孤島の海は静かだった。
普段はエピオスと呼ばれる非常に臆病な草食モンスターが生息しているのだが、今日は姿が見えない。
「こりゃあほんとに海の生態系が狂ってるかもな…」
三人が海を眺めていると、すぐ近くの岩場の影から鳴き声がした。
「この声は…」
警戒したレンが片手剣【ヴァイパーバイト】を抜刀する。
それと同時に気配に気付いたのか、岩場から影が五つ。
肉食小型モンスター、ルドロス科の雌。
ルドロスだ。幸運にも、群れの長とされる水獸ロアルドロスの姿は見えない。
「随分と興奮してんな…」
「ヤマトさん、ここは僕に任せてください」
ヤマトが太刀を抜刀しようと柄に手をかけると、レンがそれを止める。
そう言えばまだレンの実力を知らなかった。おそらく、彼としても自分の実力を見て欲しいのだろう。
「…わかった、ならお手並み拝見といこうか」
「はい!!」
キラキラした目で返事をしたレンはすぐに真剣な顔に戻り、向かってくるルドロスを睨む。
実際、レンは13歳という若さながらしっかりとハンター訓練所を卒業している。普通、15歳で卒業できれば充分だと言われているのだが、それよりも若くして卒業したという事はそれ相応の実力の持ち主のはず…
というヤマトの予想は見事に的中だった。
「はああっ!!」
気合と共に駆け出したレンは、向かってくる内の先頭にいたルドロスの頭を盾で殴りつけスタン。そのまま横っ飛びして集団の死角に回り込み、ヴァイパーバイトで2匹の首を引き裂いて絶命させる。
残り3匹になった所で、1匹がヤマトとモミジの存在に気づき向かってこようとしたが、直ぐに怯えたように固まる。レンがそれを逃すわけもなく、後から脳天に一撃。絶命した。
何故あんなに怯えて固まったのだろうとヤマトは疑問に思ったが、ある節に気付き後ろを振り向く。
案の定、モミジが龍の眼で物凄い威圧を放っていた。
「…お前な」
「わかっておる。あくまでレンの戦いじゃろ?手を出した訳ではありんせん」
ニヤリと不敵な笑みでそんな事を言われては、ヤマトも苦笑いで返すしかなかった。
そして気付けばレンは一撃も攻撃を受けること無く、5匹のルドロスを片付けていた。
「ふぅ…どうでした…?戦力になりますか…?」
少し不安げに聞いてくるレンに対してヤマトは笑って答える。
「なんの問題も無い、むしろビックリしたよ。本当にランク1のハンターか?お前」
「うむ、わっちから見ても戦闘中の動きに関しては完璧に近かったぞ」
「ホントですか…!?ありがとうございます!!!」
ぱあっと顔を輝かせながらぺこりと深くお辞儀をしながら感謝する姿も、また微笑ましかった。それを見ながらモミジもまた穏やかな笑みを浮かべていた…
しかし━━
「っ…!!!ぬし!避けろ!!」
突然モミジがそう叫び、ヤマトに体当たりしてその場から突き飛ばした。
すると、さっきまでいた場所に青白い球体が着弾。爆発を起こす。
「なっ…!?」
ヤマトが驚いて思わず固まっていると、レンが駆けつけてくる。
「ヤマトさん、モミジさん!!大丈夫ですか!?」
「あ、あぁすまん、大丈夫だ」
そう言ってヤマトは立ち上がり、太刀を抜刀。モミジは既にヤマトの横で海に向かって睨みを効かせている。
「今のはいったいなんでしょう…」
「そりゃ…海の中から電気のブレスが飛んでくるっていったら…」
「ぬし、くるぞ!!!」
ヤマトがそこまで言った瞬間、モミジが言葉を打ち切って構える。
それと同時に海面を突き破って現れた━━1匹の竜。
「海竜、ラギアクルス…!!!」
しかもそれはただの海竜ではなかった。
通常のラギアクルスは青い鱗に覆われているが、目の前に現れたラギアクルスの体表は…白。
「これは…!!白海竜!?」
白海竜━━海だけでなく、陸での生活にまで特化したラギアクルスの亜種であり、その戦闘能力は通常種とは比較にならないほど苛烈と言われていた。
「こりゃあ少しばかり手ェかかるぞ」
ヤマトは太刀を構えた。…が。
『ほう、我に武器を向けるか…人間』
「っ…!」
なんと、目の前のラギアクルス亜種が喋ったのだ。
レンにも聞こえたのか、目を見開いて固まっている。
「…ぬし、ここはどうやらわっちの出番の様じゃ」
「…あぁ、その様だな。…だが」
ヤマトは困惑しているレンのほうを見る。
「この際仕方なかろう。レンには後で説明すれば良い」
「…わかった。頼む」
モミジは頷き、白海竜に向かって歩き出す。
「モ、モミジさん!?」
