Persona x Classroom of the Elite 作:仔羊肉
【The Hanged Man RankⅠ】
夏休みに入って数日の昼間。オレは図書館を訪れ、棚から幾つかの本を手に取り席についた。ちなみにヒュロポスは女子会らしい。櫛田が引き取りに来てくれたおかげで今日はゆっくりと過ごせる。
堀北や櫛田の加入は本当に助かった。須藤も時々、散歩に連れて行ってくれるのでそれだけでメンバーが増えた恩恵は大きい。
目を通しているのは、世界各国の神話大系を乱雑に扱った学術書や宗教論の類だ。頭の中で知識を整理しつつ、一通り目を通して小休憩を挟もうと顔を上げた時――Dクラスの生徒である幸村輝彦がそこに居た。
本棚の合間から出てきて幸村は警戒するようにキョロキョロと周囲を見渡して――オレとバッチリ目が合う。
その瞬間、彼の動きは完全に固まった。
動転した彼の手の隙間から、抱え込んでいた数冊の本がパラパラと床へ滑り落ちる。警戒はしていたつもりなのだろうが本棚近くの席は見落としていたようだ。
落ちた先、そこに躍っていたのは、彼の普段のイメージとは程遠い文字だった。
『初めてのランニング』
『大人の運動音痴のための本』
『泳法初心者教本』
幸村は顔を赤くしながら無言でそれらを拾い上げ、オレに向かって「ちょっと待ってろ」とジェスチャーで告げた。そのまま急いで貸し出し申請を済ませると、戻ってきて「ついてこい」と短く命じてくる。
連れて行かれたのは、図書館の隣にあるラウンジの自動販売機前だった。幸村は財布を取り出し、鋭い眼光でこちらを睨みつける。
「……口止め料だ。何を飲む」
有無を言わせない形で奢りを提案された。学力優秀でプライドの高い彼にとって、実技や運動面での不器用さを他人に知られるのは耐え難いことなのだろう。
「誰にも言う気は無いんだが……」
「……珈琲でいいな」
こちらの言葉を遮って決定づけられ、渡された缶コーヒーを手にして二人でラウンジの椅子に腰を下ろす。しばらく静寂が流れた後、幸村がポツリと呟いた。
「……頭で考えるよりも身体を動かした方が早い。そう思わなかったか?」
「それが事実ならインストラクターは廃業だろう」
缶コーヒーに手をつけつつ、オレの吐き出した言葉に驚いたような表情をする。そして――。
「……そうだな。すまない、試すような真似をして」
「試す?」
「多分、俺自身がそう思っていた。むしろ――そう言われてきたからな。俺はそんな奴らを見下していた、勉強ができるから、と」
幸村はポツリ、ポツリと話始める。
「……うちのクラスで運動が苦手な連中がこっそり色々としているのを知っているか?」
「まぁ、少しは」
佐倉はジムに通ったり、身体を動かしていたりするのは彼女の挑戦に付き合っているオレとしては知っている。子供用ボルダリングで失敗した写真もカメラの中には残っているのだろう。
もっともそういった行動の変化がストーカーを刺激したり、クラスメートに正体がバレたりと良い結果ばかりでは無かったが。
佐倉だけではなくみーちゃんや井ノ頭といった面々も運動音痴を是正するために色々と行っているらしい。
だが、そう簡単にいけばそもそも運動出来ない人間になっていないわけであるが。
「だから……俺もと思ってやってみたはいいが……上手くいかなくてな」
恥じ入るような声にオレはある提案をしてみる。
「須藤に教えて貰うってのはどうだ?」
「す、須藤に!?」
「駄目なのか?」
幸村は暫し考えた後に……少し呟く。
「そうだな……確かに今のあいつなら相談してみてもいいかもな。四月の頃なら絶対にしなかったが」
その顔には苦笑が浮かんでいた。
「実は、誰かにアドバイスを貰うのも少しだけ考えたが馬鹿にされるのが嫌でな、躊躇っていたんだ。綾小路に背中を押して貰えなければ多分、いつまでも言えなかっただろう」
幸村は学生鞄に本を入れて、立ち上がる。
「よければ綾小路も時間が合えば付き合ってくれないか? 無理にとは言わないが」
「構わない。連絡くれれば、時間が合う時には付き合う」
「……助かる。そ、それと、クラスの連中には内密で頼む」
「口止め料も貰ったしな」
オレと幸村は連絡先を交換して、オレは図書館へ、幸村は外へと別れた。
それにしても須藤がコーチ役か。これもまた一つの大きな変化だろう。もしも四月、もしくは五月の粗雑な態度のままだったら幸村は頼まなかったかもしれない。
そして幸村も須藤との関わり合いが無ければ運動をしようなどと思わなかっただろう。
人間関係の相互作用。
ピア効果というものがある。周囲の人間による、自分自身へ与える効果のことだ。勉強を頑張っている人間が周囲にいれば、勉強を頑張り、周囲が真面目に授業を受けていれば、自分も真面目に授業を受ける。
逆に周囲がサボっていれば自分もサボる。
四月の頃はこのマイナスの側面が大きく出ていた。少しだけの負の態度が周囲を巻き込み、最終的には学級崩壊目前、クラスポイントがゼロにまで辿り着いた。その力の大きさは途中で櫛田や松下達の態度が変わっても止まることは無かった。
そして、堀北、櫛田、須藤の大きな精神的成長。それはクラス全体の意識を大きく変えていっているだろう。
