人柱力? いいえ違います。ただの超魔王バールの憑代です   作:華洛

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第十話 逃げ場がない時は、だいたい相手は話の通じない強化形態になる

 神威の渦を抜けた瞬間、空気が変わった。

 ねじれた時空間特有の圧迫感が消え、代わりに夜の冷えた風が肌を撫でる。

 サラダは須佐能乎の腕に守られたまま地へ降ろされ、すぐさま周囲を見回した。

 

 木ノ葉隠れからは、かなり離れている。

 辺りに人の気配はない。

 夜の闇の中に、古びた建物の輪郭だけがぼんやりと浮かんでいた。

 

 そこは、神社のような造りをした古い修練場だった。

 かつては誰かが使っていたのだろう。

 だが今はもう、長く手入れされていないらしい。

 柱はひび割れ、屋根はところどころ崩れ、石段には雑草が伸びている。

 風が吹くたび、朽ちた木材がかすかに軋んだ。

 忘れ去られた場所。

 そんな言葉がよく似合う場所だった。

 

 プリニーイタチの須佐能乎が消える。

 同時に、人型の身体が限界を迎えたように崩れ始めた。

 肩が、腕が、頬が、ぼろぼろと崩れ落ちていく。

 無理やり形を保っていた肉体が、ついに耐えきれなくなったのだ。

 

「……っ」

 

 サラダが息を呑む。

 次の瞬間、崩れた人型の中から現れたのは、黒いプリニーだった。

 以前、プリニーたちの調査に向かった際、「月読」でプリニーたちを撤退させた、あの黒い個体。

 

「あの時の黒いプリニー……!」

 

 驚きが、そのまま声に出た。

 黒いプリニー――プリニーイタチは、着ぐるみめいた丸い身体をわずかに揺らした。

 

「簡易培養肉体の限界ッス。やっぱり長くはもたないッスね」

 

 その隣では、ラハールの姿をしていたデスコMSFも、ふっと力を抜くように変化を解いていく。

 尊大な少年の輪郭が崩れ、触手がうねり、元の小柄な少女型の姿へ戻った。

 背後ではウサタコが蠢いている。

 さっきまでの魔王然とした威圧感は薄れたが、代わりに別種の胡散臭さが戻ってきた。

 

「戻ったデス」

「戻った、じゃないわよ……」

 

 サラダは思わず言い返した。

 だが、その声にもさっきまでの強さはない。

 状況が状況だった。

 神威空間から連れ出され、変な女の暴走から逃げ、今度は古びた修練場に放り出されている。

 何から整理すればいいのか、自分でもわからない。

 灰色のプリニー帽子を被った男――プリニーオビトが、周囲を見回しながら低く言った。

 

「ここなら少しは時間が稼げるッス」

 

 その声に、サラダの視線が向く。

 

「ここ、どこなの」

「木ノ葉からは離れてるッス。昔、自来也と波風ミナトが修行していた古い修練場らしいッス」

 

 サラダの目がわずかに見開かれる。

 父から聞いたことがある名前。

 七代目火影の師であり、その父でもある伝説の忍。

 そんな二人が使っていた場所だというのなら、ただの廃墟ではないのだろう。

 だが今は、その面影も夜と朽ちた木の匂いの中に沈んでいた。

 

「……らしい、って何よ」

「俺も詳しくは知らないッス。ただ、人気がなくて、木ノ葉からも少し離れてて、目立ちにくい場所ッス」

 

 プリニーオビトはそう言ってから、神威の残滓が消えた空間へ目を向けた。

 

「超魔王バールは、超時空エンジンっていう飛雷神に似た移動手段を持ってるッス。神威空間から現実へ出入りすることも、あいつにとっては難しくないッス」

 

 サラダの背筋に冷たいものが走る。

 

「……じゃあ、追ってこられるってこと?」

「来るッス」

 

 即答だった。

 その短さが、かえって嫌な現実味を持っていた。

 そして、その言葉を裏づけるように。

 空間が、再び捻じれた。

 

「――!」

 

 夜気が歪む。

 次の瞬間、そこへ姿を現したのはヤヨイだった。

 だが、さっきまでのヤヨイではない。

 頭の左右から、鋭い角が伸びていた。

 超魔王バールを思わせる、禍々しい角。

 その全身には、チャクラとも魔力ともつかない異様な圧が渦巻いている。

 瞳は赤く、だがその奥にあるものは、さっきまでの戸惑いや焦りではなかった。

 もっと深く、もっと危うい、破壊そのものに近い色だった。

 

