Persona x Classroom of the Elite   作:仔羊肉

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 放課後。緊急のクラス会議には、定例の会議よりも遥かに上回る参加があった。毎週開催されている会議において参加率が少なかった男子は池が根気よく説得し回ったのが大きいのだろう。

 

 クラスの行く末を左右するだけの会議とあって、流石にその重要性は伝わっている。

 

 朝のホームルームでは時間がなかったが故に「今回の件は罠だ」とだけ告げ、詳しい詳細を話さなかった堀北が、教壇の前に静かに立っていた。

 

 放課後という時間帯もあってか、生徒たちはそれぞれが好き好きにグループを作って固まり合っている。そんな中、須藤だけは教壇の隣にポツンと座り、見事に剃り上げられた己の坊主頭に未だ慣れないのか、落ち着かない様子で触れていた。

 

 そんな緊迫した空気の中──オレの頭の上には、鳥のような謎生物が一匹。

 

 一見すると小さなぬいぐるみにも見えるその存在は、頭頂部で呑気に寝返りを打ちながら戯言を呟いていた。

 

「ひゅぽー……ぐー、ひゅぽぽぽー……うぇへへ、それはお肉じゃないのよ、あたしなのよ……人間さん、あたしを食べたら駄目なのよー……」

 

 寝言にしては随分とサイコパスで物騒な夢を見ているようだ。

 

 そんな鳥から意識を外して再び教室の勢力図に注視する。

 

 こうして客観的に眺めれば、入学当初に比べて随分とクラスの勢力図や人間関係は変化したように思える。

 

 男子のほうに目を向ければ、幸村とあれは三宅か。彼らの近くには、松下やみーちゃん、小野寺に井の頭が集まっている。他にも数名の女子と男子が、意見を交わし合っていた。朝のホームルームで須藤の謝罪を受け止め、真っ先に手を差し伸べた幸村の姿勢が、確実に周囲の信頼を集めているのだろう。

 

 そして池の周りには男子が多数。外村を始めとしたオタク層や賑やかな男子生徒たちが、池と一緒に机を囲んでいる。須藤の無実を心から信じ、親友として熱く熱弁を振るう池の言葉に、周囲の男子たちも心を動かされているようだった。

 

 最後に、クラスの最大の派閥である平田の周りだ。そこには軽井沢を筆頭とした女子グループが固まっている。佐藤や篠原、森に西村と名前を挙げ始めたらキリがないほどの人数だ。

 

 平田の柔和なリーダーシップと軽井沢の女子への影響力が噛み合い、クラスの過半数を占める女子たちの動向をしっかりと支えている。しかしながら今回の出来事に関して言えばそこまでの積極性は伺えない。女子から印象が良くないのもあって会議にこそ義理で参加したという生徒は多数見受けられる。

 

 そして、山内といえば、池のグループの端っこ、どこか居心地が悪さ、不機嫌さを表してソッポを向いていた。朝の段階で須藤を一方的に突っぱねた手前、今さら気軽に話の輪へと入るに入れないのだろう。

 

 ならば、何故──参加しているのか。そこには必ず理由が存在する。

 

 トントン、と。

 

 教壇の上に立つ堀北が、静かに教卓を叩いた。その微かな音が教室の雑音を綺麗に打ち消し、生徒たちの視線が一斉に集中する。

 

「──審議会へ向けての話し合いを始めさせてもらうわ」

 

 堀北の凛とした澄んだ声が教室を支配し、緊張感が一気に跳ね上がる。

 

 審議会。今回、須藤が起こした問題が正式に事件として取り上げられて、生徒会による審議会が行われる形となった。CクラスとDクラスの両方の主張が違う以上、第三者による裁決が事件の行く末を決める。

 

「朝の段階では時間がなくて結論しか伝えられなかったけれど、今回の須藤くんの暴力事件……これはCクラスが意図的に仕掛けた『罠』よ」

 

「罠……? よくわかんねぇけど、どういうことだ?」

 

 池が乗り出すようにして尋ねる。堀北は淡々と事態の構造を説明し始めた。

 

「先日、須藤くんがCクラスの小宮くんたちに呼び出されたのは学内でも数少ない『防犯カメラが設置されていない場所』だった。以前、注意していた特別棟の三階で彼らはあえてその場所を選び、須藤くんを言葉巧みに挑発して手を出させようとした」

 

「待てよ、でも健は手を出してないんだろ!?」

 

「まぁ、手を出していないというジャッジまではわからないけれど、少なくとも怪我を負わせるような行動はとっていない。そうよね、須藤くん」

 

「あぁ、掴まれてるのを振り払って、殴りかかってきたのを手で突き飛ばした。それは事実だ」

 

