「っくぁ……」
ヤマトは湯の中で背伸びをする。
『隻眼の悪魔』の二つ名を持つG級イビルジョーを討伐した翌日の夜。
昨日、狩りを終えて帰るとそのまま村の宴会になだれ込んでしまい、村の者は仕事があるはずなのにも関わらず朝から昼まで飲んで食っての大騒ぎだった。
その宴会からやっと解放され、出来れば早く入りたかった温泉に今しがた浸かっている。
ポッケ村の温泉はユクモと同じく混浴なので、気を遣いたくないヤマトはなるべく人のいなくなる夜遅くに入りに来ていた。
「なんか…疲れたな」
湯を囲む石に背を預け、星空を見上げる。
気づけばすっかり冬の空だ。空気が澄んでいるのにも加え、標高の高いポッケ村は星々がよく見える。
耳に入るのはちょろちょろと流れるお湯の音と、穏やかな風によって
暫くそうしていると カラカラ と、風呂の出入口が開いた。こんな遅くに風呂に入りに来る者もいるんだなぁ…などと思ったが自分もそのひとりだ。人のことなど言えない。混浴なので女性の可能性もある。勿論、湯浴み用タオルの着用が義務付けられているが、入ってきた人をわざわざ見るのも変なのでヤマトは向きを変え、今度は石の上に頭を載せて外の雪景色を眺める。
ちゃぷちゃぷと湯の中を歩いてくる音がして、ヤマトのすぐ裏で止まった。
「…?」
不思議に思っていると、声を掛けられた
「自分だけのんびり湯浴みかや」
「…モミジ?」
思わず振り返ると、身体にタオルを巻き白銀の長髪をお団子にまとめたモミジが立っていた。
咄嗟にすぐ目を逸らし、先程同様目線を外の雪景色へと戻す。
「む、またそうやって目を逸らす…今は裸じゃなかろ?」
「そうゆう問題じゃねぇだろうよ…あまり年頃男子を
「くふっ。ぬしはほんに、可愛いの」
相変わらずヤマトに対し恥じらいというものが無いのか、モミジはいつもの調子で笑うとすぐ側で湯に浸かり、ヤマトの背中に自分の背中を預ける。
しばしの間お互い言葉を発さずに静かな時が流れた後、先に口を開いたのはヤマトだった。
「…モミジ」
「ん?」
「その…ありがとう」
「?」
「いや、まだ出会って間もないのにさ、俺と一緒にどこへでも着いてきてくれるし…一緒に戦ってくれるし…一緒に考えてくれるし……俺、今までそうゆう仲間って出来たことないからさ…なんつーか…すげぇ嬉しかった」
モミジの方は見ず、ただ目の前に広がる景色を見ながらそう伝える。すると、彼女もしばしの後口を開く。
「…礼を言うのはお互い様じゃ」
「え?」
「…ずっと、消えた兄を探したかった。じゃが、わっちだけでは何もできぬ。なればこそ、わっちは誰かの手を借りるしか道がないと思った。しかしそう上手く旅の連れなど見つからぬ。人はわっちの姿を見るやいなや武器を抜く。わっちは、意味もなく争いたくないのに」
モミジはそこでふぅと息を吐くと、背中だけでなく全身をヤマトの背中に預ける。彼の身体が一瞬強張るが、モミジはそのまま続ける。
「しかしぬしは、他の者とは違った。わっちと話してくれて…旅に同行してくれた。わっち一人ではとても出来なかったことを、共にやってくれている…それがわっちも嬉しいんじゃ…」
彼女は言葉を一旦切り、ヤマトに預けていた身体を離す。ヤマトもそれに合わせて振り返り、モミジの方を見る。…何故か、ちゃんと目を合わせて次の言葉を聞いた方が良い気がしたのだ。
「それに…」
「…それに?」
「…ぬしとの旅は…楽しい。一緒にいると…とても楽しい。わっちは、ぬしと旅がしたい」
彼女の綺麗な笑顔を見るのはもう何度目になるだろうか。いつ見ても飽きず、元気が貰えるこの笑顔。大切にしなければ。とヤマトは思う。
「…俺もだ」
そう答えると、モミジはいつも通り
くふっ。と笑うのだった。
✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿
モミジが先に風呂から上がったので、ヤマトは少し遅れて外に出た。
この時期のポッケ村の夜は冷える。さっさと借家に帰ろうとすると、少し行ったところの石垣に座ってモミジが待っていた。
「待っててくれたのか?」
「一人で帰ってもつまらんからの…っくしゅっ!!」
「風邪ひくぞ━━って、震えてるじゃないか。酒場でなんか暖かいものでも買ってくか?」
「いや、大丈夫じゃ。気にせんで良い。ほれ、行こう」
村長が貸してくれた借家は、居間に加えて部屋が二つにトイレのみという簡素な家だったが、暫く滞在するだけなら全く問題無かった。
家に着くと、何だかんだ疲れが溜まっていたのかそのまま二人は眠りにつく。
深夜━━━。
モミジは、寒さで目が覚めた。
どうやら風呂を出たあとヤマトを待っている間に完全に湯冷めしてしまったらしく、身体が冷えてしまってしょうがない。
どうしようかと悩み、横にいる彼に声をかける。
「…ぬし、起きとるか…?」
返答なし。まぁ当たり前だろう。
少し悪い気もするが、モゾモゾと自分の布団から出て横のヤマトの布団に潜り込んだ━━
…なんか…来た。
そう思ったのは今さっき。
何やら声をかけられた気がして、目が若干覚めてしまった。しばらくしたら、布団の中に何か入ってきた。それが何かわからない訳では無いのだが、これは反応していいものかどうか悩む。
「…モミジ?どした?」
「あっ…えと、いや、その…震えが…止まらんくての…」
彼女が少し気まずそうにそう言うので、モミジの手を触ると、物凄く冷えている。
おそらく自分が風呂から上がってくるのを待っていて、湯冷めでもしてしまったのだろう。
「冷えきってるじゃないか…。無理すんなよな」
苦笑いでそう言いながら、布団の中でモミジと向き合い軽く抱えてやる。
「…す、すまぬ」
少しモミジの顔が赤くなった気がした。
━━こいつも照れることとかあんのか。
そう思った矢先。
モミジの方から、ギュッと抱きついてきたので、思わず軽く抱えていた手を離してしまう。
「お、おい、お前…」
「ぬしは…暖かいの…」
ふふ、と笑いながらさらに強く抱きついてくる。
…やばい。
これはちょっと…色々マズイだろ
「モミジ…その、さすがに…」
「
「お前なぁ…」
「でもわっちゃあ、そんなに豊満な体つきではあるまい?人間の雄は雌の胸が大きな方がいいんじゃろ?」
「…どこでそんなこと覚えた」
「酒場で鍛冶屋の店主が言っておった」
「あのじぃさん明日殺す」
「まぁ落ち着け…」
普通、この状況で十八歳の男子が落ち着いていられるだろうか…。
だがモミジも離れようとしないので、諦めたヤマトは結局そのまま眠りに落ちてしまった。
翌朝、一足先に起きたヤマトが荷物の整理をしていると、遅れてモミジが目を覚ました。
「んぅ…」
「おはよ」
「おはよう…くぁぁ…」
「ガーグァの卵ぐらいなら丸呑みにできそうな口だな」
モミジの大きなあくびに、ヤマトはそんな軽口を叩く。
「ん?…まぁ実際一口じゃ」
ニヒヒと、まだ半分寝ぼけ眼の彼女は笑う。
「それで…いよいよ次の街へ旅立つのかや?」
「あぁ。次の目的地はいよいよドンドルマだ」
「そうか…ここはココット村以上に居心地が良かったんじゃがなぁ…」
「いろいろが解決したらまた来ればいいさ」
「うむ、そうじゃな」
伸びをして布団から起き上がり、ぱっぱと旅支度を整え始めた彼女にヤマトは声をかける。
「モミジ」
「ん?」
「出発前に…寄りたい所がある」
━━━━ポッケ村 墓地
「仇…取ったぞ」
墓前にあぐらをかき、亡き人にそう呼びかけるヤマトをモミジは横から穏やかな表情で見つめる。
「…俺、もっと強くなるよ。いつかお前を追い越せるように。それに、今は守りたい人がいるから。だから…だからさ、ちゃんと見てろよ━━━━━━━━」
