Persona x Classroom of the Elite   作:仔羊肉

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 ゴミ山の頂上、その巨大なシャドウは居た。

 

 古代闘技場の様相に相応しく、古代ギリシャの戦士を思わせる白い甲冑、頭頂部には鮮やかな鶏冠の兜、そして露出した浅黒く鍛え上げられた筋肉質の肉体。

 

 片手には重厚な丸い盾、もう片手には武骨な片手剣を握りしめている。

 

 そして何より異常だったのは、その甲冑の中央──胴体の内部に、須藤健が胸から上を覗かせ、目を瞑った状態で捕らえられていたことだった。

 

『OAaaaaaaッ!』

 

 地鳴りのような雄叫びを挙げ、巨大なシャドウは今にもこちらへと飛びかかってきそうな殺気を放つ。

 

 背後では、堀北とヒュロポス、そして櫛田もそれぞれ体制を整えていた。

 

 オレは両手首に巻かれたバンテージの締め具合を淡々と確認しながら口を開く。

 

「全員、散開」

 

 言葉を発し終えたその瞬間、巨大なシャドウが重低音の雄叫びを揚げて一気にこちらへと突っ込んできた。

 

「いきなり突っ込んでくるのよーっ!?」

 

 ヒュロポスが絶叫する中、オレは静かに意識を集中させ、ペルソナ『ザントマン』を喚起する。

 

「──テンタラフー」

 

 瞬時に空間に旋風が巻き起こり、敵の精神を惑わす怪しい砂嵐がシャドウを包み込もうとした。

 

 しかし──シャドウはその混乱の砂など意にも介さず、盾を振り、豪快に払い除けると、巨体からは想像もつかない速度で目の前まで肉薄してきた。

 

 堀北、ヒュロポス、櫛田は散り散りになり、シャドウの獲物範囲から避難している。

 

 シャドウは眼前で剣を上段に深く構え――大上段からの唐竹割り。

 

「きゃあああっ!?」

「綾小路くんっ!」

「人間さんっ――!」

 

 堀北、櫛田、そしてヒュロポスの悲鳴に似た絶叫が耳に届く。

 

 頭上から一直線に振り下ろされる、死の一撃。

 

 オレはその一撃が頭部に達するまさにその瞬間、わずかに身体をひねって半身になった。それと同時に、振り下ろされる刃の横合い──攻撃の威力が乗らない側面へと己の腕を叩きつけ、軌道を無理やり逸らす。

 

 激しい落雷のような衝撃音と共に、床が派手に破砕された。

 

 僅かにずらした軌道と、最小限の体捌き。その二つによって、即死級の強烈な一撃を完全に無効化してみせる。

 

 舞い上がる土煙が晴れていく。

 

 仕留めたと確信したのか、ニヤリとほくそ笑んでいるシャドウ。オレは刺さった剣の柄を踏み台にして跳躍すると、滞空したままその浅黒い顎へと強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

 ゴッ、と重い打撃音が響く。

 

 だが──圧倒的な質量差なのか、それとも単純に須藤のシャドウがタフなのか、顎を直接撃ち抜かれたにもかかわらず、効いた様子は微塵も見られない。

 

 オレは着地しながらバックステップで一定の距離を保ち、手元で『来い』と手招きして挑発してみせる。

 

 案の定、頭に血が上ったシャドウは再び怒号のような雄叫びをあげて突進してきた。

 

「ヒュポォォォッ! カッコイイのねー! キャー! 人間さん! サイコーなのっ!」

「滅茶苦茶よ、あなた! 現実に戻ったら覚悟しなさい!」

「心配させんな、馬鹿っ! 先に言えっ!」

 

 それぞれが散った先から聞こえてくるヒュロポスの歓声、堀北の憤怒交じりの脅迫、そして櫛田の大声での苦情。

 

 そんな三者の騒がしい声を完全に無視し、オレはこちらを目掛けて斬りかかってくるシャドウの挙動を見極める。

 

 どうやら、戦闘は上手い方ではないらしいな。

 

 先ほどの一撃で技量差など想像もついたにも関わらず、またもや同じように追いかけてくる。

 

 あの巨体と圧倒的な質量を生かすのであれば、広範囲をまとめての薙ぎ祓いが有効だろう。しかし奴は、感情に任せて縦と斜め、線や点といった攻撃ばかりを繰り出してきている。

 

 ──極めて、避けやすい。

 

 叩きつけ、叩きつけ、叩きつけ、叩きつけ。

 

 全てを避けきり、合間にペルソナで魔法を放つ。そして両サイドからも櫛田の範囲攻撃、堀北の支援、ヒュロポスの牽制が続く。

 

 だが――倒れない。

 

 一方的な嬲りにシャドウは酷く傷つき、荒い息を吐きながらも倒れることはない。

 

「っこ、のっ! いい加減、倒れろっ!」

 

 櫛田の焦れた声と共にマハムドが振り注ぐ。その瞬間、どこからか笛の音が鳴り響く。そして、シャドウはよろよろと立ち上がり、最初の位置へと帰っていった。そんなボスシャドウの背中に向かって――。

 

「なーに、休んでるのよー! 復興部にはお休みなんてないのよー!」

 

 嫌な台詞を吐きながらヒュロポスがガルを放つ。しかし、いつか見たことのある半透明の盾が浮かび上がり、ガルをそのままヒュロポスへと返した。

 

 ピピピーっと激しい笛の音がヒュロポスの行動を咎めるかのように鳴り響く。

 

「ヒュぽぉぉぉっ!?」

 

 その光景を見て櫛田は頬が引きつる。

 

「ねぇ、綾小路くん。私さ、今見た光景をここに入ってきた時に見た気がするんだけど……」

 

「奇遇だな。オレもだ」

 

 幸いなことにヒュロポスは気絶していない、ペルソナをユニコーンに切り替えてメディラマを唱える。そんなオレに近づいてきた堀北が神妙な面持ちで尋ねてくる。

 

