モンハン小説[紅の舞姫]   作:Momiji712

3 / 20
第3話 彼の過去と[滅龍姫]

 

 

 

翌朝、ココット村の門前にて。

出発の支度を整えたヤマトとモミジは見送りに来てくれた村長と村人数名を前にしていた。

 

「本当に、もう行ってしまうのじゃな」

「あぁ、短い間だったが、世話になった。村長」

「うむ、飯も美味かったぞ!」

「村人全員、君たちの安全を祈っているよ。この先も気を付けて行くんじゃぞ」

「おう」「うむ」

 

そうして村長達に挨拶をすると、ふたりは次なる目的地を目指し歩き出した。

 

✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿

 

「そういえばぬしよ」

「ん?」

「以前ぬしはこちらの生まれだと言っておったが、今から行く村がそうなのかや?」

 

ココットを発って6日目の夜。

立ち寄った宿場町の酒場で、ギガントミートの煮込みをつまみに葡萄酒を煽りながらモミジがそう問うてきた。

ふたりが今目指しているのはここより北の山岳地帯、ギルドが雪山と呼称する狩場のすぐに近くに存在する小さな村『ポッケ村』だ。

 

「ポッケのことか?…んーとな、確かにそこで育ったんだが、生まれ故郷って訳ではないんだ」

「と…いうと?」

「俺、自分の産まれを知らないんだよ。赤ん坊の頃に、当時ポッケ村所属のハンターが狩りに出た先の竜に襲われた廃村で生き残っているのを見つけて拾われたらしい。そんで村で保護してくれたんだ」

「そう…だったのかや。では、ぬしは親の顔を?」

「ん、知らない」

「…そうか…すまぬ」

「謝んなって。別にお前が気にするような事じゃないだろ」

「じゃが…」

「いいんだ。どうせ今から行った先で色々と話さなきゃならないしな」

「?」

「また、着いたら話すよ。俺の過去」

「…わかった」

 

少しはぐらかしたヤマトに疑問を浮かべながらもモミジは納得して会話を終わらす。

 

「さて、明日から本格的に山道を行くんだ、しっかり食っとけよ」

 

彼女に変に気を遣わせまいとヤマトがいつもより少し大袈裟に明るく振る舞うと、それをモミジも感じ取ったのか空気を切替える。

 

「くふっ、ぬしこそ道中怪我をしてくれるなよ。店主、葡萄酒おかわり!!」

「お前いつの間にジョッキ空けたんだ」

 

明日、二日酔いになるなよ━━とヤマトは心の中で苦笑いした。

 

ココット村を出発してから8日。

周囲の景色はそれまで歩いてきた草原地帯から姿を変え、雪を被った山々が見えてくる。生えていた木々も広葉樹から針葉樹に変わり、道自体も傾斜が激しくなってきた。

歩みを進め、9日目にもなれば、足元までもが雪道と化している。一般の人間ならば念入りな準備をした上でゆっくりと慎重に進まねばならない道のりだが、元々降雪地帯で育ったヤマトや獄狼竜であるモミジからすればさほど辛い道のりでは無い。

 

そしてココット村を出てから10日目の正午。

山脈の中でも一際大きい雪山の麓にある小さいながらも活気に溢れた村、『ポッケ村』へと二人はたどり着いた。

 

「やっとついた…相変わらずきつい道程だ」

 

村の門の前で背伸びをすると、後ろから遅れて登ってきたモミジが息を切らしながら言う。

 

「はぁ…はぁ。流石のわっちも…人の姿では…この山道は、厳しい…ぞ」

「お疲れ様。とりあえず酒場に行こう」

「酒より…リンゴの…絞り汁が飲みたい…!!」

「まぁ頑張ったからご褒美という事でな」

 

そう言って門を潜り、酒場へ向かう。

ヤマト自身、この村に来るのはじつに五年ぶりだ。

見覚えのない顔も増えているし、建物も幾つか新しくなっているようだった。だが育った村に変わりは無い。迷うことなく、歩みを進める。

 