━━━━━━━「姉ちゃん」
最後の一言に、モミジは一瞬目を見開くが、その後また穏やかな表情に戻ってヤマトの横に座る。
「ぬしの名は…"シノノメ ヤマト"…なんじゃな」
「あぁ。だが、まだシノノメを名乗るわけにはいかねぇ。師匠を…姉を超える存在になった時…その時初めてシノノメを名乗るんだ。」
ふたりの後ろで、ざくりと地を踏みしめる音がした。
「おぬしの姉貴も…本望じゃろうな。」
振り返ると村長が立っていた。
「村長…」
「ヤマト、持って行け」
差し出された手の上には、白い鱗が着いた首飾り。
よく見るとそれはただの鱗ではなく━━━。
「これは…崩竜の…!?」
雪山の奥深くで出会った崩竜 ウカムルバスの腹鱗とよばれる純白の鱗だった。
「なぜ…こんなものを?」
「ユズカが、もし自分が居なくなるようなことがあったらお前に渡してくれと…随分前に預かっていたものさ。あの子はな、昔あの雪山で遭難しかけた時そこに住んでいた崩竜と出会ったそうじゃ。不思議にも、言葉を交わすことができたそうでの…秘密の友達なんだ、とよくババに話してくれた。最初こそ、ホントかどうか疑ったがね、この鱗を持ってきた時は驚いたよ」
それを聞いたヤマトの目から、一つ二つと涙が零れる。
同時に、ヤマトはあの崩竜がいとも簡単に自分たちを村へと返してくれた訳が分かった。自分の腰にこさえた獲物[天上天下無双刀]はかつてのユズカの愛刀。
かの竜は、それに気づいていたのだろう。
だからこそ、名乗ってもいないのに最期ヤマトの名を呼んだ。恐らくあの竜は自分がユズカの実弟であると知っていたのだ。
静かに涙を流すヤマトの肩に、モミジが手を添える。
「ありがとう…ございます。村長…!!」
「なに、感謝するのはおまえの師であり姉であるユズカじゃ。…ほれ、いつまで泣いておる。次の旅へ出るのじゃろ?」
「あぁ…!」
「村長殿、世話になったの。温泉も酒も食い物も大変良かったぞ」
「ありがとね嬢ちゃん。こやつを頼んだよ」
「勿論じゃ」
モミジと村長が握手し、ヤマトも姉の形見の首飾りを付け握手。
「「行ってきます」」
「はいよ。気をつけてな」
二人は、次なる目的地 ドンドルマ を目指す
✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿
ヤマトとモミジが出会い、旅を始めてから3週間が経った。
先日ポッケ村を出立しドンドルマを目指す二人。旅路は特にトラブルもなく順調に進み、今は草原地帯の道端で少し休憩中だ。
焚き火を二つ用意して飯盒で米を炊き、その横でモミジが取ってきたアプトノスの肉を焼く。
「…まだかや?」
モミジは切り株に座り、以前ヤマトがプレゼントして以来お気に入りとなっている櫛で髪を梳かしながら、横で肉を焼く彼に問う。
「あと少しだ」
「むぅ…肉というのは何故こんなにも焼くのに時間が掛かるのじゃろうかの…」
「お前がでかい塊取ってくるからだろ…」
「どうせなら沢山食べたいではないか」
「まぁ分からなくもないが…よし、とりあえず飯は炊けた。肉はもう少しかかるから先に米食ってろ」
そう言いながら米を木製の器に盛りスプーンと一緒にモミジに渡す。
「肉…」
「いいから米食え」
「むぅ〜…」
文句が言いたそうな顔をしながらも、ぱくぱくと米を食べ始めるモミジ。そしてあと少しで肉が焼ける…そう思った時、彼女の耳がピクっと反応した。
「む…」
「どした?」
食事の手を止め少し先の森林を見つめるモミジにヤマトが問うと、足元に米の入った器を置き彼女が立ち上がる。
その行動で察しの着いたヤマトもすぐ側に置いてあった天上天下無双刀を手に取り立ち上がる。
刹那、森の木々をなぎ倒しながら現れた牙獣。
━━ヴォォォオオオオオオ!!