「この話を前提に進めるのならば腕のギブスは手をついた際に怪我をした可能性があること。それは理解して」

 

「……あぁ、すまねぇ」

 

 少し前の須藤ならば堀北の言葉に色々と言い返しただろう。しかしながらアディトン、ペルソナと過程を経て起きた変化は須藤の顔に悔恨を浮かべさせている。

 

 そんな須藤の様子を見ながら幸村はコメカミを抑える。

 

「そう、だな……手首はやりやすいから怪我させた可能性はゼロじゃないのか……厄介だな」

 

「けど顔が腫れ上がってる、これは過剰よ。そこから腕の怪我も過剰に装飾されている可能性が高い。むしろ、あえてそう見せているようにも考えられるわ」

 

「な、なんて汚い奴らだ……! そこまでして健をハメようとしたのかよ!」

「なんて卑怯な……!」

 

 憤りの声が男子生徒たちの間から次々と上がる。朝は半信半疑だった生徒たちも、堀北の説明と、頭を丸めて静かに目を伏せる須藤の姿を見て、事件の異常性を理解し始めたようだ。

 

「ですが堀北さん、証拠はあるのでしょうか?」

 

 静かに手を挙げたのは西村だった。メガネのフチを指で押し上げながら、鋭い眼差しで堀北を見つめる。それにクラスの女子が追随する。

 

「それって須藤が暴力振るってないって言ってるだけだよね」

「むしろ信じられないっていうか」

 

 その女子の発言に須藤は黙って受け入れる。その代わりに池が立ち上がり、弁護した。

 

「証拠って言ったって……カメラのない場所だったんだろ? そんなのどうやって探すんだよ!」

 

 教壇に立つ堀北は顎に手を当てて考えていた。

 

 オレたちは知っている。

 

 須藤の記憶を追体験したが故に言い分は全て事実だということを。しかしながら、それを目撃していたとして発言すれば捏造になってしまう。

 

 嘘をつくのは容易い。しかしそれは同時に弱みにもなる。偽証で塗り固めていけばそれが崩れた際に致命的な落ち度となる。もしも、使うとするのならば極めて重要な状況下でのみ。

 

 そして、まだその段階には無い。なぜならオレたちは今持っている手札だけで須藤の行動に嘘がないという印象を強めることが出来るからだ。

 

「事件が起きたあの日、私たちは須藤くんと遭遇しているの」

 

 堀北は当日の出来事を口にする。その発言にクラス全体が驚いた。

 

「ちょ、ちょっと待て! ならば須藤が揉めていた所を見たということか!?」

 

 幸村が立ち上がり声を挙げるが堀北はフルフルと首を横に振った。

 

「違うわ、恐らくはその揉め事が終わった時に階段から下りてきた須藤くんとすれ違っているのよ」

 

 すると佐藤が頭を悩ませながら必死に言葉を口に出す。

 

「えーっと、それって見てないってことだよね。あれ? 間違ってる?」

 

「間違っていないわ、佐藤さん。けれど私たちが見た須藤くんに関して──そうね、長谷部さんか佐倉さん、須藤くんと出会った時の彼の様子を説明してもらえると助かるのだけれど」

 

 あえて堀北の口からではなく、違う第三者の口から説明させることで集団であったことを主張する。それと同時に須藤に対して庇う理由が無い二人に説明させることで発言の信憑性を強める。

 

「は、はいぃぃぃ……」

 

 佐倉はビクりとして立ち上がり、クラス中からの視線を集める。その視線に耐えられなくなったのか俯き、黙り込む。

 

 少しの空白。焦れた男子の一人が。

 

「できねーのなら長谷部に代わったら?」

 

 そんな提案を受けて佐倉はキュッと目を瞑った後にはっきりと教壇を見て言った。

 

「と、とても怖かったです。い、イライラしてるようにも見えました……あ、あとなんか……えっと……み、見つかったらいけないところで見つかっちゃった……そんな感じに見えました」

 

 そう口にした佐倉に堀北は拍手をして。

 

「ありがとう、佐倉さん。長谷部さんは?」

 

「んー、あたしも同じかな。あ、でも喧嘩した後には見えなかったかな。それだったら流石に私もあんな反応しなかったし」

 

「それはどうして?」

 

「え? いや、えーと……喧嘩した後だとなんかもっと傷とか服に汚れとかあっても良さそうな気がしたんだけど……ごめん、あんま参考になんないかも」

 

「いえ、二人共、ありがとう」

 

 堀北の言葉に松下が続く。

 

「佐倉さんの話だとなんか喧嘩してそうに聞こえて、長谷部さんの話だと喧嘩してなさそうに聞こえる……」

 

 そう口にすれば横から三宅が続いた。

 