堀北はその意識の高さで皆を引っ張っている。特に学習、学力方面では高かった生徒をさらなる飛躍へと導いている。
そして櫛田は境界線を授けた。バウンダリー、境界線とも呼べる精神的な区分は高校という新しい環境で無理な友達付き合いを諌めるのに役立っている。あの櫛田でこそ無理だとお手本になってくれたからこそ、無理のない人間関係の大事さを言外に伝えたのだろう。
須藤もまた示していた。勉強は不得手で乱暴者であった須藤が変わり続けることで堀北の意識では変わらなかった下位層も自分のことを見つめ始めた。須藤のように一芸を持っているものはそれを伸ばし、そうでなくても苦手を克服しようと努めている。
勿論、そんな周囲とはまるで関係ないとばかりに我道を貫くものもいるが、恐らくこの学校はそれを許容しない。
アディトンやフォーラムにより歪な成長をするDクラス。それを観察するのは悪くない時間だった。
【The Lovers RankⅡ】
七月の最終日。寮内全体にはどこかそわそわとした、不穏で浮き足立った空気が流れていた。
八月の頭から始まる、学校が用意した豪華客船によるクルージング。
夏休み直前にその日程が告げられた際、誰一人としてそれが文字通りのご褒美だとは信じていなかった。むしろ、何か裏があるのではないかという嫌な予感から顔を青くしていた生徒も居て、情報を伝えた筈の茶柱が悲壮感の満ちるDクラス全体に困惑していたほどだ。
一部は「極寒の冬じゃなくて良かった」と安堵していたり、「クソっ、体作りが間に合わなかった」と嘆いていたり、悲喜交々。
そんな通達が行われて、クルージングが翌日に迫った今日。オレとヒュロポスは、旅行に必要なものを買うために色々と店を巡っていた。
本来、買い物の参考や付き添いとして声をかけたかった須藤は、部活の追い出し会があって来ていない。インターハイ終了時期に世代交代が行われるバスケ部は、クルージングの日程も考慮して、今日が卒業生との最後の交流なのだという。
なんだか須藤の方が、オレよりもずっと「普通の学生」をやっている気がしなくもない。憧れていた普通の高校生像というものを、今の須藤はまっすぐに送っている。羨ましい。
……だが、池や山内たちの面倒を見なければならないことを考えると、やっぱり羨ましくないな、と思い直す。
「ヒュポー! 人間さん、見て見て! 豪華客船の旅にはこのトロピカルなサングラスと帽子が絶対に不可欠なのよー!」
頭の上でヒュロポスがバサバサと羽を振らせ、雑貨屋の店頭を指差して騒ぐ。
「……日焼けする肌すら持っていないお前が、何に使うんだ。あと単純に人間用サイズのあれをどうやって身につけるんだ」
「そんなの人間さんになんとかして作ってもらうのよー! 形から入るのが美少女の嗜みなのよー! 明日からのクルージングで、あたしは船上のヒロインとして世界中の視線を独り占めにする予定なのよ!」
根拠のない自信に満ち溢れた鳥の戯言を軽く受け流しつつ、オレは手元のメモに記した日用品――酔い止め薬や日焼け止め、小分けの洗顔セットなどを淡々と買い集めていく。
「あり、きよぽん」
買い物をしていると後ろから独特な名前の呼ばれ方が飛んできた。
「あっ、待って。テイク2するから。振り返らないで」
「もー、なんなのよー。このバインバイン長女は――むきゃー!?」
ヒュロポスが叫んだ次の瞬間、背中に柔らかい感触と目に温かい感触が同時に現れた。
「だーれだ」
「これ、意味あるのか……?」
「えー! つまんない、もしかしたら愛里かもしれないし、きょーちゃんかもしれないじゃん」
「むぴょー! 人間さん! 最近、あたし以外にくっつきすぎなのよー! ハラグロさんだけじゃなくて、マッカッカさんとも肩組んだり! もっと自覚持って! 人間さんはあたしの人間さんだって自覚を持つのよ! めっ! めっ!」
頭頂部がペシペシと叩かれる。そんなヒュロポスの声など聞こえない背後の人間に向けてオレは答える。
「佐倉は今日はジムに行ってて、櫛田は部屋でゴロゴロするって言ってたぞ」
「うぇっ、めっちゃ女の子の予定把握してるじゃん。そんなプレイボーイくんならこの難題を当てられるかもしれないね。だーれだ」
「長谷部だろ……」
「せいかーい。正解者には特別に私の暇つぶしに付き合う権利が授けられます。おめでとうー!」
「なーにが、権利よ! 人間さんは今、あたしとデートする権利使ってるのよー! ひゅぽー!」
デートなんかではない。百歩譲って散歩だろう。何が悲しくて見た目が無機物の玩具相手との散歩をデートとするのか。経験もしたことない初デートという概念をこの面白生物相手に消費することは納得がいかない。
「まぁ、付き合うのは構わないが、こっちは明日の荷物を買いに来たからそれを先に済ませてからでいいか?」
「おー、奇遇だねー。私も明日の準備なんだ。まぁ、でも用意するものが着替えとかばっかでアメニティグッズとかは揃ってるみたいだから、大したものはいらないのかも」
「なるほど、参考になる。なら服は帰りでいいか……」
「おっ、じゃあお昼でも行っちゃう?」
「そうだな。少し早いが混むよりかはいいかもな」