「懐かしいかや」

「まぁ、12歳までここで育ったからなぁ」

「その割には挨拶を交わすものが少ないようじゃが」

「そのうち会うさ……と、言ってるそばから居たな」

 

村の中でも一際目を引く大きな建物━━ハンターズギルドの支部が併設されている集会酒場の前で、焚き火に向かう小柄な人物にヤマトは声をかける。

 

「村長」

「ん?…ぉお、ヤマトじゃないか!久しいねぇ」

「5年ぶりかな。元気してたか」

「ババは変わらず元気じゃよ。お前も、体はデカくなったが相変わらず口の利き方を知らぬようじゃな」

「村長は親みたいなもんだろ、許してくれよ」

「ほっほっほ。まぁ立派になったわい…して、その者は?」

 

久々の再会に笑う村長が、ヤマトの後ろに佇むモミジの姿を見て首を傾げる。

 

「ん、紹介するよ村長。こいつはユクモで出会った旅人のモミジ。訳あって今一緒に旅してんだ」

「ほぅ」

「モミジと申します。何卒、よろしくお願いします」

 

彼女はいつもの廓言葉(くるわことば)から一変、丁寧語で挨拶をし頭を下げる。

こいつ、こんなふうにまともに喋れるのか。

とヤマトが心の中でツッコミをいれると、それに勘づいたのか音速の肘打ちが脇腹に飛んできた。

 

「ぐぇ…」

「えらく別嬪なお嬢ちゃんじゃないか。そうかヤマト、お前やっとかね…」

「それ、やめてくんねぇか…ココットの村長にも同じような事言われたぜ…」

「お前、顔は良いのに全然女っ気が無かったからねぇ。言われるのも無理ないさね」

「村長…」

 

その後もしばらくの間くだらない話をし、10分ほど話し込んだころ。村長が少し表情を変えてヤマトに問う。

 

「ヤマトおまえ、ユズカのところに顔は出したのかい」

「ん、まだだよ。この後行く」

「そうかい。あれ以来顔出して無かったんだ。しっかり挨拶しておきんさい」

「…あぁ」

「?」

 

二人の会話にモミジは首を傾げていたが、ヤマトは何も言わずに彼女を連れ村長の元を離れ歩き出した。

 

「ぬし、ユズカ…とは?」

「…流石に、話しておかねぇとな」

 

少し困ったようにヤマトは笑い、頬をかく。

 

「ユズカは、東雲流…俺の剣の師匠だった人の事だ」

「ほう、ぬしの師かや。今から会いに行くのじゃろ?…なぜ先程から…そんなにも歯切れが悪い…?」

「…ユズカは、もう死んでるんだ」

「っ…」

 

ヤマトの言葉にモミジが息を呑む。

 

「お前、話したら気ぃ使ってくれるだろ。ちょっと言いにくくてな。悪い。」

「いや、わっちこそ…すまぬ…」

 

暫しの沈黙━━。

ばつの悪そうな表情で口を噤む彼女を横目に、ヤマトも何も言わずに歩く。

途中村の花屋で小さな花束を購入し、その後も変わらず会話の無いまま気づけば村の外れまで来ていた。

そこは、亡き人々が眠る場所。

 

「ここが村の墓地だ。墓前に着いたら、話すよ」

「…うむ」

 

灰色の墓がいくつか並ぶ中、その中に一つだけある白い墓石。閃緑岩で造られたそれこそが、ヤマトの師であり、歴代最年少でハンターランク900に到達した歴戦のG級ハンター。『滅龍姫』の二つ名を持っていた太刀使い

━━"シノノメ ユズカ"の墓である。

モミジが、その墓石に掘られた文字を読み上げた。

 

「これが、ぬしの師…しののめ、ゆずか…

…享年…っ……2…0歳…!?」

 

あまりの若さに驚いたのだろう。モミジが目を丸くする。ヤマトが師匠と呼ぶぐらいだから、もっと年上の人間だと思っていたのかもしれない。

 

「あぁ」

「なぜ…こんな若くして…」

 

