アリスの少し優しい未来   作:しあんあるふぁ

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十三話の続きからです。


第十四話 正義と金貨

「こっちこっち」

 

 

アリスはレオンの袖を引っ張り、大通りを脇に折れた。夕暮れの光は建物の谷間で薄くなり、喧騒も遠のいていく。路地裏に踏み込むと、湿った石畳の隙間から生えた苔の匂いが鼻腔を撫でた。

 

 

「ここなら大丈夫そうだね」

 

 

アリスは周囲を見回し、こくりと頷いた。壁に寄りかかるレオンは、腕を組んだまま視線を鋭く据える。

 

 

「まず聞きたい。原料の製造法はどこで知った? 確かな筋なのか」

 

 

「錬金術の師匠に聞いたことがあるんだ。師匠の情報源は……亡き大錬金術師が残したと言われる古書だったらしいけど」

 

 

言葉を区切りながらアリスは指を立てた。

 

 

「その古書も黒塗りだらけだったって。あと……シャドウリリィから幻影粉を精製する方法までは教えてもらってない」

 

 

「ふむ」

 

 

「でも」と彼女は付け足す。

 

 

「黄色い花……サンリリィの方も気持ちを落ち着かせる程度の効果はあるんだ。サンリリィから鎮痛剤や鎮静剤を精製するのは難しくない。その応用でできるんじゃないかな」

 

 

レオンは黙考し目を細める。アリスは自分の服の袖をつまんだ。

 

 

「でも。服にわずかに付いた粉末程度じゃ鑑定は厳しいだろうね」

 

 

「だろうな。それに幻影粉は禁制品。当然その原料も厳重監視されているはずだ。下手に鑑定にかければ俺たちにも嫌疑がかかるかもしれん」

 

 

「だよねえ……どうしたもんかな」

 

 

悩ましげに小首をかしげるアリスを見下ろしレオンは口を開いた。

 

 

「そもそもアリスはどうしたいんだ」

 

 

「もちろんお縄でしょ! 悪は放っておけないよ!」

 

 

明るく言い切った声には裏表がない。けれどレオンは眉をひそめた。

 

 

「そう言うと思ったが……」

 

 

「だって金貨100枚だよ! 家が買えちゃうって! それに……」

 

 

アリスは親指と人差し指で輪っかを作る。いわゆるお金のハンドサインを掲げながらニッと白い歯を覗かせた。

 

 

「原料の流通元を潰せば中毒で苦しむ人も減らせることは間違いない……よね?」

 

 

レオンはアリスの笑みに目を向ける。確かに正義感や金貨へのワクワクに胸を躍らせているように見える。しかし笑顔の影でその指先はわずかに震えていた。

 

 

「お前な……怖いものを誤魔化すためにわざと騒いでるんじゃないか?」

 

 

「あはは」

 

 

アリスは照れ笑いを浮かべつつ袖先をぎゅっと握りしめた。

 

 

「やっぱり分かっちゃう?」

 

 

レオンはため息交じりに笑い、

 

 

「確かに報酬は魅力的だ。幻影粉については……需要がある以上そう単純なものではないだろうが。芋づる式に元締めまで検挙できる可能性もないわけでもない。そうなれば犠牲者が減るのは事実だろうな」

 

 

「でしょ? この方針に決定!」

 

 

アリスは握り拳を掲げたがレオンは冷静なまま続けた。

 

 

「具体的にはどうするつもりだ? 匿名の証言だけでは憲兵は動かんだろう」

 

 

「カチコミかけちゃう?」

 

 

「そこそこの規模の商会だぞ? 警備も当然配置されてる。証拠もなしに突入してもこちらが捕まるだけだろう」

 

 

「じゃあ夜に商会の倉庫に侵入するとか」

 

 

「夜間に警備が居なくなるわけがない。施錠も当然されてる。俺は潜入工作は門外漢だし、お前も錬金術師としての洞察力は評価するが……盗賊のようなスキルはないだろう?」

 

 

レオンは「お互い不得手分野だな」と笑った。

 

 

「じゃあ! 内部の人を説得して裏切らせちゃうとか!」

 

 

「何かアテがあるのか? 口説き落とせそうな人物がいるのか?」

 

 

「もう! あたしばっかりに考えさせて! レオンも何か案出してよ!」

 

 

レオンは一拍置いて口を開いた。

 

 

「……そうだな。遠回りではあるが。出入りしている下請けなどを当たって綻びを探していくしかないだろうな。商会本体の口は堅くとも末端なら緩い可能性はある」

 

 

「下請けね。分かった。それでその下請けってどこにいるの?」

 

 

「下調べだ。商会の搬入表を調べたり出入りしている荷馬車の紋章を確かめれば業者は割れる。問題は証拠を掴む前に警戒されるリスクだが……」

 