「落ち着け、あいつなら大丈夫だ。」
「え?」
「まぁ…後で説明するよ」
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こやつ、ただの竜では無いの…
そう心で思いながらモミジは目の前の白海竜に近づく。
すると、向こうが口を開いた。
『貴様…人間ではないな。何者だ』
「この様な姿で失礼する、白海竜。わっちは渓流の姫、名をモミジと申す」
『渓流の…?牙狼の王族か。しかしあの一族は…。』
「滅んだ。…数年前にな」
『ならば……まさか君は噂に聞く…黒━━』
「その名は言わんでくりゃれ」
黒狼姫。ヤマトも何回か聞いたその名を口に出そうとしたラギアクルスをモミジが制す。
『…すまない、君にとっては嫌な名だったか。……で、そんな君が人間を連れて我の領域に何の用だ』
そう言ってラギアクルスはヤマトたちを睨む。
「わっちらはこのあたりで頻発している大地震の原因を突き止めに来た」
『…!!』
モミジの言葉にラギアクルスが明らかに動揺し、目を見開く。
「その反応…どうやらモガの長の予想は的中か……。」
『モガの長…?』
「うむ、近くに人間の村があるじゃろう。あそこの長が、この地震は古龍…大海龍によるものではないかと言っておったのじゃ」
『なるほどな…まぁ、その通りだ。現に海の生態系は崩壊、統率などできる状況ではない』
「統率…?という事はやはりおぬしが…」
『あぁ…我は海竜族の長を務めている。名を…ハク』
「…王であったか。すまぬ、姫の立場であるわっちがたやすく話しかけて良い相手ではなかったの」
『気にするな。それに、君は既に姫ではなく「女王」だろう…?』
「………。」
【女王】━━白海竜のその言葉にモミジは思わず黙り込んでしまう。
そこに後ろから声がかかった
「モミジ、大丈夫か」
振り返ると、ヤマトが心配そうにこっちを見ていた。
「う、うむ、問題ない。」
そう笑顔で答えると、呼吸を整えてから白海竜に向き直る。
「では海竜王、先の話だが」
『海竜王は寄せ。ハクでよい』
「そう…か。ならばハク。先の話だが、わっちはそこの二人と協力して大海龍を追う。ぬしは…どうする」
そう白海竜に問うと、彼はしばらく考え込み…
『…君達が奴を追い、その行先にこの海の平和が有るのならば……。協力する他無いだろう。』
白海竜のその答えにモミジを含め、後ろで成り行きを見守っていたヤマトとレンも安堵する。
「ありがとう、海竜王」
『…海竜王は寄せと言っただろう、黒狼姫』
嫌味を込めた白海竜のその言葉に、モミジは苦笑いするしかなかった。
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白海竜との交渉の後、一行はひとまず村へ帰り、村長に大海龍の件を報告した。
勿論、ラギアクルスの事は伏せておいたが。
「やはり…あの龍が目覚めたのか…。わかった、それでは君達に頼んで良いのだろうか?」
「当たり前だ。そのために来たんだからな」
ヤマトのその答えに、村長の顔が険しくなる。
「本当にか?…相手は大海龍だぞ」
「仮にも俺は【滅龍姫】の弟分だ。舐められちゃ困るぜ」
滅龍姫━その言葉に目を見開く村長。…及び後ろのレン。
「なるほど…どおりでドンドルマの連中が推薦するわけだ。よし、ならばヤマト。おぬしにこの問題、任せたぞ」
「あぁ、任された」
そう言い、ヤマトと村長は固い握手を交わしたのだった。
その夜。モミジは一人、村の桟橋に腰掛けて海面をぼうっと見ていた。
昼にハクから言われた言葉。
【黒狼姫】に【牙狼の王族】
二つともかつてのモミジに関係のあった名。
「女王…か。」
「そろそろ…教えてくれてもいいんじゃないか?モミジ」
「っ…!!」
突然、そんな声が後ろから聞こえた。
その相手は振り返らずともわかる…
「ヤマト…寝ていたのでは…」
突然の事だったからか…はたまた少しべソをかいていたからか…声が上ずってしまった。
「横でごそごそされたら気付くっつの…で?」
「…そうじゃな…いい加減…話しておいた方が良いかもしれんの…」
そして、モミジはヤマトに打ち明ける。
自分の過去と…その先にあった破滅を━━
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わっちは遥か昔…渓流を治める一族
【牙狼の王族】
二匹目の子として母上から産み落とされた。
━━牙狼の王族?