「いや、してねーんじゃねぇか?」

 

 そのハッキリした断言に疑問符が浮かんでいる人間が多い。本来なら堀北や櫛田も同じ立場だったのだろうが──フォーラムという戦闘経験がその理由を察してしまう。

 

「今回の件ってそもそも三対一で須藤が一だろ? なのに喧嘩のあとの須藤に気づかないなんて変だろ、服が破れてたり、顔に痣とかつけてもおかしくねー状況だろ」

 

 三宅の具体的な内容に何人かが納得をした。

 

「それって変なの? 須藤くんって身体おっきいし、喧嘩強そうじゃん」

 

 女子の発言に三宅は首を横に振る。

 

「バスケ部二人に石崎ってCクラスでもあのガタイでかいやつだろ? 須藤が強くても無傷は無理だろ……」

 

「ええ、三宅くんの言う通りよ」

 

 堀北が三宅の発言に深く同意を示し、さらに言葉を付け加えた。

 

「私も武道の心得を持っているから補足させてもらえるのなら──三対一という状況下は、よほどの体格差や技量差が無ければ相手に一方的に怪我をさせて、こちらは怪我一つ負わないなんて不可能よ。つまり、今回の件は須藤くんに怪我がないことが、逆説的にこれが罠であったことを示しているわ」

 

 教壇を見つめていた幸村が、深く顎を引く。

 

「なるほどな。門外漢な話ではあるが、幾ら須藤の体格が大きく、喧嘩慣れしてても相手も同じ体育会系で人数も多いとなれば一方的というのが不可解というわけか……」

 

 幸村の呟きに合わせるように、教室内に納得の輪が広がっていく。ここで完璧な物証は必要ない、納得だけが要求される。

 

 要は須藤が罠にかけられた、そう思わせることが出来ればいいだけだ。むしろ半信半疑ですら構わない。

 

 Dクラス内部での疑念は薄れ、Cクラスが仕掛けた不当な罠に対する怒りが急速に募り始めていた。

 

 だが、冷静な人間はそれだけで楽観視することはしなかった。

 

「だが、堀北……それを主張したところで勝てるのか?」

 

 Dクラス内部でいくら須藤の無実を信じる方向に傾いたところで、これから行われるであろう生徒会や学校の審議会で無罪を勝ち取れるかといえば、話は別だ。客観的な立証ができなければ、Cクラスの主張を採用する可能性が高い。

 

 難しい顔をした堀北が静かに口を開く。

 

「……まだ難しいかもしれない。その為に私たちは色々と手を打たなければならない。まずは目撃者や物証が無いかを探す『実行班』、そして審議会での戦略を練る『戦略班』の二つに分けたいと思ってるの」

 

 堀北の提案を受け、真っ先に声を上げたのは平田だった。

 

「じゃあ僕は目撃証言がいないか、他のクラスの人や先輩に当たってみるよ」

 

 平田の提案を皮切りに、女子の大半も目撃証言を探す実行班へと挙手し始める。

 

「じゃあ、俺も! 頭を使うよりかは行動する方で!」

 

 池も勢いよく手を挙げた。彼らの熱量に引っ張られるように、クラスの大部分が人海戦術で目撃証言を探す流れへと傾いていく。

 

 そんな中──今まで黙り込み、事態の推移を窺っていた男が声を上げた。

 

「しゃーねぇ! 俺も健を信じて協力してやるよ!」

 

 突然の山内の発言に、隣にいた池が目を丸くする。

 

「春樹……」

 

 池の瞳には明らかな感動の色が浮かんでいた。

 

 朝の段階では須藤を弾劾していた山内が、こうして歩み寄りを見せたこと──元々仲の良かった友人同士の絆の復活に、クラスの殆ども疑いを抱かず、温かい視線を送っていた。

 

 山内は鼻高々に胸を張る。

 

「俺が健を救うために完璧な作戦を立ててやるぜ!」

 

 その大言壮語を聞いた瞬間、長谷部が「うげぇ……」と露骨な嫌顔を浮かべた。

 

「愛理、私たちは目撃証言探そっか。きょーちゃんはどうする?」

 

「う、うん……」

 

「うーん、私も四月の頃に作った伝手あたるから目撃証言探そっかなって思ってたの」

 

 そんなオレたちの様子を片目に堀北は山内へ向かって言葉をかけた。

 

「ありがとう、山内くん」

 

「サンキュー、春樹……」

 

 

 須藤は坊主頭を撫でながら、涙ぐんで感謝を口にする。

 

「任せとけよ、健! 頼もしい俺が完璧な作戦を考えてやるからよ!」

 

 得意気に応じる山内。

 

 さて、オレはどちらの班にしようか迷っていると──。

 

