ…、!」

 

突然、モミジの顔が苦痛に歪む。

身体の中から何かが這い上がってくる感覚を感じ、思わず胸を強く押さえつける。

━━この状況を誰かに見られてはまずい。

フラフラしながら診療所の裏手に駆け込み、壁に背中を預ける。体温が一気に高まり、呼吸が荒くなり肩が上下する。

目はうっすらと赤い光を帯び、自分の意思に反して爪が鋭く尖る。

そして、強力な殺戮衝動が彼女を襲った。

 

『…ぁっ…ぁぁぁ…!!!!』

 

声を殺しても呻き声が漏れる。

━━鎮まれ、鎮まれ鎮まれ…!!!!

しかし中々衝動は収まらず、モミジは上衣を片肌脱ぎすると鋭く尖った自分の爪で、露わになった左肩を突き刺した。

 

「くぅ…!!」

 

肩からドクドクと血が流れ、地面を赤く染める。

しばらくすると、少しずつ衝動が治まってきた。

相変わらず肩で息をしながら、虚ろな目で天を仰ぐ。次第に力が抜け、ズルズルとその場に座り込んだ。

 

「まったく…困ったものじゃな…」

 

この症状の正体は分かっている。

━━━狂竜ウイルス。

黒蝕竜ゴア・マガラ、及びその成体である天廻龍シャガルマガラが有する竜を狂わす寄生菌だ。

 

「よもや、このわっちが感染するとは…」

 

きっかけはそう、一週間前の天空山での戦闘の際くらった、かの竜のブレスだ。

高濃度の狂竜ウイルスをまるで炎弾のように撃ち出すあのブレスにより、モミジは狂竜症にかかっていた。

見たところ人間のヤマトや、半竜人のレンは大丈夫なようだ。

しかしこの状態は━━。

 

「少々…辛いの…」

 

薄暗い裏通りに座り込みながら、皮肉気味に笑う。

なんとしても、かの竜と決着をつけるまでは完全な発症を防がねばならない。狂竜ウイルスは、竜の自我を奪う。自分がこんな所で自我を失い殺戮衝動になど駆られてしまったら、どれだけの人間を殺めてしまうかわかったものでは無いのだから。

荒い呼吸が収まってくる。ぼやけていた視界も鮮明になり、意思に反して鋭くなっていた手の爪はいつの間にか元に戻っていた。

 

「もう…大丈夫か。………さて、戻るかや」

 

よいしょと立ち上がり、はだけていた上衣を着直して自傷の傷を隠し、未だ少しふらつく身体に鞭を打つと彼女はゆっくりとした歩みでキャラバンのテントへと戻って行った。

 

❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀

 

「では…気をつけてな」

「あぁ」

 

レンとヤマト、モミジの三名の怪我が完治とまでは行かないがある程度治った頃、一行は再び天空山へと向かおうとしていた。

村の出口で、団長が見送る。

 

「団長殿、村は任せる。キャラバンの皆を頼みんす」

「任せろ嬢ちゃん。それよりも…」

 

団長はそこで言葉を区切ると、一呼吸整えてから再び口を開いた。

 

 

「必ず…必ず生きて帰ってこい。君達なら、できる」

 

 

「…あぁ」

「うむ」

「はい!!」

 

三人は返事を返すと、天空山へと足を踏み出した。

 

❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀❀

 

ヤマト達が撤退してからのわずか一週間弱で、天空山は地獄と化していた。

そこら中に共食いにより命果てた竜の肉片や血溜まりがあり、空気を吸う度に吐き気を催すような異臭が立ち込めている。

勿論、あるのは死骸だけでは無い。

 

「ぬし、レン坊!雑魚を一掃する!!一旦引け!」

「あぁ!」

「わかりました!!」

 

一行は現在、小~中型のモンスターの大群と戦闘中だった。

ジャギィ、フロギィなどの小型肉食竜や、それを統べるドスジャギィを初めとしたドスクラスの中型肉食竜。中には本来好戦的ではないリプノロス等の草食竜まで紛れていた。

その数、見えるだけでも数十匹いるだろうか。

そしてその大群に向けてモミジが右手を伸ばした刹那。

 

「消し飛べ」

 

バリバリバリという激しい音と共に龍光が迸り、小型竜を一瞬で絶命させ、中型竜を瀕死へと追い込んだ。

 

「二人とも、ここは一気に突破するぞ!!」

 

ヤマトの声にレンは竜化し、モミジは腰の覇龍一文字を抜刀した。

 

「東雲流滅龍抜刀術!!」

「黒曜拳法!!」

「牙狼式滅龍一刀道」

 

「彼岸花!」

「土龍拳!」

「八岐大蛇」

 

ヤマトとモミジの斬撃で、レンの衝撃波で大群に穴が空く。

 

「今だ!!突っ込め!」

 

僅かにできたその隙間を見逃さず、大群を突破する。

天廻龍との戦闘のためにも、ここで全ての竜の相手をして体力を消耗する訳にはいかない。

しかし、相手方もそう簡単には山頂へ通してはくれないようだった。

 

━━グルルルルルル…!