うむ、牙狼の王族は…ぬしら人間から言えば雷狼竜による一族の事じゃ。
そんな中で、わっちは何のいたずらか獄狼竜として生まれた。
最初は両親共々戸惑ったそうじゃ。
━━せっかく生まれた娘に戸惑ったのか…?
そりゃそうじゃろう、母上も父上も二人とも雷狼竜なのに、生まれた娘が獄狼竜だったんじゃからな…。
しかし、すぐにわっちは一族の中でも貴重な存在として大切に育てられた。一族の中で獄狼竜はわっちだけじゃったからの。
じゃが、貴重な存在はわっちだけではなかった。我が兄もまた、普通の雷狼竜では無かったのじゃ。
━━普通の雷狼竜じゃない…?
ぬしも一度は聞いたことがあろう?
…通常の雷狼竜が足元にも及ばない電撃を持ち、その電力量ゆえ体全体が黄金色に光り輝く雷狼竜の特異個体…
その名を、━━━[
我が兄はそう呼ばれていた。
兄上はわっちのことを大層大切に思ってくれていての…わっちがまだ幼き頃はよく遊び相手をしてくれていたものじゃ。
しかし…その幸せが…突然終わりを迎えた。
2年前に。
━━渓流の生態系壊滅…か
うむ。ある日突然、渓流にいるはずの無い黒蝕竜…ぬしらが言うゴア・マガラが現れ、草食竜を食い散らかし、弱き肉食竜共を皆殺し、その上わっち等牙狼の王族にまで手を出してきた。
父上は怒り、黒蝕竜の相手をしたのじゃが…
奴はただの黒蝕竜ではなかった。
━━どうゆう事だ?
奴は…数々の竜を喰らい、『竜でありながら竜でなくなった存在』だったのじゃ。
…わかりやすく言うと…喰らった竜の能力を我が物にして進化した化け物…じゃ。
━━なんだと…?竜が竜を喰らい、しかもその喰らった相手の能力まで奪う…?
驚くのも無理ないの…わっちとて、信じられなかった。じゃが、その能力故に圧倒的戦闘力を誇る奴に…父上は敗れ、庇った母上共々……殺された。
それを目の前で見て、わっちは抑えが効かなくての…恥ずかしながら怒り狂い、奴の片腕を奪う事には成功したんじゃが…
奴、どこかで再生能力を持つ竜さえ喰らっていたようでな…瞬く間に失った腕を再生させてわっちを殺しにかかった。
そして意識を失う寸前、記憶に残っているのは瀕死のわっちを守った兄上が飛び去った黒蝕竜を追い、目の前から遠ざかって行く光景じゃった。
目を覚ました時、わっちが見たのは荒れ果てた渓流と数えきれぬ竜の死骸。
そして…それを踏み越えながら…領域に入ってくる…人間じゃった。
━━まさかそれは…渓流調査隊…?
…そうじゃ。
そしてわっちは死んだ仲間を踏み、領域に入る奴らに我慢出来ずに…
━━モミジ、お前
全員殺した。
そしてその時の血で全身が真っ黒く染まったわっちを影から見ていた他の竜たちが付けたあだ名…
それが…【黒狼姫】じゃ。
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…いまモミジは何と言った?