「ねーねー、きよぽんも一緒に目撃者探ししよ? うちにはきょーちゃんも愛里もいるよー? お買い得だよー?」

 

「お買い得の定義はよく分からないが……」

 

 オレが素っ気なく返すと、長谷部は「つれないなー」と唇を尖らせた。その横で佐倉が「お、お買い得……っ!?」と顔を真っ赤にしておろおろと手を振り、櫛田は「これで釣れないの綾小路くんくらいだよねー」と呆れたように言った。

 

 そんな中、幸村は教壇の堀北と調子に乗っている山内を見比べると、フッと息を吐いて腕を組んだ。

 

「……俺は審議会のルールを吟味し、相手の主張を論理的に崩す『戦略班』に残る。それなりの人数を吟味して相手の主張の予測をしてみるのはどうだろうか」

 

「いい考えね。幸村くん。三宅くん、協力してもらえるかしら?」

 

「俺か? まぁ、部活もあるから毎日長時間は無理だが……」

 

「助かるわ、あと男子を一人、二人くらい仮想Cクラスとして見立てたいのだけれど……」

 

 堀北と目が合うが、幾分か考えた後に首を横に振られた。

 

「……相棒の綾小路は駄目なのか?」

 

 三宅のボソリとした発言に何故か長谷部が間に入っては「きよぽんは予約済みです。他を当たってー」とオレの代わりに言った。

 

 堀北は何故か睨みつけてきた後に「綾小路くんは役に立たないわ、喧嘩にならないから」と呟いた。

 

「んー、まぁ、そうか。ならそこら辺は聞いてくるか」

 

 三宅は立ち上がって池の方向へ。何度か言葉を交わしながら出てきたのは南と牧田の二人の男子生徒。

 

「それじゃあ、仮想Cクラスとして三人には色々と考えて貰うけどどんな荒唐無稽な言い分でも構わないわ」

 

 堀北は紙を手渡すと三宅たちは読み込んでいる。恐らく事前に考えていた質問だろう。戦略班の男子はそれをしっかりと読み込んでいる。

 

 そして目撃者や目撃証言を探すための実行班の話し合いは区域ごとに集団に分かれる。戦略班のリーダーが堀北ならば実行班のリーダーは平田。

 

 そんな平田の彼女である軽井沢がふと思いついたかのように口をはさんだ。

 

「ねー、平田くん。堀北さんたちとの仲介役に誰か置いていった方がいいんじゃない? 人数もこれだけいるし、さ」

 

「そうかな? 直接堀北さんに連絡すれば──あぁ、いや複数人から連絡来た時に対応が遅くなるんだね。ありがとう、確かに情報をまとめてくれる人がいると助かるかな」

 

「まー、あたしか平田くんか櫛田さん辺りになりそうなんだけど……」

 

 チラリと軽井沢が櫛田を見れば、櫛田はハッキリと答える。連絡先の多さから櫛田、平田、軽井沢の順で適性があるだろう。

 

 そんな中、櫛田はいの一番に拒否を示した。

 

「私に連絡取りたくない人も居るだろうし」

 

 そうなると自ずと平田に回ってくるが、平田には縦の繋がりがあり独自の人脈を持っている為に、結論として。

 

「あたしか……まぁ、いっか。男子、端末出してー」

 

 軽井沢はそう言って男子生徒と連絡先を交換していた。俺も列の最後尾に並ぼうと準備していたら「綾小路くんは私たちと行動するから要らないよね?」と櫛田が天使スマイルを携えてそう言ってきた。

 

 クラスでもここ最近、見かけることのなかった表情に男子が色めいた後に「許せねぇよ、綾小路」と呟かれた。オレは何もしていない……。

 

「ひゅぽー……うーん! たくさん寝たのね!」

 

 ヒュロポスが頭の上で起き上がったので櫛田へと渡す。

 

「わ、わわっ!?」

 

「ひゅぽー!? 一体なんなの? ハラグロさんどしたの?」

 

 手渡されたヒュロポスを眺めて、オレを睨みつける。オレが軽井沢の連絡先を手に入れるのを邪魔しないようにヒュロポスには頑張ってほしいものだ。

 

 そうこうしている内に列はサクサクと捌けていく。軽井沢の端末に表示された二次元コードを読み込むだけだから時間がかかるはずもない。

 

 そして、オレの番になった時に軽井沢の表情が引きつった。

 

「……綾小路くんの後ろ、怖すぎなんだけど」

 

 振り返って見れば長谷部と櫛田とおまけに佐倉も待っていた。

 

「あたし、長谷部さんのも櫛田さんの連絡先も知ってんだけど……」

 