「おっけー! じゃあファミレスいこ」
長谷部は嬉しそうに目を細めると、さっそく近くのファミレスへとオレを誘った。
店に入り、注文を済ませてテーブル席につく。長谷部はグラスのストローを指先でいじりながら、ふと思い立ったように身を乗り出してきた。
「ねぇねぇ、きよぽんはどっちが本命なの?」
「本命?」
「そうそう、きょーちゃんも愛里もめちゃ可愛いじゃん。あんだけ一緒にいたら付き合いたいとか、恋人になりたいとかそういうの出てくるわけじゃん」
「……そうなのか」
「あんだけ距離近いのにまったく意識してないとか凄いな……むしろ不安? なーんかいつの間にかどっちかとくっついててもおかしくないや」
「なるほど、長谷部はそこが気になってるんだな」
オレはテーブルの上で身を転がすヒュロポスを指先で突く手慰みを止めずに、長谷部の真意を汲み取ってみる。
「むぴょ! むぴょぴょ! も、もう! 人間さんのえっち! こんなの他の人にはさせないんだからね! あたしのファン第一号だから特別なのよ! んぅっ! えっち!」
人聞きの悪い声を張り上げる鳥を無言で無視しつつ、オレは長谷部に向き直った。
「今のところ、そういった関係ではないな。ところで聞きたいんだが、あえて先ほどの二択に長谷部が入ってなかったのは何でなんだ?」
「うぇっ!? わ、私!? い、いやー、そ、それは駄目っていうか……いや、きよぽん悪くないけど。そ、そうっ、あたしって頭の良い人が好きだからね。きよぽんの成績じゃあちょっと足りないかなぁ! 幸村くんくらいテストの点数取ってくれたら考えてもいいけど……じゃなくて! あーもうっ……」
混乱した長谷部はストローから一気に空気を送り込み、ぶくぶくとコーラの中に泡を立てた。
「……と、ともかく、私は攻略できないんだよねー。残念残念……えっ、でも……その、さ……きよぽんって三人の中だと私がタイプ……だったり?」
伏せた状態からチラリと上目遣いでこちらを窺ってくる視線。その中にはどこか期待と熱が混じっている――そんな、錯覚を覚えた。
「ただ仲の良い三人組の中で一人だけ外れてたから気になっただけなんだが――」
「――っ!」
長谷部は身体を小刻みに震わせると、力強くキッと涙目でオレを睨みつけてきた。テーブルの上のヒュロポスはすかさず翼をバタつかせる。
「ひゅーぽぽぽ! ちゃんちゃらおかしいのねー! 滑稽なのよー! バインバイン長女! そもそも復興部は恋愛禁止なのよー! んべーっなの!」
「きよぽんのバカ」
長谷部は絞り出すような声でそう呟くと、テーブルに肘をついて顔を両手で覆い隠してしまった。爪先まで赤くなった耳根が隠しきれていない。
オレのあまりに無遠慮で素っ気ない回答が、彼女の自尊心か何かを妙な形で傷つけてしまったのだろうか。人間の少女における複雑な感情の起伏というものは、未だに計り知れない部分が多い。
「ひゅぽぽ! 効いてる効いてる! バインバイン長女のメンタルがボロボロなのよー!」
机の上でヒュロポスが煽り立てるが、オレはそっと指先でその小さな体を押し留めた。
「悪かった。からかう意図はなかったんだが」
「……からかわれた方がまだマシだったわよ。はぁ、ほんとド天然なんだから……」
長谷部は深呼吸を一つすると、両手をゆっくりと顔から離した。いつもの少し意地悪で飄々とした「長谷部波瑠加」の表情を強引に取り戻してみせる。
「まあいいや! 決めた。今の無神経発言の罰として、きよぽんには私が選ぶ『超絶イケてるちょい派手夏服』を全身コーディネートで買って着てもらうからね!」
「……派手な服は目立つから遠慮したいんだが」
「問答無用! 今のショックはそう簡単に帳消しにならないんだから」
そう言うと長谷部はストローをズルズルと音を立てて吸い上げた。
◇ ◇ ◇
お昼を終えて向かったのは、ケヤキモール内でも少し若者向けのトレンドアイテムが並ぶアパレルショップだった。長谷部は店内のハンガーを器用に滑らせながら、リゾート感のある柄物のシャツや、シルエットの綺麗なスラックスを次々と手に取っていく。
「はい、これとこれ! 試着室に入ってさっさと着てみて」
手渡されたのは、普段のオレなら絶対に手にとらないような、深みのあるボタニカル柄のオープンカラーシャツとアンクル丈のパンツだった。
指示されるがまま試着室に入り、着替えてカーテンを開けると、待ち構えていた長谷部が小さく息を呑んだ。
「……うわ、なにそれ。悔しいけどめちゃくちゃ似合ってるじゃん。モデルかよ」
胸元で腕を組みながら、長谷部は品定めするようにぐるりとオレの周りを歩く。その視線には先ほどまでの気まずさは消え、友人をコーディネートする純粋な楽しさと、ほんの少しの熱が戻っていた。
「愛里や桔梗ちゃんに見せたら、間違いなく顔真っ赤にするね、これ」
「そうか? 自分では少し着慣れない感覚だが……」
「それがいいの! 明日からの豪華客船、いつもの地味ぽんのままだと勿体ないでしょ?」
鏡に映るいつもと少し違う自分の姿を見つめながら、オレは長谷部の提案を受け入れることにした。それにしてもオレの名前の原型が残ってないあだ名だったな。