 

「うーん。じれったいなあ」

 

 

「そんなものだ。簡単に証拠を掴めるならとうに捕まってる」

 

 

レオンは腕を組みながらゆっくりと言葉を選んだ。

 

 

「それに……今回のことはパーティに報告するぞ。ギルバートは不在……むしろ好都合かもな。補佐のミーシャに報告すれば良い」

 

 

「えぇ!? 止められちゃわないかなあ」

 

 

「止められるならそれまでだ。俺たちが動けば当然パーティにも影響が出る」

 

 

レオンは腕を組み、考え込むように付け加えた。

 

 

「……ミーシャは東商会と仲が良い。何か掴んでいるかもしれん」

 

 

アリスは少し肩を落としたがすぐに顔を上げた。

 

 

「分かったよ。ちゃんと話し合おう。でも正義と金貨はでっかい夢だよ。レオンくん」

 

 

彼女は探偵を思わせる仕草で人差し指を立てた。

 

 

「何の真似だ」

 

 

レオンは苦笑しつつ呟いた。

 

 

「だが……夢か。悪くない」

 

 

---

 

 

宿に戻ると1階の酒場に入る手前のロビーにミーシャがいた。彼女は壁の小さな棚に飾られた生け花を眺めていたがアリスたちが宿に入るなり振り返り、

 

 

「遅かったじゃない。どこほっつき歩いてたのよ」と睨んだ。

 

 

「いやいや、ほらちょっとね……ねえレオン」

 

 

アリスが肘でレオンを突くと、レオンは静かに頷きミーシャに向き直った。

 

 

「話がある。少し時間をもらえるか」

 

 

「……何よ急に」

 

 

「長くなるから部屋に移った方がいい。来てくれ」

 

 

三人は宿の隅にある会議室代わりの部屋へ移動する。部屋に入るとレオンは扉を閉め鍵をかけた。

 

 

ミーシャはため息をつき腰を下ろす。

 

 

「いったい何よ。くだらないことだったら許さないからね」

 

 

アリスが口を開いた。

 

 

「実はさあ。西商会のことなんだけど——」

 

 

「西商会?」

 

 

ミーシャの目が鋭くなる。彼女は足を組み直しアリスを見据えた。

 

 

「帳簿見てたら西商会にボッタくられててさ。レオンと一緒に文句言いに行ったんだけどちょっと気になることがあって」

 

 

「気になること?」

 

 

「幻影粉のことだ」

 

 

レオンが麻袋からこぼれ落ちた青い粉のことを説明する。ミーシャは黙って聞いていた。

 

 

「西商会へ納入される麻袋から青い粉の漏出を確認した。ごく微量で分析にかけたわけではないがおそらく幻影粉の原料であるシャドウリリィの粉末だと思われる」

 

 

ミーシャは腕を組んで指先を叩きながら静かに返した。

 

 

「あのね。確証もなしに推測だけで動くのは馬鹿のすることよ」

 

 

アリスは僅かに目を伏せたがすぐに顔を上げる。

 

 

「それでも放置できないでしょ?」

 

 

レオンはアリスの横顔をちらと見やりながら続ける。

 

 

「その通りだ。しかし問題は西商会がどれほどの影響力を持つか。うかつに動けば逆にこっちが潰される」

 

 

「ミーシャは東商会と仲が良いんでしょ? 何か知らない?」

 

 

ミーシャは黙ったまましばらく考え込んだ。部屋の空気が重くなる。やがて彼女は指をほどき溜息混じりに言った。

 

 

「西商会のことなら知ってるわよ。東商会と昔から張り合ってるから」

 

 

「張り合ってる?」

 

 

レオンが視線を返すとミーシャは肩をすくめた。

 

 

「表面上は卸問屋同士だけど裏で資金の出し合いとか利権の奪い合いとか結構ね。特に最近は『何か』に積極投資してるって噂よ」

 

 

ミーシャが釘をさすように続ける。

 

 

「具体的なことは言えないけどね。東商会の方針としても西商会に深入りするのは危険なの。下手すればこちらが火傷しかねないから」

 

 

アリスは少しだけ失望したような表情を見せたがすぐに持ち直した。

 

 

「分かった。でもこっちはあくまで証拠探しだよ。誰にも迷惑かけないようにやるつもり」

 

 

「迷惑かけないって言ったって……」

 

 

「ミーシャも協力してくれない? 二人でやるのじゃちょっと怖くてさ」

 

 

ミーシャは眉を寄せた。

 

 

「誰に頼んでると思ってんのよ。私はパーティの副官よ? 好き勝手動くわけにはいかないわ」

 

 