「……魔人モードッスか」

 

 プリニーイタチが低く呟く。

 サラダが目を向ける。

 

「魔人モード?」

「仙人モードに近い術理ッス。自然エネルギーの代わりに、魔力とチャクラを混ぜることで身体能力と術の威力を跳ね上げる形態ッス」

 

 その説明の最中にも、ヤヨイの圧は増していく。

 地面の砂が、びりびりと震えていた。

 プリニーイタチの声がさらに低くなる。

 

「……それだけじゃないッス」

 

 サラダの視線が、ヤヨイの瞳へ向く。

 そこに浮かぶ文様は、写輪眼。

 だが、どこか違う。

 見ているだけで胸の奥がざわつくような、不快な深みがあった。

 

「万魔鏡写輪眼にまでなってるッス」

 

 その言葉に、サラダの表情が強張る。

 

「万華鏡写輪眼じゃなくて……?」

「似てるようで別物ッス。万華鏡写輪眼が視力を失っていくのに対して、万魔鏡写輪眼は人間性を失っていくッス。最後には、超魔王バールみたいに、ただ破壊するだけの存在になる」

 

 夜の空気が、ひどく冷たく感じられた。

 

「万華鏡のような特異な瞳術はないッス。その代わり、超魔王バールの魔ビリティを扱えるようになるッス」

 

 サラダは息を呑む。

 目の前にいるのは、さっきまで「妹になってください」と言っていた女の成れの果てなのか。

 そう思った瞬間、ヤヨイが口を開いた。

 

「火遁・豪火球の術」

 

 それは、豪火球の術などという生易しいものではなかった。

 次の瞬間、ヤヨイの口から吐き出された炎は、怪獣のブレスのように夜を焼いた。

 灼熱の奔流。

 一直線に押し流し、呑み込み、触れたものすべてを燃やし尽くすための炎だった。

 古びた修練場の空気が一瞬で灼け、木材が悲鳴のような音を立てる。

 熱だけではない。

 この規模の炎なら、仮に直撃を避けても、酸素を奪われ、二酸化炭素で意識を失う危険すらある。

 

「チッ――!」

 

 プリニーオビトの万華鏡写輪眼が回る。

 神威で逃がすつもりだった。

 だが、空間は動かない。

 歪まない。開かない。

 

「え……!?」

 

 サラダが目を見開く。

 ヤヨイの周囲で渦巻く魔力が、時空間そのものを捻じ曲げていた。

 神威の座標が定まらない。

 逃げ道が、開けない。

 デスコMSFが低く言う。

 

「裏ボスからは逃げられないのデス」

 

 その視線は、ヤヨイへ向いていた。

 

「ヤヨイが超魔王バールに近づきすぎてるデス。もう“逃げる”ということ自体が不可能なのデス」

 

 サラダの背筋が冷える。

 逃げられない。

 それは単に術が封じられたという話ではない。

 この場そのものが、破壊の側へ引きずられている。

 そんな感覚だった。

 プリニーイタチとプリニーオビトが同時に前へ出る。

 その瞬間だった。

 

 闇夜を切り裂くように、黒い炎の鏃が飛来した。

 

「――っ!?」

 

 それは一直線にヤヨイへ突き刺さる。

 黒炎。

 見間違えようがない。

 天照。ただの天照ではない。

 鋭く収束し、矢のように形を変えたそれは、加具土命による形態変化を受けた黒炎だった。

 ヤヨイの炎が揺らぐ。

 その隙に、夜の闇の向こうから巨大な影が立ち上がった。

 

 完全体須佐能乎。

 

 圧倒的な威容を持つ武神が、朽ちた修練場の背後にそびえ立つ。

 その中心にいる人影を見た瞬間、サラダの顔がぱっと明るくなった。

 

「パパ!」

 

 うちはサスケ。

 闇の中から現れたその姿は、あまりにも見慣れていて、そして今この場では、何よりも頼もしかった。

 パパが来た。

 それだけで胸の奥の強張りが少しほどける。

 なのに、目の前のヤヨイを見た瞬間、その安堵は最後まで形にならなかった。

 

 

 

 