そのまま手渡された服を購入するため会計を済ませると、長谷部は「うんうん、大満足!」と胸の前で腕を組んでご満悦の様子だった。
「これで無神経発言の罰ゲームは完了ね。明日からの船旅の準備は完璧じゃない? あたしの方も準備万端!」
「まぁ、予算内だったから問題は無いが……やはり、派手すぎないか?」
「悔しいくらい似合ってるんだから文句言わないの」
店を出て、頭の上で静観していたヒュロポスが不満げに翼を羽ばたかせ始めた。
「ヒュポー! 人間さんばっかりズルいのよー! あたしのトロピカルドレスと水着は買ってくれないの放置なのよー! あたしだって夏服欲しいのよー!」
そもそも着替えすらない鳥である。スコート丈っぽいものにフード、そしてブーツはこの数カ月間ずっと着回している。人間だったら大変なことになってる。
そう主張しながら頭頂部を短い羽でペシペシと叩いてくる。長谷部はそのやり取りを見て「相変わらずその変なマスコットと仲良しだねぇ」とクスクス笑っていた。
アパレルショップを出たオレたちは、ケヤキモールの出口へ向かってゆっくりと歩き出す。
「ねぇ、きよぽん。明日からのクルージングだけど……本当にただのバカンスだと思う?」
長谷部がふとトーンを落とし、探るような視線を投げてきた。
「学校の発表通りなら豪華な旅行だが……堀北達の結論同様、裏があると見るのが自然だろうな」
「だよねー。あの学校が私達にタダで甘い汁吸わせるわけないもん。きっとまた中間テストの時みたいに、裏で変なルールが動いてるに決まってるよ……やだなぁ」
「最低限の備えだけは怠らない方がいい」
「……ま、何が起きても、私たちは私たちなりのペースで乗り切るしかないんだけどね。愛里もきょーちゃんも、少しずつ変わろうとしてるし。私は――」
長谷部はそう言うと、どこかさみしそうな目で吹き抜けのモールを見上げた。
「なんでもない! きよぽんやきょーちゃん、愛里が居てくれたおかげで、なんだかんだこのクラスも面白くなってきたかも……あ、さっきの変な質問はさっさと忘れてよね!」
照れくさそうに吐き捨てると、長谷部はひらひらと手を振って「じゃ、明日船の上でねー!」と足を早めて去っていった。
彼女の背中を見送りながら、オレは購入した洋服の袋を持ち直す。
◇ ◇ ◇
寮の自室に戻り、買い集めた酔い止め薬や日用品、そして長谷部に買わされた柄シャツをキャリーケースへと詰め込んでいく。
「明日からは船の上なのねー! 豪華客船! バカンス! 一夏の過ち……キャー! 人間さんったらもぅ、仕方ないのよー……ひゅぽぽ、ひゅぽぽぽほ!」
テーブルの上で騒がしい上に変な笑い声を挙げる不気味の鳥を尻目に、オレはベッドの端に腰を下ろした。
明日から始まる豪華客船によるクルージング。
提示された甘い娯楽の裏に隠されているであろうなんらかの試練。そして否応なしに迫られる選択と決断。
その時、オレの学生証端末に一件の連絡が届いた――。
【Death RankⅠ】
教室に入ってどれほどの時間が経過しただろうか。
夏休み前の喧騒がすっかり消え去った一年Dクラスの教室は、ただ薄暗い静寂だけが支配していた。西日に照らされた校舎の影が伸び、窓から差し込む斜光は黄金色は徐々に赤黒い橙色へと、そして群青の闇へと移ろいつつある。
オレは、自分の席に腰掛けたまま、静かに窓の外を見つめていた。校庭を渡る風が木々の葉を揺らす音だけが、遠く微かに届いている。
ここに留まっているのはある人物から待ち合わせを指定されていたからだ。
「……待たせたな、綾小路」
ガラリと静かな音を立てて前方の引き戸が開き、足音が一つ、教壇の方へと歩み寄ってきた。
黒のスーツに身を包み、長い黒髪を一つに束ねた女。一年Dクラスの担任である教師、茶柱佐枝だ。
彼女はこの高度育成高等学校において、そしてDクラスという「不良品」を集められた底辺の学級において、極めて異質な雰囲気を纏っている。
一見すれば冷酷で厳格な教師に見えるが、その腹の奥底には、生徒たちには決して見せない何かしらの「一物」を抱え込んでいる。
特に五月の中間テストの折、彼女は試験範囲の変更という重要な決定をあえて自ら生徒たちに伝えなかった。生徒たちが不条理に打たれ、苦しむ様を観察できるのを待つかのように。
また、普段の言動においてもDクラスの生徒たちを「不良品」と切り捨て、挑発染みた物言いでその能力や器量を試す場面が多く見受けられた。
だが、今日という日に至るまで、オレとこの茶柱佐枝という女との間に、直接的な接点は殆ど無かったと言っていい。ただの「教師と一生徒」という希薄な関係性に過ぎなかったはずだ。
その女が、夕闇の混じる教室の中でゆっくりと教壇に肘をつき、話し始めた――。
「つい先日、私宛てに一本の連絡が入ってな。……とある生徒を退学にさせろ、という電話があった」
茶柱は窓の外のグラウンド、部活動に励む運動部員たちの影を見つめたまま、低い声で言葉を紡ぐ。
「綾小路、お前を退学にさせろという。不思議なこともあるものだな」
クックッ、と喉の奥を鳴らして茶柱は嗤った。