「……綾小路くん、あなたのデビルスマイルだったかしら? それって効くと思う?」

 

「試してみるが……効くといいな」

 

 空間全体を揺るがす音、ボスシャドウが雄叫びを挙げる。

 

 インターバルの終了。巨大なシャドウがゴミ山の頂上から荒々しく突進してくる。

 

 オレは即座に新たなペルソナを召喚する。

 

「──『モコイ』」

 

 異形の怪異を顕現させると同時に、相手の精神を恐怖で縛るスキルを撃ち抜く。

 

「デビルスマイル」

 

 最初の闘技場フロアにおいて、その怪しい笑み一つで敵を恐怖の底に突き落とし、戦意を喪失させて不戦勝をもぎ取ったモコイの呪縛。

 

 だが──。

 

『GLAAAAUUUAUUA!』

 

 シャドウは腹の底から響く裂帛の気合い一鳴きで、空間に漂う恐怖の波動を強引にかき消してみせた。

 

 勢いを殺さぬまま振り下ろされる鋭い剣閃。紙一重で身体を捻って回避し、着地ざまに再度『デビルスマイル』を放つ。しかし、押し寄せる波動はシャドウの浅黒い筋肉の表面で弾け飛び、欠片も効いている気配がない。

 

 精神耐性が高いのか、それとも興奮状態で恐怖を感じていないのか。

 

 オレは小さく舌打ちを漏らすと、間髪入れずにペルソナを『リリム』へと切り替えた。

 

「──マリンカリン」

 

 ピンク色の妖艶な光がシャドウを包み込む。かつて櫛田のアディトンでボスシャドウが繰り出し、相手を魅了状態へと落とし込む状態異常スキル。

 

 このアディトンの戦闘中に覚えた新たな技は披露する暇もなかったが、その真価を確認するのはまたの機会になるらしい。

 

 甘い光の粒子もまた、シャドウの荒々しい闘気を前に虚しく霧散した。

 

 距離を保ちながら観察する。

 

 状態異常魔法はまったく通じない。だが、完全に攻撃が効いていないわけではないのだ。 

 

 後衛の三人から降り注ぐ――櫛田の『マハムド』、堀北の『ジオ』、そしてヒュロポスの『ガル』が命中すれば、シャドウは明確に苦悶の表情を浮かべ、ダメージを蓄積させている。櫛田のボスシャドウと相対したときのような、吸収、無効といった様子ではない。

 

 けれども──幾ら打ちのめそうと、倒れることがない。

 

 二度、三度と膝をつかせ、今にも崩れ落ちそうに見えても、シャドウは驚異的な執念で再び立ち上がってくる。もしこのまま力押しの根比べになれば、じり貧に陥るのは目に見えていた。

 

 ──ピィィィィッ!

 

 ホイッスル音が鋭く空間を圧し折る。

 

 攻撃モーションの途中だったシャドウは強行突破を諦めたようにピタリと足を止め、荒い息を吐きながらノロノロと中央の初期位置へと引き返していった。暫しのインターバルだ。

 

「あと二回……だよね……」

 

 オレが三人のもとへ辿り着いた時に櫛田が荒い呼吸混じりにこぼした言葉。

 

「……後ろからだと強さはそこまで脅威を感じないけれど、とにかくタフね」

 

 そして、堀北は何かを考えるように顎に手を当てる。

 

「笛……」

 

 堀北が呟いた単語は今回の仕切りについて。ブザー音ではなく、鳴り響く笛の音が今回の攻防を区分けている。

 

 堀北はそこで言葉を止める。

 

「バスケの場合、ホイッスルって……」

 

「そこまで強くないから安心なのよー! ただあいつ、人間さんばっかり狙ってるからあたしは人間さんが心配なのよー!」

 

 ヒュロポスがバタバタと翼を羽ばたかせながらオレの頭上を飛び回る。その言葉を聞いた櫛田は、呆れたように肩をすくめて簡単に言い放った。

 

「あいつ、女は殴れないだけでしょ」

 

「……そうなの?」

 

 堀北が意外そうに眉をひそめて尋ねる。

 

「前に図書館で堀北と口論になってたじゃん? あれ、相手が男だったら絶対に殴られてるよ」

 

「そう、ね……。あの時は確かに、彼に酷いことを言ってしまったわ」

 

「まぁ、でも、実際には手を出さなかった。ってことは、あいつなりに暴力を振るうルールってのがあんのかもね。たとえば──『女は絶対に殴らない』とかさ」

 

 櫛田の分析に、オレは深く納得した。

 

 感情に任せて衝動的に暴力を振るう粗暴な男に見えて、須藤の根底には「一線」を画す独自の規範が存在する。それがこのアディトンの法則性にも色濃く反映されているのかもしれない。

 

 第一層目の闘技場。戦闘不能は退場扱い、敵前逃亡は失格。

 

 整然としすぎたそのルールをオレは脳内で反芻する。

 

 思い出すのは、このアディトンに突入して間もない頃の光景だ。

 

 豪快に振り下ろされた金棒の一撃に弾き飛ばされ、壁へと激突した堀北の姿。現実世界であれば即死──良くて全身不随になりかねない凄惨な一撃だった。

 

 今までもそうだった、現実世界で死ぬ、という感覚がオレの中で相手の打撃を受ける選択肢を消していた。勿論、攻撃を回避することに越したことはないが――もしかすればこの行動がこの目の前のシャドウと対峙する上で邪魔になっている可能性がある。

 

 須藤健の防衛機制。第一層は『投影』で第二層『行動化』だろう。

 

 投影とは、己の内部にある容認しがたい感情や欲望、罪悪感を、他者が抱いているものとしてすり替える精神の防衛機制を指す。

 

 須藤は「周囲が自分を信じてくれない」「みんなが俺をハメようとしている」と叫び、被害者を自称する。しかし、その真相は逆だ。

 