桃色の毛並みに特徴的な頭のトサカ。
周囲には他に三匹、小型の同じような獣が大きな個体を護るように群れている。
桃毛獣 ババコンガ。そしてその子分であるコンガ。
世界中の森林地帯に多く分布する牙獣種で、狩人を生業にしていれば一度は出会うことのあるモンスターだ。
そして━━━その出会った狩人の多くが二度と戦いたくないと悪態をつくモンスターでもある。何故なら。
「…マジかよ」
「うぇっ…」
ヤマトは苦虫を噛み潰したような表情、モミジに関しては鼻を抑え顔を背ける。
そう、臭いのだ。
かの獣の特徴的な攻撃方法は放屁・脱糞・口臭の世界三代悪臭攻撃。ほんっっっとに臭いのだ。
近くに寄るだけでその臭いは気を狂わせ、人間の大切な嗅覚という五感のひとつを潰す。お陰でもろに悪臭攻撃を受けようものなら携帯食料や回復薬など、口に入れるアイテム類が喉を通らなくなる…というか通す気が失せる。
人間であるヤマトでさえ臭いのだ。人より五感の優れたジンオウガであるモミジは…
「━━━ぉうぇっ」
「おいここで戻すなよ」
「わかって…おる…ぅっ」
おそらくは焼いていた肉の香りに誘われたのだろう。ババコンガはその悪臭攻撃の他にも、とにかく色んなものを食べることで有名だ。
相手は小さな生物二匹。数の力で圧倒して食べ物を奪ってやろうという魂胆だろう。
だが、相手が悪かった。
「せっかくの食事の時間を下品な臭いで邪魔しおって……くたばれ猿共!!!!!!!」
おおよそその美人な見た目で発してはならない言葉を捲し立てながらモミジが右手を前に突き出す。
コンマ数秒で彼女の周囲に赤い光弾が六つ展開。
「穿て」
号令と共に音速に等しい速さでその光弾が射出され、そのうち三つはそれぞれ子分のコンガに。あとの三つはまとめてババコンガに着弾し、激しい爆発を巻き起こした。
子分はそのたった一撃で絶命。ババコンガも、三つ全てが顔面に着弾したため口や鼻から大量に出血し、自慢のトサカを含めた顔面周りの毛並みが全て焼き焦がされ見るも無惨な見た目へと変貌していた。
声にならない鳴き声をあげながら森へと退散しようとする桃毛獣。だが無双の狩人の食事を邪魔してしまった以上、生きては帰れない。
「汚らしい尻を向けるな」
再びモミジが右手を突き出し、手先から激しい龍光が迸る。バチバチと音を立てながら突き進む赤黒い稲妻が、何とか逃げ延びようともたつきながらも走っていたババコンガの身体を貫き、焼き焦がし、問答無用でその命を刈り取った。
「怖っわ…」
白銀の長髪を龍光で逆立たせながら ふんっ と鼻で笑うモミジに、ヤマトは苦笑いすることしかできない。
やはりこの娘を怒らせてはいけないようだ。
「…ぁ、モミジ」
「?」
「肉焦げてる…」
「っっっっっっ!!!!!!」
「おいよせもうそいつは死んでるっっ!!」
食べ物の恨みは怖い。
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「ここが……ドンドルマかや…!!」
「な、大きな街だろ?」
「想像以上じゃ…」
旅を始めてから一ヶ月半経った頃、ついに二人は大陸最大級の街『ドンドルマ』に到着した。
この巨大な都市は数ある街の中でもトップクラスの人口を誇り、ハンターズギルドと古龍観測所の本部が存在している、いわばハンター達の総本山だ。三方向を巨大な山に覆われ、唯一山が無く開けた空間の広がる南側には、時折巨大な古龍種が接近することもある。
そのような有事に備え、街を囲む巨大な砦にはバリスタ・大砲・撃龍槍などの対古龍設備があり、常に古龍観測所が付近に接近する古龍種を監視している。
まさに、難攻不落の要塞都市だ。
モミジにそんな事を説明しながらヤマトが酒場を目指し歩いているとすれ違う狩人の何人かに挨拶される。
ユズカがまだ生きていた頃に仕事関係で何度も訪れていたのに加え、ある時たまたま街に接近してきたクシャルダオラを彼女が呆気なく撃退したので、滅龍姫シノノメ ユズカという人物はここでも有名な人だった。
その弟子であり弟でもあるヤマトもまた、ユズカの弟分としてドンドルマでは知っているものも多いのだ。
「ぬしは有名人なんじゃな」