モミジの問に対する答えは、あまり人には話したく無い過去だった。だけど、彼女になら、話してもいいと思えた。ヤマトはそっと花束を置くと、墓前にあぐらをかいて座る。

少しの沈黙の後、後ろに立っているモミジに背中を向けたまま口を開いた。

 

「少し…昔話をしよう。聞いてくれるか」

「…聞かせてくりゃれ。」

 

━━ヤマトは語り出す。

今までほとんど誰にも話さなかった、自分の過去を。

 

 

━━━━五年前、俺が十二歳の時。この村のすぐ近くの狩場である雪山に恐暴竜イビルジョーが現れた。只でさえ強力な竜だが、その種の中でも特別危険な歴戦のG級個体だということが確認されて、すぐに大都市ドンドルマから精鋭チームが送り込まれたんだ。だけど、結果は討伐失敗。精鋭四人のうち二名が意識不明の重体。残りの二名も重傷を負ってドンドルマに帰還。のちに一名の死亡が確認された。

その後も幾度となくハンターが送り込まれたが全て討伐失敗、多くの犠牲を出した。それどころか刺激されたイビルジョーは怒りくらい、この村へと近づいてきた。人の気配ってやつを感じ取ったのかもな。

そこでギルドが出した命令は、当時この村のハンターであり太刀使い最強としてドンドルマでも名高かった俺の師匠、シノノメ ユズカによる単独での討伐。

同時期にドンドルマは古龍の襲来を受けて、援軍として出せる戦力がもう居なかった。

その命令に無茶だと反発した者もいたようだったけど、当の本人であるユズカはそれを承認。

だが、いくら最強と呼ばれる彼女でも無謀すぎる任務だった。

.

.

.

 

「ユズカ、俺も連れてってくれ!!頼むよ!」

「ヤマト…何度言ったらわかる。ダメだ」

「なんでだよ、いつも連れて行ってくれてたのに、なんで今回はダメなんだよ!」

 

まだ幼さの残るヤマトが口調を荒らげてそう反発するのは、滅龍姫 シノノメユズカ。

当時のヤマトより少し高い身長。赤茶色の長髪を後ろで一纏めにしたロングポニーテールに、切れ長で金色の瞳。━━凛とした女性、という言葉がこれほど似合う人も居ないだろう…そんな容姿だ。

だがその優しい声とは裏腹に、彼女は厳しい表情でヤマトを制す。

 

「今回の相手は、いつもと違ってあたしでも厳しい戦いになりそうなんだ。お前を守りながら戦うのは無理だ。」

「俺のことは守らなくて良いって!もう上位ハンターだぞ?一人で戦える!」

「あのなヤマト…相手は恐暴竜だ。ドドブランゴやフルフルとは訳が違う。頼むから今回は待っててくれ」

「でもおかしいじゃねぇかよ!そんな奴相手にユズカひとりでの狩猟命令なんて!!」

「仕方がないだろ。ドンドルマは今古龍に襲われて大変なんだ、あたしがやるしか無いんだよ。とにかく、いいからお前はここで待ってるんだ」

 

ユズカは村から見える雪山を睨みながらそう言った。

いつもと違う彼女の雰囲気に、ヤマトもいい加減我儘を言えなくなる。

 

「………わかったよ。狩猟に参加するのは諦める。…でも、やっぱり村で待ってるのは嫌だ。…せめてサポートだけでもさせてくれよ…!離れた所にいるからさ…!」

 

何とかユズカの役に立とうと食い下がらないヤマトの必死の表情を見て、彼女は少し考え込む。

暫くして、ため息をひとつ。口を開いた。

 

「わかった。遠くで見ているだけなら、連れていこう。」

 

その瞬間、ヤマトの目が輝く。

 

「ホントか!ありがとうユズカ!!」

「その代わり!…危なくなったらすぐ逃げろ。いいな?」

「わかってるって!!」

 

ニカッと笑うヤマトの頭をユズカは呆れ笑いしながら、くしゃくしゃと撫ぜた。

 

✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿

 

そいつは、雪山の頂上付近を闊歩していた。

 

「あれが、恐暴竜…!!」

 

