人柱力? いいえ違います。ただの超魔王バールの憑代です   作:華洛

10 / 12
第九話 妹になってくださいは、だいたい初手としては重すぎる

 

 

 神威の空間へ強制的に移動させられた瞬間、サラダは反射的に身構えた。

 足元の感覚が曖昧になる。

 空も地も判然としない、奇妙にねじれた空間。

 光はあるのに明るいとは言い難く、距離感も音の響き方もどこかおかしい。

 現実から半歩ずれたようなその場所に、サラダは着地と同時に周囲を見回した。

 

 敵の位置を探る。

 逃げ道を探る。

 チャクラの流れを読む。

 だが、最初に視界へ飛び込んできた光景は、予想していたどれとも違っていた。

 少し離れた場所に、一人の女性がいた。

 年の頃は若い。黒いサングラスをかけ、どこか落ち着かない様子で床に座り込んでいる。

 その手元には、人形があった。

 いや、人形だけではない。

 その顔の部分には、写真が貼りつけられていた。

 そして、その写真に写っていたのは――うちはサラダだった。

 

「……私の妹になってください!」

 

 サラダは固まった。

 数秒、思考が止まる。

 何を言われたのかはわかった。

 意味もわかった。

 わかったうえで、理解が追いつかなかった。

 

「……は?」

 

 ようやく漏れた声は、警戒より先に困惑が勝っていた。

 女性――ヤヨイは、人形を抱えたまま、真剣な顔でその台詞を言い切っていた。

 だが次の瞬間、何かに気づいたように首を傾げる。

 

「……流石にいきなり過ぎて引かれるかな。どう思……う?」

 

 そこで、ヤヨイは気配を感じたのだろう。

 ゆっくりと振り返る。

 そして、サラダと目が合った。

 一瞬、空気が止まる。

 ヤヨイの目が、みるみるうちに見開かれていく。

 

「なんで! いるの!?」

 

 サラダは一歩引き、完全に戦闘態勢へ入った。

 写輪眼はすでに開いている。

 呼吸を整え、相手の動きを見る。

 

 どう考えてもヤバい相手だった。

 今まで任務で危険な相手と渡り合ってきた。

 殺意の強い敵もいた。

 得体の知れない術を使う相手もいた。

 だが、今目の前にいる女から感じる“ヤバさ”は、それらとは明らかに方向が違っていた。

 怖い。

 でも、何がどう怖いのか説明しづらい。

 そういう種類の危険だった。

 

「近づかないで」

 

 サラダの声は硬い。

 ヤヨイは人形を抱えたまま、ぶんぶんと首を横に振った。

 

「違うからね。サラダちゃんは色々と誤解をしていると思うから!」

「誤解以前の問題なんだけど」

「いや、うん、それはそうかもしれないけど!」

 

 ヤヨイは明らかに焦っていた。

 どう見ても、サラダがここにいること自体が想定外だったらしい。

 

「ま、まだ心の準備が――」

「何の準備よ!」

「い、妹を迎える準備です!」

「余計に怖い!」

 

 サラダは思わず叫んだ。

 叫んでから、はっとする。

 相手のペースに乗せられている。

 こんな状況でツッコミを入れている場合ではない。

 だが、ヤヨイの方もかなり混乱しているようだった。

 人形を抱えたまま、おろおろと視線を彷徨わせている。

 

「いや、でも、ちゃんと話せばわかると思うし……」

「近づかないで」

 

 サラダの声は鋭かった。

 ヤヨイはぴたりと足を止める。

 だが次の瞬間には困ったように眉を下げ、そろそろと一歩だけ前へ出た。

 

「大丈夫。危ないことはしないから」

「その台詞を言う相手が一番危ないのよ!」

 

 反射だった。

 サラダは印を結ぶ。

 胸の奥で練り上げたチャクラが喉へ集まり、次の瞬間、一気に吐き出される。

 

「火遁・豪火球の術!」

 

 轟、と。

 灼熱の火球が神威空間の曖昧な空気を焼き裂きながらヤヨイへ迫る。

 距離は近い。

 避けるより、直撃の方が早い。

 だがヤヨイは目を見開いたまま、それでも反応した。

 