「姉貴のお陰でな。いい迷惑だよ全く」
そう言いながらも嫌味のない笑顔で笑うヤマトを見て、モミジも穏やかな表情で返す。
「本当に素晴らしい姉ではないか」
「あぁ」
素っ気なく返事をしたヤマトの顔は、とても嬉しそうだった。
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「着いたぞ。ここが酒場だ」
「おぉ…これは圧巻じゃ…」
モミジは今まで見たことがない規模の大きな酒場を見て、呆気にとられていた。
ドンドルマの酒場は大きな岩肌をくり抜いて作られており入口は広く、街のメインストリートに面している。
日光が差し込みにくいため壁や天井には多くのランタンが吊るされており、昼夜問わずそれなりの明るさに保たれていた。足を踏み入れると目の前には数多くの長テーブルと椅子が点在しており、ぎゅうぎゅうに詰めれば400人近くの人間が入れる。
酒場の奥には長いカウンターがあり、半分は酒場の席。中央にあるクエストが張り出される大きな掲示板を挟んでもう半分は受付嬢たちが立つハンターズギルドの受付になっている。
今日は特にイベント事も無い平日の昼間なので比較的暇な方ではあるハズなのだが、それでも酒場の中は多くのハンターや一般人、その人らに給仕をするギルドの職員で賑わっていた。
そんな光景を見てポカンとしているモミジの手を引き、ヤマトは酒場の奥にある受付カウンターに向かう。
何人か立っている受付嬢の中に知った顔がいたのでそのまま声をかけた。
「シズク」
手元の書類に目を落としていた受付嬢が顔を上げる。
見た目はかなり若く、ヤマトと大した年齢差は無さそうな女性。腰ぐらいまである明るのめ茶髪を大きな黒いリボンでポニーテールにして纏めており、眼は綺麗な蒼色。着こなすギルドの制服は他の者達と少しだけ違い、軍服のような格好をしている。胸元には様々なバッジが輝いており、彼女がかなり上の立場の者なのだということを示していた。
「?…わっ!ヤマト君!?久しぶりね!!」
「三年ぶりぐらいか?」
「そっか、もうそんなに経つっけ、いつかのシェンガオレン撃退作戦の時以来かぁ。元気してた?」
「あぁ、お前も変わらないな」
見た目通りのハキハキとした性格の女性。
名前はアマカゼ シズク。
このハンターズギルド ドンドルマ本部 のクエスト管理官を務め、ユズカの大親友だった。
「ん?そちらの美人さんは…?」
久々の再会に話し込んでいたシズクが、ヤマトの後ろに立つモミジに気づく。
「あぁ、こいつは」
「まさかヤマト君の彼女さん!?!?」
「ちげぇよ」
「ぬ、ぬしよ、そこまで即答されると流石にわっちも傷つくんじゃが…」
「なんだ〜違うのかぁ…ヤマト君、いい加減彼女の十人や二十人作ら━━」
「せめて一人や二人って言ってくれるか!?……はぁ。ほんっとに相変わらずだな……あぁそれより、今日から少しの間だけどここに滞在するんだ。一部屋でいいから、ハンター部屋貸してくんねぇか?」
「あ〜、そうゆう事なら…えっと、ちょっと待っててね、確認してくるから!」
シズクはそう言うと足早にカウンターの奥へ入っていった。
「ぬし、あの娘は??」
「昔っからずっと世話になってる受付嬢で、ここハンターズギルドドンドルマ本部のクエスト管理官だ。」
「なかなか元気の良い娘じゃの」
「昔っからああなんだよ…あれで20代半ばだぜ?」
「ほんにか!?…てっきり主とそう変わらんと思った…」
「よく年齢詐欺だって言われてるらしい」
そんなやり取りをしていると、奥からシズクが戻ってくる。
「はい、一部屋借りといたよ!!210号室ね」
「210な、わかった。ありがとう」
「料金は後払いでいいのかな?」
「あぁ、大丈夫だ」
「りょーかい、じゃあまぁ、ほぼ身内だけど一応仕事なので…」
姿勢を正したシズクが、綺麗な敬礼をしながらこちらに笑いかける。
「ハンターズギルド、ドンドルマ本部へようこそ!ギルド給仕長兼、クエスト管理官のアマカゼシズクです。なにかお困りでしたら、いつでも仰ってください。ハンターさん」
「…おぉ」
「なんで引き気味になるかなぁ…やんなきゃいけないの!!…あ、そだ、美人さんお名前は?」