2年前の渓流調査隊の全滅。
それは未だにハンターの中でも有名な話の一つだ。実力のある彼等が一人残らず『何かに』惨殺された。しかしその殺した相手がわからない。何せ、その30名の死体が発見された当時、渓流には『何も』いなかったから。
そう聞いていた。
しかし横に腰掛け、俯いている彼女は今、彼らを殺したと言った。それはつまり、あの悲惨な事件を起こしたのは他でもないモミジによるものだったということだ。
「なんで…」
ヤマトはそれしか言うことができなかった。
「なんで…か…。わっちにも…わからぬ…」
目線を海に落としたまま、哀しく笑ってそういったモミジの襟を強く掴む。
「お前…言ってたよな?むやみな殺生は嫌いだって。わからぬ…じゃねぇよ…!お前が殺したんだろ…!」
決して声は荒らげず…しかし初めてモミジへ怒りの感情を向けるヤマトに、怯えたような目を向ける彼女だったが、やがて目を伏せ黙り込む。
「…黙るなよ…なんか言えよ…!」
「ぬしは…人間じゃな」
「…は?」
モミジが呟いた言葉に、ヤマトは困惑しながら聞き返す。
「おぬしは人間じゃ……わっちは…竜じゃ。この意味、わかるかや」
「っ…」
モミジの言葉に、ヤマトは息が詰まるような感覚に襲われる。今日ここまで彼女とは決して短くない期間、共に旅をしてきた。気付かぬうちに、ヤマトの中でモミジは普通の人間同様の存在になっていた。言葉を交わし、共に食べ、寝て、時には助け合い、旅をする仲間━━。
だが忘れてはいけなかった。彼女は、人間ではなく竜だ。本来、人と相容れることはできない存在。
弱肉強食の世界で生きる、人ならざる存在なのだ。
おそらくそんな世界で生きる彼女にとって、人の命は…軽い。
「できれば…話したく無かった。ぬしとの旅は━━楽しかったから。…しかし二年前、多くの人間をこの手で殺めたのは揺るぎない真実。ぬしが、それを許せないのならば━━━━━今ここでわっちを斬れ」
顔を伏せたまま、モミジはそう続ける。
棘のある言葉だったがしかし、その声は…震えていた。
ヤマトの頭の中には、モミジの話してくれた光景が浮かび上がる。
目の前で両親、仲間を殺され、自分の故郷は壊滅。唯一生き残った兄は目の前から消え、彼女は一人ぼっちになった。
そんな絶望の中現れた人間は、自分を大切に育ててくれた仲間達の死骸を踏みながら渓流に侵入してきた。
自分に置き換えたらどうだろうか?
その光景を見て怒らずにいられるだろうか?
自分の腕の中で息を引き取ったユズカの姿が鮮明に思い出される。
あの時、恐暴竜にヤマトが向けた感情はモミジの"それ"と相違なかったのではないだろうか。
ヤマトの出した答えは━━
「…すまん」
乱暴に掴んでいたモミジの襟から手を離し、思わず謝ったヤマトを見て彼女は苦しそうに顔を歪ませる。
「何故…ぬしが謝る?いけないのはわっちじゃろう…?わっちは、人を何人も殺めたんじゃぞ、この手で!!!この牙で!!!!!なのに何故!!!!何故ぬしが謝るんじゃ!!!」
モミジがこんなにも取り乱すところは初めてだった。
今になって色々を思い出したのだろう。
言葉だけでは落ち着かない、ヤマトはそう判断してモミジを抱きしめた。
「っ…!!!」
「落ち着け…。いまになって後悔しても…過ぎちまったことはしょうがねぇだろ」
「でも…!!!」
「大丈夫だから」
彼女を強く抱き締めながら優しくそう呟くと、モミジの身体がビクリと震え、目からは涙が溢れ始める。
「すまぬ…ぬし…わっちは…わっちは…どうしたら…!!」
その後は声にならなかった。
モミジは胸の中で泣き叫び、ヤマトはそれを受け止めるしかない。
少し先の物陰でひっそりと見守るレンを見つけたが、大丈夫だからと口パクで伝えると、彼は素直に頷きハウスへ戻って行った。
泣き続けたモミジが落ち着いたのは、30分ほど経ってからだった。
「…すまぬ。」
「別にいいさ。ありがとな、辛い事話してくれて」
「…許すのか…わっちを」
真っ赤にはれた目でモミジは不安そうにヤマトを見る
「人を…殺めた事実は消えない。だが、俺が出会ったのは━━お転婆で、わがままで、食いしん坊で…人間が好きな、ただの獄狼竜だ。誰にだって話したくない過去の一つや二つ…あるだろうからな」
「そう…か…」
その時、桟橋の向こうから駆けてくる足音がし、振り返ると濡れタオルを持ったレンがいた。
「モミジさん…あの…これ…」
「レン…お前…」
「すみません…話、聞いちゃいました」
申し訳なさそうに言うレンの頭をモミジがタオルで顔を拭きながら撫ぜる。
「良い。いずれは話さねばならなかった事じゃ。それより…」
「はい?」
「こんなわっちと…一緒に居て良いのか?」
不安そうなモミジの問に、レンは一瞬呆気に取られてから笑う。
「何言ってるんですか。僕は黒狼姫なんて呼ばれる竜は知りません。僕の目の前にいるのは、モミジさんです」
その言葉にモミジは目を見開き、俯く。
「も、モミジさん!?僕なんか悪いこと言っちゃいましたか!?!?」
焦るレンの頬にモミジは両手を添えると、涙ぐんだ目で笑う。
「何を言うか、嬉しいだけじゃ」
「そう…ですか…良かったです…!!」
レンはほっと息をつくと、少し真剣な顔になる。
「それに…僕もお二人に…言っておかなければならない事があります。」
そう言うとレンは、すぅ。と息を吸い込んだ。