その表情には、決定的な弱みを握ったかのような、あるいは盤面の絶対的な主導権を握ったと確信しているかのような、濃厚な優越感が浮かんでいた。まるで自分が絶対的な優位に立っていると信じて疑わない顔だ。
オレは視線を窓の外に向けたまま、感情の起伏を一切排した声を返す。
「不思議な話ですね。オレには退学する理由がありませんよ」
「ほう、そう言い切れるか?」
茶柱は教壇から離れ、革靴の音をカツン、カツンと響かせながらオレの席へと歩み寄ってきた。オレの机の脇で足を止めると、上から見下ろすように嘲笑を深める。
「堀北に櫛田、他にも女子生徒を部屋に連れ込んでるらしいな」
「普通の友人関係です。もしそれが駄目だと言うのなら寮則にでも追加したらどうです?」
オレの即答に、茶柱は眉をひそめることもなく、むしろ愉しげに瞳を細めた。
「それだけではないな。最近、不穏な事件が多い。佐倉の件も、須藤の事件も。そしてお前は知らないだろうがAクラスでも大きな事件が起きている。こうも不穏な空気が流れ、鬱屈した雰囲気だとうっかり過ちの一つや二つ犯したくなるんだろうな。そうだろう? 綾小路」
須藤とCクラスの出来事、佐倉を巻き込んだストーカー騒動、そして、先日プールで少し耳にした事故の話。
「オレは何の罪も犯していませんよ」
「いいや、犯すさ。私が黒といえば黒になる。そうなればお前は退学だ」
茶柱の笑みはさらに深くなり、妖しい昏さを帯びていく。
教師という絶対的な権力構造。評定、生活指導、報告書――学校という閉鎖空間において、担任教師が本気で一人の生徒を社会的に抹殺しようと画策すれば、どのような捏造も不可能ではないという無言の脅迫。
その挑発的な笑みに、オレはゆったりと首を傾げ、まっすぐに茶柱の瞳を見つめ返した。
「あんた、オレを脅しているのか?」
「そう聞こえたのならそうなのだろう。私としてはそんなつもりはないのだがな、綾小路。私はお前に隠している実力を発揮してほしいだけなんだ」
「……」
言葉の裏に隠された本音。
茶柱佐枝という女は、オレを退学させることが目的ではない。むしろその逆だ。オレという存在を強引に盤面に引きずり出し、己の野望のために利用しようとしている。
「四月の中旬、お前はクラスポイントという概念をまだ知らなかった時に既にその存在を嗅ぎつけていた。だが――お前は共有しなかった」
「しましたけどね。一部の生徒には」
「だが、その生徒たちは個人主義に走り、結果止めることはできなかった。平田でも呼んでいれば話は変わっただろうな」
「……」
四月、Sシステムの裏に潜む「評価制度」の存在を察知したオレは、確かにそれを一部の者にしか示さなかった。だが、オレの目的は最初から「高ストレス時におけるフォーラムの変化」こそが一番の目的であり、その他は副産物に過ぎない。
しかし、茶柱の言及はそれだけに留まらなかった。
「それだけではない。お前はあえて耳の多い場所で話すことによって居合わせたCクラスやBクラスを焚き付けた。私はそう確信している」
「それが本当ならクラスに対して大した利敵行為でしょうね」
オレが淡々と鼻で笑うと、茶柱は苛立ちを隠すように腕を組み、冷ややかな吐息を漏らした。
「その後、堀北、櫛田、須藤を始めとした成長を見て本来ならばお前の行動を見過ごすことも考えた。だが、先日の暴力事件でお前たちは――せっかくCクラスを追い詰める手札を持っていながらトドメは刺さなかった。あの甘い裁定、Dクラスが強く訴えていればCクラスにとって致命傷足りえた筈だ……」
茶柱の声音に、明らかな感情の揺らぎ――怒りと焦燥が混じり始める。
Cクラスが仕掛けた須藤への罠。オレたちはプライベートポイントの徴収という即物的な手段を取った。
だが、茶柱にとっては違ったのだ。
彼女はCクラスに決定的な打撃を与え、大量のクラスポイントを減点させ、一気にCクラスを眼前に迫る展開を望んでいた。オレという「力」を使い、最短距離で上のクラスへ駆け上がるシナリオを描いていたのだ。
その計算が崩れたことへの不満。
オレは静かに息を吐き出すと、彼女の顔を直視したまま、言葉を投げかけた。
「つまり、あんたは自分の思い通りに事が進まなかったから腹を立てている子供というわけか」
一瞬、教室内の空気が凍りついた。
茶柱の表情から嘲笑が消え去り、目を見張るような殺意と屈辱がその瞳に走る。教師に対して生徒が口にする言葉としては、一線を画した不敬。だが、それこそが彼女の真実だった。
「……口の利き方には気をつけた方がいい、綾小路。次の試験、私が満足する結果を残せ、そうしなければお前の学生生活は夏休みを最後に終わることになるのかもしれないな……」
低く、毒を孕んだ声で告げられる死刑宣告に等しい脅迫。
茶柱はそれだけを吐き捨てると、オレから視線を外し、教壇へと戻っていった。
オレはこの女の話をこれ以上聞く価値は無いと切り捨て、静かに立ち上がった。一度も振り返ることなく教室の引き戸を開ける。
――パタン、と扉が閉まる音が夕闇に響いた。
静まり返った廊下に踏み出す。
放課後の校舎。誰も居ない廊下の光景。
窓から差し込む残照が、床の上に長々と黒い影を落としている。埃の粒子が光の粒となって揺らめき、無音の空間がオレを包み込んでいく。
