人柱力? いいえ違います。ただの超魔王バールの憑代です 作:華洛
その任務内容を聞いた瞬間、うずまきボルトは露骨に顔をしかめた。
「……で? 要するに、変な動物探しってことか?」
木ノ葉丸は机の上に置いた報告書を指先で軽く叩き、小さく息を吐いた。
その顔には、面倒そうな色がわずかに浮かんでいる。
「違う。正確には“正体不明の生物群の調査”だ。最近、里の外れの森で奇妙な生物の目撃情報が相次いでいる」
「奇妙って言われてもなぁ」
「証言によれば、丸っこくて、二足歩行で、集団で行動していて、やたらとうるさいらしい」
「余計わかんねーってば……」
ボルトが呆れたように肩を落とす。
サラダは任務書に目を通したまま、冷静な声で補足した。
「目撃者の話だと、数は十や二十じゃないみたいね。しかも、ただ歩いてるんじゃなくて、何かを探してるように見えたって」
「探し物をする謎の生物か。面白いね」
ミツキが穏やかな声で言う。
その声音には、未知のものへの警戒よりも観察欲が勝っているような響きがあった。
「忍獣の類か、誰かの口寄せか、それとも別の何かかはまだわからない。だからこその調査任務だ」
木ノ葉丸は三人を見回した。
軽い任務に見えて、油断は禁物――そんな含みを持った視線だった。
「七班の任務は現地確認と情報収集。必要なら一体確保して連れ帰れ。ただし、相手の正体が不明な以上、深追いはするな。いいな?」
「はいはい」
「了解」
「わかったわ」
三者三様の返事を聞き、木ノ葉丸はひとつ頷く。
「では出発しろ」
◇
目撃地点は、木ノ葉隠れの里から少し離れた森の一帯だった。
昼間だというのに木々は深く生い茂り、差し込む陽光も疎らで、地面には薄暗い影が揺れている。風が吹くたび枝葉が擦れ合い、ざわざわと耳障りな音を立てた。
先頭を進んでいたサラダが足を止め、地面にしゃがみ込む。
「……これ、足跡?」
「鳥みたいにも見えるけど、変だね」
ミツキが横から覗き込む。
地面に残された跡は小さく、確かに鳥類のものにも見えた。だが歩幅が妙に揃っていて、しかも数が多い。獣の足跡にしては規則的すぎるし、人間にしては小さすぎる。
「集団で移動してるな」
「だから言ったでしょ。ただの動物じゃないって」
サラダが立ち上がった、その時だった。
「――待て」
ボルトが低く声を落とし、前方の茂みへ視線を向ける。
三人は同時に身を伏せた。呼吸を殺し、枝葉の隙間から先を窺う。
その先の、少し開けた空間にいたのは――奇妙、という言葉でも足りない集団だった。
「……は?」
最初に間の抜けた声を漏らしたのはボルトだった。
青い。
とにかく青い。
そこにいたのは、青いぬいぐるみのような生物たちだった。丸い胴体に短い手足。腹には雑な縫い目、小さな袋。背中には黒い悪魔じみた羽まで生えている。しかも二足歩行で、棒の先に奇妙な装置をつけた道具を手に、森のあちこちを忙しなくうろついていた。
「反応なしッス!