深緑色の体表に、棘のようなものが生えた特徴的な顎。身体には、幾人ものハンターと戦い、勝利したことを表す古傷がそこらじゅうにある。発達した後ろ足は、その巨大な体躯を支えるためにとても太く、ヤマトの体よりも大きかった。

 

「ヤマト」

「ん?」

 

背後にいたユズカがヤマトを呼ぶ。

村にいた時は簡素な服装だった彼女だが、ここでは違う。身に纏う装備は、白を基調として紅、蒼、黄などのアクセントが入った和風テイストな装備。腰装備から下はスカートのような形状になっており、太腿付近は動き安さを追求しているため露出している。

名を天眼シリーズ。

泡狐竜(ほうこりゅう)タマミツネの二つ名個体である天眼タマミツネの素材から作られる装備だ。

装備自体の性能はユズカのランク900という数字にはあまり見合っていないが、天眼シリーズの固有スキル[天眼の魂]と[泡沫(うたかた)の舞]は、滅龍姫の名に違わぬ彼女の攻めに特化した動きを可能としていた。

そして左腰に構える武器は太刀、『天上天下無双刀』

希少な素材から作られ、無属性ながらも太刀の中で最上位ランクに位置し、神器とまで言われる刀である。

ユズカは、この武器を時が来たらヤマトに託すと言ってくれていた。

それらの装備の点検をしながら、ユズカは再度、ヤマトに注意を促す。

 

「お前はそこの陰に隠れてろ。イビルジョーは結構鼻が利くから、隠れたら上から雪を被るんだ」

「わかった。」

 

返事をするヤマトが身に纏うのはレイアSシリーズ。

雌火竜リオレイアの素材から作られる防具であり、ヤマトが初めてユズカの手を借りずに単独で狩猟したモンスターだった。

そして武器は太刀『飛竜刀 葵』

同じくリオレイアの素材から作られる毒属性の太刀だ。

今回ヤマトは狩猟に参加はしないが、何が起こっても大丈夫なように万全の装備でここまで来た。頭防具は元々視界の妨げになるのを理由に装備していないので、雪山の冷たい風が頬を刺す。だがその目は真剣で、今から狩りへ向かう師へ向けられている。

ヤマトに岩陰に隠れているよう指示を出したユズカは、その返事に頷き恐暴竜の方へ向かう。

ゆっくりと足を踏み出した彼女の背中に、ヤマトが声をかけた。

 

「…ユズカ!」

 

いつもの我儘坊主の時とは違い、不安の籠った声にユズカは思わず足を止めて振り返る。

 

「…どうしたの」

「その…頑張れ」

 

いつもはそんなことを言わないのだが、今回は思わずそんな言葉が口から出た。

それに対し、ユズカは優しく笑うと頷いた。

 

ひとつ、息を吐いてから一気に駆け出す。

正にそれは、閃光。

大都市ドンドルマにいるベテランハンターの連中でさえ、目で追うことの出来ないスピードでユズカはイビルジョーに肉薄、気づかれる前に左足に一閃、どす黒い血が吹き出し恐暴竜はたたらを踏む。

そして小さな敵の存在に気付き、咆哮。

 

━━━アアアアアアアアアアアアァァァァッ!!

 

数十個の大タル爆弾が一斉に爆発したのではないかというレベルの爆音。流石のユズカも、こればかりは耐えることが出来ずに耳を塞ぎ動きが鈍る。

その好機を逃す訳もなく、恐暴竜はその鋭利な牙で目の前の小さな生物を噛み殺そうと口をかっぴらげる。

イビルジョーの唾液には、腐食性の酸が含まれており、少しでもそれをくらうだけで防具の耐久力が落ち、単純な攻撃が致命傷になり兼ねない。

しかし攻撃を予測していたユズカはそれを舞うように避け、納刀。イビルジョーと向かい合い腰の愛刀『天上天下無双刀』の塚に手を掛ける。

 

「東雲流滅龍抜刀術…!!」

 

刹那、イビルジョーの視界から、ユズカが消えた。その直後、尻尾に激痛。

 

飛天剣(ひてんけん)…!」

 

先端から1メートルほどの部分で尻尾がたった一振りで見事に切り落とされた。

飛天剣━━天へ登る龍が如く。

抜刀して切り上げ、対象の尻尾や翼を切り落とす一撃。

 

 

━━ガアアアァァァァ!?!?!?