「わっちか?名はモミジじゃ、よろしくの」
「モミジちゃんか、可愛い名前!!よろしくね!」
モミジとシズクが握手を交わす。
その後も他愛ない話をした後、とりあえず荷物などを置くためヤマトとモミジは部屋に向かった。
ドンドルマではハンター達が住み込みで仕事をするなんて事がよくあるので、その時のためにハンター専用の住居が借りることが出来る。地域によって呼び方はゲストハウスだったり、マイハウスだったりと様々らしいが…
「えっと、210…210…お、ここか。」
部屋を見つけたヤマトは鍵を差し込み、部屋のドアを開ける。
「おぉ〜!!ぬし、部屋も広いし景色がとっても…!!綺麗…だと…良かったの…」
モミジの声が面白いくらい尻すぼみになったので、窓からの景色を確認する。
うん、建物だ。
窓の外には建物の壁が広がっていて、景色は一切拝めない。まぁそんなことにいちいち文句を言っては仕方が無いので、これはこれで我慢することにした。
「さてと、荷物も置いたし街見て回るか?」
「勿論じゃ!!」
モミジがこれまた目を輝かせながらそう言う。今までこんなに大きな街を見た見たことがない彼女はすっかり興奮しており、観光したくて仕方がないという感じだった。
「ぬし、早う行こ?」
「耳引っ込めてからな」
そう言いながらヤマトは自分より少し低い位置のモミジの頭をポンと叩いた。
✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿
ドンドルマの街は以前来た時と変わらず、物凄い人の数だった。
街には市場の掛け声や鍛冶屋の鉄を打つ音などが常に鳴り響き、狼の耳を引っ込めていても元々耳の良いモミジは時折少し顔を顰めている。
「お前にはうるさ過ぎるか?」
「少しの。ただ、この雰囲気は嫌いではない。街の人間も笑顔に溢れておるしな。」
「そっか。なら良かったよ」
しかしそこでヤマトは、すれ違う周りの人間が少し驚くような視線で自分たちを見ていることに気付いた。
最初はモミジの美貌に驚いているのかと思ったが、考えているうちに分かった。
「あぁ…なるほど…」
「む?何がじゃ?」
「モミジ、とりあえず服屋に行くぞ」
「いきなりどうしたんじゃ?服ならわっちは着ているぞ??」
「いや、そうじゃねぇ。今まで気にもしていなかったが、お前のその格好はまずい。」
モミジは以前と変わらずユクモ村で仕入れた村娘の格好だ。だが、ここまでの長い旅路や途中途中の戦闘のせいで服はだいぶ汚れ、袖先なんかは破れている。
一般の人が見れば、あまり良い印象は抱かないだろう。
「そうかや…?わっちはこれでいいと思うんじゃが…」
「いや、お前が良くても周りの目がある。とりあえずなんか買うぞ」
「う、うむ…そこまで言うなら仕方ないの」
会話をしているうちに、服屋に到着。
街のメインストリートにある大きな仕立て屋で、一般の人から狩人まで多くの人が利用する店だ。
「気になるのがあったら好きに選んでいいぞ」
「そう言われてもの…別に好みは無いのじゃが」
「そうなのか?…う~ん……あ。」
「どうした?」
ヤマトが店に並ぶ一着を見て手に取ると、モミジも横に並んでそれを見る。
それは紺色基調のシンプルな女性物の外套で、街の修道女が身につけているようなものだっだ。
「この外套、フードついてるし良いかもな」
「…なるほど、被れば耳も出せるという訳かや」
「ご名答」
「あとはこれと併せて下に着る服を…」
「ぬし、これは?」
ヤマトが外套に合わせた服を選んでいると、モミジが何か持ってきた。
見れば、上衣は少し肩付近が開けたクリーム色のシンプルな布地の服。くびれの部分には赤いコルセットが着いており、下衣はコルセットと同色の赤い足首ぐらいまでの長さのロングスカート。
服のデザインには疎いヤマトでも、悪くない物だとわかる。どこか見覚えがあると思ったら、いつしか鍛冶屋のカタログで見たクリーク装備というものに似ていた。
「お、いいんじゃないか?」
「やっぱりぬしもそう思うかや」
ヤマトの言葉にモミジは少し嬉しそうな表情をする。
「よし、じゃあ外套と合わせて買おう」
「嬉しいが…良いのかや?」