 本当は、彼自身が周囲の誰も信じていない。自分から周囲を拒絶し、敵視しているのだ。だが、そんな愚かな己の拒絶心を正視することができないため、彼は「周りが俺を敵視しているから、俺も戦わざるを得ないのだ」と認知の主客を入れ替えてみせる。

 

 だからこそ──このアディトンの入り口は『古代闘技場』という形を取っていたのだ。

 

 ここに足を踏み入れる者は皆、彼にとって「自分を攻撃してくる敵」でなければならない。敵であるからこそ、彼は全力を叩きつけ、暴力を振るう自分を正当化できる。

 

 そして、もう一つの防衛機制である行動化。

 

 言葉で処理しきれない苛立ちや劣等感、激しい葛藤を、思考を介さず即座に「暴力」や「破壊行為」として外部へ吐き出してしまうこと。

 

 闘技場を抜けた先、二層目に存在していたあの広大な空間。

 

 宝物庫と題されていながら、そこに並べられていたのは原形を留めないほどに壊された品々の残骸だった。壊れた机、破れた推薦状、千切れたノート、丸めたユニフォーム──彼にとって価値があったはずの「宝物」は、彼自身の『行動化』という精神の暴走によって、自らの手で徹底的に破壊し尽くされていた。

 

 そして、その破壊された宝物のゴミ捨て山──その頂点に位置しているのが、遠目でも荒い呼吸を吐くこの巨大なボスシャドウ。

 

 そして、そのボスシャドウが雄叫びを挙げる。

 

「まだブザー鳴ってないのに!?」

 

 櫛田の驚愕を他所に巨体が走り寄ってくる。

 

「全員、散開」

 

 オレの合図と共に櫛田は後方へ、ヒュロポスと堀北は左右に分かれて近接距離から離れる。そして、寄ってきたボスを相手にオレは構える。

 

 堀北の呟き、鳴らなかった開始の合図。

 

 一層目と同じ――そう判断すれば取り返しがつかないかもしれないな。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 速度が増しているな、と気づいたのはアレから二度の笛が鳴ってから。振り下ろされる剣戟は威力と共にその鋭さを増している。

 

 ヒュロポスのガルがシャドウの背中に突き刺さり、ホイッスルが鳴る。

 

 しかし期待していた変化は訪れない。ボスは再びスタート位置に戻って待機するだけ。

 

「終わんない……!?」

 

 櫛田の愕然とした呟きに堀北は顎に手を当てて考えている。

 

「入口の階層、あれがブザーだったから時間を区切る合図だと思っていたけれど……ここは違う。ブザー音ではなくホイッスル。それが意味しているのは──ファウルやバイオレーション。つまりは何らかのルールが存在して、それを私たちは知らず知らずのうちに破り続けたということじゃないかしら」

 

「っ……わ、私のせい……? 私があと二回とか口走っちゃったから……」

 

 堀北の推測を聞いた櫛田が、顔色を失って声を漏らす。

 

「いいえ、違うわ。私達全員よ」

 

 堀北は静かに首を振り、シャドウが佇むゴミ山の頂を見つめながら言葉を重ねる。

 

「……ファイブファウル。それを超えたら重大なペナルティがあるかもしれないわ」

 

「ファイブファウル? ファウルを五回すると何かあるのか?」

 

 オレが疑問を投げかけると、堀北は信じられないものを見るような視線をこちらに向けてきた。

 

「退場よ。一人が五回のファウルを行った時点で退場、チームで五回行えば、相手にフリースローが与えられるの……もしかして、あなたバスケを知らないの? 体育でやったことくらい――」

 

「未経験だ。ルールも知らない」

 

 堂々と告げると、堀北は深々と溜息を吐き、鋭く睨みつけてきた。

 

「……知らないことは正直に最初に話しなさい」

 

「……はい」

 

 素直に認めて謝意を込めて返事をすればオレの頭上で、フワフワと浮遊していたヒュポロスが勢いよく羽ばたいた。

 

「ツンツンさん! あんまりうちの子を怒っちゃ駄目なのよー! 人間さんは悪くないのよーっ!」

 

 マスコットキャラクターに「うちの子」扱いされて擁護されるのは、酷く惨めな気分だった。

 

 堀北は一度コホンと咳払いを挟むと、意識を切り替えるように表情を引き締める。

 

「とにかく、このまま攻撃を無闇矢鱈に続けるのはマズイのかもしれないわ」

 

 ファウルにバイオレーション。バスケにある細やかなルールを知らなかったオレに新たな知識が吹き込まれた。

 

 そしてコアシャドウ、その防衛機制から推測すれば――。

 

「――オレに提案がある」

 

 オレが思いついた作戦を聞き終えて――。

 

「貴方、正気……? けれど、いいわ、乗ってあげる」

「ひゅぽぉ……大丈夫なの、それで?」

 

 どうやらヒュロポスは乗り気ではないようだ。そして、櫛田は――。

 

「待って、その作戦」

 

 異を唱えた。誰かが止めるという可能性としては考えていたがヒュロポスではなく櫛田というのは些か予想からズレる。

 

「櫛田」

 

「違う、作戦内容に異議があるわけじゃない。堀北じゃなく、あたしがやる」

 

 その決意の強い瞳に堀北は否を唱える。しかしながら話はまとまっていないにも関わらず雄叫びと地響きが始まりの合図を告げた。

 

「――作戦は櫛田を中心に行う、各自散開」

 

 堀北は未だ納得していないまま、ヒュロポスは心配そうにオレを見つめて、左右へと散る。そしてオレの背後から数メートルの位置に櫛田は構えた。

 

 地響きと共に巨大なシャドウがゴミ山を駆け下り、一直線にこちらへと突進してくる。

 

 狙いは一貫してオレだ。飽きもせずに正面へと躍り出ると、両手で握りしめた武骨な片手剣を豪快に振り下ろしてくる。

 

「きゃっ……!?」

 