 

恐暴竜が、悲鳴をあげた。

"こいつは、今までの奴らとは違う"

そう、思ったのだろうか。

竜の本能が、怒りを呼び寄せた。

 

━━━ゴアアアアアアアアアアアアァァァァッ!!!

 

筋肉が隆起し、古傷が浮かび上がる。

口からは強大な龍エネルギーが溢れ出す。

これこそが、古龍ではなくとも古龍に等しい力を持つ恐暴竜の真の姿。

ユズカの身体にも緊張が走る。

 

「さぁ来い、恐暴竜…!!!」

 

両者が同時にぶつかり合った━━

 

遠くから見ていたヤマトからしても、戦いは壮絶なものであった。

怒り狂ったイビルジョーが龍エネルギーのブレスを放つ。これをユズカが華麗に躱し、頭に一撃、そのまま地面をスライディングし顎下から腹部までを滑走しながら切り裂く。イビルジョーも負けじとその場で大きく四股を踏み、ユズカを潰そうと試みる。

余裕をもってそれを回避した彼女はイビルジョーに対して強烈な突きを繰り出し、その勢いを使い恐暴竜の体を駆け上がり、空中から強烈な一撃。

一拍遅れて、恐暴竜の身体から血飛沫が迸る。

太刀使いの技『鬼人突き』と『鬼人兜割り』

戦況は、ユズカが圧倒的有利な立場にいた。

そんな見事な戦いにいつしかヤマトは隠れることを忘れ、体を乗り出して魅入っている。

それが、まずかった。

 

━━━それは果たして偶然だったのか。

 

━━━それとも最初から気付かれていたのか。

 

恐暴竜と、目が合う。

 

そう思った時には既にその凶悪な顎が目の前まで迫っていた。あの巨大な恐暴竜が、大きく跳躍したのだ。

咄嗟の判断で、横に回避をしたヤマト。

振り返ってみると先程まで自分がいた場所が深くえぐられている。まだ、あそこに自分がいたら…想像しただけでゾッとした。

 

「ヤマト何やってんの!!早く逃げて!!!!!」

 

ユズカが声を荒らげ、ヤマトをかばうように前に立つ。

 

「ここはあたしが何とかする!!あんたは隣のエリアまで走りなさい!!早く!!!」

 

珍しく彼女が取り乱す。それだけで今の状況がどれだけまずいのかすぐに分かった。それなのに。

━━逃げられない。

 

立てないのだ。腰を抜かしてしまったのか、身体の自由が一切効かない。

 

「なんで…!!!」

 

何とか這いずってでも動こうとするが雪に足を取られて上手く逃げられない。こんなことをしていたらユズカの負担になってしまう。

そんなふうに焦った、その直後だった。

 

「っ…!」

 

ユズカが息を呑む。

敵が…いや、"獲物"が動けなくなったことに気が付いたのだろう。イビルジョーの口に、漆黒の龍エネルギーが収束していく。それが示すのは、怒り状態で威力が跳ね上がった龍属性ブレス。

死を覚悟したヤマトは、思わず目をつぶる。

強烈な熱と衝撃━━

意識が、そこで途絶えた。

 

…どれほど気を失っていたのだろうか。

1秒?1分?