毅然と言い放つものの声音には迷いが混じっていた。レオンが静かに口を開く。

 

 

「もちろんギルバートにも報告する。ある程度の情報が集まったらだが」

 

 

ミーシャは黙ったまま窓の外を見た。夕焼けが山の稜線に沈みかけていた。

 

 

「……分かったわ。だけど条件があるわよ」

 

 

「条件?」

 

 

「私が独自の情報網で掴んだことを共有するわ。ただし深入りしすぎないようにね。それと証拠が出たら必ず私を通して憲兵に渡すこと。いい?」

 

 

「約束するよ」

 

 

アリスが力強く頷いた。

 

 

「心得た」とレオンが応じた。

 

 

ミーシャは小さく笑い席を立った。

 

 

「じゃあ早速だけど。南街区に『ロベリア』というサロンがあるわ。貴族相手に化粧品や宝石細工を扱ってる店よ。表向きは健全な高級ブランド店を装ってるけど西商会から怪しい成分を仕入れてるって噂があるわ」

 

 

「サロンか。怪しい情報のやり取りをするならおあつらえ向きと言ったところか」

 

 

「でもあそこは一見客は入れないわよ。私も顔は効くけどそこまで常連ってほどではないわ」

 

 

「じゃあミーシャも一緒に来てよ!」

 

 

アリスが目を輝かせた。ミーシャは呆れたように息をついた。

 

 

「はあ? なんで私が」

 

 

「だって貴族のお嬢様がいなきゃ入れないんでしょ? あたしはそういうとこ入ったことないし。それに……ちょっと危ないことになってもミーシャがいれば心強いよ」

 

 

「危ないことって……あんた本当に分かってんの?」

 

 

「もちろんそんなことにならないように気を付けるよ! でも虎穴に入らずんばって言うじゃない」

 

 

アリスの瞳を見据えミーシャは短く息をついた。

 

 

「……しょうがないわね。だけど私はあくまでお目付け役よ。危なそうになったらすぐ止めるからね」

 

 

「やった!ありがとう!」

 

 

ミーシャは小さく笑い席を立った。

 

 

「バルガスも呼びましょう」

 

 

「バルガスに言っても大丈夫?」

 

 

「詳細は伏せるわ。西商会のことで知ってることがないか聞くだけよ」

 

 

「俺が呼んでこよう。この時間なら酒場か部屋にいるはずだ」

 

 

程なくバルガスがふらりと現れた。彼はすでに酒場で一杯飲んでいたようで酒の匂いを纏いながら欠伸交じりに言う。

 

 

「なんだよ話って」

 

 

ミーシャは椅子に腰を下ろしたまま腕を組み、

 

 

「アンタ色んなとこ出入りしてるから詳しいでしょ。西商会と関係してる業者ってわかる?」

 

 

「ああ? 西商会なら枯葉商店や漆葉堂がよく出入りしてるだろ」

 

 

「ふうん。大きな商店なの?」

 

 

「いや。小せえ店だよ。ただあまり柄の良い奴らじゃねえぞ」

 

 

「柄が良くないって言うと?」

 

 

アリスが食いつくとバルガスは顎をさすりながら事も無げに言った。

 

 

「小せえ店が食ってくにはそれなりにグレーな事しねえといけねえってことだよ。自然とそういうことに抵抗のない奴らが集まるのさ」

 

 

「分かったような分からないような……」

 

 

ミーシャはバルガスに顔を向けた。

 

 

「もう行って良いわよ」

 

 

「なんなんだよ」

 

 

バルガスがイラついて肩を怒らせたのを見てアリスが空気を軽くしようと口を開いた。

 

 

「バルガス最近勝ってるの?」

 

 

「おお! 新しい賭場のおかげでぼろ儲けよ! ぬるいカモばかりだからなあ」

 

 

バルガスは表情を一転させ、声を弾ませた。

 

 

「新しい賭場? もしかしてこの前の調査の時の?」

 

 

「ああ。あの賭場に通って妙に羽振りが良くなったヤツもいるぜ。ただ負けすぎて姿が見えなくなったヤツもいるらしいがな」

 

 

「ホントに救いようのない馬鹿ばかりね」

 

 

ミーシャが冷めた声で切り捨てるとバルガスが露骨に顔をしかめた。

 

 

「ああ!?」

 

 

「まあまあ。バルガス勝ってるならごちそうしてよー」

 

 

アリスが間に入る。

 

 

「おう! じゃあ酒場で奢るぜ!」

 

 

「やった! 行こ行こ。ミーシャとレオンも!」

 

 

バルガスは鼻歌まじりに踵を返した。ミーシャとレオンは軽くため息をつき、アリスとバルガスの背を追った。

 

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