「そうだっけ? 消したかもしれないからもっかい登録するね!」

 

 愛想よく発言した内容は中々のパンチが聞いた言葉だった。男子が「ひぇっ……」と悲鳴を漏らして、先ほどまで味方側だった長谷部も引いている。

 

「あはは、冗談だよ、軽井沢さん。面白くなかったよね、ごめんね!」

 

 軽井沢は顔を青くしてこちらを見てくる。どこか助けを求めるような視線。

 

「……櫛田、これは業務連絡に必要だからであって」

 

「綾小路くん? 別に私は怒ってないよ? 綾小路くんが無節操に女友達たくさん作るのに私は全然怒ってないよ?」

 

 その言葉に何故か長谷部は「それはそう」と頷いていた。佐倉も何故かコクコクと頷いていた。

 

「……そうか、怒ってないなら」

 

 オレは軽井沢の連絡先を読み込み、登録する。何故か男子から「凄ぇよ、綾小路は……」と感嘆の声が漏れていた。オレは何もしていない……。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 クラス会議がひとまず解散となった後──オレたちは事件の現場である特別棟の下見へと向かうことにした。

 

 本校舎から渡り廊下を渡り、特別棟へと足を踏み入れる。

 

 普段から使用頻度の低いこの建物は、放課後という時間帯も手伝って静まり返っていた。足音が不気味に響くほど人気がなくなった──その途端である。

 

「えいやっ」

 

 隣を歩いていた櫛田が、可愛らしい声を上げながらいきなりオレの左腕に抱きついてきた。柔らかな感触が腕全体を包み込む。

 

 突然の奇襲に頭の上から呆れたような声が降ってきた。

 

「あーもう、また甘えんぼさんが始まったのねー」

 

 呑気に毛づくろいをしていたヒュロポスが、呆れ果てた顔で下を見下ろしている。その声に対し、櫛田はオレの腕に顔を寄せたまま、小さく「うっさい」と毒を吐いた。

 

「きょ、きょーちゃん……!?」

「ふぇぇぇぇぇ……っ!?」

 

 それまで後ろを歩いていた長谷部と佐倉が、目を見開いて絶句した。長谷部は声を裏返らせ、佐倉に至っては羽化直後のセミのような悲鳴を上げている。

 

 そんな二人の反応を前に、櫛田はさらに十秒ほどぎゅっとオレの腕を掴んでから、満足したようにぱっと手を離して向き直った。

 

「ちょっと待って。これにはちゃんと理由があるの」

 

 長谷部と佐倉が異口同音に「理由……?」と首を傾げる。櫛田は、こほんと可愛らしく咳払いを挟むと真顔で語り始めた。

 

「二人は男子のキモい視線や下心、ウザいなーって感じたことあるよね?」

 

「それはまぁ……」

「うん……」

 

 長谷部と佐倉が共感するように頷く。学校生活を送る上で、目立つ二人が抱く悩みだろう。櫛田は満足そうに頷き、言葉を続けた。

 

「そんな時、こうやって綾小路くんに抱きついていたら、男子の嫌らしい視線は全部綾小路くんが引き受けてくれるの」

 

「……おい」

 

 勝手に防波堤に指定されたオレが即座に突っ込むと、長谷部と佐倉は苦笑いを浮かべた。しかし、長谷部は顎に手を当てて納得顔だ。

 

「まぁ、確かに男避けにはいいかも……」

 

 共感を得たことで櫛田は追撃するように理由を継ぎ足す。

 

「さらにね! 異性同士の接触ってオキシトシンとかセロトニンってのが出るから、とっても健康にいいんだって。波瑠加ちゃん風に言えば『きよぽんセラピー』って奴でもあるんだよ。日々のストレスを緩和してくれるの。他の男子だったら下心とかがあって勘違いさせちゃうけど、綾小路くんは安全だからセラピーにはうってつけなんだよ?」

 

 笑顔で恐ろしい話を展開し始める櫛田。

 

 長谷部は「ほーん、なるほど……」とイタズラめいた笑みを深め、佐倉は「ええっ……!?」とただただ困惑していた。

 

「そんなわけで……はいっ!」

 

 何故か櫛田は、まるで高級商品をプレゼンするかのようにオレの左腕を両手で示してみせる。

 

「今ならお試しできるよ」

 

「試すな……」

 

 オレが溜息を吐いた、その瞬間だった。

 

「た、試します!」

 

 シュバッと音が聞こえそうな勢いで手を挙げたのは、他ならぬ佐倉だった。

 

 付き合いが増えてきた彼女の中で、間違いなく過去最高速度の俊敏な動き。オレは思わず目を丸くしてしまった。最近ジムに通ったり運動を始めたりと、色々なチャレンジをしている彼女だが、まさかその成長の成果がこんな場面で発揮されるとは夢にも思わなかった。