わからないが、とりあえず生きているようだった。

 

「いってぇ…」

 

そう呟きながら体を起こしたヤマトは、絶句する。

目の前に、ユズカが倒れている。

身につけている天眼シリーズはボロボロに破け、身体のそこら中から出血し、雪山の白い地面を赤く染めている。

 

「ユズカ…!」

 

自分がほとんど怪我をしていない理由に気付くまで、そう時間はかからなかった。

庇って…くれた…

 

「ユズカ!!!!!おい!!しっかりしろ!!」

 

ボロボロになった彼女の体を抱き上げ、揺さぶる。

ユズカが、薄く目を開けた。

 

「ヤマ…ト…」

「ユズカ!!」

「ごめ…んな……」

「謝るのは俺だ…!!おれがっ…邪魔したから…!」

「けが…してないか」

「俺はいいから!!はやく、逃げないと…!」

 

ユズカを抱えて逃げようとするヤマトに、巨大な影が被さる。イビルジョーだ。振り返れば、今にも二人に向かってその鋭利な牙で噛み付こうとしていた。

 

「…っ、ぁあああああああああああああ!!!!!」

 

ヤマトは咄嗟に、近くに落ちていた抜刀したままの天上天下無双刀を握りしめ無我夢中で振り抜いた。

この行動は予測できていなかったのか、完全に油断していたイビルジョーの右目に強烈な斬撃が命中する。

 

━━グギャァァァァァァァァァァッッッ!!!

 

強烈な痛みとパニックで、イビルジョーは仰け反り、足をもつらせてその場に転倒する。

ヤマトはそれを見て咄嗟に走り出す。ユズカを雪の上に寝かせたままになってしまうが、そんなことを考える前に身体が勝手に動いていた。

━━今の自分ではこの竜には勝てない。

だけど、退けることはできる。いや、退けなければならない。

頭を回せ。

考えろ。

かの竜が転倒している今しかない。

駆ける足を止めずに脳みそをフル回転させる。

このエリアは山頂付近の高台。

恐暴竜のすぐ側は断崖絶壁。

ならば━━━━━

腰のアイテムポーチから取り出した"それ"を、乱雑に崖淵の地面に突き刺す。

"それ"はカチカチカチと音を立てながら起動するが、効果を発揮するまでに少しだけ時間が掛かる。

待ってはいられない。恐暴竜が体勢を立て直して起き上がり、こちらを睨む。

 

「せめて…一撃!!!」

 

━━アァアアアアアアアアアアアァァァアッ!!!

 

凄まじい咆哮を喰らいながらも、無理矢理に身体を動かす。鼓膜が吹き飛びそうだ。でも動きは止めない。

 

「東雲流…!!!」

 

設置したアイテムが、ガリガリガリと音を立てる。

あと、2.5秒。

 

天雷剣(てんらいけん)!!!」

 

抜刀、左上からの袈裟斬り。

ユズカが教えてくれた剣技のひとつ。

━━まだまだ荒いな。そう言われた。

わかってる。自分はユズカに遠く及ばない。

でも十二歳で上位ハンターへと登り詰めたその実力は。その剣は。

僅かだったが━━届いた。

 

━━グォアアァッ!?

 

先程、ヤマトが天上天下を使って斬ったイビルジョーの右目の傷に重なるように天雷剣が直撃。完全に失明させる。

大きく怯む恐暴竜。

そしてその足元には、先程地面に突き刺したアイテム

━━━━落とし穴。

円筒状のそれは地面に突き刺し起動させる事により、数秒で地面に大穴を堀り表面に強靭なネットが展開される。

本来はそこをモンスターが踏み抜くことで一時的にその巨体を拘束するのが役目だ。

だが今回、ヤマトは別の目的でそれを使った。

恐暴竜はその巨体故に体重もかなりのもの。

落とし穴の機構により穴を穿たれ脆くなった地面は、とてもじゃないがその重さには耐えられず━━崩壊する。

あとは、想像通り。

イビルジョーは崖崩れと共に雪山の頂から、奈落へと落ちていった。

だがあの強靭な肉体のことだ、死んではいないかもしれない。でも今はそんな事などどうでもよかった。

落ちていく恐暴竜に目もくれず、ヤマトは倒れているユズカの元へ走り寄り、抱き上げる。

出血がぜんぜん止まっていない。周囲の地面は先程よりも真っ赤だった。

 

「おいユズカ!!目ぇ開けろ!!!…開けてくれ…!!頼む…!」

「…いて…んだ」

「…っ」

 

ユズカが掠れた声で喋る。

閉じられていた目が、薄らとだけ開く。

 