「俺とお前でこの旅を通して稼いだお金で買うんだ。モミジが気を使うことじゃない」
「そう…か、ありがとう」
手に持った服をキュッと抱きしめるモミジ。
ヤマトはその様子にふっと笑うと、店のカウンターに外套と服一式を持っていく。
店主と思わしき中年の男性が座っている。綺麗な女性物の服も多い店だが、この男が作っているのだろうか。人は見た目に寄らない。
「いらっしゃい」
「お勘定頼むよ、ここで着てって構わないか?」
「勿論だ。外套と…上衣とコルセット、スカートの四点だな…あわせて28,000zだ。全部お嬢ちゃんのか?」
「うむ、そうじゃ」
「選んでくれた服はうちの自慢の逸品なんだ、あんたみたいな別嬪が着てくれると宣伝になるよ」
はははっと店主は笑う。見た目は少し強面だが、けっこうフランクな人のようだった。
「あんちゃん、少しだけまけとくよ。20,000zで良いぜ」
「え、いいのか?」
「構わんさ、ただ、今後もご贔屓にしてくれ」
そう言って店主は満面の笑みで笑う。
「くふっ、上手いの」
「いい商売はいい人間関係から始まるからな」
「やられたよ、ありがとなおっちゃん」
「はいよ。良い旅を」
「ありがとう」
「恩に着るぞ」
モミジは早速買った服を持って試着室へ入り、着替えて出てくる。
「これで人目は惹かぬか?」
「…こりゃあ逆にもっと見られるかもなぁ」
「?」
「いやなんでもねぇ。外套のフード被っとけ」
「あんちゃん、彼女盗られるなよ」
「余計なお世話だ」
思った以上に買った服がモミジの見た目をさらに引き立ててしまっており、これはこれで人々の視線を集めそうだ。顔を隠せる外套を買って正解だったようだ。
軽口を叩く店主にヤマトは苦笑いしながら店を出る。
モミジの服も新調できたので、二人は食事の為に酒場へ戻る事にした。
「この街の酒場には俺のお気に入りの酒があるんだ。一杯やるか?」
ヤマトの誘いにモミジは目を輝かせ、フードの中で耳をバサバサさせて肯定した。
✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿
夕方、二人が先程も訪れた酒場に戻ると一気に人が増えていた。狩りを終えてきたであろう狩人や、夕食を食べに来た街の人たちに、仕事終わりのギルド職員らしき人らなど様々だ。
出迎えてくれた給仕の女性に、隅の方の二人がけのテーブルへ案内される。
「すごい量の人じゃな」
「一番混み始める時間帯だからな。キツいか?」
「いや、問題ありんせん。酒場はこれぐらい賑やかでなければの」
くふふ、とモミジは笑う。
獄狼竜にとって大勢の人間の発する音は心地良いモノでは無いはずだが、大丈夫なようだ。
「して、ぬしよ。先程言っていたオススメの酒とは?」
「あぁ、えっとな…あった、これだよ」
テーブルに置かれたメニュー表に記載されているその品を指さしてモミジに教える。
ヤマトに勧められて彼女は最近文字を勉強し始めたので、短い表記ならば読めるはずだ。
「これは…り、、りんご しゅ?」
「りんごで作られた酒だ。」
「ほう?ぶどう酒と似たようなものかや…?」
「ん〜、ちょっと違うかな、とりあえず飲んでみろよ」
ヤマトは近くを通った給仕を呼び止め、りんご酒二つと適当なツマミを二種類注文する。
しばらくすると、先に酒が運ばれてきた。
木製のジョッキに注がれたそれは、薄黄色をしており細かい泡がぷくぷくと浮いてくる。
りんご酒は別名シードルワインとも呼ばれるらしく、りんごによる甘酸っぱい味わいとシュワシュワとした炭酸による喉越しが非常においしい。ヤマトのお気に入りだった。
しばらく珍しそうにジョッキの中身を見ていたモミジが、軽く口をつける。一拍置いて…一気に飲みした。
「……!!っぷはぁっ!!!…ぬしこれ美味い!!!!」
「だろ?さっぱりしてて飲みやすいし、何より度数がそんなに高くねぇから飲みやすい。俺のお気に入りだ」
「うむ…これは確かにおぬしでも飲めるの……二杯目頼む」
どうやら気に入ってくれたようだった。
結局、その日はりんご酒を飲みながらくだらないことを話し、ゆっくりと夕飯を食べた。
次の日、あんなことが起きるとは思わずに。