「わっ、ちょ、ちょっと待っ――水遁・豪水球の術!」

 

 ヤヨイの口から水の球体が吐き出された。

 火球と正面からぶつかり合い、激しい音とともに相殺される。

 熱と水がぶつかり、白い蒸気が一気に噴き上がった。

 視界が真っ白に染まる。

 だが、サラダは止まらない。

 写輪眼が、蒸気の向こうの輪郭を捉えていた。

 ぼやけた白の中に、わずかに揺れる人影。

 そこへ向けて、サラダは一気に踏み込む。

 

「千鳥!」

 

 雷鳴にも似た鋭い音が、神威空間に走った。

 右手に収束した雷が青白く爆ぜ、サラダの身体を前へ押し出す。

 それは父であるサスケから教わった一撃だった。

 迷いなく、一直線にヤヨイの胸元を狙う。

 

「――っ!」

 

 ヤヨイは紙一重で身を捻った。

 千鳥の切っ先は肉を裂くには至らず、その代わりに黒いサングラスを掠める。

 ぱきん、と乾いた音が響いた。

 

 割れた。

 

 黒いレンズが砕け、破片が蒸気の中へ散る。

 その奥から露わになった瞳を見て、サラダの動きが止まった。

 

「……うそ」

 

 赤い瞳。

 その中に浮かぶ文様は、見間違えようがない。

 

「写輪眼……」

 

 サラダの声が、わずかに揺れる。

 ヤヨイもまた、割れたサングラスを押さえたまま固まっていた。

 隠していたものが、最悪の形で露見したことを理解したのだろう。

 

「……あ」

 

 間の抜けた声だった。

 だが、その一音のあと、ヤヨイは観念したように肩を落とす。

 

「……うん。そこ、大事。最重要」

 

 蒸気がゆっくりと薄れていく。

 曖昧な光の中で、ヤヨイの赤い瞳だけが妙にはっきり見えた。

 さっきまでの“何かすごく変な人”という印象は消えていない。

 むしろ人形と写真の件があるので、変な人であること自体は揺るがない。

 だが、それとは別に、無視できない情報が目の前に差し出されたことになる。

 

 ヤヨイは割れたサングラスを外し、ぎこちなく息を吐いた。

 里の外で、他人相手に素顔を晒すのは初めてなのだろう。

 その仕草には、目に見えて緊張が滲んでいた。

 

「あのね。私たちは遠縁なの」

 

 あたふたとしながら、ヤヨイは続ける。

 

「私の名前は扇子ヤヨイ。うちはから分たれた一族の一人」

 

 サラダは息を呑んだまま、ヤヨイを見つめる。

 写輪眼。

 遠縁。

 うちはから分たれた一族。

 急に、話の重みが変わった。

 

「……本当に?」

「ほんとう本当!」

「証拠は?」

「この写輪眼」

「それだけじゃ証拠にならない。大蛇丸がクローンみたいなことまでしてるって聞いてるし」

「え。ビンゴブックで名前を見たことあるけど、そんなことまでしてるんだ……」

 

 ヤヨイはしょんぼりした。

 だが、すぐに顔を上げる。

 

「と、とりあえず、私のことを含めて話す」

 

 ヤヨイは説明を始めた。

 

「まず、扇子がうちはから分かれたのは、木ノ葉隠れの里ができる前のこと。うちはと千手が手を結ぶより、もっと前の話」

 

 サラダの眉がぴくりと動く。

 それは、うちはの歴史そのものに触れる話だった。

 

「当時のうちはは、今よりずっと戦に寄ってた。うちはマダラが代表をしていた時期は、同族でも中々逆らえなかった。でも、その在り方に耐えられなかった人たちがいたの」

 

 ヤヨイの声は、少しずつ落ち着いていく。

 さっきまでの慌てぶりとは違う。

 これはたぶん、彼女の中でずっと抱えてきた話なのだ。

 

「戦い続けることに嫌気が差した人たちがいた。千手と殺し合いを続けることにも、うちはの中の空気にも、もうついていけなかった人たち。――でも、正面からは逆らえなかった。相手は一族の代表だったし、何よりあのマダラだもん。逆らえるわけなかった」