 背後に控えていた櫛田から息をのむような小さな悲鳴が漏れた。

 

 オレは最小限の身体捌きで迫り来る連撃を回避しつつ、即座に仮面を架け替える。召喚したのは『リリム』だ。

 

「──マハラクカジャ」

 

 味方全体の防御力を引き上げる強化光膜が展開される。さらに後方から堀北の支援魔法も重なり、準備が瞬時に整えられていく。

 

 間髪入れずにペルソナを『ザントマン』へと切り替えた。

 

「──テンタラフー」

 

 精神を惑わす混乱の砂嵐を撒き散らす。だが、シャドウは浅黒い腕を振るい、持っていた丸盾で強引に砂を払い除けてみせた。

 

「そこよ! ガルーラっ!」

 

 控えていたヒュロポスが甲高い叫びと共に風の刃を撃ち出す。

 

 ──放たれた強烈な風の奔流はシャドウから僅かに狙いが逸れ、オレの立つ足元へと一直線に向かってきた。

 

 瞬時にバックステップで跳躍し、直撃を避ける。直後、オレが立っていた場所のゴミ山が爆風によって派手に吹き飛んだ。

 

 直接的なダメージこそなかったものの、自らの攻撃を邪魔されたのか、それとも着弾の不快感に腹を立てたのか。シャドウは苛立ちを露わにして邪魔な丸盾を地面へ叩き付けると、大上段に構えた片手剣に凶悪な殺気を込めた。

 

 頭上から一直線に振り下ろされる死の一撃。

 

 ──その瞬間。

 

 オレが身をひねって回避運動に入るのと入れ替わる形で、背後にいた櫛田桔梗が剣の射線へと猛然に侵入してきた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 空間を圧する櫛田の絶叫。

 

 次の瞬間──ピピピピピィィィィッ!!と、鼓膜を圧し折るほどの苛烈で力強いホイッスル音が響き渡った。

 

 激しい衝撃音と共に舞い上がった土煙が晴れていく。

 

 剣を振り下ろしたはずのボスシャドウは、苦悶の雄叫びを上げながら片足がボロボロと塵と化して散っていった。巨体を支える術を失い、派手に崩落していく。

 

「ハッ……ハァッ……っ!」

 

 荒い息、眼前の櫛田は息が絶え絶えながらもその両の瞳には宿る戦意は消えていない。制服の一部は破れ、全身煤だらけになりながら、片膝をつき、激しい打撃を受けた右肩を強く押さえながらも――敵を睨む瞳は爛々と輝いている。

 

 あれだけの質量の攻撃。あれだけの速度。

 

 にも関わらず、死は愚か、気絶もしていない。

 

 ――上手くいったか。

 

 堀北や櫛田をとことんまで無視して来たボスシャドウ。

 

 オレたちはその習性を利用し、女子を盾にする──より正確には「敵の攻撃射線上に強制介入させる」作戦を提示した。

 

 ──その思考に至った切り口は、第一層の闘技場で堀北が受けたあの打撃だ。

 

 思い出すのは、突入直後に豪快に振り下ろされた金棒の一撃を受け、壁へと弾き飛ばされた堀北の姿。

 

 現実世界であれば即死──骨が粉砕し、内臓が破裂して全身不随になりかねない凄惨な打撃だった。けれども、彼女は一時的に気絶し、軽度のショック症状を起こす程度で済んだのだ。

 

 つまり、この異世界『アディトン』における生命の法則は、現実の解剖学的な肉体構造とは大きく異なる。

 

 オレたちには『SP』と名付けた心のエネルギー以外にも、生命力、生体エネルギーと呼んでも差し支えない何かが肉体を動かしている。

 

『……そうよね、本来ならばあんな一撃……私は死んでいたかもしれないわ』

 

 作戦を提示した際、堀北は己の身体を抱きしめるようにぶるりと身体を震わせた。

 

『その光景を振り返り、オレは、あの剣が当たっても死なないと思っている』

 

『それを確認する術は、実際にあの剣を受けることだけ……ね』

 

『そして、その上であのボスシャドウが律儀に守っているルールを破らせる。堀北、頼めるか』

 

 堀北は顔を真っ青に染め、絶句した。だが、やがて自身の恐怖をねじ伏せるように唇を一文字に結び、力強く頷いたのだ。

 

『いいわ、乗ってあげる』

 

 そうして同意した堀北を押しのけ、「私がやる」と名乗り出たのが櫛田だった。

 

 ──そして、現在。

 

 その策は成った。

 

 櫛田は戦闘不能に陥ることなく耐え抜き、「女は絶対に殴らない」という自身の絶対的規範を強制的に破らされたボスシャドウは宙から現れたから落雷に、その四肢の一部をもぎ取られた。そしてその強烈な一撃は二度、三度と降り注ぐ。

 

 オレたちが何をしても倒れなかったシャドウが消えていく。

 

 その光景を見て、須藤にとって女性を殴ることはある意味トラウマに近い何かがあるのかもしれないな、とオレは推測を立てた。

 

 シャドウが消えて、須藤が仰向けに横たわっている。

 

 須藤はすぐに意識を取り戻したのか、うめき声を上げながら上半身だけを起こし、ぼやけた視線でオレを見上げてくる。

 

「……女を盾にするなんて……正気かよ……」

 

 擦れ声で、小さく呟く須藤。その瞳には、呆れと微かな苦笑が混ざっていた。

 

「今のところ、攻略の糸口がそこしか見えなかったからな」

 

 オレが淡々と答えると、須藤は力なく視線を落とした。

 

「へっ……そうかよ……」

 

 敗北を受け入れた須藤の背後、その頭上には、これまでのボスシャドウの時と同様に禍々しくも静かな光を持つ霧――コアが浮かんでいた。

 

 オレはすぐさまペルソナを『ユニコーン』へと切り替えると、傷ついた櫛田へと向けて光を放つ。

 

「──メディラマ」

 