「何…泣いてんだ……男…だろ…」

 

そう言われなければ気付かなかっただろう。

ヤマトは、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

 

「だって…!!俺のせいで…お前、こんな…!!」

「お前が…無事なら…あたし…は……」

「何言ってんだよ!!お前も帰るんだよ!!! 一緒に村に帰って、いつもみたいに酒飲んで美味い飯食って…!! だから、頼む…逝くな!!!!」

「結局…何も…してやれなかった…な」

「んな事どーでもいい!!ほら、抱えてやるから!!まだ手当すれば…!!間に合うから…!!」

「…ヤマト」

 

ユズカが、小さく、しかしはっきりと名前を呼んだ。

 

「…なん、だよ…」

「お前は…もっ、と…強く…なれ…あたしなんか…足元、にも、及ばない…くらいに………これを…お前に、託す…」

 

僅かに開く瞼の奥、綺麗な金色の瞳は光が無い。もう、目が良く見えていないのかもしれない。震える手で周囲を探り、近くにあった天上天下無双刀の鞘を握るとそれをヤマトに押し付ける。受け取ったヤマトは、涙が止まらない。

 

「ヤマ、ト…お前は…強い、子だ…あたし…が、保証してやる…!だから…挫ける…なよ…これ、から先…何が…あっても…負けるな…!!」

 

ユズカがゆっくりと、手を差し伸べてくる。

 

 

「おまえ、は…あたし、の…自慢の━━━━━━」

「…あぁ…わかった…!!絶対負けねぇ…!!」

 

ヤマトはその手を、固く握り返す。

 

「絶対負けねぇから…!!ずっと見てろよ…!!!

━━━━━━…!!!!!」

 

そう、呼んだのはいつぶりだっただろうか。

━━━━、ハンターとしての師であったユズカ。

彼女は久々にヤマトからそう呼ばれると、最期に穏やかな笑みを浮かべて。

ヤマトの腕の中で、天へと旅立った。

 

━━シノノメ ユズカ 享年20歳━━

.

.

.

 

「……ユズカを殺したのは、俺だ。これじゃ…ハンター失格もいいところだよな」

「…」

「俺が…あの時一緒に行くなんて言わなければ…あいつは…!」

「ぬし」

 

嗚咽を漏らし、静かに涙を流すヤマトに対してモミジはしゃがみこむとヤマトの両肩を掴み、自分の方を向かせる。

 

「全てがヤマトのせいでは無かろう。ぬしがそんなんでは、この娘が安心して眠ることが出来ないじゃろう…!ぬしが…ぬしがこの娘から授かった剣と剣術は、ぬしがそうならぬ様にと、この娘が託して、遺してくれたものなのでは無いのかや。強くなれと、自分よりも強くなれとこの娘は言ったのじゃろう。それを裏切るつもりかや。このたわけ…!」

 

途中から涙を零しながらそう言い終えたモミジは、ヤマトの肩を掴む手に力を込める。

 

「…ぬしは、もっともっと強くなれ。自分の師へのせめてもの恩返しだと思って…!」

 

━━━こんなにも、自分の話に本気で向かい合ってくれる人がいたんだな。

ヤマトは今まで心の奥で燻っていた何かが、すっと晴れるのを感じた。

 

「………そうだな。ごめん、モミジ。それと…ありがとう」

「…ぬしは強い。じゃが、その強さゆえ、自分が辛い時も他の者に頼らず自分のみで解決しようとする。自分だけで抱え込むな。今は、わっちがおる。わっちに頼れ」

 

勝てないな。こいつには…

心からそう思った。

 

「悪い、取り乱して。もう大丈夫だ。」

「ならば、よい」

「おう」

 

その後、改めてユズカの墓に二人で手を合わせ、二人は墓地を後にした。

 

「全く世話の焼ける…酒の一杯ぐらい奢りんす」

「わかったよ…………それ、いつもの事じゃね」

「あ?」

「喜んで奢らせていただきます」

 

いつも通りのくだらないやり取りをしながら歩く。

その二日後、示し合わせたかのような出来事が起きるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。