その光景は――どこか懐かしく、そして息が詰まるほどに不気味だった。
【Judgment RankⅠ】
茶柱からの理不尽な脅迫を受け、重苦しい余韻を残したまま歩く帰り道。胸ポケットから勢いよく顔を出したヒュロポスが、怒り心頭とばかりにぎゃーすかと騒ぎ立て始めた。
「なんなのよー! あの女! 信じらんないっ! 信じらんない! 信じられないのーっ! あんな女が先生だなんて駄目なのよ! 許しておけないのよ! 本当に許せないのよーっ!」
短い羽を激しくバタつかせる鳥に向かって、オレは声を潜めて告げる。
「堀北達には黙っておいてくれ」
「むっ……むむっ! で、でも、人間さんが……」
「大丈夫だ。オレなら何とかする。それよりも心配をかけて復興活動に差し支えた方が問題だろう」
「だけど――」
「頼む、ヒュロポス」
「……わかったのよ。でも人間さんが辛くて痛くて悲しかったらいつでもあたしが近くにいるのよ? ちゃんと言うのよ?」
「……あぁ」
真剣な目で見つめてくるマスコットの言葉に小さく頷くと、ヒュロポスは一転して翼を高く掲げた。
「それなら、あたしちゃんと黙ってるの! よーし! そうと決まればあの教師の風上にも置けない女をボコボコにするのよー! おーっ!」
ボコボコにしたらそれこそ本当に退学させられるだろう。
そんな取り留もない懸念を抱きながら廊下を歩いていると、静まり返った職員室の前で見覚えのある人物が佇んでいるのが目に入った。それなりの年格好をした男性と、傍らで杖をついた少女――坂柳有栖だ。
見かけただけで特に関わり合いの少ない人間なのでそのまま通り過ぎようとしたのだが、不意に坂柳と視線が交差した。
「あっ、可愛いピヨピヨの人……綾小路くん……」
妙な覚えられ方をしていた。そんなオレたちのやり取りを見るや否や、胸ポケットの鳥が甲高い声を上げる。
「んまーっ! アリスちゃんじゃないのっ! 元気っ? ねぇねぇ? 元気?」
「御機嫌よう、ピヨピヨさん……ピヨピヨさんはお散歩ですか?」
「それが聞いてよー! もう、この学校の教師ったら――モガモガ」
やはりこの鳥は鳥頭であった。オレは慌てることなく素早く手を伸ばし、ヒュロポスの口をしっかりと押さえつける。ペルソナ使いや異世界に関わる人間にしか声は聞き取れないはずなので、端から見れば奇妙で意味のない行動かもしれないが、油断は禁物だ。
「あっ、ピヨピヨさん……綾小路くん、そんなに乱暴に扱ったら……駄目、ですよ……」
坂柳から控えめな制止の声がかかる。その声は少したどたどしくもあるが、以前プールで見かけた時に比べて幾分か流麗に聞こえる気がした。
「坂柳は一人なのか?」
「……えっと」
彼女が困ったように視線を泳がせていると、職員室の室内から穏やかな声が響いた。
「おや、有栖、お友達かい?」
ゆっくりと扉が開かれ、中から現れた人物の視線にオレの目が僅かに細められる。その眼差しには、こちらの底を見定めようとする静かな観察眼が宿っていた。
「綾小路清隆くん。はじめまして、僕はこの学園の理事を務めさせていただいている――坂柳成盛。よければ少し話さないか?」
◇ ◇ ◇
理事長室――普通の生徒であれば、一生のうちにその重厚な扉を叩く機会すら与えられないであろう、威厳と重圧に満ちた部屋。
通された室内は重厚な調度品で整えられており、オレは坂柳成盛という男と対面していた。この高度育成高等学校の理事を務める男であり、同時に――オレの隣に座る少女、坂柳有栖の父親でもある。
応接用のローテーブルを挟んだ向かい側で、成盛は温和な笑みをたたえてオレを見つめている。
一方、その隣に腰掛けた坂柳有栖はといえば、オレの胸ポケットから逃れられないままテーブルの上に置かれたヒュロポスを、興味深そうに細い指先でつついた。
「むむっ、ツンツンしないでなのよー……あたしは繊細な美少女鳥なのよー……」
小声で抗議するヒュロポスを意に介さず、坂柳は楽しげに薄く微笑んでいる。
「清隆くん。学校の方はどうかな? 楽しくやれているかな?」
理事長はごく自然な動作で、オレの下の名前を口にした。
その声に滲むのは、打算や探り合いの色ではない。まるで親しい親戚の子供に問いかけるような、柔らかな親愛の情だった。
初対面の大人から向けられるその態度に、オレの胸中にはかすかな戸惑いが生まれる。特殊な施設で育ったオレにとって、こうした純粋な善意や親情の眼差しを大人から直接向けられること自体が、どこか不慣れで不自然な感覚だった。
「あぁ、そうか……僕は君のことを知っているが、僕は君に自己紹介を全然していなかったね」
オレの静かな沈黙をどう受け取ったのか、申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。
「僕は綾小路先生にお世話になったことがあるんだよ……そして、僕は君の経歴を知った上でこの学校に受け入れた。信頼とまではいかなくても、信用してくれると嬉しい」
穏やかなトーンで放たれた言葉。オレの経歴――すなわち、あの施設で過ごした過去を知る人間であるという事実の開示だった。