 緑色の温かな光が櫛田を包み込み、激しい打撃によって痛めつけられた右肩や全身の損傷が急速に癒やされていく。オレは制服の上着を脱ぐと、煤で汚れ、一部が破れてしまった櫛田の肩へと静かにかけ渡した。

 

「ありがと……綾小路くん」

 

 櫛田はよろよろとした足取りでオレへと寄りかかり、その体量を預けてくる。そして、上着の襟元をぎゅっと握りしめたまま、地面に座り込む須藤を見据えて口を開いた。

 

「ねぇ……あんたがなんで女を殴れないか、当ててやろうか?」

 

 唐突な問いかけに、須藤は不審そうに眉をひそめ、無言のまま櫛田の言葉を待つ。

 

「どうせ、本心じゃ『自分が良い子にしていれば、母親は出ていかなかった』とか、そんなくだらないこと考えてるんでしょ」

 

「て、テメェに……何がわかる! 何が──っ」

 

 図星を突かれたのか、須藤の顔が激昂に染まる。しかし、それを制するように櫛田の冷ややかな、けれど酷く憎悪の籠もった声が空間を圧した。

 

「クソだよ」

 

 櫛田の冷たい言葉が須藤の言葉をとめる。

 

「大人は、さ……クソ、だよ。子供を作っておきながら、自分で面倒を見ない。逆に自分の思う通りにするために、操り人形みたいに支配しようとする。世の中にはさ、そんな家たくさんある。夫婦なのに外で女を作ってる父親に、浮気相手と遊びに行く母親。そんで、お金だけ置いて好きなご飯を食べさせてれば、それだけで親の義務を果たしてるかのような面……。それだけじゃない、教師だってクソばっかり。うちの中学の時の担任なんて、不倫どころか未成年に手を出してる始末だったよ。ほんと……クソ。クソみたいな大人ばっか」

 

 吐き捨てるような言葉。それは須藤へ向けたものでありながらも――。

 

「……そ、そんな奴らばかりじゃねぇだろ……」

 

「そうだね。でも、あんたの両親も、――の両親も……そんなクソだったわけじゃん」

 

「ち、違う……! それは、オレが──」

 

「違わないっ!」

 

 櫛田が叫ぶ。その強い拒絶の突風に、須藤は思わず言葉を詰まらせた。

 

「どんな理由があったって、あんたを捨てたことはあんたのせいじゃないでしょ!? 良い子だったら捨てられなかった? ふざけんなっ! 良い子でも悪い子でも捨てないのが親でしょ! 例えどれだけ悪くたって、子供を見捨てたら駄目なんだよ……! それを、捨てられたあんたの方が『俺が悪いからしょうがない』なんて諦めてるのが……一番、腹が立つ」

 

 叫び終えた櫛田は、そのまま小さく肩を震わせ、オレのシャツの胸元へと顔をうずめた。込み上げる感情を抑え込むように、強く生地を押し当てて涙を拭っている。

 

 言葉を失った須藤は、己の大きな両手を見つめ、固まっていた。

 

「……オレは……オレ自身が嫌いだった……」

 

 ぽつりと、須藤の口から押し殺した声が漏れ出す。

 

「頭に血が上りやすくて、すぐに手が出て……本当は大切なもの、たくさんあったはずなのに……いつも自分で全部壊しちまう……。そんな自分が、大嫌いだったんだ……」

 

 絞り出すような独白。それは彼がこれまで誰にも明かすことの出来なかった、歪んだ蛮勇の裏側に隠された本音だった。

 

「心のどっかで思ってた……お袋が……母さんが俺を捨てたのは、俺が悪かったからじゃねぇかって……。親父がずっと黙って何も言わねぇのも、俺と関わりたくないからじゃねぇかって……。だったら、俺の方から捨ててやろうって思った。俺をそんなに煙たがるなら、俺からこんな場所、出て行ってやるって……! でも、本当は……俺は……っ」

 

 ガッ、と須藤は荒々しく地面を叩きつけた。拳から血が滲むのも構わず、破砕された床に額を押し付けるようにして深々と蹲る。

 

「誰も信じてくれないって叫びながら……俺自身が、誰一人として『俺を信じてくれる』なんて信じちゃいなかった……。だって……俺には助けられる価値もねぇ……正真正銘のクズだって……俺自身が誰よりもそう思ってたんだからよぉっ……!」

 

 荒い落涙と悔涙がゴミ山の床を濡らしていく。

 

 己の存在価値を否定し続けてきた男の絶望。そこへ──小さな影がふわりと降り立った。

 

「そんなことないのよーっ!」

 

 ヒュロポスだ。彼女はバサバサと翼を強く羽ばたかせると、地面に蹲る須藤の大きな頭を、小さな両手でめいっぱい抱きしめた。

 

「あたし、知ってるんだから! あんたが凄い奴だってこと! それにとっても友達思いだってこと! 今回Cクラスの奴らに呼び出されたのだって、クラスの為だったんでしょ!?」

 

「……っ!」

 

「マッカッカさんがとっても頑張ってたのを、あたしたちが一番知ってるの! あなたを信用できる人だって、あたしたちが信じているのよ! だから……あなたが自分を信じられなくても、あたしたちが、あなたが自分を信じられるようになるまでお手伝いするのよー!」

 

 無邪気で、けれど一切の濁りがない純粋な肯定。

 

 その言葉が、須藤の胸の奥底に刺さっていた刺を優しく包み込んだ──次の瞬間。

 

 ──ビリッ、と亀裂の音が響いた。

 

 須藤の背後に浮遊していたコアがリストバンドになって燃えていく。

 

 青白い炎の中から燃えカスがポロポロと現れて、須藤の背中に染み込んでいく。

 

 光の塵は、優しい粒子となって、蹲る須藤の全身へと降り注ぐ。

 

 過去の呪縛が解け去り、己の弱さを受け入れた、本心を見つめた証。

 