 

「あ、綾小路くん! し、失礼します……っ!」

 

 佐倉は顔を真っ赤に染めながら、オレの左腕へとダイブするように抱きついてきた。

 

 ──もはやオレの左腕に人権など無いのかもしれない。

 

 ガチガチに緊張で体を硬直させながらも、まるで嵐の中の命綱にしがみつくような強烈な力で密着してくる。

 

「ふぁぁぁぁ……! 凄い……! これがセロトニン……」

 

 左腕の先から、とろけたような感触と共に佐倉のうわ言が聞こえてくる。

 

 ……多分、それはセロトニンではない。

 

 すると今度は、空いていた反対側の右腕にぬくもりが重なった。

 

「ほ、ほほぅ……あ、いや、これはちょっと照れるね」

 

 長谷部が右腕に抱きつき、少しだけ照れくさそうに笑っている。左右両腕を完全に女子生徒に占拠されるという、客観的に見れば羨望と嫉妬で刺されても文句の言えない状況が完成してしまった。

 

 ちなみに当の言い出しっぺである櫛田はというと──オレの頭上から降ろしたヒュロポスを両手でがっちりと掴み、玩具のようにコネコネと弄んで遊んでいた。

 

「むきゃー! なんてことさせてるのハラグロさん! あたしの人間さんなのよー! むきゃー! むきょぽー! ひゅろぽー!」

 

 小さな羽をバタバタと暴れさせ、絶叫するピンクのマスコット。カオスという言葉すら生ぬるい空間がそこに広がっている。

 

 オレはげんなりとした心地のまま、両腕の重みに耐えかねて口を開いた。

 

「……この状態だと歩けないから離してくれ」

 

「おおぅ……きよぽんってば、この状態でその台詞が出せるんだから、きょーちゃんが『安全』って言った理由が分かる……」

 

 長谷部が心底感心したように呟く。一方、佐倉は完全に容量オーバーを起こしたらしく、オレの腕にしがみついたまま目を回していた。

 

「安全……! 安全……!」

 

 もはや単語しか喋れなくなっている。

 

 と、そんな収集のつかない状況がピークに達した、その時だった。

 

「あ、あはは……ちょ、ちょっといいかなー?」

 

 静かな廊下に、唐突に第三者の声が響き渡った。

 

『っ!?』

 

 弾かれたように勢いよくオレの腕から離れる長谷部と佐倉。佐倉に至っては勢いが余って後ろに転びそうになり、櫛田に受け止められていた。

 

 オレたちが振り返ると──そこには、見慣れない男女の二人組が立っていた。

 

 男子生徒の方は「なんだこいつら……」と言いたげな、呆れ果てた視線をこちらに向けており、声をかけてきた女子生徒は、あまりの惨状に引きつった困り顔の笑顔を浮かべていた。

 

 気まずそうに、けれど人当たりの良い笑みを浮かべて声をかけてきた二人を見て、櫛田がぽつりと呟く。

 

「一之瀬さんに神崎くん……」

 

「櫛田さん、話は聞いたよ! なんかCクラスと揉めてるんだってね! それで、良かったら私たちもお手伝い出来ないかなって……。目撃者探してるんだよね? あっ、自己紹介まだだったね、私は一之瀬帆波。そしてこっちが神崎くん」

 

「神崎だ、よろしく頼む」

 

 紹介された神崎は軽く会釈をし、険のない、しかし油断のない眼差しをこちらに向けてくる。

 

 Bクラスのリーダー格である一之瀬が自ら出向いての協力打診。普通ならば渡りに船と喜ぶ場面かもしれない。

 

 だがオレは、静かに二人の背後へと視線を向けた。

 

「協力か……もしかして、そこに隠れている奴もBクラスなのか?」

 

 オレの問いかけに、一之瀬と神崎は驚いたように振り返る。

 

 渡り廊下の角、影の落ちる柱の陰から、苦笑いを浮かべた金髪の男がゆっくりと姿を現した。両手をひらひらと挙げて、降参を示すような仕草を作っている。

 

「いやいや、オレもDクラスに用があったからよ、タイミングを待ってただけだって。だからそんな怖い顔をすんなよ、神崎……」

 

「橋本……」

 

 神崎が忌々しそうにその名前を呟く。

 

「俺はAクラスの橋本正義。今回は葛城からの代理人として、Dクラスの奴らに話をしにきたんだ」

 

 橋本は食えない笑みを浮かべながら、当然のように話の輪へと割り込んできた。

 

「そっか……ってことは葛城くんも今回の事を重く見てるんだね」

 