 

 サラダは黙って聞いている。

 口を挟まない。

 だが、その目は鋭いままだった。

 

「だから、死んだことにしたの」

「……死んだことに?」

「うん。イザナギを使って、自分たちが死んだことにして、一族から消えた」

 

 その一言に、サラダの表情が変わる。

 

「イザナギ……」

 

 うちはの禁術。

 写輪眼を代償に、現実そのものへ干渉する術。

 それを、一族から抜けるために使ったというのか。

 

「木ノ葉ができる前に消えたから、木ノ葉には扇子の記録が残ってないと思う。そもそもうちは一族が認知してたかも怪しいし。うちは一族から抜けた後は、戦争に巻き込まれまいと強力な結界を張って、外とは断絶していた。お陰で里は少子高齢化で、若いのは私ぐらい……」

 

 最後だけ、少し声が沈む。

 神威の空間の曖昧な光の中で、ヤヨイの赤い瞳だけが妙にはっきり見えた。

 サラダはすぐには言葉を返せなかった。

 話が大きすぎる。そして重すぎる。

 木ノ葉に記録がない理由。

 写輪眼を持っている理由。

 うちはの遠縁だという主張。

 一通りの筋は通っている。

 少なくとも、ただの思いつきや嘘には聞こえなかった。

 

「……そんな話、簡単に信じられるわけじゃない」

「まあ、そうだよね」

「でも、完全に嘘だとも言い切れない」

「うん」

「そこで素直に頷かれると、ちょっと調子狂うんだけど」

「ごめんなさい」

 

 ヤヨイはまた素直に謝った。

 謝罪だけは本当に早い。

 サラダは小さく息を吐く。

 

「じゃあ聞くけど。あなたと、黒いプリニーと灰色のプリニーは何なの。あと、黒いプリニーはどうしてパパを知ってるみたいなことを言ったの。私をここに連れてきた理由は何」

 

 矢継ぎ早の問いだった。

 ヤヨイは一瞬だけたじろいだが、逃げなかった。

 

「あ、はい。疑問はもっともだよね」

 

 ヤヨイは咳払いをして続ける。

 

「だけど、黒プリと灰プリが誰なのか、私も知らない」

「は?」

「ごめんなさい!」

 

 サラダのドスを利かせた声に、ヤヨイは即座に謝った。

 

「えっと、黒プリと灰プリは、デスコMSFが連れて来たプリニーなの。万華鏡写輪眼が使えるから、うちは一族の誰かだとは思う。でも、正体までは知らない」

「……そもそもプリニーってなに?」

「プリニーはね、生前に罪を犯した人間の魂が、青いペンギン風の皮袋に縫い留められた姿なの。生前の罪を償うために働いて、お金を貯めて、輪廻転生を目指す存在」

「それじゃ黒いプリニーは、罪を犯したうちはの人なの?」

「そうなるかな。まあ、人間生きてたら何かしら罪は犯すものだし……。それに、黒プリと灰プリは根っからの悪人って感じはしないから、信頼できる相手だよ」

 

 そんな風に言いながら、ヤヨイは人形をそっと脇へ置く。

 それでも写真は見えていた。

 サラダはそれを見なかったことにした。

 

「それで……サラダちゃんを連れてきたのは、事故というか、連れてくる気は無かったというか……」

「ハッキリして」

「デスコMSFが暴走したからだと思います!」

「私は拉致してくるのは反対したんだよ。拉致して来て『妹になってください』って、頭のヤバい相手じゃん」

「……」

 

 現状、サラダから見たヤヨイは間違いなくヤバい相手だ。

 ただ、ヤヨイは本気で困った顔をしていた。

 その顔を見て、サラダは逆に少しだけ冷静になる。

 少なくとも、この女は“全部わかった上で余裕たっぷりに動いている黒幕”ではない。

 むしろ、状況に振り回されながら必死に取り繕っている側に見える。

 

「……ひとつだけ先に言っとく」

 

 サラダが真っ直ぐヤヨイを見る。

 

「私は、いきなり知らない人の妹になる気はないから」

「う、うん」

「盗撮された写真を持ち歩かれるのも嫌」

「はい」

「人形に貼るのはもっと嫌」

「本当にごめんなさい!」

 