 須藤は頭を抱えられたまま、子供のように声を上げて泣き続けていた。

 

 オレの隣に立つ堀北も、制服を握ったまま睨みつける櫛田も。そして抱きしめ続けるヒュロポスと。誰一人として言葉を挟まず、その慟哭を止めずに、そっと見守り続けた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 しばらくして、ようやっと須藤の慟哭が収まった。

 

「へ、へへっ、情けな──!? うぉぉぉぉっ!? なんだ、このバケモン!?」

 

 鼻をすすりながら照れくさそうに顔を上げた須藤だったが、今まで自分がしがみついて抱きしめていた存在が、巨大なぬいぐるみのような異形のマスコットだと気づいた瞬間、驚愕の声を上げた。

 

「ば、ばばばば、バケモノ!? なんたる言い草! なんたる誹謗中傷なの! こんなの開示請求で名誉毀損で訴えてやるのーっ!」

 

 名誉毀損において、害されるべき社会的評価や事実が存在しない、あるいは事実無根の暴言である場合は名誉毀損罪は成立しない。そして目の前に居るにも関わらず何を開示請求するというのか。

 

 ヒュロポスは顔を真っ赤にしながら短めの羽根をバタバタと振るって「こんにゃろ、こんにゃろ!」と須藤の太い腕をポンポンと叩いていた。

 

「わ、わりぃ……」

 

 怒り狂う謎の鳥にタジタジになりながら頭を下げる須藤。その滑稽な光景に、堀北は呆れ半分といった様子で苦笑を漏らし、オレの隣にいた櫛田は耐えきれなくなったように「ぷふーっ」と肩を揺らして吹き出していた。

 

 ──だが、その平穏は長くは続かなかった。

 

 突如として空間全体が激しく揺れ動き、地響きが轟く。

 

 ガタン! ガタンッ!と音を立て、上空から巨大な瓦礫や石造りのブロックが雨のように降り注ぎ始めた。

 

 アディトンの主であるシャドウが消滅したことで、空間そのものが耐えきれずに崩壊を始めたのだ。

 

「ヒュロポス! 変身して!」

 

 迫り来る落石を見上げ、堀北が焦りを含んだ声を張り上げる。

 

「もぅ、しょうがないのね! 究極完全態美少女監督によるスーパーメイクミラクル──」

 

「さっさとしろ、アホ鳥!」

 

「ん、んもぅ! 覚えてなさいよ、ツンツンさんもハラグロさんも! ていっ!」

 

 櫛田の一喝に煽られ、ヒュロポスは不満の声を上げながら一瞬で眩い光に包まれる。光が晴れた先には、小型のヘリコプターが一機、爆音を立てて滞空していた。

 

「乗り込め!」

 

 オレの合図に、堀北と櫛田が迅速に機体へと乗り込んでいく。何が起きているのか分からず混乱している須藤の肩を叩き、「いくぞ」と指示を出した。

 

「お、おう!」

 

 須藤も慌てて巨体を滑り込ませる。全員の乗車を確認すると同時に、ヒュロポスヘリは急上昇を開始した。

 

 頭上から降り注ぐ巨大な瓦礫を巧みな旋回で回避しながら、脱出を図る。

 

 しかし──。

 

「ぎえぴー! でっかいのがきたー!」

 

 ヒュロポスの悲鳴のような絶叫が旋風に乗って聞こえてきた。

 

 窓の外を見上げれば、ヘリコプターをまるごと押し潰さんばかりの、家一軒分ほどもある巨大な岩塊が一直線に重力に従って落下してきていた。回避するほどのスペースはない。

 

「マハンマ!」

 

 すかさず櫛田が、ペルソナ『アカモート』をヘリの外へ喚起して光の束を解き放つ。しかし、破魔属性の光の攻撃は巨大な実体を持つ土塊に対して岩の表面を削り取る程度に留まった。

 

「プロウニコス! ──ブフーラ!」

 

 間髪入れずに堀北がペルソナを召喚し、強力な氷結魔法を打ち込む。凍てつく氷塊が岩に衝突し、一瞬だけ落下速度を鈍らせ、押し返すような挙動を見せたが──圧倒的な質量差に圧され、再び岩は重力に導かれて迫ってきた。

 

「……搦手のペルソナしか用意してないのはミスったな」

 

 オレの呟きを聞いた堀北と櫛田は顔を青ざめて万策尽きたかのように、お互いを強く抱き合い、ぎゅっと目を瞑る。

 

 ──その時だった。

 

「来いよ! ──ヤオっ!!」

 

 須藤の腹の底からの咆哮が機内に轟いた。

 

 直後、彼の背後に顕現したのは、逞しい筋肉質な肉体に凛々しい獅子の頭部を戴く、壮麗な闘士の姿──新生した須藤健のペルソナ『ヤオ』だ。

 

「乱れ打ちぃぃぃっ!!」

 

 ヤオが咆哮と共に放ったのは、目にも留まらぬ速さの拳の連打。

 

 迫り来る岩の表面に幾つもの重厚な手形が刻み込まれ、最後に叩き込まれた渾身の一撃が、巨大な岩塊を破砕してみせた。

 

 バラバラと塵となった隙間を旋回して縫い取り、オレたちの乗るヘリコプターはなんとか崩壊するアディトンを抜け出し、フォーラムの広大な空中へと舞い戻ることに成功した。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 フォーラムの拠点である中央モニュメントの近くへ無事に降り立ったオレたちは、息を整えた後、須藤へこの異空間『フォーラム』と心の領域『アディトン』についての基礎的な説明を行った。

 

 ペルソナやシャドウ、歪んだ認知についての解説を聞き終えた須藤は、眉間にシワを寄せながら頭を掻いた。

 

「……よくわかんねぇけど、ここを直していったら現実での揉め事や喧嘩とかが減るんだよな?」

 

「えぇ、それだけではないけれど、精神的な歪みを正すことでそういった側面も持つわ」

 