 

目の前に立ちはだかるのは、大型クラスの竜。

千刃竜 セルレギオス

重甲虫 ゲネルセルタス

轟竜 ティガレックス

どれも危険度の高い凶暴なモンスターだった。

 

「これは…穏便には出来そうにないの」

「お前みたく理解のある奴らだと期待したいな」

「…本気で言っとる?」

「冗談だ」

「御二方、軽口はその辺で…来ます!」

 

レンの合図と同時に三人が構える。対する三体もそれぞれの武器で目の前の人間を殺めようと襲いかかって来る。

 

「モミジは轟竜を、レンは重甲虫を頼む!千刃竜は俺が受け持つ!」

「承知!!」

「わかりました!」

 

それぞれ二体を二人に任せ、ヤマトは目の前の千刃竜セルレギオスを見据える。

飛竜種 竜盤目 竜脚亜目 刃鱗竜下目に属し、特徴的な姿のこの竜が有する最大の武器は刃物にも似た金色に輝く鋭い鱗と、強靭な後脚。

一撃でも浴びれば深い切り傷を負い、狩人をあっという間に死地へと誘う。それ以外にも驚異的な飛行能力を持ち合わせ、かの空の王者リオレウスとさえ互角に渡り合うそうだ。

 

━━ギュアアアアアアアアアアアッ!!!!

 

その竜が、咆哮。

と同時に飛び上がり、ヤマトへ向け急降下攻撃を仕掛けてくる。まるで飛び蹴りでもするかのように突き出した鋭利な爪が並の人間では避けられないスピードで迫る。

それを慌てることなく落ち着いて回避、腰の天上天下を抜刀。すれ違いざまに横薙ぎに一閃。

だが━━━━

 

ガキンッ!!

 

「!?」

 

━━━今までどんな竜であろうが切り刻んできた愛刀が、千刃竜の鱗に弾かれた。

確かに武器として使用できるほど丈夫な鱗を持つセルレギオスは生半可な武器では刃が通らない。しかし、この天下天下無双刀は神器とまで呼ばれる業物。

それが弾かれたということは━━

 

「狂竜ウイルスによる身体強化だとでもいうのかよ…」

 

なんて都合のいいウイルスだ。

思わず苦笑いを浮かべながら、ヤマトは後ろに飛び退いて一旦距離を取る。

チラリと横目でモミジとレンの様子を見ると、二人とも強化された竜相手に善戦している。

理由は明確、あの二人は打撃による肉弾戦が一番得意だからだ。攻撃が弾かれるようなことはなく確実にダメージを与えていた。

 

「俺も負けてらんねぇな」

 

天上天下を完全納刀…せずに鯉口を切った状態で止める。

腰を低く落とし、左手は鞘に━━右手は前へと伸ばす。抜刀術の基本である構え。

深呼吸。すぅ、と大きく空気を吸い込み、次にゆっくりと吐き出していく。

目を閉じ視覚による情報を遮断。代わりに聴覚に意識を集中させる。

聞こえるのは、近くで交戦する二匹と二人の発する音と対峙する千刃竜の音。

 

━━ギュアアアアアアッ!!

 

咆哮と共にかの竜が飛び上がる。

そして一瞬空中に留まった後、動こうとしない此方へ向かって滑空攻撃を━━

 

「それを、待っていた」

 

かっと目を開くと視覚情報が一気に脳へと流れ込む。目の前に迫る死。あの攻撃がこの身に届くまでコンマ五秒も無いだろうが、それだけあれば充分。

"先手を打ったのは奴ではない 此方だ"

 

「東雲流滅龍抜刀術」

 

 

 

神速抜刀━━━

 

 

 

━━━九連撃。

 

 

 

 

 

禍津連斬(まがつれんざん)

 

 

 

 

 

 

どぱあっ と、血の華が咲く。

ヤマトのでは無い。千刃竜の身体より迸った血液だ。

 

━━ギュアアッッ!?