「そういうことだ。というわけで、ABと組んでいっちょCクラスの奴らに今回痛い目見てもらうって算段はどうだ? ぶっちゃけ今回のようなことがまかり通るとAもBも迷惑だろ? だから共同戦線といこうじゃねぇか」

 

 橋本の手際よく話を進める手腕に、神崎は小さく顎を引いた。

 

「確かに、な……Aクラスにとってもメリットに繋がるというわけか。ある意味、葛城らしい理由だな」

 

「というわけでどうかな? AクラスとBクラスも協力させてもらえないかな?」

 

 一之瀬は善意に満ちた瞳で、橋本は試すような笑みで、神崎は淡々と──三者三様の視線がオレへと集まる。

 

 オレはその三人の提案を──。

 

「断る」

 

 一切の躊躇なく、一蹴した。

 

 その場の空気が凍りつく。

 

 一之瀬は目を丸くして純粋に驚き、神崎は不気味なものを見るかのように眉をひそめ、橋本は逆に面白そうな光を瞳に宿してこちらを凝視してきた。

 

「ちょ、ちょっと、大丈夫なの? きよぽん……」

 

 背後から長谷部がオレの制服の裾をひっぱり、不安げな声をかけてくる。横の佐倉も「え、えぇっ……!?」とおろおろとオレと相手方を見比べ、櫛田だけが静かにオレの真意を測るように黙っていた。

 

 オレは長谷部に向かって小さく頷いてみせる。

 

「あぁ。事前に他のクラスから協力を申し出られたら断るように、堀北に言い聞かされている」

 

「へぇ……やっぱりDクラスのリーダーって堀北さんなんだね。ところでどうしてなのか、理由を聞いていいかな?」

 

 一之瀬が困惑を隠せない様子で尋ねてくる。断られたことへの怒りではなく、単純に疑問からの発言だろう。

 

 オレはあらかじめ想定していた理由を並べ始めた。

 

「まず一つ目。今回の騒動、須藤が起こした事件にも関わらず、協力するなんて意見が怪しい。四月の頃の須藤の噂を聞いていれば、今回の事件、須藤が本当に暴力を振るったと思ってもしょうがない筈だ。けれどもそうじゃなく、須藤の味方をするというのは『Cクラス』に対して何らかの隔意が存在するのが安易に想像できる。AやBクラスは既に『Cクラス』から何らかの嫌がらせや攻撃を受けていたのではないか、と推測できる」

 

 オレの言葉に、一之瀬と神崎が小さく息を飲んだ。

 

「……なるほどね。お見通しってわけか、お察しの通り、Cクラスの龍園、やつはちょっとばかしヤンチャでね。こっちも反撃したいって腹はある」

 

 橋本がポンと手を叩き、肩を竦める。その様子を横目にオレは再び理由を口にする。

 

「二つ目は、貸し借りの問題だ。今回他クラスの手を借りて須藤の無罪を勝ち取った場合、DクラスはAクラスやBクラスに大きな『借り』を作ることになる。ポイントや情報、あるいは今後のクラス間での交渉において不利益を被るリスクを、堀北は嫌がった」

 

「……妥当な判断だな」

 

 神崎が重々しく頷く。

 

「そして三つ目──心理的な正当性が薄れる。オレたちは須藤を信じるために行動している。Cクラスが敵だからじゃない。その余分なものを持ち込めば今まとまりかけているDクラスにいらない軋みが入る」

 

 今、クラスが動いているのは須藤を助けたいという純粋な願いの側面が強い。そこに他のクラスを巻き込み、他のクラスの理由が交ざれば意識が大きく変わる。

 

 須藤を助けたという結果がCクラスという敵に打ち勝ったに変わればせっかく助けた須藤の価値は潜在的に目減りする。須藤の価値を上げる為には今回の事件は都合がいい。

 

「そして、四つ目、これが一番の理由なんだが──Dクラスが舐められているのは我慢ならない。他のクラスが無ければCクラスにいいようにやられるなんて思われてるのは堀北は我慢できないそうだ。だからこそ、こんなタイミングでオレたちにクラス連盟で声をかけてきたんだろう? だからこそ撒き餌としてオレが目撃証言の班に振り分けられた。声をかけやすく、また話がそれなりに通じると思って」

 

 三人の言葉を失った顔が、オレの発言の正しさを物語っていた。

 

 入学して三ヶ月、頭に鳥を飼っている人間など他にはいない。そして櫛田桔梗という他のクラスにも顔が利く相手を連れていればあと一つでも理由を付け加えてやることにより声をかけてくるものと踏んでいた。

 

 勿論、オレ自身は決して声をかけやすい対象ではない。ただ特殊な条件下において他クラスの人間が偵察に来ることは折り込み済みだった。

 