 堀北が肯くと、須藤は真剣な眼差しでオレたちを見つめ返してきた。

 

「ならよ、俺も手伝わせてくれねぇか! 今回の恩返しもしてぇし……何より、俺もお前らの力になりてぇんだよ」

 

 不器用だが真っ直ぐな言葉。しかし、それを聞いた櫛田はやれやれと肩を竦めて口を挟んだ。

 

「あんた、部活どうすんのよ」

 

「そ、そりゃあ……部活と両立、させて……」

 

「はー、呆れた。平田くんにはあんな強情なこと言っておきながら、裏で自分は復興活動に参加するんだ」

 

 櫛田の意地の悪い突っ込みに、須藤は一瞬で撃沈したように顔を青くした。

 

「う、ぐっ……確かに平田にはわりぃこと言っちまったけどよ……」

 

「櫛田さん、意地悪を言わないの。──須藤くん、この場所で起こったことやここでの活動は、現実の時間経過にはほとんど影響がないのよ」

 

 堀北が嗜めるように言うが、須藤は頭の上に幾つもの「?」を浮かべて首を傾げた。

 

「……? 時間が進まねぇ……? どゆことだ?」

 

 時間の概念や精神世界の法則が理解できていない様子だ。

 

「はぁー……つまり、のび太くんがタンマウォッチで遊び呆けてるようなもん。わかった?」

 

 櫛田の説明に須藤が「おおっ!」と手をたたいた。

 

「は? つまり、ここだと遊び放題の寝放題ってわけか!?」

 

「そんなわけないでしょう。ここにはシャドウが徘徊しているから気は抜けないし、長時間活動していると時間の間隔も狂うわ、その上、体調まで崩しやすいから探索は基本的に短時間よ」

 

 頭が痛いと説明する堀北に須藤に「全然、タンマウォッチじゃねーじゃん」「そうなのよー! 全然タンマウォッチじゃないのよねー、ハラグロさん間違ってるのよー、ヒュポポポ」と二人が突っ込む。

 

 のび太くんやらタンマウォッチとやらは知らないが恐らく櫛田の比喩表現は間違ってはいないのだろう。しかし、比喩表現を通じない一人と一匹には間違いのように聞こえたようだ。

 

 櫛田は顔を赤くして頬を膨らませてからオレに向き直り「馬鹿って嫌い!」と強く抱きしめてきた。

 

 そんな光景を見て須藤は驚きながら「お、おぅ……」と見て、堀北はやれやれとコメカミを押さえていた。ヒュロポスも足元にやってきて櫛田の真似をして抱きついてくる。

 

「さて、話を戻すわ。部活との両立の前に須藤くん、貴方の問題をどうにかしなきゃ、ね」

 

「……そう、だな。今回の件、注意されてたのにあそこへ行っちまった。すまねぇ、都合のいいことだってのはわかってる。それでも、助けてほしい」

 

 須藤はオレたちに向けて頭を下げてくる。その真摯な態度に。

 

「勿論なのよ! 復興部員が困ってるから何とかしてあげるのが仲間なのよ! この美少女監督にとおまかせあれ!」

 

「美少女……? 美少女ってどこが?」

 

 須藤は下げた頭を首だけ動かして尋ねる。

 

「ンマー! なんて失礼な新入部員なのよ! 失礼っ! 失礼っ!」

 

 ペシペシと羽根で叩くヒュロポス。須藤は失言を悟ったらしく、「た、確かに美少女だ! 悪かった! すまねぇ!」と言えば「むふー、わかればいいのよ、わかれば」と満足げだった。

 

 須藤はそっとオレに近づいてきて小声で尋ねてくる。

 

「あ、綾小路……あれ、なんだ……?」

 

「あいつの名前はヒュロポス、この復興部の監督らしい」

 

 すると櫛田が抱きついたまま捕捉する。

 

「自分を美少女だと思っている精神異常鳥、ヘリコプターに変身できる謎生物」

 

「ますますわかんねぇ……っ」

 

 須藤が頭を抱えているのを見て櫛田はそっと離れて堀北に抱きつきにいった。

 

「まぁ、須藤がわからないことだらけのように、オレたちもまだまだわからないことだらけだ。だから、よろしくな、須藤」

 

 右手を差し出せば、須藤は力強く握りしめてくる。

 

「おうっ! よろしく頼むぜ、綾小路!」

 

 こうして新たなペルソナ使いが復興部へと加わった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 翌日。

 

 池とオレを除く全員が例外なく目を点にしていた。

 

 朝のホームルーム前、予鈴ギリギリになって教室の前扉を開けて飛び込んできたのは──見事な坊主頭だった。

 

「……ッ!?」

 

 普段は冷静な堀北も、人当たりの良い微笑みを絶やさない櫛田も、その劇的な変貌ぶりに目を見開いて絶句している。

 

 教室の中で驚いていない人間といえば、昨日フォーラムから戻った後にこの頭に改めた場に居た池と、オレくらいのものだろう。

 

 静まり返った教室で、いち早く声を上げたのは山内だった。

 

「ぶははははッ! なんだよ健、その頭! ハゲじゃん! クソウケるんだけど!」

 

 指を指して腹を抱える山内。だが──次の瞬間。

 

「山内くん、うっさい。黙って」

 

 櫛田の氷点下のごとき一言と、一切の感情を排した絶対零度の眼光。山内は「ひっ……」と引きつった声を上げ、一瞬で借りてきた猫のように大人しくなった。

 

 クラス中の視線が痛いほど集まる中、須藤は耳まで真っ赤に染めながら、入口から恥ずかしそうに教壇の横へと歩み出た。

 

 そして、そのまま教壇の脇で深々と、90度以上に腰を折って頭を下げた。

 

「……すまねぇッ!」

 

 教室全体に響き渡る大声での謝罪。

 

「今回の事件……原因を作ったのは、全部俺だ」

 