「ホワイトルーム。天才を人工的に作り出す施設。その四期生であり、最高傑作とまで呼ばれた存在であるということは、私と――いや、もう私だけしか知らないのか。もっとも、この学校にはそれなりの家柄の子も居なくはない。別口で君のことを知っている生徒が隠れているかもしれないね」
そう言うと、ちらりと隣の娘に目をやった。
隣でヒュロポスの羽を弄んでいた坂柳有栖が、一瞬だけオレの方へ視線を向け、首をかしげている。
この少女もまた、オレの過去や「ホワイトルームの最高傑作」という存在を知っていた人間のはずだった。
オレは平静を装いながら、思考をひとつ巡らせて、問いを投げる。
「オレの父が学校に接触してきた――そんな話はありますか?」
「……?」
予想外の質問を受けたように、少しだけ眉をひそめた。
「いや、耳にしたことはないけれど……本当に君を連れ戻しに来るのなら、彼なら直接、ここに乗り込んでくるとは思うが」
その返答によって、ひとつの推測が裏付けられた。
先ほど茶柱佐枝が放った「お前を退学にさせろという連絡があった」という言葉。あれはオレを揺さぶり、己の道具として従わせるためのブラフであった可能性が濃厚になった。
もっとも、あの男――オレの父親という人物の執念深さを思えば、あらゆるリスクを排除することはできない。茶柱の言葉がブラフであったとしても、彼女の提示する「試練」や「特別試験」にはそれ相応の態度で対応しておく必要はあるだろう。
「それで、この学校はどうかな?」
理事長が再び、優しい眼差しで問いかけてくる。
「……楽しく過ごさせて貰っていますよ。あの施設じゃ味わえなかったことばかりです」
「それは良かった。将来の道とかも既に見え始めたりはするのかな?」
「将来のことを考えるほど、オレの未来は拓けていませんから」
オレの淡々とした答えに、成盛はどこか寂しげに目を細めた。
「なるほど……君は既にレールの上に居るんだね。そして、それを受け入れている」
言葉通りだった。
オレはこの高度育成高等学校という遮断された空間に逃げ込んできたが、それもいずれ終わる一時的なモラトリアムに過ぎない。卒業すればあの施設へと連れ戻され、あの男の駒として、新たな「優秀な人材」を効率的に生み出し続けるための歯車になることが決定づけられている。
オレ自身、その宿命を無理に否定しようとは思っていない。それがオレに与えられた役割であるならば、淡々とそれを遂行するだけだ。
「綾小路先生は、総理の椅子を目指しているからね……あまりにも強い光に、僕たちは焼かれすぎた……」
彼の口から漏れた独白は、遠い昔を懐かしむようでもあり、同時に深い畏怖を含んでいるようでもあった。
しかしハッと表情を戻すと、再び顔に柔和な笑みを張り付けた。
「良ければ……有栖のことを気にかけてやってくれないかい? もしかすれば、それが彼女の心が戻るきっかけになるかもしれないから」
「オレに出来る範囲であるのならば」
そう答えると、坂柳成盛は少し目を細め、意を決したように言葉を紡いだ。
「そうだね、お願いする以上、君には話しておくべきだろう。有栖にあった出来事を。……聞いてくれるかい?」
「……オレは別にかまいませんが」
「ありがとう。少し、場所を変えようか」
立ち上がり、オレを促す。坂柳有栖はテーブルの上のヒュロポスをつついて遊んでいる。二人を残したまま、父親の後へ続く。
理事長室を出て、静寂の広がる廊下へと出る。少し離れた曲がり角でオレたちは足を止める。
放課後の夕闇が廊下を赤黒く染め上げていた。校庭から聞こえるはずの部活動生の声すらも、ここまでは一切届かない。
背中を見せる理事長。彼は後ろ手で指を組んでいたが、その指先が強張り、関節が白くなるほど強く握りしめられているのが見えた。抑えきれない怒りと悔恨が、その背中から滲み出ている。
背を向けたまま、淡々と事実を並べ始めた。
「入学式の翌々日……有栖は意識が無い状態で発見された。ケヤキモールの近く、監視カメラが少ない裏路地に倒れていたそうだ。服は破れ、杖は折られ、全身に打ち身……まるで、乱暴された後のような状況だった」
その凄惨な言葉に、オレは無言で耳を傾ける。
「何とか一命は取り留めたものの、起き上がった時には記憶喪失――いや、もっと言えば心を壊されたようだった。何を話しても無反応で、自分で食事することすら出来ていなかった。けれども……回復へ向かってね、五月には復学したんだよ。勿論、家で療養することも考えたが、この特殊な学校ではそれが致命的になる。有栖一人の問題で済むのならそれでいいが、クラス全体に多大な迷惑をかけることと天秤にかけた結果……私は有栖を復学させた」
告白される言葉の端々に、父親としての葛藤と、理事長としての痛恨の悔恨が宿っていた。
「……犯人は?」
オレが問いかけると、成盛の足がぴたりと止まった。
「……いないんだよ。どこにも。あの日、学校内だけではなく、敷地内全ての人間の所在を洗ったが、あの場所に居たのは有栖一人で、それ以外の人間にはアリバイが存在する。この学校は、外部の人間が易易と入り込めるほど甘いセキュリティではない。だからこそ、この不可解な事件は警察及び教職員内では箝口令を出している」
完璧なアリバイ。外部からの侵入不可能性。
