人柱力? いいえ違います。ただの超魔王バールの憑代です   作:華洛

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第三話 火影室の静かな緊張

 

 火影室は、昼を過ぎた時間にしては妙に静かだった。

 窓の外には、いつも通りの木ノ葉の景色が広がっている。陽は高く、里の通りには人の流れがあり、遠くからは子どもたちの声も聞こえてくる。平和そのものと言っていい光景だった。

 だが、その穏やかさとは裏腹に、室内の空気は重い。

 

 机の上には、いくつもの報告書が並べられていた。

 ひとつは、第七班が森で遭遇した青い小型生物群について。

 ひとつは、一楽付近で確認された異常な悪意反応と、その後の逃走劇について。

 そしてもうひとつは、現場に居合わせた忍たちの証言を急ぎまとめた簡易報告だった。

 

 うずまきナルトは椅子に深く腰掛けたまま、その報告書の束を見下ろしていた。

 向かいには奈良シカマル。

 そして窓際には、はたけカカシが静かに立っている。

 誰もすぐには口を開かなかった。

 情報が多い時ほど、軽々しく言葉にしない方がいい。そういう種類の沈黙だった。

 最初に息を吐いたのはシカマルだった。

 

「……めんどくせぇな」

 

 いつもの口調だった。

 だが、その声音には冗談めいた軽さがほとんどない。

 

「森で第七班が遭遇した青い小型生物。そいつらは“超魔王バール”って存在を探していた」

「一楽では、その“超魔王バール”とやらに関係してるらしい女が見つかった」

「しかも、その女は黒いプリニーを連れていて、逃走時にはさらに灰色のプリニーまで現れた」

 

 シカマルは報告書の一枚を指先で軽く叩いた。

 

「で、極めつけがこれだ。灰色の方が使ったのは、ただの時空間忍術じゃない。カカシさん曰く――神威」

「……ああ」

 

 短く答えたカカシの声は低かった。

 ナルトは腕を組んだまま、ゆっくりと視線を上げる。

 

「カカシ先生。やっぱり間違いないのか?」

「ないね。あれは神威だ」

 

 即答だった。

 迷いの余地を残さない声音に、室内の空気がさらに一段沈む。

 

「……そうか」

 

 ナルトは短く頷いたが、その表情は晴れない。

 神威という言葉の重みを、彼もよく知っている。

 時空間忍術というだけなら、まだ広く解釈の余地がある。

 だが神威となれば話は別だ。あれは単なる術ではない。写輪眼、それも万華鏡写輪眼に由来する、極めて限られた瞳術だ。

 シカマルが眉間を押さえる。

 

「ただでさえ、黒いプリニーの方はサラダの証言で写輪眼持ち、しかも万華鏡写輪眼の可能性が高い」

「灰色の方も神威を使った。つまり、あっちも万華鏡写輪眼持ちってことになる」

「ぬいぐるみみたいな見た目のくせに、中身が重すぎるんだよ」

 

 吐き捨てるように言ってから、シカマルは椅子に浅く腰掛けた。

 報告書の文字を追っているだけで頭が痛くなる。そんな顔だった。

 ナルトは机の上の一枚を手に取る。

 そこには、一楽で接触した女についての簡単な特徴が記されていた。年若い女。敵意は薄い。だが、その内側に極めて大きな悪意反応を抱えている。

 

「……あの女、ヤヨイって呼ばれてたんだよな」

「現場の会話から拾えた名前だな。本人確認が取れたわけじゃない」

「でも、たぶんそれでいいんだろうな」

 

 ナルトは報告書を机に戻した。

 一楽で感じた気配を思い返す。

 あれは異様だった。底の見えない悪意。濁っていて、重くて、触れれば飲まれそうなほど深いもの。

 だが同時に、その悪意の“持ち主”であるはずの女自身からは、そこまでの敵意を感じなかった。

 

「お前、どう見た?」

 

 シカマルが問う。

 ナルトは少し考えてから答えた。

 

「ヤヨイ本人は、少なくとも最初から木ノ葉を襲うつもりで里に入ったわけじゃない」

「俺もそう思う」

 

 シカマルは頷いた。

 

「一楽にいたってのもそうだが、動き方が妙だ。潜入工作員にしちゃ雑だし、破壊工作をする気配もない。むしろ、普通に飯を食ってただけに見える」

「実際、そうだったんじゃないかってばよ」

「だとしても、抱えてるものが普通じゃねぇ」

 

 その通りだった。

 ナルトは静かに息を吐く。

 

「悪意を感じたのは、あいつ自身からじゃない」

「中にいる“何か”から、か」

「ああ」

 

 火影室の空気が、わずかに沈む。

 

「あれは危ない。かなり危ない。正直、今まで感じた中でも相当重い部類だってばよ」

「尾獣クラスか?」

「種類が違う。でも、危険度だけなら同じくらいか、それ以上かもしれない」

 