 殊勝な態度で己の非を認める須藤。しかしながら、いきなり謝られたからといって、それを無条件で許すか許さないかは個々の問題だ。不穏なざわめきが残る中、まっ先に声を挙げたのは幸村だった。

 

「須藤。それは、お前が喧嘩をして、Cクラスの奴らを怪我させたことを認めるということか……?」

 

 幸村の硬い問いかけに、須藤はガバッと顔を上げた。

 

「違ぇ! だが……俺は特別棟に防犯カメラが無いって以前言われてたにも関わらず、あそこに行っちまった。そして揉め事を起こした。それは事実だ」

 

 須藤は自らの浅はかさを隠すことなく、苦々しい表情で言葉を続けた。

 

「それだけじゃねぇ……! 俺は馬鹿で、バスケくらいしか取り柄がなくて……だから、クラスの会議に参加して色々考えてる平田や、クラスのために何かできる奴らに勝手に嫉妬してた……! すまねぇ、平田」

 

 不器用極まりない、けれど偽りのない本心の告白。

 

 突然名前を呼ばれた平田は一瞬目を見開いたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべ、優しく首を振った。

 

「大丈夫だよ、須藤くん。謝ってくれてありがとう」

 

 平田の温かい言葉に目頭を熱くさせながらも、須藤は視線をクラス全体へと向け直した。

 

「俺の普段の態度からしてみれば、お前らが俺を信じて貰えねぇのも当然だ。俺だって、信じてもらえるなんて思っちゃいなかった……。それでも……それでも俺を助けてくれるって言ってくれた奴らがいて……ッ!」

 

 須藤は拳をぎゅっと握り締め、胸の奥底からの声を叩きつける。

 

「頼む! 虫のいい話だってことは百も承知だ! 注意されてたのに特別棟に行った俺が悪いし、ノコノコついていってCクラスの奴らを突き飛ばしたのが原因だってことも分かってっから! でも……でも俺は、あいつらの顔を殴ったりもしてねぇ! ボコボコにしたなんて……全部、嘘なんだよ! だから、お願いします……助けてください」

 

 須藤は再度、床に届かんばかりの勢いで深々と頭を下げ続けた。

 

 静まり返る教室。

 

 事前に協力を取り付けていた池、クラスの調和を優先する平田、リーダーとして皆を引っ張り始めた堀北──彼女たちの誰よりも早く、真っ先に声を上げた人物がいた。

 

「──協力する」

 

 低く、しかしはっきりとした声。発言したのは、幸村輝彦だった。

 

 学力至上主義で、これまでクラスの揉め事には冷淡だったはずの彼が、誰よりも先に須藤を助けると告げたのだ。己の過ちと弱さを認め、頭を下げた須藤の真摯な姿が、幸村の頑なな心を動かしたのだろう。

 

 きっと、それだけではない。かつての幸村ならば深く思考をしなかっただろう。須藤の今までの情報で結論づけて、些細な違和感を無視していた。

 

 故に三人対一人という構図。特別棟という目の届きにくいスポット。その二つを結びつけた時に見える一方的に須藤が暴力を振るったという話に疑問を持ってもおかしくはない。

 

「僕も協力するよ、須藤くん」

「……ええ。元より見捨てるつもりはなかったわ」

「健! 任せとけって!」

「私も手伝うよ、須藤くん」

 

 幸村の言葉を切り込みとして、平田、堀北、池、そして櫛田が立て続けに声をあげる。

 

 クラスの主力を担う面々が協力を表明したことで、教室全体の雰囲気が一気に「須藤を救う」方向へと傾きかけた。

 

 だが──ただ一人、その流れに激しく異を唱える男がいた。

 

「お、おいおい! 流石に信じらんねーよ! 昨日だって見たろ!? 俺や平田に暴力振るった所をよぉ!」

 

 山内が椅子を蹴るようにして立ち上がり、叫んだ。その必死な態度に、クラスの男子の何人かが「確かに……」「昨日のあれは怖かったしな……」と不安げに呟き始める。

 

 須藤は咎めるような顔をせず、申し訳なさそうに視線を落とした。

 

「……春樹、悪かった。俺が悪い、ごめんな。平田も……その、すまねぇ」

 

「お、俺は信じねぇからな! そんな坊主頭にして謝ったって、口ではなんとでも言えんだろ!」

 

 頑なに叫ぶ山内に対し、隣にいた池が庇うように割り込んだ。

 

「おい、春樹……俺たち、友達じゃねぇか。健のあの顔を見ろよ……信じてやろうぜ」

 

 昨日の放課後。フォーラムから現実に戻り、須藤を説得するために一緒に体育館へついて行っていた池は、須藤のあまりの変貌ぶりに目を点にしていた。

 

 フォーラムを通して己と向き合い、憑き物が落ちたように素直になった須藤と言葉を交わした池は、親友として彼に強い絆と深い感銘を受けていたのだ。

 

 だが、今の山内には池の切実な仲裁すら届かない。

 

「俺は信じねぇぞ! 暴力野郎なんか助けるかよ!」

 

 頑な態度を崩さない山内に、池が「春樹!」と怒鳴りつけようとしたが、それを制したのは当の須藤だった。

 

「──すまねぇ、春樹。いつかお前に信じてもらえるよう、俺は行動で示すから」

 

 須藤の真っ直ぐな宣言にも、山内は不服そうにそっぽを向き、一切反応しようとしなかった。

 

 これ以上の押し問答は時間の無駄だと判断したのか、堀北がスッと立ち上がり、教壇の前へと歩み出た。クラス全員の視線が彼女へと集まる。

 

「今回の件──」

 

 殆どが傾聴する最中に堀北鈴音は爆弾を落とす。

 

「ただの暴力事件じゃない。これは計画された、CクラスがDクラスを陥れるために行った『罠』。私は、そう確信している」

 

 堀北の凛とした声が、教室の雑音を綺麗に打ち消した。

 

 

 

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