 渦の国で見たことをナルトに伝えるため、サスケは急ぎ木ノ葉隠れの里に戻っていた。

 だが途中で禍々しい気配を感じ、あの六道柱間に関係しているかもしれないと様子を見ることにした。

 そこに見覚えのある男とサラダ、黒いプリニーがいた。

 敵対行動しているでおろう者へ炎遁・加具土命で攻撃したのである。

 加具土命によりヤヨイの身体全身が黒い炎に覆われた。

 

「サラダ。これは一体、なにごとだ」

 

 完全体須佐能乎を解除して、サラダの近くに降り立つサスケ。

 サスケに問われてサラダは答えに窮した。

 遠縁の女が「お姉ちゃん」と呼んで欲しいという理由に攫われて、内にいる超魔王が暴走して、今にいたる。

 あまりに荒唐無稽すぎる。

 

「えっと……」

 

 サラダの口から出たのは、それだけだった。

 説明しようとすればするほど、全部が嘘みたいになる。

 だが現実には、目の前で黒炎に包まれたヤヨイが立っている。

 嘘みたいな話ほど、今この場では事実だった。

 サスケはサラダを一瞥したあと、すぐに視線を横へ流した。

 その先にいるのは、灰色のプリニー帽子を被った男。

 

「カグヤに殺されたお前が、なぜここにいる」

 

 低い声だった。

 感情を荒げてはいない。

 だが、その一言だけで空気が張り詰める。

 プリニーオビトは答えない。

 答えられない、と言った方が正しかった。

 どう説明しても、まともな話にはならない。

 しかも相手はうちはサスケだ。

 下手な誤魔化しが通じる相手ではない。

 

「……沈黙か」

 

 サスケの声は冷たい。

 その片目が、オビトを射抜くように細められる。

 

「その万華鏡写輪眼は、本物にしか見えない」

「……」

「だが、お前は死んだはずだ」

 

 オビトの喉がわずかに動く。

 何か言うべきか。

 だが、どこから説明すればいいのかがわからない。

 

 サスケの視線が、今度はその隣へ移る。

 黒いプリニー。

 ペンギンめいた着ぐるみ姿のまま、じっと立っている。

 プリニーイタチは、その視線を受けても素知らぬ顔だった。

 丸い目で前を見たまま、いかにも「ただのプリニーッスけど何か?」と言いたげに佇んでいる。

 普通のプリニーの振りをしているつもりらしい。

 サスケの眉が、わずかに寄った。

 

「……そっちも、妙だな」

 

 プリニーイタチは何も言わない。

 言わないまま、ぴくりとも動かない。

 明らかに怪しい。

 

「おい」

 

 サスケの呼びかけにも、プリニーイタチは反応しない。

 ただ、夜風に着ぐるみの布地がわずかに揺れただけだった。

 沈黙。

 その沈黙に耐えきれなくなったのか、プリニーオビトが低く言う。

 

「……今は説明してる場合じゃないッス」

 

 サスケの視線が戻る。

 

「説明できない事情がある、とでも言うつもりか」

「そうだッス」

「都合のいい話だな」

「……今は少なくとも、今あれを止めないとまずいッス」

 

 オビトが顎で示した先には、黒炎に包まれたヤヨイがいる。

 サスケは一瞬だけ黙り、そして低く問う。

 

「お前たちは、あれが何なのかわかっているのか」

 

 今度は、プリニーイタチが小さく反応した。

 黒い丸い目が、ほんのわずかにサスケへ向く。

 

「……」

 

 だが、やはり黙ったままだ。

 普通のプリニーの振りを貫くらしい。

 

「そっちの黒いのは喋れないのか」

 

 一拍の間。

 それから、プリニーイタチは間の抜けた声を出した。

 

「プリ?」

 

 無理がある、とサラダは思った。

 というか、さっきまで須佐能乎を使っていた時点で、もう普通のプリニーではない。

 サスケも何か感じているようで険しい表情で黒いプリニーを見る。

 

「……そうか」

 

 全然納得していない声だった。

 

 その時だった。

 ぼとり。

 黒い炎が、地面へ落ちた。

 

「――!」

 

 サラダの目が見開かれる。

 ヤヨイの身体を覆っていた天照が、まるで脱ぎ捨てられた外套のように剥がれ落ちていく。

 黒炎はなおも燃え続けている。

 だが、燃えているのはもうヤヨイ自身ではない。

 地面へ落ちた炎だけが、夜の中で不気味に揺れていた。

 