「こっちもダメッス!」
「おかしいッスねぇ、レーダーはこの辺を示してるッス!」
「木の根っこしかないッス!」
「それは最初から見えてるッス!」
語尾がうるさい。
しかも一体や二体ではない。ざっと見ただけでも十数体――いや、二十体近い。青い塊がぴょこぴょこと動き回る光景は、夢に出てきそうなほど妙だった。
「……何あれ」
「ぬいぐるみ?」
「生きてるみたいだね」
サラダとミツキの声にも、さすがに困惑が混じる。
ボルトは眉をひそめたまま、小声で言った。
「いや待て、なんでぬいぐるみが会話してんだよ」
「そこは今さらでしょ」
サラダは淡々と言い返し、写輪眼を開いた。
赤い瞳が、木々の向こうの異形たちを捉える。
「チャクラは……ある。でも人間とも動物とも少し違う」
「へえ。ますます面白いね」
「面白がってる場合じゃないってば」
青い生物たちは、手にした装置を地面や空中へ向けてかざしながら、あちこちをうろついている。
どう見ても、何かを探している。
「探知機みたいなものか?」
「たぶんね。何を探してるのかは知らないけど」
その時、一体の青い生物が集団から少し離れた。
「お、お花摘みに行ってくるッス……」
「さっさと戻るッスよー!」
「サボるんじゃないッスー!」
仲間の声を背に受けながら、そいつは茂みの奥へぴょこぴょこと歩いていく。
ボルトが口元を歪めた。
「……一匹、はぐれたな」
「捕まえるなら今ね」
「手早くいこう」
三人は視線を交わし、無言で頷いた。
◇
「ぎゃーッス!!?」
数秒後。
青い生物は木の幹に縄でぐるぐる巻きにされていた。
「離すッス! 労働基準法違反ッス! 誘拐ッス! 拉致監禁ッス! 訴えてやるッス!」
「うるせえな……」
ボルトがげんなりした顔で耳を押さえる。
捕縛された生物は涙目でじたばた暴れていた。見た目は妙に愛嬌があるのに、声量だけは最悪だった。
「で、何なのよあんた達」
「言わないッス! プリニーは誇り高き存在ッス!」
「プリニーっていうのね」
「しまったッス!!」
サラダは冷めた目で相手を見る。
どうやら口は軽いらしい。警戒しているわりに、妙に迂闊だ。
「ボルト、ミツキ。周囲の警戒お願い」 「おう」 「わかった」
二人が少し距離を取るのを確認してから、サラダは一歩前に出た。
そして、ゆっくりとプリニーの目を覗き込む。
「……っ?」
プリニーの動きが止まった。
赤い瞳。
その中で黒い勾玉が静かに回る。
「……写輪眼の幻術よ」
「ひ、ひぃっ――」
サラダの声は静かだった。だが、有無を言わせぬ圧があった。
プリニーの丸い体がびくりと震え、羽が情けなくしおれる。
「質問するわ。正直に答えなさい。あんた達は何者?」
「プリニーッス……」
「それはさっき聞いたわ」
「ラ、ラハール様の家来ッス……」
その名に、サラダはわずかに眉を動かした。
聞いたことのない名前だ。少なくとも忍の里の有力者や、各国の要注意人物の中にはいない。
「ラハール? 誰?」
「魔王様ッス……いや、次期大魔王様ッス……」
「要領を得ないわね」
サラダはさらに瞳力を強める。
プリニーの目がぐるぐると回り始めた。
「この世界で何をしてるの」
「超魔王バールを探してるッス……」
「――何?」
思わず、サラダの声が低くなる。
後方で警戒していたボルトとミツキも、その単語に反応して振り返った。
「超魔王バールレーダーを使って、この世界に逃げ込んだ超魔王バールを探してるッス……」
「逃げ込んだ?」
「ラハール様たちと戦って、逃げたッス……それで反応がこの世界に出たッス……」
サラダは一瞬、言葉を失った。
超魔王。
逃げ込んだ。
この世界にいる。
どれも荒唐無稽なはずなのに、目の前の奇妙な生物は妙に真剣だった。嘘をついているようには見えない。少なくとも、本人は本気で信じている。
「……そのバールってやつは、今どこにいるの」
「わからないッス……レーダーの反応が散るッス……でも、いるのは確かッス……この世界のどこかに、超魔王バールが――」
そこで、プリニーの言葉が不意に途切れた。
ぴしり、と。