 シカマルが露骨に顔をしかめた。

 

「笑えねぇな」

「笑えねぇってばよ」

 

 ナルトは苦笑もできず、椅子の背にもたれた。

 カカシは窓際に立ったまま、腕を組んでいる。

 その視線は外へ向いているようで、実際にはもっと別のものを見ているようだった。

 

「カカシ先生」

 

 ナルトが呼ぶと、カカシはゆっくりと視線を戻した。

 

「灰色のプリニーのこと、どう思う?」

「……わからないことが多すぎる。だが、少なくとも神威を使った。そこは事実だ」

 

 カカシは率直にそう言った。

 曖昧な推測で濁すつもりはない、という響きがあった。

 

「写輪眼持ち、しかも万華鏡写輪眼。黒い方と合わせると、偶然で済ませるには無理があるな」

「そうだな」

 

 カカシの声は低いままだった。

 

「しかも、神威の使い方に迷いがなかった。初見で偶然発動したようなものじゃない。使い慣れている」

 

 ナルトは黙る。

 それはつまり、灰色のプリニーが神威を“自分の術”として扱っているということだ。

 シカマルが報告書をめくる。

 

「黒い方については、サラダの証言がある。写輪眼を見た、しかも万華鏡写輪眼だった可能性が高い」

「サスケのことも知ってたんだよな」

「ああ。「サスケの娘ッスか」だったか」

 

 その一文だけでも十分に異常だった。

 サラダの写輪眼を見て、サスケへ結びつける。しかも口ぶりには、ただ情報として知っている以上の含みがあったという。

 

「サラダは動揺してたか」

「してたな」

 

 シカマルは短く答えた。

 

「無理もない。自分の血に繋がる瞳を、得体の知れない存在が持ってたんだ。しかも父親を知ってるような口ぶりまでされた」

「……だよな」

 

 ナルトは小さく頷く。

 サラダにとって写輪眼は、ただの能力ではない。

 自分が何者であるかを示す、血そのものだ。そこへ正体不明の存在が踏み込んできたのなら、平静でいられるはずがない。

 

「ただ」

 

 カカシが静かに口を開いた。

 

「黒色のプリニーも、灰色のプリニーも、現時点ではこちらを殺すために動いていたようには見えない」

「俺もそう思う」

 

 ナルトはすぐに頷いた。

 

「逃げることを優先してた。戦うより、離脱する方を選んでた」

「それはヤヨイ本人の意向かもしれんし、プリニーたちの判断かもしれん。どっちにしろ、今のところは“敵対を避けてる”ように見えるな」

「……だが」

 

 シカマルが言葉を継ぐ。

 

「危険じゃないって意味にはならねぇ」

 

 その一言に、誰も異論はなかった。

 ヤヨイの内にある得体の知れない悪意。

 黒いプリニーの万華鏡写輪眼。

 灰色のプリニーの神威。

 どれを取っても、放置していい要素ではない。

 

「第七班の報告も気になる」

 

 ナルトが別の報告書へ手を伸ばす。

 

「青い小型生物たちは、“超魔王バール”を探してた」

「その名前が、一楽の件と繋がる可能性が高い」

「だろうな」

 

 シカマルは頷いた。

 

「森での遭遇と、一楽での悪意反応。別件に見えて、たぶん同じ線上にある」

「超魔王、か……」

 

 ナルトはその単語を口の中で転がすように呟いた。

 響きだけなら冗談みたいだ。だが、実際に感じた悪意は冗談で済むものではなかった。

 

「名前負けしてない感じが、逆に嫌だな」

「同感だ」

 

 カカシが短く返す。

 火影室の中に、再び沈黙が落ちた。

 それは行き詰まりの沈黙ではない。情報を整理し、それぞれが次の一手を考えるための静かな間だった。

 やがて、ナルトが口を開く。

 

「……今すぐ敵認定はしたくないっばよ」

「だろうと思った」

 

 シカマルは驚きもせず答えた。

 

「俺も同意見だ。少なくとも現時点じゃ、ヤヨイ本人に明確な敵意は見えない。逃げたのも、こっちを潰すためじゃなく、捕まりたくなかったからだろう」

「理由は、たぶんある」

「しかも、かなり切実なやつだろうな」

 

 シカマルは机上の報告書を見下ろしたまま続ける。

 

「写輪眼絡みかもしれねぇ。あるいは、あの“中にいる”何かの問題か。どっちにしろ、追い詰めれば余計に拗れる」

 

 ナルトは頷いた。

 

「だから、追う。でも追い込みすぎない」

「接触の機会があれば、戦闘より対話を優先する」

「特にヤヨイ本人とはな」

 