 ヤヨイは深々と頭を下げた。

 謝罪だけはやたら素直だった。

 サラダはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐く。

 ヤヨイは顔を上げる。

 その表情には、ほっとしたような色と、まだ消えない緊張が同時にあった。

 サングラスを外したまま、ヤヨイはサラダを見ている。

 その赤い瞳は、少なくとも今この瞬間だけは、嘘をつこうとしているようには見えなかった。

 

 だからこそ、サラダは警戒を解かないまま、その場に立ち続けた。

 信じたわけではない。

 だが、少なくとも今すぐ斬りかかるべき相手とも思えなくなっていた。

 危ない。変だ。重い。

 それでも、全部が全部、悪意でできているわけではない。

 そんな半端な理解が、かえってサラダを落ち着かなくさせる。

 サラダが何か言おうとした、その瞬間だった。

 空間が、ぐにゃりと捻じれた。

 

「――!」

 

 神威の空間そのものが波打つ。

 次の瞬間、歪みの中から三つの影が姿を現した。

 ラハール。

 プリニーイタチ。

 プリニーオビト。

 それを見た瞬間、ヤヨイの表情が変わった。

 

「――! サラダちゃん、逃げて!」

「え?」

 

 叫んだのはヤヨイだった。

 その声と同時に、ヤヨイの全身から魔力が噴き上がる。

 禍々しく、毒々しく、見ているだけで肌が粟立つような魔力だった。

 さっきまでのあたふたした空気が、一瞬で吹き飛ぶ。

 サラダの写輪眼が、その異変を捉える。

 ヤヨイの中で、何かが軋んでいた。

 抑え込んでいたものが、内側から無理やりこじ開けられていくような、そんな歪み方だった。

 ラハールの姿を見た瞬間、それが決壊したのだと、サラダにもわかった。

 

「魔力が、抑え、きれ……」

 

 ヤヨイが頭を押さえる。

 声が震える。

 

「バール、待って……。あれは、ラハール本人じゃ、――」

 

 そこで言葉が切れた。

 次の瞬間には、もう声になっていなかった。

 喉の奥から漏れるのは、言葉になり損ねた呻きだけだった。

 プリニーイタチが即座に動く。

 須佐能乎の腕だけを作り出し、サラダの身体を包み込むように掴んだ。

 

「――っ」

 

 視界が赤い骨の腕に覆われる。

 その直後、プリニーオビトの万華鏡写輪眼が回った。

 

 ヤヨイの周囲へ、魔力が集まっていく。

 一点へ。

 さらに一点へ。

 神威の時空間そのものが、その圧力に軋みを上げていた。

 尾獣玉を思わせる。

 いや、それ以上に禍々しい。

 見ているだけで、本能が「まずい」と告げていた。

 

「クッ。イタチ、須佐能乎を離すなよッス」

 

 プリニーオビトの声が飛ぶ。

 その声には、迷いがなかった。

 空間が捻じれる。

 神威の渦が大きく開いた。

 サラダを抱えたプリニーイタチが、まずその中へ滑り込む。

 ラハールもまた、不満げに眉を寄せながらも逆らわず、渦へ呑まれた。

 最後にプリニーオビト自身が飛び込む。

 

 次の瞬間だった。

 全員が神威の渦へ消えた直後、巨大な爆発が起きた。

 轟音。

 閃光。

 神威の空間そのものがひしゃげたように震え、白く焼けた衝撃が一気に駆け抜ける。

 もし退避が一瞬でも遅れていれば、ただでは済まなかった。

 

 サラダは須佐能乎の腕に守られたまま、息を呑む。

 胸の奥が、どくどくと嫌な音を立てていた。

 今のが何だったのか、完全にはわからない。

 だが、ひとつだけはっきりしている。

 

 ヤヨイは危険だ。

 それも、本人の意思だけではどうにもならない種類の危険を抱えている。

 神威の渦が閉じる寸前、サラダは一瞬だけ見た。

 爆発の光に呑まれる直前のヤヨイの姿を。

 そこにいたのは、さっきまで「妹になってください」と言っていた変な女の続きには、もう見えなかった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。