 目立たない事なかれ主義を捨てたが故に釣れた大物たちを見る。かたやBクラスの重鎮達、かたやAクラスのリーダーからの使いっ走り。

 

「……どうして、わかった?」

 

 神崎が得体の知らないものを見るかのような目でオレを見てくる。

 

「プレゼントは既に渡している筈だが? 良いスタートきれただろう?」

 

 オレの言葉にDクラスの面々は気づかない。けれども目の前の三人の動揺が受け取ったことを物語っている。

 

 四月の中ごろ、人の多いカフェで他のクラスもいる最中でオレがこの学校のポイント制度について話した出来事。

 

 もしも各クラスの人間が居たのならばそんな重要な話を聞いてリーダーに共有しないわけがない。

 

 だからこそ、今回の協力でクラス間の貸し借りを理解できる頭を持つ生徒が重要だったのだ。

 

「……リーダーって本当に堀北さんなの?」

 

 一之瀬の台詞は神崎や橋本の内心を代弁しているようだった。

 

「勿論だ、堀北はそこまで読んでオレに言伝してきた」

 

 オレの言葉にいち早く反応したのは橋本だった。

 

「オーケー、俺は手を引く、分かった。今回の話は引かせてもらうぜ。だがまあ、龍園の野郎に一発食らわせてやるなら応援してやるよ」

 

 額に浮かぶ汗を隠さずに一歩下がる橋本。

 

「ま、綾小路がただの変人じゃないってわかっただけで十分な結果だ、ついでにリーダーは堀北な、オッケーオッケー。んじゃ、またな、綾小路」

 

「橋本、お前は……」

 

「いいだろ神崎。断られた以上、ここに居座っても不審がられるだけだ。じゃあな、Dクラスの皆さん」

 

 橋本はひらひらと手を振りながら、来た道をひきかえしていく。神崎も「……失礼した」と短く言い遺し、橋本の姿を追うように歩き出した。

 

 残された一之瀬は、少しだけ申し訳なさそうに微笑む。

 

「私たちは別にDクラスを舐めてるとかそういうのじゃないから。本当に困ってると思って……本当にごめんね……そんなつもりはなくて……あの、私個人で協力できることがあったら、いつでも言ってね? 私たちは味方だから」

 

「あぁ、気持ちだけ受け取っておく」

 

「うん! それじゃあ、頑張ってね!」

 

 一之瀬は爽やかに手を振ると、Bクラスの待つ本校舎の方へと戻っていった。

 

 静けさが戻った特別棟の廊下。

 

「……すごすぎでしょ、きよぽん」

 

 長谷部が感心した声を漏らす。

 

「一瞬でAクラスとBクラスの申し出をぶった切るとか、心臓毛だらけなの? 堀北さんに言われてたからって、あんなスラスラ理由が出てくる?」

 

「た、たしかに……すごかったです……」

 

 佐倉も目を丸くしてオレを見つめている。

 

 実際のところ、堀北から断われなど嘘八百なのだが。恐らく、櫛田とヒュロポスにはバレているだろう。

 

「……ハラグロさん、今の聞いた?」

 

 オレの頭の上から降りてきたヒュロポスが、櫛田の目の前で羽をバタバタと振る。

 

「人間さん、やっぱり超すごいのよー! ハラグロさんなんて『わーい、一之瀬さん助けてー』って甘えそうだったのに、人間さんはキリッと断ったのよー!」

 

「……誰が甘えるか」

 

 他の二人には聞き取れないような声量で呟き、櫛田は引きつった笑顔でヒュロポスを握り潰さんばかりの力で掴み取ると、ジト目になついた視線をオレに向けてきた。

 

「……ねぇ、綾小路くん? さっきの理由、本当に全部堀北さんが言ってたこと?」

 

「さあな。堀北ならそれくらい考えていてもおかしくない」

 

「ふーん……」

 

 櫛田はすべてを察したように笑うと、握りしめたヒュロポスをオレの肩の上にぽんと乗せた。

 

「むぎゃー! 乱暴なのよハラグロさん! あたしは繊細な美少女なのよー!」

 

「さて、本来の目的である現場の探索を始めるぞ」

 

「あ、そうだねー。Cクラスの奴らがどこから須藤くんを呼び出して、どこで揉めたのか……死角の位置も含めて確認しておかないと。こういうの現場検証ってやつなのかな?」

 

 長谷部も表情を引き締め、佐倉もカメラをギュッと抱きしめて深く頷く。

 

 AクラスとBクラスの動向、そしてCクラスの仕掛けた罠。

 

 ここでAクラスとBクラスと徹底的に決裂することこそが最終的な勝利の鍵となる、とオレは考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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