 シカマルの言葉に、ナルトはもう一度頷いた。

 カカシは少しだけ目を伏せる。

 

「灰色のプリニーについては、こちらも警戒を強めるべきだ」

「神威だからか」

「ああ」

 

 カカシの声は静かだったが、その奥には硬さがあった。

 

「神威は厄介だ。逃走、潜入、奇襲、回避。使い方次第でいくらでも状況をひっくり返せる」

 

 第四次忍界大戦で、その術がどれほど厄介だったかは、この場の誰もが知っていた。

 

「黒い方も同じだ」

 

 シカマルが言う。

 

「「月読」は幻術の瞳術の中でも最上位だ。かなりの相手だろうが、まあ、手がペンギンだから印が結べないようだから、術は使えないだろ」

 

 書類に書かれたプリニーの絵柄には、人のように指は無く、ただ鳥の羽があるだけだった。

 これでは忍術を使用する為に必要な印は結べない。

 ナルトは呟いた

 

「サスケがいたら、何かわかったかな」

「今いない奴の話をしても仕方ねぇよ」

 

 シカマルは即座に切り捨てた。

 だが、その表情にはわずかな苦味がある。サスケがいれば、写輪眼に関する判断材料は増えただろう。それは事実だった。

 

「第七班は?」

「待機させてる。特にサラダは、あの黒いプリニーをかなり気にしてた」

「だろうな」

 

 ナルトは小さく息を吐く。

 

「無茶はさせるなよ」

「言われなくてもそのつもりだ。だが、完全に外すのも難しい。あいつ自身が関わる気でいる」

「……そうか」

 

 サラダの性格を思えば、当然だった。

 自分の写輪眼に関わる何かを前にして、何もせず引き下がるような子ではない。

 

 ナルトはしばらく黙り込み、それから静かに言った。

 

「まずは相手を知る」

「だな」

「ヤヨイが何者で、何を抱えてるのか。黒と灰のプリニーが何なのか。そこを見誤ると、たぶん取り返しがつかない」

 

 シカマルは腕を組み直した。

 

「追跡班は動かす。ただし、深追いはさせない。接触できるならする。だが、戦闘は最終手段だ」

「それでいこうってばよ」

 

 ナルトがそう言った時、火影室の扉が軽く叩かれた。

 

「失礼します」

 

 入ってきたのは、うちはサラダだった。

 その表情はいつもより硬い。だが、目の奥には迷いよりも強い意志があった。

 

「七代目、シカマルさん、六代目」

「入ってくれ、サラダ」

「はい」

 

 サラダは一礼し、まっすぐ三人を見た。

 

「黒いプリニーのことです」

「……やっぱり、気になるか」

「気になります」

 

 即答だった。

 

「あの目は、見間違えようがありません。あれは写輪眼です。しかも、普通の写輪眼じゃない」

「万華鏡写輪眼、だな」

「はい」

 

 サラダは強く頷いた。

 

「それに、あいつは私を見て……パパを知っているような口ぶりでした」

「『サスケの娘ッスか』だったな」

「……はい」

 

 サラダは一瞬だけ唇を引き結ぶ。

 その反応を見て、ナルトは静かに言った。

 

「サラダ。焦るなよ」

「わかってます」

「本当にか?」

「……たぶん」

 

 少しだけ間を置いてからの返答に、シカマルが小さくため息をつく。

 

「無茶はするな。相手は得体が知れねぇ」

「でも、放ってはおけません」

「それもわかる」

 

 カカシがそこで口を開いた。

 

「だからこそ、一人で抱えるな」

「六代目」

「相手が写輪眼を持っているからといって、君一人で背負う必要はない。第七班で動け。報告を怠るな。独断で追うな」

「……はい」

 

 サラダは小さく頷いた。

 その声にはまだ硬さが残っていたが、少なくとも聞く耳はあるようだった。

 ナルトは椅子から立ち上がる。

 

「もし次に会えたら、できるだけ話をしたい」

「話してくれると思いますか?」

「わからない」

 

 ナルトは正直に答えた。

 

「でも、逃げたからって即座に敵ってわけじゃないってばよ。そういう相手もいる」

「……はい」

 

 サラダはもう一度頷いた。

 火影室の中には、依然として重い空気があった。

 だがそれは、ただ不安に押し潰されるための重さではない。何を警戒し、何を見極めるべきかが、少しずつ形になり始めた重さだった。

 

 ヤヨイ。

 黒いプリニー。

 灰色のプリニー。

 そして“超魔王バール”。

 

 どれもまだ正体は見えない。

 だが、見えないからこそ、急いで断じるべきではない。

 ナルトは窓の外へ視線を向けた。

 穏やかな里の景色は変わらない。

 その平和を守るためにも、知らなければならないことがある。

 

「……まずは相手を知るところからだ」

「それから判断するってばよ」

 

 

 

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