 

刹那の間に切り刻まれた千刃竜が、悲鳴を上げながらヤマトを通り越して墜落する。

 

東雲流滅龍抜刀術、禍津連斬。

ヤマトが独自に生み出したオリジナルの剣技。

1対1の状態でのみ本来の威力を発揮する最強クラスの技で、抜刀と同時に一瞬で九連撃を叩き込む。高威力の技だが、いくら高速の斬撃とはいえ多少の隙が生まれるのと、技を放ったあと僅かに硬直してしまう為、限られた状態でしか使うことが出来ない。

そして、その必殺の斬撃を受けても尚、地面で足掻き続けるセルレギオス。…恐らく脳震盪か、足を骨折したのだろう。なかなか起き上がれないようだった。

 

「悪いな…でも、生かしてはおけねぇんだ」

 

カチャ、と音を立て天上天下を構える。

━━━━━が。

 

「ぬし!!避けろ!!!!」

 

突然自分へ向け放たれた警告の叫び。

考える間もなく、反射的に後方へ体を投げる。

刹那、自分がいた場所にモミジが対峙していた轟竜ティガレックスが飛び込んでくる。

もしあそこに留まっていたら、怪我では済まなかっただろう。

追い込まれた千刃竜を助けようとしたのか…?

まさか…。本来ならば縄張り争いをするような関係の竜が…だ。

否。そう、"本来ならば"である。

思い返せば先程戦った小〜中型の竜たちも一致団結して此方を襲ってきた。

つまりはそうゆうこと。

この山の竜達は、かの龍を護るため全員手を組んでいる。

そんな思考を張り巡らせている間に、千刃竜が起き上がる。━━どうやら骨折では無く脳震盪だったようだ。ヤマトは、前後を二匹の竜に包囲される形になる。

 

「さて、どうしたもんか…」

 

この様に周りを包囲されている時、真価を発揮するのが東雲流滅龍抜刀術の"彼岸花"だ。

しかし、この後のことも考えて大技の連発は抑えたい。となると…

 

「ヤマト、無事か!!」

 

上からの声。

なんだと見上げてみれば、轟竜を飛び越したモミジが此方へ落下してくる。

…どうゆう脚力してんだ。いや、今更だが。

彼女は、殆ど足音をたてずに横に着地した。

 

「大丈夫だ。警告、助かった」

「良い。それよりこやつら…」

「あぁ、天廻龍の元へ俺らを通すつもりは無いらしいな」

「…手間取っては居られぬ。ぬしよ」

「ん?」

「手を貸す。一息に片付けるぞ」

 

そう言うと彼女は覇龍一文字を構え、ヤマトと背中を合わせる。

 

「助かる……レン!!そっちは大丈夫か!」

「はい…っ!なんとか…うわぁ!!」

 

姿は見えないが、未だ重甲虫と交戦中であろうレンは此方にゲネル・セルタスが近付かぬよう対峙してくれている。

ならその頑張りを無駄にはできないな。

 

「あと少し耐えてくれ!」

「勿論です!そちらはお願いします!!」

 

納刀していた天上天下の鯉口を切る。

 

「モミジ」

「うむ」

 

 

「東雲流滅龍抜刀術」

「牙狼式滅龍一刀道」

 

 

「撃龍連斬」

「八岐大蛇」

 

 

 

東雲流滅龍抜刀術皆伝の狩人と、その狩人が教えた剣を振るう者、その二人だからこそできる連携。

背後の敵は背中を預ける者に一任する。相当の信頼がなければできない。

だが、そんなものは今更だ。

 

 

━━ガアアアアッ!?

━━ギュアアアッ!?

 

文字通り切り刻まれた轟竜と千刃竜。

すれ違うように倒れ込む二匹を背後に、二人は揃って残る敵、重甲虫の元へと歩き出す。

 

しかし、手を加えるまでも無かったようだ。

 

「黒曜拳法…!!」

 

 

「破龍拳ッッ!!」

 

レンが放った神速の拳が、重甲中の顔面にめり込む━━と同時に身体の反対側に穴が開き緑色の血と臓物が吹き出した。

 

━ギイイイイイィィィィィ!!!!

 

少し気色の悪い鳴き声とともに、ゲネル・セルタスは地に伏す。

 

「…相変わらず、えっげつねぇな…あの技」

「う、うむ。わっちでもあそこまではやらぬ」

「…」

 

━━普段敵をタコ殴りにしておいて今更…

 

「ぬし」

「何も考えてねぇぞ」

「御二方、ご無事ですか」

 

恐ろしい笑顔で拳を握りしめるモミジを見ないように、ヤマトはレンに応える。

 

「大丈夫だ。お前も怪我ないか」

「問題ありません、戦闘可能です」

 

インゴットヘルムにより顔は見えないが、おそらくいつもの笑顔で答えてるであろうレンに頷くと、ヤマトは徐に山頂を見上げる。

 

「…あと少しで山頂だ。気を抜くなよ」

「うむ」

「はい」

 

 

三人は歩き出す。

━━決戦の地へ。

 

 

 

 

 

「そういえばぬし、先程何か考えて」

「おらぬおらぬ。何も考えてねぇです」

 

 

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