人間が起こした事件としてはあまりにも不自然で、歪な整合性。オレの脳裏に、この学校の裏に蔓延る「もう一つの世界」や「心の歪み」の影がチラリと過る。
「――オレも容疑者の一人というわけですか」
オレの静かな言葉に、成盛は振り返り、切なげに目を細めた。
「……すまない。だが、君の優秀さが却って君を疑わしくしている。勿論、入学直後、監視カメラの意図さえそうそう気付けるものではない。だが、君ならば――と考えてしまうわけだ」
「オレが無実だと言ったところで貴方は信じるんですか」
「信じる、信じたい。だから、君がただ心穏やかにこの学校での生活を過ごしてくれることを望む。ただ、もしも――何かに気づいた時はどうか、僕に教えてくれないだろうか」
夕闇が二人を包み込む廊下で、成盛の切実な声だけが静かに響いていた。
「お父様、それならば、私も」
カツカツと杖が鳴り響く。廊下の陰から現れたのは当事者である少女。
「有栖!?」
恐らく、杖を使わなかったのだろう。使えば音が響いてその存在を知らせてしまうから。だから、壁伝いにゆっくりと歩いてくるその存在をオレは認識してはいたが口には出さなかった。
「ごめんなさい、気になって……でも、私のことなんですよね……?」
「……僕がお願いしたのはこの学園で楽しく生活を送ってもらうことだけだよ」
「嘘です……お父様は彼ならそういえば陰ながら動いてくれることを期待して声をかけた筈です」
「……随分と調子が戻ってきたようだね」
「そうなのでしょうか。私にはわかりません。神室さんが言っていた前の私、お父様が見ている前の私。それを取り戻してあげたいと私は思っています」
「……それとこれとは別の話だろう。それに、危険だ」
「そうかもしれません。けれども、この不可解な謎を解いた先に何かある。私はそう思っています」
「……駄目だ。この話はおわりだ。綾小路くん、良ければ有栖を送っていってくれないか? 仕事が残っているからね」
理事長は有無を言わせずきり上げる。よっぽどこの話に坂柳を関わらせたくないようだ。それもそうだろう、一度、記憶を無くすほどに凄惨な目にあっているのだ。
それと同時に今の坂柳を送る役目をオレに任せている。容疑者として挙げられてはいるが疑っていないのか、それとも自分の娘を囮とした罠なのか。
去っていく父親の背中を悲しそうに見つめる坂柳。
「……綾小路くん、お父様はああ言っていましたがどうか、私に協力してくださいませんか? 私は記憶を取り戻したい、その使命を今、感じるのです」
どこか、フワフワと地に足がついていなかった印象の少女。それが今、覆された。この変わりぶりはDクラスの生徒やペルソナに覚醒した人間を彷彿とさせる。
「話は全部聞かせてもらったの!」
坂柳の頭の上、髪の毛からオレの肩へと降り立ち、興奮するヒュロポス。
「ちびっこちゃんの事件はこの名探偵ヒュロポスちゃんにお任せなの! 謎はまるっとお見通しで悪漢なんてえいやーえいやーなの!」
羽根を伸ばして荒ぶってやる気を見せている。
「おや、ピヨピヨさんもやる気みたいですね。それじゃあ、綾小路くんもよろしくお願いします。助手としての働き、期待していますよ」
小さく微笑む。その優雅な微笑は先ほどと同じ同一人物だったのかと疑うほどだ。
ヒュロポスがやる気な以上、完全に無視することもできないだろう。
オレと坂柳有栖とヒュロポス。不思議な縁による復興部とは違うコミュニティが出来上がった。あちらを復興部とするのならこちらは捜査部といったところだろう。
「……私が探偵でピヨピヨさんと綾小路くんは助手ですね」
「いや、オレが探偵じゃないのか?」
「なーにを言ってるのよ! 人間さんもちびっこさんもあたしの助手なのよ! あたしが美少女探偵なのよ! 探偵王女なのよー!」
ヒュロポスは自らを羽根で指さしては自分が主役だとジェスチャー混じりで主張する。
「……違いますっ! 私が探偵なんです! ワガママは駄目ですよ、二人共」
先ほどの妖艶さを含む態度はどこへやら。頬を膨らませて子供のように譲らない坂柳。彼女のペースに合わせて寮まで送っていった。
【コープによるアビリティ】
【12.刑死者】
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レベルアップ時、極低確率でスキルが一段階上昇する
【6.恋愛】
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女性のコープ相手からの好感度に補正が入る
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女性のコープ相手へ誘える場所が増える
【13.死神】
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プライベートポイントでの特殊な買い物がアンロックされる
【20.審判】
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捜査部の設立により現実世界でのクエストを受注することができる