手にしていた奇妙な探知機に亀裂が走る。
「え?」
「どうした?」
ボルトが駆け寄る。
次の瞬間、探知機は耳障りな音を立てて激しく明滅した。
『――反応増大。反応増大。超魔王バール反応、急速上昇――』
三人の表情が変わる。
プリニーは青ざめた顔で、震える声を漏らした。
「う、嘘ッス……こんなの聞いてないッス……」
「何が起きてるの」
「近いッス……超魔王バールが、すごく近くに――」
森の奥から、ぞわり、と。
言いようのない圧が流れ込んできた。
それは殺気とも、チャクラとも違う。
もっと濁っていて、重く、禍々しい何か。
空気そのものが淀み、肺の奥に冷たい泥を流し込まれたような不快感が走る。木々がざわめき、鳥の声がぴたりと止んだ。
サラダの写輪眼が、無意識に見開かれる。
「……来る」
森の奥から流れ込んできた禍々しい気配に、三人は一瞬だけ身構えた。
だが、それはすぐに霧が晴れるように薄れていく。
「……消えた?」
「いや、遠のいたのかも」
ミツキが周囲を警戒しながら呟く。
サラダは捕らえたプリニーを見下ろしたまま、短く息を吐いた。背中に浮いた嫌な汗が、まだ引かない。
「これ以上ここで騒いでも危ないだけね。聞くべきことは聞いたわ」
「じゃ、どうする?」
「ひとまず解放する。集団の中に戻して、あたしたちは距離を取って様子を見る」
ボルトが眉をひそめる。
「逃がしていいのかよ」
「この一体だけ連れ帰っても、向こうが警戒するだけでしょ。それに――」
サラダは一瞬、写輪眼を細めた。
「まだ何かいる気がする」
その言葉に、ボルトとミツキの表情も引き締まる。
サラダは捕縛を解き、プリニーへ冷たく言い放った。
「今のことは忘れなさい」
「……はいッス……?」
幻術を解かれたプリニーは、しばらく目を回していたが、やがて我に返ると「ひぃぃぃッス!」と情けない悲鳴を上げながら仲間たちの方へ駆け戻っていった。
三人は木陰へ身を潜める。
「で、どうするってばさ」
「里に報告するのが先だろうね。超魔王バール、ラハール、魔界……どれも聞いたことがない」
「でも放って帰るのも危険よ。あいつらが何を探してるのか、本当にバールってやつがこの近くにいるのか――」
そこまで言いかけて、サラダは口をつぐんだ。
プリニーたちの集団に、違和感があった。
「……ねえ」
「ん?」
「一体、増えてない?」
ボルトが目を凝らす。
青、青、青――その中に、ひとつだけ。
「黒い……?」
それは、いつの間にそこにいたのか。
青いプリニーたちの群れの中央に、ただ一体だけ、黒い体色をしたプリニーが立っていた。
他の個体よりもわずかに小柄に見える。だが、妙に存在感があった。騒がしい青い連中とは違い、そいつだけが不気味なほど静かだった。まるで最初からそこにいたようで、だからこそ今現れたとしか思えなかった。
「仲間、なのか?」
「……違う」
サラダは即座に否定した。
理由は自分でもわからない。だが、あれは同じではないと直感が告げていた。見た目の色だけではない。空気が違う。存在の重さが違う。
黒いプリニーは、戻ってきた青いプリニーを一瞥した。
それだけで、わあわあと騒いでいた集団がぴたりと口を閉ざす。
「な、なんか空気変わったね」
「うん。あいつ、たぶん――」
ミツキが言い終えるより早く、黒いプリニーがゆっくりと顔を上げた。
その両目を見た瞬間、サラダの呼吸が止まる。
「……え」
黒い瞳ではない。
赤い。鮮烈な赤。
その中で、禍々しい文様が静かに浮かび上がっていた。
「写輪眼……?」
ありえない。
プリニーだ。ぬいぐるみみたいな、あの奇妙な生物だ。
なのに、その目は見間違えようもなく、うちはの瞳だった。
しかも。
「嘘……万華鏡……!?」
サラダの声が震える。
見たことがあるわけではない。だがわかる。普通の写輪眼ではない。あれはもっと深く、もっと重い瞳力を宿した眼だ。見ているだけで、胸の奥を掴まれるような圧迫感がある。
黒いプリニーは、騒ぎ出しかけた青いプリニーたちを見回し、低く呟いた。
「――騒ぐなッス」
その声は小さい。