「天照を……剥がした?」

 

 サラダの声が震える。

 そんなことができるのか。

 天照は消えない黒炎だ。

 燃え移ったものを焼き尽くすまで消えないはずの炎。

 それを、ヤヨイは自分の身体から引き剥がした。

 サスケの目が細まる。

 

「……身にまとった力ごと、切り離したのか」

 

 短い呟きだった。

 ヤヨイの全身には、なおも禍々しい力が渦巻いている。

 黒炎に焼かれながら、その外側に纏っていた力だけを切り離したのだ。

 まるで、燃えている表皮を一枚剥ぐように。

 プリニーイタチが、今度はさすがに黙っていられなかったのか、小さく呟く。

 

「魔力の外殻を剥がして、燃焼判定ごと切り離したッスね」

 

 サスケの視線が、すっと黒いプリニーへ向く。

 

「……喋るじゃないか。それにその声は……まさか」

 

 しまった、という空気が一瞬だけ流れた。

 プリニーイタチはぴたりと黙り込む。

 サラダは思った。

 今さら誤魔化せる段階は、たぶんもう過ぎている。

 その直後だった。

 夜空の向こうから、圧倒的なチャクラの塊が飛来した。

 

「――尾獣玉!?」

 

 サラダが叫ぶ。

 黒紫の球体が唸りを上げながら一直線にヤヨイへ迫る。

 回避する暇などない。

 次の瞬間、それはヤヨイへ直撃した。

 轟音。

 爆発。

 修練場の空気そのものが吹き飛んだかのような衝撃が走る。

 地面が抉れ、石畳が砕け、朽ちた柱がまとめてへし折れる。

 爆炎と土煙が夜空へ噴き上がり、周囲の木々が一斉に揺れた。

 

 サラダは思わず腕で顔を庇う。

 熱風が頬を打つ。

 視界が土煙で埋まる。

 爆音の余韻だけが、夜の森に長く残った。

 誰もすぐには動かなかった。

 あれを受けて立っていられるものなど、いるはずがない。

 

「やったの……?」

 

 思わず漏れた声。

 だが、その答えはすぐに返ってきた。

 土煙の奥に、影が立っていた。

 

「……うそ」

 

 ヤヨイだった。

 服の一部が焦げ、裾が焼け落ちている。

 だが、それだけだ。

 身体には、目立った損傷が見当たらない。

 尾獣玉の直撃を受けたはずなのに、ダメージらしいダメージを受けていなかった。

 その異常さに、その場の全員が一瞬言葉を失う。

 次の瞬間、夜の上空から眩い金色の光が差し込んだ。

 

「サラダ!」

 

 聞き慣れた声。

 サラダが顔を上げる。

 

「七代目……!」

 

 九尾モードのナルトが、夜空を裂くように駆けつけていた。

 全身を黄金のチャクラで包み、背後には九つの尾が大きく広がっている。

 そしてその尾の中には、それぞれ人影があった。

 

「ボルト!」

「サラダ!」

 

 ひとつの尾の上で、ボルトが身を乗り出すように叫ぶ。

 別の尾にはミツキ。

 さらに別の尾には、片目を細めたカカシの姿もあった。

 

「間に合ったみたいだね」

 

 カカシの声はいつも通り落ち着いていたが、その視線は鋭くヤヨイを見据えている。

 ミツキもまた、静かな顔のまま油断なく構えていた。

 

 ナルトはサラダたちの前へ降り立つ。

 九尾のチャクラが夜を照らし、崩れかけた修練場を黄金色に染めた。

 

「サスケ、状況は?」

「最悪だ」

 

 短い返答だった。

 だが、それで十分だった。

 ナルトの表情が引き締まる。

 その視線の先で、ヤヨイがゆっくりと顔を上げた。

 角を生やし、赤い瞳を光らせたまま。

 尾獣玉の直撃すら受け流したその姿は、もはや人間の枠に収まっていなかった。

 

 修練場の夜気が、再び重く沈む。

 戦力は揃った。

 それでもなお、安心できる空気ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 




小ネタというわけでもないですが。
プリニーオビトがどうしてこの場所を知っているかというと、ROAD TO NINJA NARUTO THE MOVIEの舞台となった場所だからです。
小説、電子化してくれないかな……。
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