だが、妙に耳に残る声だった。幼いようでいて、底に冷えた鉄のような響きがあった。
次の瞬間、黒いプリニーの万華鏡写輪眼が妖しく輝く。
ぞくり、と。
サラダの背筋を悪寒が走った。
叫ぶより早く、青いプリニーたちの動きが一斉に止まった。
「な、なんスかこれ……」
「体が動かな――」
「ひぃっ、目が、目が怖いッス……!」
黒いプリニーは無言のまま、ただ見ている。
それだけで、数十体のプリニーたちは蛇に睨まれた蛙のように硬直していた。
「幻術……?」
「しかも一度にあれだけを?」
ボルトが息を呑む。
ミツキの目も細められた。
サラダは唇を噛む。
わかる。あれは幻術だ。しかも、ただの幻術じゃない。
「月読……」
思わず漏れたその名に、ボルトが振り返る。
「知ってんのか?」
「詳しくは知らない。でも、うちはの中でも特別な万華鏡写輪眼の術のはずよ……!」
そんなものを、どうしてプリニーが使う。
どうして、こんな場所で。
どうして、その眼がこんなにも――見覚えのないはずなのに、胸の奥をざわつかせるのか。
黒いプリニーは硬直した青いプリニーたちへ、淡々と命じた。
「任務は終了ッス。この世界には何も無かった。これ以上の索敵は不要ッス。全員、帰還するッス」
「は、はいッス……」
「帰るッス……」
「魔界に帰るッス……」
虚ろな声で応じたプリニーたちは、懐からそれぞれ奇妙な札や小道具を取り出した。
次々と淡い光が弾け、空間に歪みが走る。
「空間忍術……?」
「いや、もっと別の何かだね」
ミツキの言う通りだった。
チャクラの気配とは違う。もっと異質で、粘つくような力の流れ。忍術の理から外れた、別種の法則で空間をこじ開けているように見えた。
青いプリニーたちは、黒いプリニーの幻術に操られるように、ひとり、またひとりとその歪みの中へ消えていく。
ボルトが低く言った。
「追うか?」
「駄目よ!」
サラダは即座に制した。
あれは危険だ。本能がそう告げている。青いプリニーたちではない。あの黒い一体が。
最後の一体が消え、森に静寂が戻る。
残ったのは、黒いプリニーだけだった。
そいつはゆっくりと首を巡らせる。
そして、木陰に潜む三人の方へ顔を向けた。
「――ッ」
見つかった。
そう理解した瞬間、サラダの全身が強張る。
黒いプリニーの視線は、まっすぐサラダに注がれていた。
その赤い瞳が、彼女の写輪眼を見透かすように細められる。
「……その眼ッスか」
低い声。
感情の薄い、けれどどこか引っかかる響き。
サラダは息を呑んだ。
「あなた……何者なの」
「それを今、知る必要はないッス」
黒いプリニーは短く答える。
その声に敵意はない。だが、安心できる要素もまるでなかった。むしろ敵意がないこと自体が不気味だった。こちらを害する気がないのではない。害する必要がないだけ――そんな圧があった。
ふと、その視線がわずかに揺れる。
サラダの向こう側――まるで、そこにいない誰かを見ているように。
「……サスケの娘ッスか」
その一言に、サラダの目が見開かれた。
「なっ――」
「おい、待て!」
ボルトが飛び出そうとした瞬間、黒いプリニーの姿が無数のカラスへと弾けた。
視界を黒が埋め尽くす。幻術だと気づいた時には、もう遅かった。
「くっ――!」
サラダが舌打ちしながら幻術を解いた時には、黒いプリニーの姿は完全に消えていた。
森に残ったのは、重い沈黙だけだった。
ボルトが最初に口を開く。
「……何なんだよ、あいつ」
「わからない」
サラダの声は、自分でも驚くほど硬かった。
胸の奥がざわついている。写輪眼。万華鏡。月読。サスケ。
どれも無視できない言葉だった。父の名を、あんな声音で口にした理由も。あの眼に宿っていた、説明のつかない懐かしさにも似た違和感も。
ミツキが静かに言う。
「でも、ひとつだけ確かなのは」
「ええ」
サラダは森の奥を睨んだ。
そこにはもう何もいない。なのに、得体の知れない気配だけが、まだ薄く残っている気がした。
「この任務、ただの調査じゃ済まない」
その言葉は、まるでこれから始まる異変の前触れのように、森の静寂へ沈んでいった。